* 4の何十年後の話
* 4様は主人公の初恋の王子様みたいな。くっつきませんが、バットエンドではない
* 高飛車系お嬢様主
* 主人公の苗字は固定です
* 特に意味はなく僕系4様






5歳のとき、奇妙な青年に会った。
赤いハチマキをはたはたと揺らして、ぼんやりとベンチに座り込んで、空を見上げていた。私はちょいちょい、と彼の足元に移動して、よいしょとベンチの隣に座った。青年は私に気づかないような億劫さでちらりとこっちを見て、ちょっとだけ笑った後、また空を見上げた。私はんだかムカッとなった。なんだか無視をされたように感じたのだ。

「うちの家はラズリルの中でもゆうりょくなきぞくなのよ。オベルのおうさまとだって、なかよしなんだから」 だから無視をするとひどいわよ。と、大人がよく言っている言葉を使って叫んでみると、男の人は、うん? と首を傾げるようにこっちを見た。そして暫く私を見た後、「でもそれ、別にきみが凄い訳じゃないでしょう」

私はきょとんと瞬いた。それから、じわじわと顔が赤くなった。私は多分、怒っていた。むかっとした。それからその名前も知らない男の人に、「ばか!」と叫んだ。男の人はぼんやり顔で私を見て、ちょっとだけ口の端を上げた。




10歳のとき、その人の名前を知った。
「はじめまして、僕の名前はです。これからどうぞ、よろしくお願いします」

私はパチパチ瞬いて、随分昔に会ったことのあるその人だと、すぐに分かった。新しくやってきたその召使いは、メイド達の間で話題になって、かっこいいけど、気づけばぼんやりしているし、なんだか変な人ねぇ、とすぐに噂は下火になった。


私はちょこんと召使いの膝の間に無理やり飛び乗って、「本を読みなさい!」と突きつけた。召使いはええ、わかりました。と頷いて、絵本を読んだ。その本の中にも、彼と同じ赤色のハチマキをつけた男の人が出てきた。変な紋章をつけられて、いっぱいいっぱい頑張る男の人の話だった。

「ねえあなた、ハチマキはもうつけないの」 その主人公の絵を撫でながら、ふと召使いを見上げると、青年はぎょっとしたように瞬いた。私は何か、変なことを言っただろうか。「ずっと前に、家の前のベンチで、ぼんやり空を見上げてたでしょ」

そのときは、変なハチマキをつけていたもの。と私はつんとして答えた。彼は私の言葉にホッとしたように、「今はさすがに、お嬢様のお家に仕えているからね」 ふうん、と私は気のない返事をして、召使いの膝の間で、ばたばたと足を振った。「それにしても、よく覚えてるね」「私、記憶力には自信があるの」 嘘だ。

いいや、嘘でもないけれど、あんな風に、堂々と正面向いて私に言葉を言ったのは、この人だけだった。むかっとしたし、今でも思い出すと腹が立つ。だからなのかもしれない。その人の顔だけはよくよく覚えていた。「あなた、なんで召使いなの。全然似合わない」「そんなことないよ。僕は生まれついての小間使いだもの」 なんだか懐かしくなったんだ。とやんわりと笑うその人の胸に背中をもたれて、私はパタンと本を閉じた。

「そんな生まれついて、聞いたことがないわ」
「そうかい? それは残念だなぁ」

特に残念でもなさそうに、その人は笑っていた。
私はふと彼を見上げながら、パチパチと瞬きをした。「ねえ、あなた。お顔が変よ」 彼は瞳をきょとんとさせた。「だって昔と、全然変わっていないもの」

変な人だな、と子供心に分かっていた。彼は私の言葉に、曖昧に笑った。私はにーっと口元をゆるませて、「あら、知られちゃ駄目なことだったかしら」 あらあら、と小さい体で、精一杯にレディーぶって笑ってやった。

私はくいっと顎をあげて、自信満々に胸をはった。「そうね、黙っててあげないこともないわ。キスの一つでもしてくれれば」「お嬢様、それがこの間読んだ本の内容かな」 騎士とお姫様のお話でも読んだかい。

それがあんまりにも図星だったから、私はカッと顔を赤くして、口元を尖らせた。ふん、と鼻から息を吐き出して、自分の膝を見つめながら、両足をバタバタさせた。
頭の上から、「しょうがないなぁ」とため息をつくような声が聞こえる。「約束だよ」
ちゅっとほっぺたにキスをされた。

私はビックリして顔をあげると、その召使いはなんてこともなさそうに、私の手の間から絵本を取った。そしてどこか懐かしげに、ページを開いた。



それから彼は、すぐに召使いを辞めた。
何の挨拶もなくって、屋敷の中で、彼のことを覚えているのはきっと私くらいなものだ。素敵な人ね、と最初はきゃいきゃい騒いでいたメイドたちの記憶にさえも、多分彼は残ってもいないだろう。



   ***



「そうだね、きみは大きくなったね」

いくつになったの、と問いかけられる。だから私は、「16よ」と胸をはった。今でも彼を見上げていることには代わりはないけど、昔よりも、ずっと首が楽になった。「そういうあなたはやっぱり変わらないわ」 返事はなくて、あのときと同じく、ベンチの上でぼんやり空を見上げていた。その私を無視するみたいな態度に、やっぱりムカッとなって、「随分久しぶりじゃない」 一体どこに行ってたのよ、と声を低くさせた。

はにこにこと笑った。「旅をしてた。世界は広いんだね」「ちょっとくらい、顔を見せてくれてもよかったと思うけど」「足が動かなかったから」「それを言うなら、腕が動かない、でしょう」

私が人差し指をぴんと伸ばすと、きょとんと不思議気な顔をする彼に、ちょっとだけうれしくなって、「うちの家に、代々伝わる言い回しよ。腕が動かなかったから、しょうがない」「……それ、理由になる?」「ならないわ。でも、過ぎたことならしょうがない。理由なんてとやかく言ってもしょうがないもの。ごちゃごちゃ言い訳をするくらいなら、次はもっと頑張る努力をしましょうって意味よ」

まあでも、と私は言葉を付け足した。
「今じゃお酒に飲んで、よっぱらう男たちの言い訳ゼリフになるばっかりなんだけどね」

は噴き出すように笑った。「そりゃ、元になったやつには可哀想だな」「私のひいお祖父様が言い始めたことなのよ。私は小さくって、あんまり覚えてはいないけど、ちょっぴり照れくさそうに笑ってたわね」

だろうねえ、とまるで知り合いの昔話を聞いたみたいに、彼はくすくすと口元を押さえた。
彼が笑っている顔を見ると、私はなんだか照れくさくなって、いつもよりも重っ苦しいスカートを、ぱたぱたと両手で動かした。頭だって、お花がいっぱいで首を動かすにも苦労する。ううん、と私が僅かに唸ると、彼はちらりとこっちを見て、「綺麗になったね」 そうでしょう。と私は胸をはった。自慢気な私を見て、また彼が噴き出すように笑ったので、ちょっとだけムッとしたけれど、まあいいか、とため息をついて、肩をすくめた。

様ー!」と、私を呼ぶ声が聞こえる。
「そろそろ、行かなくちゃ」 パッとベンチから立ち上がった。ふと振り返ると、やっぱり彼は赤いハチマキをはたはたとさせていて、やんわりと笑っていた。彼も同じく立ち上がって、ぺこりと軽く頭を下げた。「お幸せに、フィンガーフート嬢」

あらやめてよ、慣れないお化粧をして、妙に気になる口元に手を置いて、くすくす笑った。「私、もうその名前じゃなくなるもの。次に会ったときは、って呼んでほしいわ」 なるほど、と彼は頷いた。

私を呼ぶ声が、また大きくなる。私は慌ててスカートを両手で持ち上げて、メイドの元に駆けていく。ふと、振り返った。青年も、ちらりとこちらを振り返った。私が軽く手のひらを振ると、青年は大きく右手を振り上げた。「、君に、祝福を!」


ありがとう、と張り上げた私の声が、彼に聞こえたかどうかはわからない。様、と怒りを顔いっぱいに張り付けたメイドに叫ばれ、ごめんなさいと私は苦笑して、歩を進めた。それからまた、振り返ると、そこにはもう誰もいなかった。様! とまた怒られてしまったから、今度こそ前を向いて、私はたかたか歩いていった。


いつかまた、会えるかどうかはわからないけれど。
(せめてまた、おばあちゃんになる前には会いたいわ)


     君に、祝福を。




2012.02.27
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紋章保持者と一般人にこの頃なんとなくはまってニヤニヤ。人生の一瞬の交わりみたいなのっていいですね。