後悔って言葉を知ってるか?

後悔ってのはあとにするものなんだよ。そりゃ当たり前だよな。
ぐしゃぐしゃと必死に指で土をかき集めた。何の意味もなく地面に突っ伏して、拳を叩いた。腰元の剣がガチャガチャと馬鹿らしく揺れている。


あんたたちは死んだ。みんな死んだ。

みんな死んでしまったんだ。




        








結局、俺達はこうして生きていくんだろう。書類の山に埋もれながら、フリックは軽く青いバンダナをずり下ろした。手に持つペンが、妙に重い。(これがオデッサだったならな)オデッサ。彼の唯一の愛剣だ。いつでもどこでも腰にぶら下げて生き死にを共にするその仲間は、今はさみしげに机に立てかけられている。

あの赤月、いいやトランの地での争いも集結して一年。もう一人の相棒、言葉を付け足すのなら熊、もう一つ入れてもいいのなら無鉄砲なその男につれられて、死ぬ気の思いで砂漠を越え、なんのなんとといううちに、気づけばこうして砦を一つ構えている。何の因果か、元は赤月の人間であったというのに、今ではその敵国の陣地を守っている     とは言っても、国の名が変わった今となってはそう物騒な例えも必要ないのかもしれないが。

「フリックさん、そろそろ新しいやつらが来ますよ!」
「おう、わかった。ポール」

扉を叩いたそばかすの少年に片手を振って、立ち上がった。その瞬間、ざらざらと書類が崩れ落ちた。思わず頭をひっかいて、窓の外を覗いてみる。でかい熊が、嬉しげに片手をあげて、げらげらと笑っている。「ビクトールさんはもう準備は万端です」「……まあ、見ればわかる」 元気な熊だ、と両手を伸ばして、あくびをひとつついた。





「さーて! うちは人手不足だからな! 誰でも大歓迎だ! ……と、言いたいところだが、実際のところそうじゃねえ。ひ弱なやつ、根性がねえやつは尻尾を巻いて帰っていただくことをおすすめしてるんでな! うちに入る前にゃテストがある」

ま、んなこと予想の範囲内だろ? と首を傾げてとんと肩に剣をのせるビクトールの後ろで、フリックは並ぶ青少年達に目線を向けた。ガキもいれば、中にはピンと耳の立ったコボルトまでがこっちを見ている。(ん?)ふと、剣呑に瞳をぎらつかせ、視線を向ける男がいることに気づいた。濃い茶髪に、ひどくつり目の少年だ。いや、二十歳は越えているかもしれない。彼はちらりとフリックに目を向けた。そうして腰の剣に手のひらを当て、妙に瞳を剣呑にさせている。

「誰からでも構わないのか」

少年は静かに声を吐き出した。見かけよりも妙に低い声でざくりと足を踏み出す。「おう。いいぜ。やる気のあるやつは大歓迎だ」「テストはあんたか」「そうなるな」「あっちの青いのは」

俺はあっちを希望したいんだが、とぴしりと指を向けられながら、フリックはパチクリと瞬きを繰り返した。「……ん?」 そりゃまたなんでだ、と首を傾げる前に、げらげらとビクトールは大笑した。「おもしれえな、理由はあるのか?」「顔が気に食わない」「そりゃまたいいな!」

俺もあいつの顔はきにくわねえよ! と両手をはたいて笑う男に、思わずため息をついた。あいつは何を言ってるんだ。「気に入った。でもまあ一応決まりだからな。もし俺を倒せたらってことでいいか?」「わかった」

ざわめく声に目もくれず、青年はビクトールの前へと歩を進めた。腰につけた長剣に手を置き、ジャッと鞘のこすれる音を響かせながら剣を引き抜く。「いいねえ。その負けん気」 嫌いじゃねえぜ、と笑う男の懐に、即座に青年は駆けた。(速い)

男が薙いだ剣の鼻先を、勢い良くビクトールは蹴り飛ばした。崩れた体勢のまま青年はくるりと回った。邪魔だとばかりに放り投げた剣がぐさりと地面に突き刺さる。ざしりと地面に落ちたビクトールの足を踏みしめ、青年は掌底を繰り出した。おお、とどよめいたその瞬間、青年はうめいた。「思い切りのよさは認めるが、ちょいと獲物を軽く手放しすぎじゃねえか?」

ちょんと彼の顎においた自身の剣を見つめてにまりとビクトールは笑った。「そのくそ生意気さは最高だがな」

「なめてんのか?」
「褒めてんだよ」
くく、とビクトールは笑いながら彼の首から剣をどかした。

「お前、名前は」
熊が尋ねるその前に、なぜだか勝手に自身の口が動いていた。熊と青年が、ちらりとこちらを見る。ぷい、と青年は顔をそむけた。そして捨てた剣を拾いながら、青年はぽつりと言葉を落とした。「     」 
かちゃり、と腰元の剣が鳴る。
「そうか、か。よし、気に入った!」 ぱしん、と手のひらを叩く相棒の次の台詞を聞くまでもない。

その日、幾人かの入団が決まった。コボルト人間、含めてしめて13名。
かりこりと書類の山に身をうずめて、青いバンダナの青年は軋む天井を見つめた。



   ***



「おい、青雷」

二十歳を越えたばかりだというその青年は、ふん、と鼻の穴をふくらませてフリックの前に立つ。「なんだ?」 俺はちょいと急いでるんだがな、と歩を踏み出せば、がちゃがちゃと腰の剣を鳴らしながらはフリックの前に立った。「……おい」「勝負しろ」「御免こうむる」

こっちは暇じゃないんだよ、とため息をついてそのままひらりと身をかわすとは憤慨した。

このという男は、ひどく激高しやすい男である。ここ数日の攻防にて、すっかりとフリックの辞書の中にその言葉は刻み込まれてしまっていた。やれ俺と勝負しろ、剣を握れ、この臆病者の真っ青男が! 口からぽんぽん飛び出るその威勢がよすぎるその言葉に、ため息ばかりが溢れてくる。

、なんでそうお前は俺につっかかるんだ?」
「顔が気に食わない。背が気に食わない。主に言うのであれば俺は青が好きじゃない」

根本から存在を否定されている。
「ああ、お前背はそうまで高くないものな」
「死ね!」

向けられた拳を避けながら、どうしたもんだ、とため息をついた。
は頭に血がのぼりやすい男だった。チビと言われれば拳を握り、肘を突き出す。どこでなりとも剣を振り回すし、そこら中を駆けまわる。さてこのきかん坊、一体どうなることやらと不安半分、興味半分で覗いてみれば、案外人付き合いはうまいらしい。げらげらと八重歯をのぞかせ酒の席にて背中を叩く。自身は根っからの下戸で、一人素面で笑っている。

同期のコボルトの耳をひっぱり、「何をするのだ」とぷんぷんと怒られていた。「怒るなゲンゲン」とは楽しげに笑っている。くったくのないその顔は、人好きがするものだった。けれどもはたと酒場で自身と目を合わせれば、眉の皺を深めて「やれ勝負しろ」「やれ剣を持て」と鼻息を荒くする。

(なんなんだ)

わけがわからない。
そう思いながらも、腹の底では気づいている自身がいる。とっくの昔に、彼のことを知っていた。

茶髪の、チビな男を知っていた。







     剣をとれ、と男は叫ぶ。面倒くさい、と青は逃げる。そんな日常を人は笑って指をさした。やれ、もう少しだ。やれ青雷、男だろう。

にげろにげろ。
すすめすすめ。

やれ青雷、なぜ逃げる? ただの一発、拳を交えてやったらいい。青雷青雷、なぜ逃げる?


「お前、なんか理由でもあんのか?」

お望みどおり、ぼこってやればいいじゃねえか。そう笑う熊を相手に、青は唸った。「ねえさ、理由なんて」「そんならさっさと」 やってやれ、と彼はオデッサを指さしてにやついた。さてどうする。窓の合間から見上げた空はひどくからついていた。



、お前は一体、どうしたいんだ?」
「お前をぶっ倒したい」

向い合っての問いかけの返答に、フリックは長く息をついた。「そんならしょうがない。さっさと来い」 やるってんなら本気でな。ちょいちょい、と剣の鞘をそのまま揺らす。「なめてんのか?」「まさか」

さっさと来い、と静かに落としたその言葉に、は舌を打った。八重歯をのぞかせながら唸る。腰元の剣を抜いた。ぶつかった。殴った。拳を奮って鞘を打った。ぼろついた格好では膝をついた。いつの間にか、お互い剣をほっぽり出した。

殴りあって、殴りあって、一方的に男は殴られた。「なんで」 こぼれた血を拭った。「馬鹿みたいに強いじゃねえか」 なんでだよ、と男は泣いた。


・シルバーバーグは泣いていた。


   ***


「俺は馬鹿だったんだ」

男は語る。

「だからシルバーバーグの血筋なんて知らないし、本に向かってるよか、剣を握ってる方が好きだ。だから外に出た。逃げ出したんだ。姉さんと兄さんからの文が消えても、なんの疑いも持っちゃいなかった。どうせあの人達のことだから、元気にやってるんだろうって勝手に思ってたさ」

それがどうだ、と膝をついた。ひどく拳が震えていた。「トランだって。生まれた国の名前がいつの間にか変わっていたことさえも俺は知っちゃいなかったんだ。姉さんは死んだ。兄さんも死んだ。そんでなんだ、あんたは姉さんの恋人だって聞くじゃないか」

なんで守れなかったんだ、と彼は声を擦り切れさせた。けれども違うと首を振った。「知ってるよ。ただの八つ当たりだ。姉さんは守ってもらうばっかりの女じゃない。前に前に、進んでいく人だった。だから俺も安心して一人で馬鹿みたいな放浪を続けてたんだ」

俺はあんたのことが嫌いだ。
「馬鹿みたいに強くて、伊達男なあんたが心底嫌いだよ」



男がそう泣いたのは一度きりだ。
(フリック、私には弟がいるの)

随分前に聞いた言葉だ。(ちょっとおばかで、カッとなりやすくて、泣き虫で、でも優しい子よ)
今は遠くにいるけれども、いつかあなたに会ってもらいたいわ。そう笑っていた彼女の言葉を、俺はすぐさま思い出した。

集まる志願者の中、つり目の男がこちらをじっと睨んでいた。ちびで茶髪で、気ばかりが強そうなその男が、どうにもひどく気になった。

(弟の名前はね)

お前、名前は。
     


なるほど。と頷いた。




後悔って言葉を知ってるか?
後悔ってのはあとにするものなんだよ。そりゃ当たり前だよな。
何度も何度も夜を繰り返しても、いくらの時間を過ごしても、何時まで経っても変わらない。青年は俺だった。俺は青年だった。土を叩いて、顔を覆って、なんで死んだと繰り返した。なぜ死なせたと自身に問いかけた。

(フリック、私の弟はね) とってもとっても不器用なのよ、と彼女はくすくすと笑っていた。
いつかあなたに会ったら、ひどくへそを曲げるかもしれないわ。


「おい青雷!」

人の名前も呼ばないその生意気な青年は、勝負しろ! と叫んでいた。「俺はいつか、お前よりも強くなる。お前なんかよりもずっとずっと強くなってやる」 それまで俺は、お前が大嫌いだ、とつつかれた人差し指を見ていると、どうにも奇妙な気持ちになった。

くすくすとオデッサが笑っている。カチャリカチャリとこすれる音だ。「それは素敵な目標だ。ところで、この間の鼻血はとまったか?」 ちゃんと鼻にティッシュはつめておいたか? と問いかけると、は顔を真っ赤にして激高した。短気な男だ。



フリック、と彼女がこちらを呼ぶ声がきこえる。
あの子のね。




(もう一人の兄になってくれたら、嬉しいわ)





2012.12.17
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ギリギリまで妹にするかどうか悩んだ
マッシュとの歳の差は考えない方向で……
原作にマッシュに弟がいるときいたときから妄想がとまらなかったんですが、原作との差異も見ないふりで!!!!