* 幽霊男主です
* この頃、一人称僕の坊ちゃんいいなと目覚めた
* 捏造しかない
* 相変わらず場面転換がくるくる変わるので不親切きわまりないっす!





僕は二度見した。そして三度見した。最終的に頭を抱えて、現実逃避しようとした。でも駄目だった。「おい、どうしたんだ? 腹でも痛いのか?」
「え? ほんと? くんそりゃーよくないね。ちゃんとおトイレに行かないと!」
「ちゃんと朝、トイレ行ったか? 快便快眠、健康の秘訣だぞ」
「それとも悪いものでも食べた? 拾い食いはメッなんだよ」
「お前、坊ちゃんのくせに、案外手癖が悪いからな。いつも言ってるだろー、落ちてるものは何でもかんでも口に入れるなってさー」

「なんでもかんでも口に入れるか……」
勝手な設定を付随させるな。
いつものツッコミでさえも、今の僕にはキレがない。どういうことだ。信じられない。なんか会話がかぶってるし。「冗談だって」「怒らないでよー」 へへへ、と笑う二人は見事に声をかぶらせた。仲いいな、じゃ、なくって。


テッドの隣に、半透明の男が頭をひっかいて笑っていた。

(…………こ、これ、は)

にこにこ微笑むその男に、テッドは気づいていない。「ま、そろそろ帰るかね」と言いながら、くるりと反転したテッドはその男性にぶつかった。けれどもそのまま通り抜けた。男性は、「オウッ」と言いながら体をどけて、テッドの後ろにくっついて行く。僕をちらりと見た。「くん、はやくおいでー」 そう言った後、彼はポリポリ頭をひっかいて、「なんて、聞こえる訳ないんだけどねー」 ははは、と笑いながらふんわり体を浮かして去っていく。
頭を抱えた。
こんなことってあるのか。
むしろ、自分の幻覚か何かじゃないだろうか。


まさか、幽霊が見えることになるなんて。




けれどもそれは一時の産物ではないらしく、次の日から毎日のように、彼はテッドの周りをふらふらしていた。彼が綺麗なお姉さんの姿なら、多少は嬉しく感じるかもしれないけれど、今は困惑するばかりで、まったくもって嬉しくない。暇だったのか食事中に唐突に音程の狂った声で「らららぁ〜!!」と歌い始めたときは、器官にものがつまるかと思った。何してるんだ。

いい加減、僕は飽き飽きしていた。こっちばかりが知らないふりをするのはなんだかずるい。僕がやきもきしているというのに、あっちは毎日楽しそうにふわふわ漂っているのだ。まあおそらく、彼は死人なのだから、楽しそうに、と言えば失礼かもしれないが。


「きみ、なんなの」

とうとう僕は耐え切れず、問いかけた。
死人の彼は「え?」と首を傾げたまま、きょろきょろと辺りを見回す。ここは僕の部屋で、テッドはいない。彼はときどき、テッドから離れて一人でふらふら遊びに来る。そしてにこにこと、嬉しそうに僕を見つめる。僕は彼の一方的な視線に耐えかね、パタン、と本を閉じた。「だから、きみ。そこにいるでしょ」「え、う、うあ」 彼は僕よりも年上な外見で、表情を滑稽に歪ませて恐る恐る自身に指をさした。「お、おれ……?」「他に誰かいる?」 まあ、他から見れば、彼は見ることができないらしいけど。

くん、お、俺のこと、見えるの……!?」
「たぶんね。だからきみの音痴な歌声も、人のベッドの上できみが夜中に迷惑な踊りをし始めたのも、知ってるよ。あれなんだったの」
「いやあああああああ!!!!!!」

死にたい消えたいもう死んでるけどイヤアアアア!!! と叫ぶ青年は、中々に面白かった。色々な鬱憤がすっと消えて行くのを感じた。ざまあみろ。安眠妨害しやがって。「祝福のダンスが、見られてたぁあああああ!!!」「どう考えても呪いのダンスだったんだけど」「死んでからも、こんなに恥ずかしいことがあるだなんて! 今すぐ成仏したいよう!」 じゃあさっさとしてください。

「っていうか、きみ、やっぱり幽霊なの?」

僕がぴしりと彼を指さし、首を傾げると、「ああ、うん、そんな感じ」「テッドに取り憑いてる……?」「えへへ」 照れるとこなんだろうか。
幽霊と言えば、あまりいいイメージはない。悪霊やらなんやらのイメージがつきまとうのだが、どうにも彼はそんなおどろおどろしさと対極にいるように感じた。悪さはするが悪戯程度にもならない。ふわふわと視界の中で正座をしながら浮いている青年を、僕は暫く見つめた。「テッドの知り合い?」 もしかして肉親だろうか。彼の外見は明るい髪色のテッドとは、あまり似つかない気がするが、雰囲気が、笑い方が似ているような気がした。「テッドの、おにいさん?」

別に、なんとなくだ。
けれども僕の勘は当たったらしい。彼はゆっくりと頷いた。「もっと突き詰めて言うのであれば、近所に住んでるお兄ちゃんかな!?」「それを赤の他人と人は言う」 兄は兄でもご近所さんかよ。

ち、ちがうもんちがうもん、他人じゃないもん! とバタバタ彼は必死で首を振る。アホですか。まあなんにせよ、肉親に取り憑くというのならともかく、近所の子どもに取り憑くとはいったいどういう流れなんだ。「もっと他にいるだろう……なんでまたテッドに、いや」 そういえば、と彼を見つめ返すと、幽霊の青年は困ったように首を傾げた。「うん、いないんだ」

    テッドは戦災孤児だ


すっぽり頭の中から抜けていた気がした。青年は相変わらず困った顔をしながら、ぽつりぽつりと話し始めた。「みんな、死んだんだ」

「村には炎がまかれて、死んでいった。生き残ったのは、テッドだけだった。死んだ人間は、みんな喰われた」
「喰われた?」
「あ、いや、えっとその、成仏したって言いたかっただけ! でも、あんまりたくさんの人が死んじゃったから、順番待ちになっちゃったんだ」
「順番待ち」

頭の中で、はーい、ちょっと人がいっぱいですんで、暫く待ってくださいねー、これ整理券。と渡される天国の様子が思い浮かんだ。なんだそれは。お役所仕事か。「俺は一番最後になったんだけど、気づいたらみんな消えてて、俺一人になっちゃってて……」 あいつ、腹いっぱいになっちゃったのかなぁ、としょんぼり頭をたらす彼の言葉はよく分からなかったが、つまり天国の門は閉ざされてしまったということだろう。「テッドは気になるし、成仏するにも仕方がわかんなくて、こんな感じで未だにふらふらしてるんだよ」
はー、と彼は自嘲的にため息をついた。

「俺、むかしっからとろくさいっていうか、もたもたするタイプだったんだけど、まさか死んでからももたもたするなんて思わなかった」

彼は空中で体育座りをして、そのままくるりと一回転した。とりあえず凹んでいるらしい。「なるほど」 状況は理解した。しかしながら、「信じると信じないは別だから、君が僕の妄想ってんならさっさと出ていってくんないかな。まだちょっと読みたいものがあるし」「え、うそ、ちょ、まさかのこの流れで!?」 これから俺たち友情が芽生えちゃったりするのがお約束だよね!? だよね!? と必死で主張する幽霊(仮)は無視しつつ、僕は手元の本を開いた。なんだかうるさい気がするけれど、人生何事も修行である。問題ない。「問題あるよー!!!」


(本人曰く)幽霊は、うおおおお、と僕の部屋の中で煩悶していた。そして今度は床の上に寝っ転がるようにして、手足をばたつかせた。音は聞こえないけれども視界的にうるさい。「お話ししたいよお話ししたいよ、くんとお話ししたいよ相手してよー!!」「はいはいわかったわかった。じゃあ今から一緒に遊ぼうね。題して沈黙ゲーム。先に声を出した方のまけー」「わぁい! って駄目じゃん、それ思いっきり駄目じゃん!!」

もっと和気あいあいとした感じの雰囲気が欲しいよう! と両手を顔で覆ってわんわん泣き始める幽霊(らしきもの)に向かって、僕はハァ、とため息をついた。「っていうか僕、幽霊とか信じてないんだよね」「今!!! ここに!!!」「だからね、君は僕の妄想幻聴幻覚の類の可能性の方が高いと思うんだ。病院行った方がいいかな」「存在激否定されてる!」

信じてないと言うか、証明するすべがないと言ったところだろうか。僕以外の誰にも見ることができない、聞くこともできない声なら、幽霊でも幻覚でも同じである。正直僕としてはどっちでもいいのだけれど、「俺は幽霊なんだよ! 信じてよー!!」と主張する幽霊(笑)がそろそろ鬱陶しくなってきたので、わかった、と僕は頷いた。

「君の名前、教えてよ」
「えっ」

幽霊(注釈がそろそろめんどくさい)はパァッと顔を輝かせた。勘違いしないで欲しい、と僕はピシャリと言葉を叩きつける。「君の名前を訊いて、テッドに確認する。それでテッドが君のことを知っていれば、君は幽霊決定だ。オッケー?」「う、うぐ」「ほら、名前くらい言えるだろ。言えなきゃ僕の幻覚だ」「うぐぐ……」

彼は苦虫を噛み潰したような顔をして、うー、と悔しそうな声を出す。なんだ。「やっぱり違うんだ」 正直残念気な声を出したことは否定しない。もし本当にそうなら、世の中知らないことはいっぱいなんだな、と世界の広さを噛み締める程度のイベントにはなったのに、とても残念だ。僕は興味を失って、閉じた本を開き、彼から視線を外した。「ち、違わないよ、名前は、言える、言えるけど……」 彼は口ごもった。

「言えるけど?」 最後の確認のように、僕はちらりと彼へと視線を向けた。青年は、まるで子どもみたいに手のひらをもじもじとさせて、眉毛をしょんぼりさせている。「テッドに確認ってのは、やめて欲しい。確認しないっていうんなら、言うよ」 それじゃあ意味がない。

俺の言いたいことに気づいたのだろう。彼は言い訳するように、言葉をたたみかけた。「テッドは、きっと、俺のこととか、みんなが死んだときのこととか、思い出したくないと思うんだ。だから、確認はしないで欲しいんだ」 お願いだよ、とつぶやく彼の言葉は、テッドの口癖に少し似ている。

僕は暫く眉をひそめた後、「わかった」と頷いた。彼はまた、パッと顔を輝かせた。「くんって、なんだかんだでテッドのこと考えてくれるよね、俺、お兄ちゃんとして、すっごい嬉しいよ!」「ただの近所のお兄さんだろ、うるさいな、さっさと名前」「俺、って言うんだ」

へへへ、と彼は自身に指をさして、嬉しそうに笑った。子どもか、と僕はため息をついた。人と話すのは本当に久しぶりなんだ、と彼は笑っていた。


こうして、僕との、奇妙な交友関係が始まった。



彼は幽霊であるのか。それともまた別の違う物体なのか。
結論から言うと、彼は確かに自身の主張に近い存在であることがわかった。別にいちいち名前を確認する必要もない。僕が知るはずもない、テッドの情報を彼が知っていれば、少なくとも、僕個人の幻覚などではなく、そこから飛び出た存在であることが証明された。

はビシリと人差し指をつき出した。「今日のテッドは」 そして眉を顰めて、神妙な顔をした。「お魚柄のぱんつ」

マジでか、と僕はゴクリと唾を飲み込んだ。「まさか、そんな……いくら魚が好きだからって、そんな……」「間違いないよ。ひゃくぱーせんとだ。さあくん、確認してくれ、僕の存在の立証のために……!!」

ふれー、ふれー、くん! との応援コールを背中に、俺はいつもどおり、やってきたテッドの背後に立った。
「……おう。ところで何故俺のズボンを掴んでいる」
「いや、深い意味なんてないから。テッドはしばらく動かないで」
「何故ひっぱる」
「理由は説明できないんだけれど、これはとても重要なことなんだ」
「なんでだよ!! 俺のズボンの中に何が入ってるってんだよ!! 世界の滅亡の危機でも救えるのかよ!!」
「やだなぁテッドったら、ファンタジックなこと言っちゃって」
「そうとでも考えなきゃお坊ちゃんが必死に俺のズボンをひっぺがそうとしている現実に耐え切れないんだよ!!!」


色々なものを失った気がするが、彼のパンツ占いは完璧だった。僕はテッドの下着のセンスを疑った。繰り返すこと数回、100%の的中率に、僕はの言葉を信じざるを得なかった。そして今更ながらに気づいたのだけれど、別にパンツオンリーにしなくても、テッドが朝食べたご飯の内容を当てるだとか、今グレミオが何をしているかを確認してみるだとか、色々方法があったような気がするなと気づいたときには、すでに遅く、激しく警戒しながら僕から一定の距離を開けるテッドがいた。色々なものを失った。





まあごめん悪ふざけが過ぎたよねーハハーもうしなーいゴメンゴメーンてめぇ次やりやがったらお前のズボンとパンツまとめて引きずり下ろすからな覚えてろよところでテッド下着のセンス最悪だよねほんとありえない笑えるお前は謝る気があるのかないのかハッキリしろやぶちのめす!!
というような仲直りの儀式も終了し、その隣には、ニコニコ嬉しそうな顔をするがいた。そうやって、ずっと僕らのことを見ていたんだろう。なんだか奇妙な気分だ。


ある日は、僕のベッドの上で、呪いのダンスを踊っていた。


「悪霊……退散……」
「エッ、あ、イヤッ、起きてたのくん!? やだー、はずかしいー」
「はずかしいー、で終わらせられる君を尊敬しそうだ」

きゃー、と言いながら、は僕のベッドの空中で、くるくると体を回していた。ところでこの幽霊、テッドに取り憑いているとは言ったものの、別に縛られているとかそういう訳ではなく、自分で好き勝手に色々な場所にいけるらしい。フリーダムな幽霊である。

「……え? っていうか、え、何してたの」 両手を前につき出して、「えっほ、えっほ、えっほ、フウフウ、エッホウ!」と断続的に奇声を聞かされるこちらの身になって欲しい。ありえない。は、えへへ、と照れたように笑った。「その、祝福のダンスを……」「え? 怨霊ダンス?」「文字数から合ってない!」

いやまあそれは冗談だけど。
「祝福って何が?」

そういえば、前にも似たようなことを言っていた気がする。
どうでもよすぎてスルーしていたことを思い出した。はちょこん、と僕のベッドの上に正座してはにかんだ。「だって、俺、テッドに友達っていうか、親友ができたことが、すっごい、嬉しくってさ」「僕とテッドが、親友?」 いきなり言われると、なんだか照れるものがある。

「ん? そうでしょ?」 と、は首を傾げた。どうだろうか。「僕は、そうなら、嬉しいと思う、けど……」 わからない。そもそも、自分はあまり同年代の友人と付き合ったことがない。それは家柄の問題や、僕自身の性格など、色々な要因が絡まった結果なのだけれど、きっとテッドは違う。けらけら明るくて、付き合いがよくて、顔が広い。僕の友達はテッド一人だが、テッドにとったら、僕はたくさんいる友だちの一人なんじゃないだろうか。

そんなことを噛み砕いてに伝えると、彼はぷくっと頬をふくらませた。なんて顔してるんだよ、と呆れたら、彼はぶんぶんと両腕を動かした。「そ、そーいう自嘲はね、ほんっとよくないと思うんだよね! テッドに友達ができるなんて、めっちゃくちゃ、めっちゃくちゃ珍しくてすごいんだから!」「珍しい?」 そんな、と僕は苦笑した。

「あ、信じてないね。本当だよ。友達ができそうになったことは確かにあったけど、みんな駄目だったんだ。300年間テッドに取り憑いてた俺が言うんだから、間違いない」
「さんびゃく?」
「うぐおっ、あの、さ、三年間のまちがいです!」

まちがいまちがい! と両手をハタハタ振っているが、一体どうやって間違えるんだろうと不思議でたまらない。テッドも毎回にたような間違いをするので、似た者同士なご近所さんだなと思った。「と、とにかく、くんは、もっとテッドにプッシュしてもいいと思う! いっぱいテッドと遊んだらいいと思うのだ!」「のだって」 テッドは人付き合いがいい。けれども、ぼんやりと、これ以上は立ち入るんじゃないぞ、というラインを設けていることくらい、僕にだって分かる。それ以上は踏み込んではいけない。だから僕は、ちょっとしたラインで立ち止まる。「いいの!」

はぶるぶる首を振った。「くんは、いいの! くんは、賢すぎると思うんだ。気を使いすぎなんだ! そんなのスルーしちゃって、いっぱい遊んだらいいのだー!!」


やっぱり彼は、僕の妄想か何かじゃないのか。
僕にとって、都合のいいことを叫ぶ彼を見ながら、そう思った。

「なんにせよ、友達付き合いをあれこれ言われるのは好きじゃないな」
「ぶー」



家にテッドがやって来た。
一応テッドの保護者は父さんであり、父さんが家にいるときは、なるべく彼は顔を出すようにしている。グレミオもそこら辺を分かってか、「テッドくん、今日のお夕飯はどうですか」と声をかけて、テッドは、待ってましたとばかりに「行きます行きます、行かせてもらいます!」と拳を握る。

食卓はいつもと変わらず和気あいあいとしていた。はふらふらと僕らの間を回った後、テーブルに肘をつく格好でテッドを見つめている。暇そうだ。ちらり、と目線を送ると、彼は僕に気づいたらしく、グイッと親指を突き立てた。僕は行儀が悪い、と言う意味でじろりとねめつけると、彼はハハハ、と頭をひっかいた後、またふらふらしていた。やっぱり暇なんだろう。そりゃあそうだ。幽霊にご飯を食べる習慣はない。(ふーん……)

食べ終えると、テッドはそのまま、「それじゃあな」と片手を振る。どれだけ遅い時間になろうとも、泊まっていこうとはしない。「泊まっていかないんですか」というグレミオの誘いも、毎回片手を振って、苦笑しながら断る。
     多分それは、テッドの中でのルールなのだ

ここまではオッケー。でも、ここからはアウト。
明確な線引きを、僕はその外から見つめている。あんまりにも近づきすぎて、なんだこいつと思われて、眉をひそめられて、そそくさと去って行かれたら怖い。考えすぎだろうか。わからない。僕はあまり、こういう経験が少ない。いや、考えすぎではないような気もする。
    テッドは少し、変わっている

どこが、とか、どう、とか、はっきりとは言えない。けれども何かがある気がした。そのことについて、誰にも言ったことはない。他人を詮索するのは趣味じゃない。それに、そのことについて尋ねられることを、またテッドは好かないだろうと思った。
僕はじっとテッドの背中を見送った。その横には、いつもと同じくが立っていた。彼はぼんやりテッドを見下ろしていて、ふと、振り返った。僕の目を、一瞬見た後、またくるりと背を向ける。「ねえ」 思わず、声を掛けた。けれども振り返ったのはテッドだった。「ん?」「あ、いや」

特に言葉を考えていた訳じゃない。なんとなくだ。「テッド、泊まって行かない?」 だから出てきた言葉も、なんとなくだった。テッドは少しだけ意外そうな顔をした。あまり僕から、こういうことを言ったことはない。最初の方は、グレミオと一緒に声を掛けもしたが、今ではお互い暗黙のルールのようになっていた。「あー、遠慮しとく。そいじゃ」

ま、やっぱりね。
テッドは茶色い手袋をつけた手をハタハタと振って、背を向ける。ほらね。わかってた。断られるって分かってて、言う馬鹿はいない。いや、ここにいるけど。
わかってたから、それ以上何も言わなかった。言う気もなかった。僕はテッドの背中を、いつもと同じように見送って、バイバイと手のひらを振る。それだけだ。それだけなのに。

が、ぎゅっと拳を握ってこっちを見ていた。(くん、がんばれっ!) 聞こえるはずもないのに、彼は必死に声を小さくさせて、ぎゅっ、ぎゅっと両の拳を握って応援している。うるさいぞ。ばか、うるさい。応援とか、しないでくれない。子どもじゃないんだから。
ばか。

「僕、テッドが泊まってくれると、嬉しいんだけど」

声を掛けた。
ピタリと、背中を向けたまま、テッドは立ち止まった。別に何も言わなかった。僕も何も言わなかった。長い沈黙があって、気まずいな、と目を逸そうとしたとき、がそーっとテッドの顔を覗き込んだ。そして、「あ」と嬉しそうな声を上げて、つんつん、とテッドを指さす。「すっごい嬉しそうな顔してる」

今、ちょっと顔引き締めてる最中だから、待ってやってね。
うひひ、と笑いながら、は口の横を手で覆った。そして丁度、くるっとテッドは振り返ったかと思うと、「また、今度な」
いつも通りの顔で、いつも通りの声で言って、テッドはぽてぽて帰っていく。はふわっと浮き上がって、ぶんぶん大きく、僕に腕を振っていた。(今度) そんな断られ方は初めてだ。いつもなら、悪いな、と言ってごまかすだけだ。(それじゃあ) 次ならいいってことだろうか。


「お節介な、幽霊だな」

ふと、口から声が漏れていた。奇妙に声が出しづらい。当たり前だ。
僕はぐいっと両の頬に手のひらを置いた。ぐい、ぐいぐい。顔がニヤついてる。     今度会ったら、ありがとうくらい、言ってもいいかもしれない。一回くらいなら、あの安眠妨害なダンスも許してやってもいいかもしれない。まあ、一回くらいなら。
けれども一週間連続でやって来たときにはさすがにブチ切れた。

「フウフウ、うれしや嬉し、フウフウ!」
「殴れるものなら今すぐきみを殴っていた」
「やだくんったらバイオレンス!」





「なんで、僕は、きみを見ることができるんだろうね?」

え? 何のこと? と言った風に、は首を傾げて、ついでに勢いづいて空中で一回転した。ぐるんぐるん。「そんなことよりくん、グレミオさんのシチューっておいしいんだろうねぇ、食べてみたーい」 ノーテンキな男である。

「うーん……僕は、霊感か何かがあったんだろうか」
「それなら今頃そこらの幽霊さん達とコンニチワーってしちゃって、お友達が増えてるかもねー」
「増えてるかもねーってそこら辺にいるの、幽霊、ウッソォ」
「しらなーい」

俺レイカンとかないもーん、とくるくる回転し続ける馬鹿を見て頭が痛くなった。そういう問題なんだろうか。は「うーん」と言いながら、僕の部屋の窓から、外を見下ろした。「なんとなくだけど」「うん」 なんだろうか、と言葉を待つと、彼は少しだけ瞳を伏せて、ちょっとだけ言葉を選んでいるようだった。「縁が、強いのかも」「エン」

なにそれ、と顔を見上げると、彼はすぐさま「やっぱ俺、馬鹿だからわっかんないやー!」と明るい声を出した。幽霊なのに、明るいとはこれいかに。全国のお化けに喧嘩売ってる。



くんくん、今日のテッドは機嫌がいいよ!」
「うん? なんなの。マグロでも釣れたの」
「そのまさかだよ! まさかだよ!」
「ま、マジで」

びゅーん、と一足先にやってきたのすぐさま、どんどんどん、と勢い良くノックする音が聞こえる。「おおーい、、すげーよ、すげーって!」「はいはい開いてますよ」「見てくれ見てくれ」「どうしたの、マグロでも釣れたの?」「そうなんだよ! マグロに激似の小魚が釣れたんだよ!」「まさかの手のひらサイズ!」 スモール!

オウマイガット! と頭を抱えてガクッと膝をつくと、「何言ってんだ、マグロがこんな川で釣れる訳ないだろ。これだからお坊ちゃんは」「わかってたよ! わかってたよこのやろう!」「一体誰にキレてんだよ」「えへへ、俺ってばうっかり。くんごめん!」「うっかりじゃねーよ!」「だから何にキレてんだよ……」



気づいたら、がいることが当たり前のようになっていた。テッドはうちに泊まるようになって、はそれを嬉しそうに眺めていた。テッドが笑っているとき、も楽しそうだった。テッドが怒った顔をしているとき、も唇を尖らせ、プンプンしていた。いつもどこか脳天気な顔をしていて、悩みなんてなさそうで、楽しそうだ。でも、どうなんだろうか。
彼はいつも、テッドのことばかりだった。口を開くとそれしか言わない。
けれどときどき、ぽつりと自分のことを言う。
本当に、ときどき。

(グレミオさんのシチューっておいしいんだろうねぇ、食べてみたーい)


「グレミオ、今日は一人分、多く作ってよ」

どういうことですか? とグレミオは不思議そうな顔をしていた。けれども僕は、「一生のお願い」 テッドのマネをしてみた。彼は暫く考えた後、「まあ、坊ちゃんが言うのなら」と言って、いつもよりも一人分多く作った。テーブルの上には、誰が食べる訳でもない食事が一つだけぽつんと乗っかっている。僕は椅子をひいた。「何やってんだ? 」 テッドもみんな、不思議そうな顔をした。「別に、ちょっとね」 僕は片手をひらひらさせた。


くん?」

が、きょとんとした顔をしていた。彼の声は、僕にしか聞こえない。僕しか見ることができない。僕は口元を小さく、彼にしか聞こえないくらいに動かして、「どうぞ」 片手を向ける。
は少しだけ目を見開いた。そして、ぎゅっと自身の胸をつかんだ。ぱくりと口元を動かした。いいの、と訊いているのだと思った。僕は頷いた。「一緒に食べよう」 それはただの、真似事だけど。

本当に食べられる訳じゃない。
けれどもみんなで一緒に食卓について、わいわいと会話をして、聞こえるはずもないけれど、もときどき声を掛ける。「テッド、好き嫌いがなくなったね。俺、嬉しいな」「友達ができたね。お兄ちゃん、ずっと心配だったんだよ」「楽しいね。みんなずっと、一緒にいられたらいいね」

多分彼は、何度もそうやってテッドに話しかけてきたんだろう。少しだけ寂しくなった。けれども彼は、満足そうに笑っていた。

    なんで君は、テッドといるんだい。

訊いてみたことがある。何でそんなに、テッドが好きなんだい。はただ、不思議そうな顔をした。「なんでって」 そう言って、照れくさそうにホッペをひっかく。「俺、お兄ちゃんだもん」「ただの近所の、が抜けてると思うけど」「や、やだなぁ、もう。そんなのいーでしょー。血がつながってるとか、つながってないとか、そんなの、どうだっていいんだ。俺はテッドを弟みたいに思っていて、赤ちゃんのときから知ってるんだ。だからね、元気でいてほしいなって、思うんだよ」

多分テッドは、俺のことなんて、もう覚えてもないだろうけれど、別にいいんだ。

数年で忘れられちゃうだなんて、どれだけ影が薄かったんだよ、と呆れると、彼は困ったように笑っていた。そうだよね、うんそうだね。そう言って、は、僕の友人は、少しだけ悲しそうに頷いた。


     ……一生のお願いだ……聞いて……くれるか……?


どうして、こんなことになったのか。


僕はテッドの右手を握りしめていた。彼は傷だらけの、ボロボロの体でとうとうと語り始めた。自身が真の紋章を宿していること。三百年間、紋章を守り続けたこと。そして、宮廷の魔術師、ウィンディはテッドの紋章を狙っており、彼を傷つけたのも、彼女であること。


右手が熱い。一生のお願いだと、言われた。今度こそ本当だと。今、僕の右手には、死神が浮かんでいる。鎌を振り上げ、哂っている。「俺が、囮になる。だから、おねがいだ、お前は、逃げてくれ、おねがいだ……!」 途切れ途切れの彼の言葉に、僕は首を振った。嫌だ。声を出すことが出来なかった。けれども力の限りに叫んだ。嫌だ。「お願いだ……!」

彼は僕の腕を、痛いくらいに握りしめた。こんなボロボロの体の一体どこにそんな力があったのか分からない。口元を強ばらせ、指を震わせた。気がつくと、僕は頷いていた。そんな気なんてどこにもなかった。それだというのに、テッドはほっとした顔をして、片足を引きずりながら扉を飛び出た。彼の後を追った。追おうとした。けれどもグレミオに引きずられ、裏口から飛び出た僕の頬に、冷たい雨が切り裂いた。
     テッド!)

「坊ちゃん!」

僕はグレミオ達からすり抜け、表に回る。「待て!!」 クレイズが、テッドを追ってやってきた近衛達が、どろどろに霞んだテッドの背中に食らいつくように駆ける。「ちくしょう、待て!!」 クレイズは叫ぶ。

テッドは止まらなかった。濡れた血を雨で流し、それでもまた血を流した。その隣で、は彼を守るように腕を伸ばした。なんの意味もない行為だった。透明の彼の腕をすり抜けて、雨はテッドに突き刺さる。
意味なんて、どこにもない。そんなことをしても、僕以外の人間が分かる訳もないし、テッドが気づくはずもない。
食べられるはずもない、食事を出すことと同じくらい、無意味だった。「坊ちゃん、はやく! 逃げましょう! テッドくんの気持ちを、無駄にしないでください!」

クレオが、グレミオが叫ぶ。


    それは、本当に意味のない行為だったのだろうか。
食べられもしないシチューを見て、彼は嬉しそうに笑っていた。椅子に座るふりをして、ぱたぱた足を振っていた。(おいしいなぁ、このシチュー) そう言って、笑っていた。
(僕は)

冷たい雨からかばうように、グレミオが僕の頭へマントをかぶせた。暖かい。ただそれだけで。
ぐっと、胸が何かに掴まれたような気がした。


その日、僕はグレッグミンスターを去った。
テッドとは、逃げた。



僕らは道を 別たれた






2011.11.16
back
某Yさんの呟きと書いてる途中のお話が微妙にネタかぶりしてしまって、ガクガク頭を下げた恥ずかしい管理人ですこんにちは。Yさんホントすみませんでした。Yさんの幽霊主見たいです。

微妙に体力が足らなくて書けなかったのですが、続きはありませんがいつか過去編の短いお話ならいくつか書けそうなんですが、本当に短い
短い……