第26話  大きくなったら、またおいで








イタリアに行こうと思う。



前々から、考えていたことだ。あれからいくつかの月日が経った。私が知る原作は、いつの間にかとっくの昔に通り過ぎてしまって、ボロボロに怪我をした恭弥くんの裾をつまんで、このおばか、と力いっぱいに泣いてやった。私は恭弥くんと一緒になることにした。でもやっぱり彼は雲みたいな人で、どっかに行ったり、もどったり、消えたりと忙しい。恭弥くんは、絶対に並盛に戻ってくる。そう知っているけれど、待っているばかりじゃほっぺが膨らむばかりだった。

原作に近づいたら、きっと危ない目に合うし、怖いから引っ越そうかな、なんて考えていたのに、自分から怖い場所に自分から向かうだなんて、まさか誰が予想しただろう。恭弥くんは、つんとした顔のまま、まあいいんじゃない、なんて適当な返事をして私の手を引っ張った。さて、イタリアに行くのだ。


荷物をまとめて、さて、恭弥くんの元に行こうと立ち上がると、ぼかんっ、と大きな爆発が、部屋の中で響いた。一体全体なんですと!? とばたばた転がるみたいにフローリングの上を走った。小さな影が、ぽつりと立っている。きょろきょろ、と彼は辺りを見回して、首を傾げた。「え……っ」「…………姉ちゃん?」 小さい。小さい恭弥くんがいる。

「…………恭弥くん?」
「うん…………?」

きょと、と彼は頭を右にひねった。そうしたあと、左に傾げた。かわいい、ではなく。(あ)そういえば、すっかり忘れていた。ずっとむかし、私は未来の恭弥くんに会ったことがある。あのとき、私は大きくなった恭弥くんにびっくりしたのだけれど、小さな恭弥くんは未来にやってきていたのだ。

うわあ、うわあ、と私は膝を小さく折りたたんで、久しぶりの恭弥くんを見つめた。小さい。かわいい。「こんなに小さかったんだねえ……」
「ぼく、別に小さくない」
「そうだねえ。でもこれから、もっと大きくなるんだよ」


よしよし、と彼の頭を撫でた。「大きくなったら、また会おうね」
それから、ぎゅっと抱きしめた。もぞもぞと恭弥くんは苦しげに身動ぎした。あはは、と私は笑った。「元気で」



小さな、もみじみたいな手のひらを握って、ちゅ、とおでこにキスをした。真っ赤になった恭弥くんはぺちりと慌てて自分のおでこを触った。ばいばい。
ぼふんっ。



目の前で、昔よりもちょっとだけ髪の毛が短くなった恭弥くんが経っている。彼は少しだけ不思議そうに眉をひねって。「…………?」「はいはい」「今」「はいな」 ちょっとだけ天井を見つめた。「まあいいか」 どうでもいいらしい。ぶふ、と少しだけ吹き出した。

お互い、ちょんと手のひらを握った。もう私達は隣の家なんかじゃない。
同じ家に暮らす、家族になるのだ。








 

2013/01/25