■ くっつかない
■ 4から1の間くらいのテッドなので、シリアス気味と思ったらそうならなかった?
■ 独白気味







転がっていた。雨の中で、ころんとそいつは転がってた。俺はつん、とそいつの足先をつっついた。ぴくり、とそいつの指先が動く。小さな手のひらだ。小さい。いくつだろうか。そういえば、近くに燃えおちた村があった。(戦災孤児か)

意味なんてない。敢えていうなら、昔、自分の村が燃えてしまったことを思い出した。そしてこいつも一人になったんだな、と思った。小さな子どもの手のひらを、足先でいじった。手の甲を確認する。当たり前だけれど、ただ真っ白い肌があるだけで、模様なんてどこにもない。ため息をついた。意味なんてない。俺はどすんとそいつの隣に腰を下ろした。背中に拾った袋を開けて、パンを口で咀嚼する。

怪我はない。ただ衰弱しているだけだ。俺は水筒を取り出した。パンを水につけて、そいつの唇をしめらせる。子どもは僅かにまぶたを震わせた。


***



後ろに子どもがくっついている。俺は静かに舌打ちをした。あれから数ヶ月、ただの気まぐれで命を助けたことが間違いだった。子どもの回復は、想像以上に早かった。パッと目を覚まして、俺の顔をマジマジと見つめた。そして何かを言おうとした。けれどもうまく言葉がでないのか、困ったように瞳をきょろきょろとさせて、俺に手を伸ばした。俺はサッと立ち上がった。そのまま無視をして、山を下った。それなのに、子どもはこっちの後ろをついていた。

わざときつい道のりも通った。人の中を歩いた。それなのに、そいつは常に後ろにいた。食料は自分でなんとかしたらしい。近くに人間がいることが煩わしい。邪魔だ、どこかに行ってしまえ、と叫ぶことは、どこかこっちが負けたような気になった。そのまま無視をした。随分道を歩いて、いなくなったと思ったとき、俺は村に腰をすえようと思った。いつもの通り、2年経てば、またどこかに旅立てばいい。

「俺を雇ってくれないか」
俺はひょいと、適当な店で声をかけた。「丁度こっちも、人が足りなかったんだ」「できれば、住み込みで」「構わないよ。それで」 店主は声を止めた。ちらり、と視線を下に向ける。「その子は、あんたの兄弟かい」

「そうだよ」

どこからか聞こえた声に、俺はパッと瞬いた。あのときの子どもが、俺の腰の服をつかんで、大きく頷いている。そうかい、と店主は笑った。「俺は子どもが好きだから、文句は言わない。その分、働いてくれさえすればいい」

めんどうなことになった。そう思った。俺は眉を顰めた。子どもは生えかけの八重歯を見せて、にかりと笑った。汚れた顔をしていた。
死にかけの子どもを見つけてから、一年。俺は初めてその子どもの声を聞いた。





子どもはよく働いた。俺は常に、どこかにいけと願っていた。腹をすかせて倒れていた子どもは、五つか六つ、声を聞いたそのときは、一年後。それから二年、村で過ごし、旅だった。俺はその子どもの名前を知ったけれど、覚えようとは思わなかった。いや、知ってはいた。けれども忘れようと努めた。

子どもはそんな俺に気づいたのか、俺の名を呼ばなかった。お互い、話しかけもしなかった。口数の少ない兄弟だと、村人たちは思っていたに違いない。子どもは、俺にとって“便利”ではあった。あの女魔法使いは、まさか俺が子連れで旅をしているだなんて思いもしないだろうし、子どもがいることで、村人たちの訝しげな視線は和らいだ。ただ、お陰で彼らが不必要な干渉をしようとする姿には、気が滅入った。子どもが余計なことを口走らないか。それも心配だった。けれども、特に問題がないことに気づいたのは、次の村を訪れるときには気づいていた。

子どもは、馬鹿ではなかったらしい。俺が他人との干渉を不愉快に思うと、早々に気づいていた。村人との間には、子どもが立った。彼らが俺に近づかぬようにと考えを巡らせて、なるべく俺の視界から消えるようにした。ただ、いつまで経ってもついてくるそいつは、やっぱり馬鹿だと俺は感じた。

それから三年が経った。当たり前のことだけれど、俺は成長することはなく、子どもはぐんぐんと大きくなった。子どもは、そのことで何を尋ねる訳でも、奇妙な顔もすることもなかった。俺も説明をする気はなかった。相変わらず、兄弟だと偽って、旅を続けた。二年経つと、村を出た。次の村へと移った。あるとき、子どもを弟だと言えば、奇妙な顔をされるようになった。俺と子どもが、似ているとはとても言える姿ではなかったからだろうか、と思っていた。

子どもと出会い、十年が経った。


ふと、俺はテーブルの前に座る、子どもの姿を見たとき、ハッと気づいた。「お前、女だったのか」 自身から、子どもに声をかけることは、恐らく初めてだった。子どもは驚いた表情で、何度もパチパチと瞬きをした。そしてゆっくりとはにかんで、「うん」と頷いた。

何か俺は唐突に、恥ずかしくなった。顔を赤くさせた。子どもは、もう子どもではなかった。いつの間にか、子どもは俺の年を越え、兄と弟ではなく、姉と弟になった。旅を続け、子どもの年は、いつしか二十を越えた。「あなたは、年をとらないんですね」 ある日、子どもはぽつりと漏らした。

俺は、言葉を返さなかった。そう、子どもは馬鹿ではないのだ。すでに子どもは勘づいていた。じっと俺の右手を見つめた。「私は、あなたの大切な人ではないから、魂はとられないのですね」 俺は、これにはうんと頷いた。子どもははにかんで、少しだけ照れるようにして笑った。「すごく、悲しいけれど、少しだけ、嬉しいです」

その笑った表情を見て、俺は唐突に苦しくなった。耳の辺りが熱くて、心配気にこちらを見る“彼女”を見ることが辛くて、辛くてたまらなかった。胸が苦しかった。右手が熱かった。何かをわめいていた。ふと、もう一度彼女を見つめた。彼女は困惑していた。真っ黒な瞳をぱちぱちさせて、ほんのり赤い頬を見て、細く白い指先を見た。気づけば彼女は、とても綺麗になっていた。死にかけた、ガリガリの細い子どもは、もうどこにもいない。いるのは、ただの美しい、一人の女性だ。

手を伸ばした。彼女の細い腕を掴んだ。彼女は体をこわばらせたけれど、抵抗はしなかった。ふと、何をしているんだろうと思った。死神がうなり狂っている。それだというのに、彼女は理解した顔をしていた。ただじっと俺を見つめていた。その顔を見てしまったとき、俺はハッと目が覚めた。彼女の手を放した。そして背を向け、寝室に向かった。彼女は、ふと、何かを言いよどんだ。そして、ぽつりと、おやすみなさい。と呟いた。テッドさん、おやすみなさい。

恐らく、彼女が自身の名を口にしたのは、これが初めてだった。だから俺も、うっかり口をすべらせた。「ああ、おやすみ、」 ずっと知らないふりをしていた名を呼んでしまった。彼女が息を飲む音が聞こえた。おしまいだと思った。


だから俺は、彼女がベッドの中で寝入ると同時に、その村から姿を消した。
今度こそ、子どもがくっついてこないように。上手に姿を消した。






コンコン、コンコン
小さなノックの音がする。


おばあちゃん、朝だよと私は言った。




お母さんのお父さん、私のおじいちゃんは、若くして死んでしまったらしい。体があまり強い人ではなかったそうだ。私はおばあちゃんの部屋をノックする。おばあちゃんが、はあい、と返事をした。弱くなってしまった足腰の代わりに、杖をついて、私が彼女の腰を支える。おばあちゃんは、いつも嬉しそうに笑っていた。「、あんたは優しい子だね」 私は少しだけ照れて、苦笑した。



「…………ああ、知ってる。あそこでしょ、レパント様のお屋敷」

わかってるわかってる、と私は片手をひらひらさせた。「そうよ、明日、宴会があるらしいからね、お酒を持って行ってちょうだい」「わかりました」 母親の言葉に頷いて、私はカラカラと台車を動かし、酒の樽をひっぱる。

うちは酒屋を営んでいる。恐らく私は、三代目になって、この酒屋を継ぐんだろう。おばあちゃんは、昔色々なところを旅していたから、色々なことを知っている。お酒を飲んだことはなかったけれど、作り方は知っていた。いろんな場所の、いろんないいところを合わせて、今のうちの酒屋ができたのだ。中々に評判であると自負している。

私がカラカラと台車を動かすと、ふと、目の前に見知らぬ少年がいた。茶色い髪の毛をボサボサにさせて、汚れた青い服を着ているところを見ると、旅人か何かかもしれない。「道に迷った?」 私は彼に問いかけた。彼は私を見て、少しだけ瞳を大きくさせた。そしてすぐに首を振った。人懐っこい笑みを浮かべながら、「いや、違う。ありがとう……重そうなもん、しょってるな」「まあね、お仕事ですから」

そうかい、がんばれよ、と彼はひらひらと片手を振った。そしてこっちに背を向けた。「どっかに行くの?」 ふと、私はなんとなく、声をかけた。少年は、首だけ振り返って、少しだけ笑った。「いや、別に」「旅人?」「うん、まあ」

泊まる場所がないなら、うちに来てもいいよ。と言った。うちは時々、宿屋からあぶれた旅人を泊めてやったりもしているからだ。少年は、苦笑した。「いや、気持ちだけ受け取っとく」「あっそ」

少年は、また背を向けた。けれども、またすぐ振り返った。「なあ、あんた!」「……なに?」「お前のおばあちゃんにさ、長生きしろって伝えてくれよ!」

何言ってんだこいつは、と思った。私が何かを言う前に、彼はパッと駆け出した。さきほど村に来たばかりだという風貌なのに、すぐさま門を駆け抜けて、街の外へと消えてしまった。私はぼんやりまたたき、レパント様のお屋敷に向かった。そして家に帰って、こんこん、とまたおばあちゃんの部屋のノックを叩いた。


「あら、。どうしたの」、ときょとんと瞬くおばあちゃんに、変な少年に会ったと告げた。おばあちゃんは、パッと瞳を大きくさせて、カラコロと笑った。「そうね、長生きしなきゃ、いけないわね」 私だって、あの人と同じ時を、まだ歩んでいるもの。

おばあちゃんが何を言っているのか、私にはよくわからなかったけれど、どうにも、おばあちゃんの笑みは、私には可愛らしく映った。「ねえ、」 おばあちゃんは、椅子に腰掛けたまま、すいっと私に手を伸ばす。「あなたは、私と同じ名前だから、私と似ていると思うの。好きな人ができたら、まっすぐについて行くのよ。後悔なんて、後でいっぱいできるんだから」「それって、おじいちゃんのこと?」「あの人も好きよ。優しい人だったもの」

どういうこと? と私は首をかしげた。そんな私を見て、おばあちゃんは楽しそうに笑った。「いくら時間が経ったとしても、好きだった気持ちは、消えたりなんてしないもの」「それって堂々の浮気宣言?」「あらやだ、違うわよ」

私は困ったように声をうならせた。そんな姿を、おばあちゃんは、ただ嬉しそうに笑って見ていた。「そうね、長生きするわ」ともう一回つぶやいて、さわさわ葉っぱが揺れる、窓の外へと、ゆっくりと顔を向けて、口元を苦笑させた。


2012.01.12
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公開しようか迷ったけれどもまあいいや!