■ 主人公の死亡が前提の話です。(死亡シーンは書きません)
■ 短編というか、連載第一話です。これ以上連載を増やす覚悟がなかったので、お試し短編ということで、一話だけ。
■ 過去を捏造しまくってます。
■ ちょっぴり血の描写



「…………ええー」

俺は顔を引きつらせた。どういうことだ、とローブの向こう側の風景を見つめる。ぱちぱち、と瞬きをしても変わらない。「ええー……」 もう一回、唸ってみた。意味がない行為だった。
見覚えがない風景に頭を抱える。けれどもそんなことをしている場合ではない。現実を見るのだ。
「どうしたもんかねぇ、ソウルイーター」 一言ぽつりと呟き、はてさて、と軽く頬をぶったたいた。痛い。

「すんませーん」 
俺は、へらりと笑いながら、道端の女性に声を掛ける。ほんの少し疑わしげに一歩足を引いた彼女を見て、「あ、ナンパじゃないっす。大丈夫っす」とパタパタ片手を振って、もう一度微笑んだ。



「今って、何年っすかね?」








太陽暦454年。
帝国暦だかなんだかは、覚えるのはめんどくさい。自分が生まれた国の暦は、今はとっくに使われていない。今のところ、ファレナの暦が一番だ。今後とも長く続いてくれれば、他を覚える必要がないのでありがたい。

そんなことを考えながら、久しぶりに自分の年齢を逆算してみた。「…………さんびゃく……」 まじでか。
「…………じいちゃんになったもんだなぁ」 ぼんやり溜息をついてみた。

「テッド、何ため息ついてんの?」
「ついてないですよ。これはただの深呼吸です」
「辛気くさい深呼吸してんねぇ」

ケラケラ笑う、今現在お世話になっているお宅のお坊ちゃんを見ながら、俺はもう一回ため息をついた。(……一年かー) 気づけば一年経っていた。右手の不老の紋章を隠しながら、これだけ長くいたのは久しぶりだ、と考えて、そろそろ危ないな、と思い始めていた。
隣で歩く坊ちゃんの背が伸びていく度に、なんで自分はこんなに子どもなんだと悔しくなる。成長期の子どもが、いつまでも同じ姿であることはおかしい。もう少しばかり年が上だったのならば、童顔であるとごまかせたかもしれないのに。

(そんなこと言ってても、仕方ないよな)
焦燥感ばかりが募った。
(まあ、なんとかなるだろ)
そう思わなきゃ、やってられない。


「で、坊ちゃん、今日はどこに行かれますの?」
「今日はグレミオのお使いでございますの。お前は荷物持ちでございますの」
「まじでか」
「まじだ」

あんまり重いもん持つと、腰にこたえるんだよなぁ、とため息をつくと、お前は一体いくつなんだ、とケラケラに笑われた。300歳ですが、なにか? なんて言える訳がない。まあとにかく、なるべく軽いもんがいいわね、と思いながらにくっついていくと、目の前に八百屋があった。「へい、らっしゃーい」

若い男、おそらくと同じか、それよりも少し下の少年が、眠たげな目でやる気なく、手のひらを叩いている。そんな接客で大丈夫か、と他人ごとながら心配すると、案の定店の店主にげんこつを食らっていた。「てめえ、もっと根性出しやがれ!」「えへへ、これが俺のマックスなんすー」「お前なんぞ新しいやつが来たら一発でクビなんだからな」「それまでよろしくお願いしまーす」 てへへ

何だかずれた会話をしているなあ、とぼんやり二人を見つめると、店主も俺たちに気づいたのか、「おっと、マクドール家の坊ちゃん方。話は聞いてますよ、おい!」「はいさー」

先ほどのやる気のない店員が、ひょいひょいと店の奥に行くと、彼の体よりも随分大きな箱の荷物を片手と片手で二つ抱え上げながら戻ってくる。「……随分、力持ちですね」「は、ほんとに。役にもたたん坊主を置いてるのは、それだからですわ」と呆れたように店主は前掛けで手のひらを拭いた。

というか、俺たちはアレを持って帰るのだろうか。想像するだけで、ぐらりと頭が重くなった。グレミオさん、ちょっとぐらい手加減をしてください、と思うのだけれど、うちには育ち盛りの食べ盛りが三人もいる。に俺にパーンさんだ。最後二人はもう成長しねえだろ、ってつっこみはさておき。

「はいよ、おにーさん方。頼まれのお野菜はこっちだよ、重いよー」

ずどん、と地面に置かれた音で、またまたぞっとした。俺、腰が抜けちゃわないかな。今度からもうちょっと減らしてくださいってグレミオさんに頼もう、と思ったとき、へらへら笑うの頭を、店主は勢い良くぶったたいた。「野菜に傷がつくだろうが! それにお前が持ってくんだよ!」「え? あ、いえ俺達が持ってきますけど」「いーんですよ坊ちゃん。こいつは力くらいしか取り柄がないんだから」

な、! とぐしぐし片手で頭をなでられながら、と呼ばれた少年は相変わらず眠たげな目をして、「あっははは」と笑っている。なんだかんだ言って、かわいがっているのだろう。まあ兎に角、俺は自身の腰の心配をする必要がなくなったらしく、「あー、よかったー」とぽそっと呟いた。そのとき、がちらりと俺を見た。何を考えているのか分からない目だったのだが、少しだけ戸惑ったような、そんな顔をしていた気がする。まあ、多分。


***


「…………本当に力持ちだね。一個くらい持とうか?」
「いーんすよ。親方にどやされやす」

はっはは、と笑いながら片手で木箱を持ち上げるは、どうやらこの街に来たばかりらしい。どうりで見たことのない顔だった。さすがに年下に持たせてばかりはいかん、と箱の中にかぼちゃを数個腕に抱えながら、と俺と、が並ぶ。「ふーん、で、どっから来たの?」 の質問に、は少しだけ言いよどんだ。俺はその様子を見て、なんとなくピンときた。俺とおんなじに違いない。
過去を語りたくない旅人なんてごまんといる。俺は話題を取り替えるように、「お前、いくつなん?」と訊いてみた。するとその質問にもは言いよどんだ。

「ええっと、うーん、と、多分、15、かな……?」

多分ってなんだよ、と思ったのだけれど、戦災孤児か何かなのだろか。もそこらへんを察したのか、彼の身の上話は終了した。ついでに言うと、そろそろマクドール邸が見えてきた。
お互い頭を下げて、はゆっくりと木箱を地面に下ろす。先ほど親方にどやされたのを覚えているんだろう。ふと、彼はこっちを見上げた。「おにーさん、お名前は?」「ウン?」「そっちの坊ちゃんがさん、おにーさんは?」

ああなるほど、と頷きながら、俺は自身を指さした。「テッド」「ふーん」
自分で尋ねたくせに、さして興味がないようにはぷいと顔を背けた。子どもはわからん。そして頭の帽子をかぶり直し、「ま、坊ちゃんにテッドのにーさん。これからもうちの八百屋をよろしくたのんまっ」
そいじゃあ! と笑いながら去っていく様子をみて、「愛嬌がある子だねぇ、テッドのにーさん」とはケラケラ笑っていた。「そうですなあ、の坊ちゃん」


玄関で出迎えてくれたグレミオさんが、さすがにぎょっとしながら、「まさか全部持って来てくれたんですか!?」と驚いていたのだけれど、それはさておき。




それからは、マクドール家専用の野菜お届け人となった。ぶかぶかの帽子をかぶりながらぺっこりこっちに頭を下げて去っていく。なんだか変なやつだなあ、と思いながら、俺は釣竿を持って、のったり城門と通り過ぎながらいつもの釣り場へと向かった。すると先客がいたらしい。か、と別に仲が良い訳でもないけれど、後ろ姿ですぐわかった。

釣竿を持っている訳じゃない。じゃあ一体何をしているんだ、と思えば、彼は片手で魔物の首をひねり潰していた。「…………」 さすがの俺も、これには一瞬ぎょっとしたのだけれど、あれほどの馬鹿力だ、武器なんてなくても片手でモンスターをいなせるのかもしれない。けれども心臓に悪い光景だ。

俺はすぐさまその場を去ろうとしたのだけれど、はふいと振り返った。目が合った。やべ、と思ったときには遅い。もやべえ、という顔をしていた。血でぐしゃぐしゃの自身の両手を見て、彼は「あ、へへへ」とごまかすように笑い、「いや、魚をね、手づかみで出来るかと思って来たんだけど、魔物が襲って来てさ。俺、びっくりしてこう、ね?」 別に訊いてないことを彼は言い訳し始めた。

俺はふうん、と頷いて、「さっさと手、洗った方がいいんじゃねえか?」と言ってみた。おあつらえ向きに目の前には川がある。は少しだけ困ったような顔をして、「そうさね」と言いながら両手を川につっこんだ。そしてぐしぐし洗っていた。流れていく血を見て、今日は釣りができそうにねーなー、と思っていたのだけれど、一瞬どうにも違和感を覚えた。なんでだろう、と目を凝らしてみると、は両手に手袋をつけたまま洗っていたのだ。普通、洗うときは手袋を脱ぐもんじゃないんだろうか。

「なんで、手袋とらねえんだ?」


思わずした質問に、自分自身の心臓がひっくり返るかと思った。
よくよく考えていれば、その原因を、自分が一番知っている気がする。は口元を引きつらせた。そして「…………なんでだろうなァ?」といつもの口調を変え、シニカルに笑った。

      こいつはなんだ


ぞぞっと体の内側が警報を鳴らした。は洗っていた手のひらを、ぴちゃりと音をならしながら川から引きずり上げる。そして元々細い目を、また細めさせ、「なあ、テッドのにーさん。あんたもいっつも手袋をとらねぇな。なんでだ?」 右手になんか、くっついてるみたいだね
ニマッと哂った。



敵だ。

確信した。こいつは敵だ。逃げるべきか。そう考えた。けれどもこちらに腕を延ばす彼を見て、撃退すべきと判断した。伸ばされた腕をかわし、の襟首をつかもうとした瞬間、はにまりと口元を緩ませた。「テッド、あんた、弓矢使いだろ?」 彼はすぐさま体を反転させて、俺の腕を絡めとると、左手のひらをぎゅっと握り締める。

「ほらな。触ってみりゃあすぐさ。指の皮が分厚い。接近戦は苦手かね?」

ひひひ、と喉元から声を出すように奇妙に笑うの喉元に短剣をつきつける。「苦手って自分で意識してんなら、それを補う方くらい知ってんだよ……!」「こりゃすまんな」 ひひひ、とまた耳障りな笑いを漏らし、は俺の喉元を握った。「お前が俺の首を刺すのと、俺がお前の首の骨を折るのとは、どっちがはやいかな」

普通に考えんなら、ナイフの方が速いがね。賭けてみるか?

すっかり愛嬌がある口調はナリを潜め、少年は哂った。いや、おそらくこいつは子どもじゃない。わざとそういう風をぶっていただけだ。お互い無言のままに唾を飲み込む。正直俺はそこまで戦うことが得意ではない。ただ生き延びる才能は人一倍あった。だからここまで長く生きてこれたという訳だ。

「ウィンディの手先か?」
「違う」
「ハルモニアか」
「もっと違うね」

じゃあ何なんだよ、と言葉を吐き捨てた。はゆっくりと俺の喉元から手を放し、一体こいつは何がしたいのか、と眉を顰めた瞬間、素早く後方に数歩下がった。そしてひょいっと両手を上げてひらひらさせる。「テッドのにーさん。お互い腹を割って素直に話さねぇか。なに、悪いようにはしないさ」

子どものような外見に、大人をぶったような話し方が見ようによっては微笑ましい。けれどもおそらく、俺はその意味を知っている。「ああ、いいぜ」 頷いた。ナイフは片手に握ったままだ。あっちは手ぶらであるが、全身が武器みたいなものだろう。はクスリと歳相応に苦笑した。「これは俺の勘なんだけどさ、あんたが持ってる紋章は、ソウルイーターで合ってるか?」

俺は眉根を寄せたまま、無言で右手の手袋をとっぱらった。外気に触れた死神がどす黒く鎌を振り上げている。は、大きくため息をついた。「まさかとは思ってたけど、まさかだな……」 そう言って、彼も同じく右の手袋を外した。「…………はあ?」
意味が分からない、と俺は髪の毛をくしゃくしゃとさせた。ありえない。「なんで、お前の手にも、ソウルイーターがあるんだ……?」

の右手には、俺とまったく同じ、死神がくっついていた。


ふふ、とは笑いながらゆっくりと手袋をはめ直す。「こういうことを言ったら、信じてくれるかな?」 細い目尻に柔らかにさせながら、「俺は、君よりもずっと過去からやってきたんだ」


まあ多分、先々代か、その前のソウルイーターの継承者さ。


***


「どうにも俺は、こいつに人一倍好かれてるらしくってね」 うひひ、と笑いながらは片手をぷらぷらとさせた。「ときどき妙な場所に連れて行かれるんだ。まさか未来の継承者に会うのは初めてだけど」

二人一緒に丸太の上に座りながら、俺は一人頭を抱えた。信じられない、と思ったものの、確かにそれはソウルイーターだ。こんなことがあっていいもんだろうか、と二人一緒にため息をついた。「やっぱり俺は、この時代じゃあ死んでるのかねぇ。まあこんだけ時間が経てば、普通は死ぬかー」 あー、すっげぇフクザツだ、と言いながらはぐりぐりと眉間を指で押さえている。こっちだってそうだ。

もしかしなくとも、と俺は右手を見つめてみた。「…………お前の魂とか、こんなかに入ってたりする?」「…………多分、いるだろうなぁ」
俺んときも、先代は食べちゃったし。てへへ、と舌を出しているがあんまり可愛くない。「えーっと、テッドのにーさんが300歳ってことは、間ももろもろ計算すると、俺が死んだのは…………うわー! 計算したくねー!」「生産性のないことしてんなよ……」

もう一回、はー、とお互いため息を吐いて、俺は頭をひっかきながら呟いた。「、お前さっさと元いた場所にでも、戻れよ、マジで」「俺だって戻りてェよ……」 あー。泣けてきた。ほんと泣けてきた。
そう言いながら両手を顔にくっつけてオイオイする、見かけは年下の少年を見て、長く生きてれば、不思議なことはあるもんだなぁ、と何だか達観したような、どうでもいいような、よくないような。そんな気分になりながら、腹が減ったなあ、と空を見上げた。

「っていうかテッドのにーさん。この場合、俺が年上なの? それともにーさんが年上なの?」
「…………知らんがな」




2011.09.11
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連載は増やしたらアカン増やしたらアカンこれ以上アカンと思いながら書きたくって仕方がなくて、一話だけ書いてお茶をにごす。

このあと主人公はテッドの死を見届けた後、死ぬ為に自分の時空に帰るという感じでしょうか……。どなたかとネタがかぶってそうでこわい。