*私は本人たちが幸せだったならベネ!(よし!) と思っていますが、人によってはバットエンドになります。手放しで幸せな話ではありませんし、夢主を夢主と呼ぶには難しいかもしれません。










今日は誕生日だったから、髪の毛を2つにくくってみた。ちょんちょん、と飛び跳ねて、お祝いの甘いものがあるのかしら、と家の中で踊っていると、妙に通りが騒がしい。まさかこの村で一人きりの子供である私の誕生日に、村で総出でお祝いをしているわけでもないし、祭りの日みたいな騒がしさに不思議に思って、ひょいと窓から外を眺めてみた。大人たちがもみくちゃになっていた。小さな村だからすぐにわかる。


男の子だ。緑と紫のバンダナで、赤い服を着ている。村人たちは、嬉しげに彼を迎え入れて、いつの間にやらどんちゃん騒ぎだ。なにやら彼は、この村に住むことになるらしい。若い男の子が来るなんてめったに無いことだから、こりためでたい、と彼の来訪を喜んだ。

彼の名前は。見かけよりも年をとっているみたいでお酒もたしなむ。付き合いもよく酌に笑っていたけれど、連れがいるからと深くまでたしなみはしなかった。そして私の家に隣の空き家に住むことになったのだ。



「……あれ、きみは?」

隣の子だったっけ、とお兄さんは私を見て首を傾げた。私は彼を見上げて、ぷい、とそっぽを向いてしまった。この人が悪いわけじゃないのに。「どうしたの? 俺、なにか悪いことしたかな?」「別に、さんがここにきたとき、私の誕生日だっただけ!」 わあ、そりゃまた、と彼はパシンと頭を叩いた。

新しい男手の来訪に、うちの両親も含めて喜ぶものだから、すっかり私の誕生日なんてどこかに行ってしまった。でも、「悪いことをしたなあ」と彼は心底申し訳無さそうに謝るから、へそを曲げている自分が恥ずかしくなって、なぜだかまたそっぽを向いた。

「……まあでも、うちのお父さんとお母さんも忙しいし」
「そうなの?」

ちょっと前までおばあちゃんがいたのだ。でもいなくなってしまった。若い大人は少ないから、二人とも大変で、もともと私の誕生日なんてなかったも同じなのかもしれない。「だから、しょうがないよ。ごめんねさん。変に謝らせちゃった」「いやあ、それは構わないんだけど」 そうかあ、と彼は右手で私の頭をなでてくれたから、少し照れて足元の石を蹴って遊んだ。すると、彼の家のドアの隙間がうっすらと開いて、微かな声が聞こえたのだ。

さん、どうしたんですか?」

女の人の声だ。少しかすれていて、うちのおばあちゃんみたいだった。姿を見てみると、そっくりだった。わあ、となんだかびっくりして、さんに目を向ける。彼女は杖をついて、こつりこつり、とゆっくり外に出てきた。さんは、慌てて彼女の手のひらを握って、「無理しちゃいけないだろう」と困った子供に言うように声をかける。彼女は苦笑していた。

それからおばあさんにはじめましてと挨拶をして、これからよろしくおねがいしますと伝えた。おばあちゃんを思い出して、甘えてしまいそうになったのだけれど、子供っぽいからそれを言うのは我慢した。さんは始終彼女を心配そうに付き従って、時折腰に手を添える。なんだか、なんだろう? 首を傾げた。


そうして彼らと遊んでいたら、お父さんに叱られた。「コラ! なにしてんだ。迷惑をかけるんじゃない!」「いやいやそんなこと」「こいつ、最近ばあさんが死んだもんで、甘えてるんですわ」 引っ越してきたばかりで忙しいのにすみませんねぇ、とお父さんはぺこりと頭を下げる。おばあちゃんのことは言わないでほしかった、とほっぺを膨らませても、お父さんには伝わらない。

さん、あんたも婆さん想いだね。甲斐甲斐しい、いい孫をもったじゃないか」

そう言って口元の八重歯を見せた父にびっくりして、私は思いっきりお尻を叩いた。「あいた! なにすんだ」 なにすんだ、じゃないぞ。彼ら二人は、きょとんと瞳を瞬いて、二人一緒に視線を合わせた。それから不思議な笑い方をしていた。苦笑いみたいだ。「そうですね」とおばあさんは返事をした。

なんだか違うと思うのだ。私は自分のおばあちゃんが大好きだったから、なんとなく、不思議な違和感があった。お父さんは、違う、違うと言って暴れる私に心底不思議がって相手をしてくれなかったけれど、なぜだか私は彼らに謝らなければいけないような気がして、夜にこっそりと家を抜け出した。そしてさんのお家の扉を、そっとあけた。家の中には、ランプが一つ灯っていてゆらゆらと影が揺れている。さんが見えた。

おばあさんの顔は、背中になっていてよくわからない。さん、と声をかけようとしたとき、ふと、声が聞こえた。「孫ですって」と、カラコロ楽しそうな声でおばあさんが笑っている。

「ちょっと前は息子だったのに、いつの間にそうなっちゃったのかしら」

そう呟く彼女の声に、さんは困ったように笑っていた。それからおばあさんは言葉を続けた。

「色んなところに行きましたね」
「そうだね、でもここでもう最後にしよう。きみの足も辛いだろう」
「そうですねぇ。さんが作ってくれた杖があるから、今まで頑張ってきたけど」

楽しかったですよ、とおばあさんがさんに告げている。俺もそうだよ、とさんが返事をした。「さんはずっと素敵なのに、私なんてこんなふうになってしまって。あら、テオさんだったかしら?」 意地悪を言わないでくれ、昔のことを、とさんは肩をすくめる。それからそっと彼女の髪に手を触れた。「きみはずっと素敵だよ」

さんは、とてもとても大切そうに彼女をなでた。
そんな彼らの姿を見て、私はひどく胸がどきどきして、見てはいけないものを見てしまったような気がして、慌てて口元を押さえた。ドアを閉めることも忘れ、転がるように部屋のベッドへと戻って、布団をかぶって逃げてしまった。それから瞳を必死でつむっている間に、子供だったからすっかり寝こけてしまったのだ。



それからしばらくの時が経って、さんはまた旅に出た。彼はときおりこの村に帰ってくる。それから丸い小さな石に、いくつかの花を添えるのだ。
ある日、私は歩きづらい道にふうふうと汗を流しているとき、懐かしい男の人を見た。相変わらずバンダナをしているみたいだ。彼はふと私と目を合わせて、懐かしげな顔をするとペコリと頭を下げた。そしてすぐに消えてしまった。

不思議に思ったのか、つんつん、と私の手のひらをひっぱられる。「おばあちゃん、さっきのはだれ?」 見ない人だねえ、と首を傾げた。

「さあね。でもときどきやってくる人だから。あんたも覚えておくんだよ。驚く必要なんてないんだから」

村では私が一番若かった。だからいつの間にやらみんないなくなってしまったものだから、彼のことは誰も知らない。「あの人も、おんなじただの人間なんだよ」 ふと呟いた台詞に、「そりゃ当たり前でしょう?」とこの子が口を尖らせるものだから、笑ってしまった。また花をかかえて、彼はやってくるんだろう。





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2019-10-14
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もし不幸せで坊っちゃんが迎えに行くことができたらの話。
坊っちゃんはどれだけ年をとっても大切にしてくれると夢を持っている自分がいます。

そしてどうでもいい独り言(主人公は不幸せなハッピーエンドの最後に出ていた女の子