エピローグ









「ねー、ねえ、ねえ、お・ね・が・い!」

パシンッと手のひらを叩きながら、俺は思いっきり頭を下げた。けれども俺の友人は、「ええー、やだよー」と唇をつんと繋がらせながら、ぷいっと首を振る。そんなそいつの仕草が、女生徒達に受けたらしい。「あの一年生、かわいー!」「ジャニーズ顔、ジャニーズ顔」 聞こえてんだよ、ちくしょうめ。ぺぺっ、と俺は心の中で唾を吐いた。

その可愛いというのは、俺に対する評価ではなく、目の前の友人に対する評価であることくらい、腐れ縁というか、ネバネバ納豆のような関係になってしまった自分には、分かってしまう。慣れっこである。

「いいじゃん。空手サークル。部員俺と、あと二人なんよ? 足りないのよ、人数が。入ってくれてもいいじゃんよー。高校んとき、結構ぶいぶい言わしてたじゃない」
「ぶいぶいってなんだよ、違うよ、それはあっちが勝手にやってきただけで、俺からは何もしてませんから」

確か自分の彼女をとられた恨みとかなんとか言ってたけど、俺、彼女は年齢とおんなじくらいいないのに、なんでかなぁ……と、ガジガジストローを噛んでいる姿を見て、また俺の後ろの女性陣が、「かわいーい!」と黄色い声をだしている。その声援の一つくらい貰えたら、俺今すぐルパンになっちゃってあなたの心を盗んじゃうのにねぇ、としくしく涙を流しながら具のないカレーをつついた。おら、なめとんのか、この学校。「ほぼルーじゃねえかー!」「大学のカレーなんてこんなもんだよ」「嘘だー!」

絶望したー!  訴えてやるー!
ひとしきり叫んで、後ろの女の子たちが、「なにあの人変な人ぉ」という不名誉な評価を頂いたところで、ほぼルーオンリーのカレー、名付けてルカレーをもぐもぐほっぺに詰め込んでいると、「あっ」と、隣の友人が声を上げた。ちなみに片手にしゃけおにぎりを握っていた。

「俺、今唐突に思い出したんだけどね、きみ、俺が小学生のとき、毎回給食セットを盗って行ったでしょ。俺毎回母さんに怒られて涙目だったんだからね」
「唐突すぎてコメントに困るわ。小学生のときのことなんて持ちだしやがってねちっこい」
「ねちっこくないよ。君ねぇ、いっつも俺のこといじめてばっかでさー。もー、ガキ大将だったんだから」

何を言ってやがる、と俺はガジッとスプーンをかじった。
「なんだよ、家んなかひっさらって耳を揃えてお前の給食セットを持って来てやらぁ!」 これで文句ねぇかよ! と睨むと、あっちはどこ吹く風か、「あのねぇ」と前置きして、「大学生になって給食セットとか、いらないものナンバー3にランクインしちゃうそうなほどいらないよ」


いつの間にこいつはこんな性格になってしまったんだろう。小学生の時は、もっと違った気がする。いいや、やっぱり同じだ。言うことは正論で、腹が立ってからかってやったら、すぐに泣くから面白くて、俺は毎回こいつをいじめていたのだ。

「あーあー、お前は昔っからそうだよ。僕僕言っていい子ぶりやがって、あーあー、むかつくったら……」

と、俺ががぶっとカレーを口の中に含んだとき、あれ? とちょっとした違和感を持ったのだ。僕。「そうだお前、小学生のとき、僕って言ってなかったっけ」 いつから俺になったんだ?
そう言って、隣の友人に目を向けた。けれどもそこには何も無い。紙パックのジュースが、ちょこんとテーブルの上に置かれているだけで、後はなんにも残っていなかった。

「…………おい?」

おかしい、自分の見間違いだろうか。いや、何を見間違うというのか。
さっき。ついさっきまで、話をしていたじゃないか。「…………?」
名前を呼んだ。けれども、返事は帰ってはこなかった。





これは ぼくと おれの 語

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2011/09/08

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