*赤い花を、の続きですが、唐突なる幻水3フッチ
*雰囲気SS






特に意味があったわけではない。




仲間になりませんか。そう尋ねられたものだから、仲間になっただけだ。街を歩いて、旅を続ける。彼とわかれたあとも、私は彼と同じことを繰り返した。彼の膝に入るには少々自分の体が大きくなってしまってから、私は彼とわかれた。赤い花のような少年は、こぼれた花のようにいつも笑っていたと思う。


   ***


「旅をし始めたのは、4つのときです」
「それじゃあ僕よりも小さなときだ」

すごいなあ、と優しげに眉を垂らす竜騎士のとなりに座り込んで、私はぼんやりとビュッテヒュッケの城を見つめた。可愛らしい門番が、かしゃこしゃ重たげに鎧をならして、今日も健気に頑張っている。眠たげな武術指南の隣をとしとしと槍で叩いている姿はいつものことだ。くあ、と後ろで大きなあくびの音が聞こえた。くるりと丸まる大きな竜が身動ぎをしたものだから、もたれかかっていた私達はずるりとバランスを崩して、お互い苦笑した。「眠いなら寝てもいいよ、ブライト」 よしよし、と竜騎士が真っ白な優しい光の色をした竜の顎を、こしこしとなでた。その姿を、私は一緒に見ていた。


お互い、ただの新参者だった。
それだけだ。僕達の仲間になってくれませんか。たまたま宿代わりに訪れた城の城主が、眉を垂らしながらそう言ったものだから、私は少しだけ考えてわかりましたと頷いた。グラスランドと、ハルモニアの争いの表面化が、激しくなった最中のことだった。同じく竜騎士のこの青年も、新たに城の仲間入りを果たし、互いに見ない顔であると自己紹介を兼ねた世間話に花を咲かせていた。

「ひとりきりという訳ではなかったので、そう大したことはありません。父親と一緒でした」
「お父さんと」
「ええ、よく似ているとよく兄妹に間違われました」

若いお父さんだったんだね、と彼は太い眉を垂らした。私はコクリと頷いて笑った。「父は、今はいませんが」 青年は僅かに顔を硬くした。いいえ、と私は慌てて首を振った。「わかれたことは、互いに了承しています。そろそろ娘一人、独り立ちすべきだと判断しただけですよ」

「独り立ちって、きみはシャロンとそう変わらない年だろう」
「もしかすると、彼女よりも少々若いかもしれません」

どうでしょうか、と青年とともにこちらの城にやってきた、八重歯が元気な女の子を思い出した。自分の年は、あまり数えないようにしている。唐突に、小さな沈黙がやってきた。私と竜騎士は特に互いに話すこともなく並んで、ぺたりと地面に座ったまま空を見上げていた。くあ、とまたブライトがあくびをして、身動ぎをした。竜騎士と私は、ずるりと二人でバランスを崩すようにずり落ちて、あ、とびっくりな声を出した後に、けらけらと笑った。
「最初に君を見たとき、少しだけびっくりしたんだ」 竜騎士の声だ。「少しだけ、知り合いに似ていた」

しりあい、と舌の上で言葉を転がすと、こくりと青年は頷いた。「あこがれの人だ」 太い腕を組みながら、茶色い瞳を僅かに細めた青年、と呼ぶには少し年かさがある彼をじっと見上げながら、「フッチは」 彼の名前を呼んだ。そうした後に、これは少々失礼なことであると気がついた。敬称を付け直そうとゆっくりと口を開き直そうとしたとき、「なんだい」 優しい声だった。

私はじっと彼を見上げた。ぱちり、と音がしたような気がした。竜はまたあくびをした。





赤い花を探していた。


なぜ一人で旅をする。そう訊かれると、私はそう答えていた。何かの比喩であるのか、そうでないのか。首を傾げるシャロンに、ちょんと口元に指をのせた。さわさわと帯のように広がるあの赤い花を、私は今もわすれない。炎の英雄も、花であった。彼とは随分見かけは違うが、時折苦しげに顔を歪め、突き進む浅黒い肌の少年が、一人鼻をならしてうずくまっている様を、ときおり見かけた。

はずるいことしてるんだろ! じゃなきゃボクが勝てない意味がわからないよ!」
「どうでしょうか」

細い槍を抱えて、へえへえとうずくまりながら口から息を吐き出すシャロンにくすりと笑いながら、「まあ、一人旅の年季やもしれません」 すとりと膝を抱え込んで、彼女の目線に合わせた。

「じゃあボクもそうする! 打倒だ!」
「シャロンさんは竜洞に帰らなければ、竜騎士になれませんよ」
「そんなの困るよー!」
「ええ。それにフッチも困ります」
「フッチは別にいいよぉー!」
「よくありません」

明るい少女だった。


ここの争いが終わるとどうする。そう、話したことがある。竜騎士の青年は竜の頬を撫でながら、もちろん、トランの竜洞に帰ると言った。当たり前だ。はどうする。そう訊かれたものだから、私は少しだけ考えた。「でしたら、私も」 トランには、一度足を向けなければと考えていた。「できることなら、フッチとご一緒できたら嬉しいです」 ご迷惑でなければ、と言葉を重ねると、フッチは笑った。はじめと同じ、優しげな顔をして、落ち着いたようにどっしりと地面に両足を置いて、よしよし、とまたブライトを撫でた。

「もちろん。シャロンも喜ぶ」
「フッチは?」

彼は瞬いた。「もちろん、僕も、ブライトも嬉しいよ」「それはよかった」 ブライトは鼻から息を出すように笑った。ちゃらさらと鈴のような風の音が聞こえた。「そういえば、どうでもいいことなのですが」 フッチはパチリと瞬いた。「私はあなたが好きです」 ぶくしゅ、と竜がくしゃみをした。

「それは、いや
「もちろん、男性としてですが。すでにフッチはご結婚を?」
「していないけれども」

待ってくれ、と眉をへたつかせる青年は、何か言葉を連ねようとしてはたと顔を上げた。「きみはいくつだ」「あなたよりは下でしょう」「当たり前だよ。そうじゃなくて」「数年経てば、何の問題もありません」「あるだろう、いやそうじゃなくて」

くるくると顔色を変える三十路も手前の男性を見て、ふむ、と私は唸った。「将来を約束された女性が、トランに? あなたはいい人だから」「いい人って。いや、それも」 いないけれども、と正直に答える青年に、吹き出した。しまったと言ったふうにフッチは耳をかいて、ブライトの鱗を撫でた。
「ただの子どものひとりごとです。ですから、もう数年、待ってください」
フッチは瞳を、僅かに大きくさせていた。



はたりと父譲りの髪が揺れた。強い男に惚れた。父のような、優しげな男だった。僕は、どこかで君に会ったことがあるだろうか。そうフッチに訊かれたものだから、いいえ、と首を振った。ただ、もしかすると私は、彼のことを知っているかもしれない。

小さな少年が昔いた。ひとりきりで薬の花を探し、死した竜を抱えて、竜騎士を追放された少年の話だ。少年は青年になり、星の導きに選ばれた。ぱちり、と夜の炎が弾ける音とともに、小さな物語を父は私に聞かせた。知らない国の、古いような、それともそうではないような、まるで即興のように、けれどもすでに決まっているような、舌の上で転がす物語だ。彼の膝の上で、焼きたての魚を頬張りながら、私は彼らの話をきいた。
「おいしいかい?」

がそういった。「うん」 丸い私のほっぺを、彼は優しく撫でた。









風が頬を切る。はたばたと髪を揺らす。白い雲がちれて、かすれて消えた。もう少しだ、と青年の声が聞こえた。「もう少しだ」 きゃっ! と金の髪の少女が楽しげに叫んだ。私はぎゅっと唾を飲み込んだ。背中にフッチの熱を感じる。息を吐き出した。竜の羽が、強く強く羽ばたく。慌てて瞳を閉じると、強く抱きしめられた。
ハッと瞳を開ける。
海を越えて、陸を越えて、ぽつぽつと、小さな点が見えた。無性に息が熱い。トランだ、と青年が呟いた。もうすこしで

「もう少しで、トランだ     !」





2013.06.09
back
普通にフッチ夢を書こうとして、主人公の年齢逆算して途中で、ん? ってなって、ん!? って気づいた。最初二十歳ぐらいを想定してました白状