迷子になった。ここがどこなのかわからない。私はよく、そんな変なことになる。お母さんと一緒にデパートに言って、ウサギのきぐるみがいたものだから私はてってこ後を追った。あれ、どこにいったの、、とお母さんの声が聞こえたけれども、あとでくるんと戻って、ごめんなさいと言ったらだいじょうぶ。そう思ってた。ぴよぴよ、とウサギのしっぽが揺れていたから、あとはなんにも考えないでついてった。


気がついたらデパートもウサギも消えていて、さわさわと風がほっぺを触っている。「おおう……」 ぺたんと私は地面に手のひらをついた。緑のはっぱが柔らかい。ちゅんちゅん、と鳥が歌っている。ふと顔を見上げた。小さな足が浮いている。


おっこちる、と思った。
枝に腰をかけて、ぷらぷらと彼は足を揺らしていた。それから体をかがめてこっちを見た。細い目がまた細くなって、鼻をすするみたいに口元が動く。同い年くらいの男の子だ。中学生にしては小さいのに、小学生にしては静かで不思議だった。「ここ、どこか知ってる?」 半袖のシャツが寒い。言葉の合間で、私はくしゃみが入った。

少し間が空いて返ってきた言葉をきいて、「……デパート、そんななまえだったっけ……」 なんか違った気がする。「駐車場までいったらわかる。どっちいったらいい?」 ことんと彼は首を傾げた。私は顔を見上げたまま、相変わらず木の幹でぶらぶらと揺れる彼の足を見上げた。途端に少し怖くなって、目の前が緩んだ。ぱたぱた、と彼が足を振っている。

気が付くと、お母さんに怒られていた。そんなんじゃいつまで経ってもお姉さんになれないわよ、と怒られて、手のひらを引っ張られた。それからときどき、うさぎが来るようになった。


それはどこでもぴょこんとやってきて、こっちこっち、と手招きをする。やだよ、と首をふっても、気づいたら足が引っ張られる。背中を押されたら、ちゅんちゅんと鳥が歌っていた。それから、金髪の男の子が木の枝に乗っかってこっちを見ている。「ここどこ?」 きいても全然わからない。それどこ? と繰り返したら、男の子は困ったみたいに眉根を寄せた。

けれども仕方がない。いつも気づいたら帰っているのだ。私は幹にもたれてため息をついた。「きみ、だれ?」 彼はあんまりしゃべるのが得意ではないのかもしれない。私も得意じゃないから別にいいけど。「でも、日本語わかるんだね」 きっと外国人さんだ。そう思った。すごいね、と言ったら、彼は相変わらず足をぶらぶらさせた。「名前、なんていうの。トム?」 トムじゃないからボブ?

ぶるぶる、と男の子は首を振った。それから何か言おうとしたとき、「ジャック」 こないだ読んだ絵本の中に、そんな男の子がいた。ぶるぶる、とやっぱり彼は首を振った。それから静かになった。教えてはくれないらしい。


私はそれからときどき“ジャック”に会った。相変わらずどこか遠くを見るみたいなジャックは、どんどん高い木の枝に登っていった。初めよりも、高くて、気づけば弓矢を持つようになっていた。「ジャック」 降りておいでよ、という声は豆の木が好きな男の子には届かない。「ジャックー」 一回だけ。

つるりとジャックがおっこちた。びっくりして駆け寄ると、彼はきょとんと瞬いてこっちを見た。それから僅かに耳を赤くさせた。私はけらけらと笑って、ジャックにこつんとおでこをつけた。ジャックが口の端で笑っている。僅かに、指がこすれ合った。








「初恋が外国の男の子?」

なんだか物語みたい、と笑う同級生に、「たしかに」と気恥ずかしさを誤魔化すみたいに頷く。いつしかジャックとは会わなくなった。もしかしたら、全部が私の夢だったのかもしれない。「まあ、名前も知らないんだけど」 勝手なアダ名で呼んでいた。でも。

「今も、木登りが好きな気がするな。」



   ***



ジャック、と呼んでいる。ぶらぶらと木の枝に足をかけて、遠くを見つめた。膝の中では、ふすふすと犬が花をふくらませて、ときおり何の夢を見ているのかぺろぺろと自分の鼻をなめている。「ジャックー」 さっさとおりてこーい。


息をついた。静かな風がきこえる。
ぱらぱらと、緑の葉が揺れている。



2014/12/13
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≒の彬さんとジャック交換。したけどなんだか納得してなくてジャック二本立て書いたけどまだ納得してない ヽ(`Д´)ノ

イケメンジャックは彬さんのサイトでみなんせ