*主人公はちっちゃい子ども。
*主人公と坊の恋愛要素は一切ありません。
*超絶みじかい、夢じゃない



母親はいない。少しだけ前に死んでしまった。。一人だけ残してしまってごめんね。ごめんね、。彼女はそう言って、小さな手をふらつかせた。私は無言で彼女の手を握りしめた。にこりと笑った母親は、ぽたりと一つ、冷たいしずくを瞳からこぼして、力のなくなった手のひらは、とてもとても重かった。

私はぼんやりと家の前で体育座りをしていた。ぐるぐると登って落ちる太陽を三度ほど見つめた後、目の前に赤い服を着た男の人が立っていた。綺麗な黒髪の男の人だった。彼はゆっくりと私の前で膝をついて、「お母さんは?」と私に尋ねた。死んだと答えた。「そうか」と彼は小さく呟いた。

伸ばされた左手を、私は一生懸命につかみとった。彼の名前はと言う。老いない体で、一人で旅を続けていたと聞く。けれどもその日から、彼は一人旅ではなくなった。
私は彼と、旅をした。





! お魚、釣れた!」

見て見て、見て見てー! と私は魚を両手で掴んで、焚き木の前に座るの元まで駆けつけた。くるくると器用にじゃがいもを向いていたは、「うん?」と首をかしげながらこっちを向いた。「あ」 ひっかかった。は慌てて立ち上がり、「、あぶない」「ごめんなさい……」 ぷらぷら、と首根っこを掴まれるように助けられて、私はしょんぼり気分のまま、頭をぽとりと下げた。


私がに拾われてから、いくらかの季節がめぐった。は長く一つの場所にとどまれない。それは奇妙な“病気”を持っているから、とは言ったから、私もそれ以上聞こうとは思わなかった。ぱちぱち、と焚き火が弾ける音を聞きながら焼けていく魚を見つめた。ぽい、とはじゃがいもを火の中に投げ入れた。

一匹しか釣れなかった魚は、私が食べた。俺はいらないから、が食べなさい。そう言って、彼はくしゃくしゃと私の頭を撫でた。「、いくつになる?」「むっつ!」「そうか。大きくなったなあ」

おいでおいで、とさんが手のひらをこっちに向けたから、よっこいしょと私はの膝の上に座り込んだ。ぱたぱたと足を振ると、「行儀が悪いぞ」とぺちぺちほっぺたを叩かれた。「行儀、悪くない。元気なだけ」「上手いこというなあ」 ほら、焼けたよ。

に渡されたお魚を、もぐりと口の中にふくんだ。「あふい」「ほら、ちゃんと冷まして」「ん」 棒を受け取って、もぐもぐ、とほうばった。「おいひーねえ」「ん、よかったね」 くしゃくしゃ、と左手で撫でられた。




の膝も、手のひらも、小さな私には大きかった。一緒に手のひらをつないで、ぶらぶらとあてもなく旅をした。「おお、お兄ちゃん、妹さんの世話、偉いねえ」 よく似た兄妹だなあ、と通り過ぎる行商人に声を掛けられて、「は妹じゃないよ」と私はほっぺをふくらませて怒った。そうか、そりゃあ申し訳ない。と行商人は笑った。「あっちには行かない方がいいよ、縁起が悪いからね」 そう言い残し、行商人はパカパカと牛の足を動かしながら細い道を通り過ぎた。

兄妹と間違われたことに、私はぷんぷん頬をふくらませて、不機嫌に足を動かした。その隣で、は口元を押さえて、肩を揺らしていたものだから、また気に入らなくて、ばたばたと走った。そしてこけた。鼻をぐずらせて、地面にぺたりと手のひらをつくと、相変わらずは笑って私の鼻をふいてくれた。





     、お花がある!」

真っ赤なお花が、おびのように咲いて、広く広く、群生している。私はの手を掴んで、力いっぱいに振った。はやくはやく、と急かすと、「、そっちはよくないよ」と彼は困ったように笑った。「なんで?」「あの花は、よくない花だ」 エンギがワルイ。そう行商人は言っていた。

だから早く通り抜けてしまおうね。そう微笑む彼の手のひらを、私はぎゅっと握った。振り返ると、はたはたと風がふき、揺れる茎が、赤い波がささやいた。「悪くなんてないよ」 静かな言葉を思い出した。「赤い花、悪くなんてないよ。お母さんは、あのお花がすきだって言ってたよ」

ねえ、と手のひらを握った。は少しだけ困ったように笑って、「そうかあ」と呟いた。
ただ一本、私はその花を摘み取った。右手はの手のひらを持つから、左手に花を持って、ぽてぽてと道を進んでいった。



   ***



私は長く、と旅をした。幼い自分にとって、それがどれくらいの時間なのか、本当はよく分かっていなかった。過ぎた季節の数を数えて、土草ばかりの道を、歌を歌うように踏みしめた。
ある日、私はいつものように魚をくわえながら、問いかけた。「ねえ」「ん、なんだい」 相変わらず年の変わらないその人は、優しげに瞳を細めて私と同じく魚を食べた。いつの間にか、私はきちんと人数分の魚を釣ることができるようになっていた。

って、私のお父さんなんだよね」

うんそうだよ、と彼は頷いた。確認の言葉はそれだけだった。
私はもぐもぐと魚を食べて、ずっとつけたままのの右の手袋を見つめた。彼はそれ以上なにも言わなかったし、私もとくに何かを言おうとは思わなかった。

相変わらず、よく似た兄妹だと私とは間違われながら旅をする。
二人一緒に旅をする。




2012/07/26
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ものすごい蛇足(不幸せなハッピーエンドの別ヴァージョンのエンディングかもしれない