幼馴染がいる。



幼馴染と言えば聞こえはいいけれども、実際はただのいとこで、あれやこれやの事情から、マクドール家の一室に住み込んでいる。妹だか姉だかみたいなもので、お互いのパンツの一枚や二枚みたところでなんともないし、さっさと起きろと部屋のドアを叩く。「、ちょっと女の子らしくした方がいいんじゃない?」なんて冗談半分で笑えば、「うるさいなあ」とごつんと拳がやってくる。
いたらうるさいし、文句を言うし、すぐに鼻を曲げる。けれども食卓にいないと落ち着かない。彼女が風邪で寝込めば、ベッドに座って額に手のひらを当ててやる。風邪がうつる、なんて言われても、そんな貧弱な体はしてないな、と笑って鼻声の彼女の額をつつく。

マクドールの名前の中で遠巻きにする子どもたちと距離を開けて、そんなふたりぼっちを俺たちは続けていた。いた。少し前まで。



「テッド、起きなきゃ朝ごはんがないぞー!」
「ぞー!」

と二人で拳をふるって玄関先で叫ぶと、「うるせー!」ときこえるテッドの声に、お互い肩を合わせて笑った。「朝っぱらから元気な坊ちゃんとお嬢ちゃんだこと」とテッドは鼻白んでぎいぎいと扉を開けた。あくびを連発しながら、「はいはい、いきやしょーかね」なんてまたため息をついて、のろのろ爺さんくさく歩く背中をが押した。「子どもは元気が取り柄だからね! テッドはしょうがないやつだ」嬢ちゃん、俺はもう気持ちの上じゃおじいちゃんなの」

だから押されるのはちょっと楽だから好きよ、なんて言いながらまたあくびを繰り返すテッドの背中からは手のひらを逃して、「ぎゃっ」とテッドは尻餅をついた。げらげらと指をさすと、いきよいよく立ち上がったテッドが、ふんぬと俺の両足を掴んだ。「うわっ!?」 がごっと顔面から地面にぶつかり沈み込んで、「ちょっと何するのかな、俺は何もしてないだろ!?」「女にやり返しができるか! 笑ったテメーも同罪だ!」「なんだとこら!」

ぐいぐいと両手でテッドの口を掴んで、同じくテッドも俺の頬をひっぱる。お互い一文字の口になって、他人顔をしたはけらけらと一人で笑って手のひらを叩いていた。テッドが来てから、俺たちはふたりぼっちではなくなった。







学校というものがあるらしい。そこはニューリーフ学園とかいって、山を越えて川を越えて、国まで渡らなければいけない場所にあるときく。「それって、どんな場所なのかな?」 は首をかしげてパタパタと俺のベッドで暴れた。「さあねえ。同い年の子どもが集まって、勉強をするところってことは知ってる」「私だってそれくらい知ってますけど!」

ばしっと投げられた枕を片手で弾き返した。「その同じ年頃の子どもが集まるって必然性が不思議ですって言ってるの!」「そうだねえ、うちじゃあ年なんて関係ないしね」 首都、グレッグミンスターでも確かに同じ“学校”というものが存在するが、学を得たいものなら誰でも門戸を開いている。それ以外となると軍学校という存在があるが、こっちにはには関係がない話だろう。

「同じ年がいっぱいかー。気になるような、気にならないような」
「なに、。ニューリーフに行きたいの」
「べつに」

でも勉強したいかな、と声を落とす彼女に振り返った。「だったら俺が教えてあげるけど」「別にいいっ」「なんだ、またのわがままか」 めんどくさい子だね。と俺はわざとらしくため息をついてページをめくった。「めんどくさくないですが!」 は勢い良く俺の背中から抱きついて、ぐいぐいと首を締める。「くるしいくるしい」 大して苦しくもなんともないけど、ぱちぱちと彼女の手のひらを叩いて笑った。

「っていうか、胸が当たってるんだけど」
「ん!?」
「ごめんうそ、ぺったんこでわかんない」
「しめあげるー!!!」

こんのあほんだらー!! とおもいっきりに首元を締めあげられながら、げほげほと俺は笑って彼女にもたれかかった。丁度、ノックをしてドアを開けたテッドが、「お前ら、仲いいなあ」なんて呆れたふうにため息をついてこっちを見ている。「いやはや、それなりですがね」なんて片手を振ると、「余裕な顔をしてんじゃありません!」と今度は頭突きをくらった。これはさすがに痛かった。



ってさ、兄妹じゃねーよな?」
今更ながらのテッドからの問いかけに、うん、と俺は頷いた。「そんなに似てる?」「んにゃ、ぜんぜん」「だよねー」「でも結婚前の男女が同じ屋根の下で一緒に暮らすとか、やらしいねえ」なんてニマッと口元を緩ませるテッドを見て、「あっそう?」と適当に流した。

「つまんねえ反応だなあ」
「あれテッド、きみ妹のパンツに興奮する人種?」
「いや知らんが。ちょっと待て、適当に設定をつけるな。やめろ、お前その発言やばいやめろ」

しねえよ! なんて顔を真っ赤にして否定されると、それはそれで反対に怪しいような気もするけれども、「まあそんな感じだよ」と俺はミカンをむきむきとしながらテーブルに肘をつけた。「兄妹に興奮するバカはいない」「でもお前とは違うんだろ」「うん、イトコ」「じゃするんじゃね」「ナッシン」

その考えはナッシン。なんて言いながらぴーぴー口笛をふいてみると、テッドは不満気な表情をして俺のミカンを受け取った。「あっそお」 なんて何が面白く無いのか鼻白んで、むきむきと手袋のままに皮をむく。「それ、やりづらくない?」「ほどほど」 変な返答をするやつだ。
そういえば、と思い出した。こいつは最初、妙にとっつきづらいやつだった。ぼんやりと暗い顔で自分の手元を見て、話しかけると長い間のあと、ちろりと反応をこぼす。おもしろいやつだな、と思った。おもいっきりに、力の限りこっちを無視する様が気持よくて、気になった。

俺はふらふらとテッドの近くに寄って、彼の周りを回った。テッドは相変わらず俺を無視したし、嫌な顔をする以前に、こっちの相手もしようとしない。よろしく、と出した手のひらは、静かに見ないフリをされて、あらま、と思ったことを覚えている。(なんで俺、こいつと話すようになったんだろ) こっちに仲良くなる気はあっても、テッドにそんな気はちっともなくって、今でこそ平和にミカンをむしっているが、こうなるにはちょっとしたドラマがあったはずだ。
もぐ、とミカンを一つ口にくわえたとき、そうだ、と思い出した。(だ) ぱち、と瞬く。あいつだ。


   ***


は自分の距離を持つ子だった。他人が勝手にテリトリーに入ってくれば、カッと威嚇をしてしっぽを太くしながら耳を立てる。 がむっと眉を寄せて腹立たし気な顔をしていたら、「ああまた始まったか」と思うのだ。またの威嚇が始まった。
テッドのときもそうだった。戦災孤児であると父から紹介され、 なりに事態を飲み込んだらしい。うむ、と頷いて、「よろしく」と手のひらを出した。

家主の父が許可を出したのだから、と彼女なりの譲歩だ。けれどもテッドはそれを無視した。手のひらを出す度に三回無視した。は怒った。「うおらあ!」と、女らしかぬ叫び声を上げて、テッドの両足を掴んで、思いっきりひっぺがした。ちょうど、この間の俺と同じように顔面から床に激突した。「なにすんだ」と低い声でうなるテッドに、「こっちが何すんだ!」とはどすっと地団駄を踏んだ。「失礼だろ!」 正直、それはきみにも言えるんじゃないかい、なんて俺は思った訳だけれども、この付き合いの長いイトコにそれを言っても怒りを長引かせるだけなので、お口にチャック、と思ったまま両手を後ろにまわして成り行きを見守った。

「ぶっちゃけお前の方がひでえだろ!? 顔がいてえよ!」

きみのツッコミはナイスである。と思ったけど言わない。「握手三回無視の対価としては十分だ! 次無視したら、もっと痛くしてやるから!」「好きなだけすりゃいいだろ! 嫌なんだよ!」「なにが!」「握手!」

はきょとんと瞬いた。俺も一緒に口を開けた。テッドはどこかまずいことを言ったような顔をして、床に尻餅をついたまま視線を下げた。「……なんで? 握手が嫌いなの?」 ちょこん、とがテッドを覗きこむように座り込む。テッドは暫く唸るように考えて、呟いた。「他人に触れるのが嫌いだ」「ぜんぶが?」「右手が」 ふうん、とは瞳を細めた。

「だったら左手ですればいいじゃん」

そうならそうと、最初からいいなよ、なんてあっけらかんとした台詞に、少々吹き出しそうになった。多分それは、自分勝手な台詞だったのだと思う。テッドはきょとんとしてを見上げた。は無理やりにテッドの左手を掴んだ。そしてよしよし、と握手をした。俺もちょいちょいと歩いて、彼と左手で握手をした。「よろしく」 二人一緒にかぶった台詞に、テッドは何度もまたたいて、顔を伏せた。ついさっきまで、暗い顔をしていた男と同じだとは思えなかった。テッドもおそらくしまった、というような顔をして、「おう」と小さく呟いた。
始まりは、左手の握手だ。

俺たち三人はよく遊ぶようになった。テッドはときどき街に金を稼ぎに行って、グレミオに怒られる。テッドくんも、うちの子なんですからね遠慮なんて嫌ですよ、なんて彼はぷんぷんほっぺをふくらませてテッドは決まりの悪い顔をする。だから俺とも一緒にでかけて、こっそりとテッドを手伝う。マクドールの坊ちゃんとお嬢ちゃんが、一体何をしているんですか、なんて血相を抱える大人が面白くって、三人で一緒に逃げ出した。

俺たちはいつも三人一緒だった。ずっととふたりきりだったけれど、人が増えれば楽しくなることをしった。三人ぼっちの友達で食卓を囲んで、ときどき帰ってくる父と、そしてパーンとクレオと、グレミオと食事をする。そんな関係が、ずっと続くのだと思っていた。けれども俺の背が伸びるたびに、人生というものは変わっていくものなのだと今更ながらに知った。当たり前だ。


「軍学校?」
「そうだ。お前もそろそろ、準備を始めた方がいい」

年を考えれば遅すぎるくらいだったかもしれないな、と父さんが顎を手のひらで撫でる。俺はうんと頷いた。自身の目標である父に近づくために、自分自身でも理解していたことで、そのためにと本のページをめくることは、日課の一つだ。けれども、俺はその先の先までを理解していなかった。「は、これからどうするべきなのかを相談しなくてはな」 

その言葉に瞳を瞬かせた。
は女の子だ。剣を持つことは苦手で、どう考えても軍人には向かない。だから彼女は俺とは別の道を歩まなくてはいけない。そのことを、まったくもって考えていなかった。



は学校に入った。老若が入り交じる、グレッグミンスターの学校だ。いつだか彼女は勉強をしたいと言っていた。彼女は俺よりも色んなことを考えていたのかもしれない。テッドは俺とと、そのどっちの道も選ばなかった。住む場所を世話になってるだけでもありがたいのに、そこまでお世話になる訳には行かないですって、なんて彼は笑っていた。別にそれくらいという父の言葉に、何度もテッドは首を振った。無理に行かせるよりはとテッドは一人変わらず街の手伝いに出かけた。

三人でいる時間は、ぐっと減った。

けれども家に帰ればがいる。テッドもときどき訪ねてくる。でかい魚を持って、「よう坊ちゃん、お嬢ちゃん、元気かい!」なんて笑っている。だから正直、これはこれで大丈夫かもしれない、と思った。不満はないし、満足している。そんなふうにテッドに語ると、彼は少し妙な顔をして、「お前って、変なところでガキだよな」と俺の頭にチョップした。



が、男と話していた。



別に、そのことにどう思ったわけではない。はずなのに、妙に心臓がびくついて、何度も瞬きを繰り返した。まるで見てはいけないものを見てしまったみたいに家に帰って、暫く椅子に座りながらさっきの光景を思い出した。帰って来たに、「さっきさ、知らない人と話してなかった?」なんて何気ない仕草で問いかけると、は少しだけ口をすぼめて、思い出すような顔を作った後に、「ああ、学校の人」とただそれだけだ。いやいや、それだけって。


「おかしくない?」
「いや別に」

一体何がおかしいって言うんですかね、お坊ちゃん、なんてテッドはめんどくさ気な顔つきのまま、背もたれにどっかりともたれかかる。「だってさ、だよ、あいつ、警戒心が強いくせにさ。学校の知り合いとか」「そりゃできるだろ」
あーあ、とテッドがあくびをする。

「俺もさ、お前もさ、もさ。昼間はいる時間が違うんだから、お互いしらねー知り合いの一人や二人できるのは当たり前だし、むしろそうじゃねー方が心配なんだが」
「いや心配っていうかさ。テッドは変って思わない?」
「別にっていうか、どこが?」
「テッドと、俺以外がといること」
「お前何言ってんの?」

口元を開こうとすると、いやいやちょっと待て、とテッドがひょいと片手を出した。「お前、自分以外とと話すのがおかしいって思ってるのか?」「まあ、だいたい」「俺は。なんで俺はいいんだよ」「別にテッドはいつものことだし。三人じゃないのが不自然っていうか」「不自然ってか、自然の論理だろ」

テッドの言うことはわかっている。けれどもやっぱりどこかおかしいと感じる自分がいた。あの無駄にテリトリーが広くて、他人に威嚇ばかりするが、とごつりとテーブルに肘をついて、おもしろくもなく口元を尖らせていると、「うすうす思ってたんだがな」とテッドは頭をひっかいた。「お前、のこと好きなんだよ」 瞬いた。

一体何を言っているんだろう、と彼を見ると、テッドはまたため息を吐く。「だからさ、。お前、のこと女として好きなんだよ。だから自分が知らないやつといると不安になるんだ」「いやいや」「いやいやってお前ね」 お前、言っとくけど変だからな、とテッドがぶうと口元をとがらせる。テッドに変と言われるなんて、きっとよっぽどだ、と思いながら、とりあえず憤慨した顔を作ってみた。それから家に帰って、色々なことを考えた。の顔を見て、お前、のこと好きなんだよ、とテッドに言われた言葉を考える。唸った。ベッドに入った。うめいた。

「俺、のこと好きみたいだ」

そう言って次の日にテッドに報告すると、テッドは「それみろ」と笑っていた。でも困る。こんなの困る。「まずいだろ」「何がだよ。めでたいね。やっと自覚してくれた」「いやまずい。かなりまずい」「だから何が」「同じ家だ」

お前何言ってんの? とばかりにテッドがむっと眉を八の字にする。「にこのことがバレてみろ。気まずいことこの上ない。同じ家で逃げられないし、その上イトコだ。一生の血筋だ。振られたときのことを考えてみてくれよ」「お前意外と……ネガティブなのな?」

ネガティブっていうか現実的と言ってくれないかな!? と両手を荒ぶらせると、「はいはいすみませんでした」とテッドが頭を垂らした。「っていうかお前、どうすんの」「どうするって」「告白、いっちまう?」「テッドを締めよう」「ん? 会話が成り立ってない」

「だから、振られる前提に行動しなきゃいけないって言ったろおおおおー!!!!」とぐいぐい腕で彼をしめると、「ぎぶぎぶぎぶ!」とテッドが叫んだ。思わずの本気だった。まあとにかく、お前がそれでいいっていうんならいいんじゃない、なんて投げやりな言葉をもらって、俺は家に帰宅した。

家に帰ると、やっぱり部屋にはがいて、「、遅いよ」なんて頬をふくらませていた。とりあえず、べちっと彼女のほっぺを両手で叩いて、ふぐを潰した。「不細工な……顔だ……」 口元をひよこにした彼女を見ながら、俺はうめいた。そしてには頭突きを食らった。そのまま床に沈んで、起き上がることを諦めた。「あれ、? 、どうしたの」が慌てたみたいにこっちに顔を寄せている。

俺はちょいちょい、との手のひらをひっぱった。
は不思議気な顔をして、よっこらせと俺に近づいた。俺は床に寝っ転がったままを抱きしめた。ぎゃあと叫んで暴れる彼女を、力いっぱい抱きしめ続けて「はー」と長いため息をついた。満足気な息を出した。

それから手の中から彼女を開放して、「満足満足」とごろんと床に転がったまま呟いた。は何も言わなかった。ちらり、と見上げてみると、彼女は真っ赤な顔をしたまま、くしゃくしゃになった髪の毛をきゅっと握って、ぺたんと床に座り込んでいた。


夕食の時間ですよ、とグレミオがドアをノックするまで、俺とは何も話さなかった。夕食になれば、いつもどおりに会話をした。今日は何があったか、明日はどうするつもりか。そんな他愛もない会話をしながら、その明日の、そのまた明日のことを考えた。ずっとずっと先のことだ。
俺は三人ぼっちから先のことを考えることを忘れていたから、じいっとスプーンをくわえながら想像してみた。案外、それは想像しやすいものだった。が俺の手のひらを握っている。小さな花をちらちらと頭にのせて、幸せ気な顔をしている。
さて、そうするためにはどうするべきだろう。

夢を現実にするためには、作戦を練るべきだ。難しい顔をしている俺を見て、テッドはにやにやと笑っていた。の機嫌が悪いのかもしれない、とテッドに耳打ちしていた。「男には、色々と考えなきゃならねーときがあるんだよ」なんて知ったかぶった言葉を吐くテッドの眉間にしっぺをして、けらけらと笑うの指を、俺はこっそりと握った。はまたぴくりと瞳を大きくしてほんの少し、耳元を赤くした。




2012/11/08
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oさんお誕生日おめでとうございますって遅刻贈呈