*名前付きのオリキャラたんまり
*解放軍のモブ側の視点。たまにはこんなのもいいよね的な
*一応幻水キャラは坊ちゃんとか色々
*主人公は無口系弓使い男子。、二十歳前後
*原作はバットエンド前提





長く息を吐き出した。弓につがえた矢で、狙いを定める。ギリギリと弦を引き絞った。ぱしゅんっ。短い音と共に、発射された矢の先で、一人の男が倒れた。素早く背の矢筒から矢を取り出し、瞳をすがめる。倒れた男たちの額を狙い、また矢を離した。ぱたりとまた男が倒れる。あっちだ、あっちにいるぞ。おそらくそう言っているのだろう。彼の耳に、その声は届かない。素早く矢を直し、木の枝に両足をひっかけた。体をぐるりと回す瞬間、どこからともなく飛んできた矢に、頬を撃ちぬかれた。「…………ッ」

ひりひりとする頬に指を伸ばし、軽くこすった。そしてそのまま枝から飛び降り着地する。足の短い草の上だ。彼の足音を上手に消してくれた。は高い背をかがめながら、腰から短剣を取り出した。生い茂る草木を切り裂きながら、ときおり見つける帝国軍へと矢をつがえる。一人、二人。彼はただ無言のうちに、彼ら帝国軍を、地に伏せた。



     あー! 、生きてたー!!」

あんたはいっつもすぐにいなくなるから、ほんと毎回不安なのよね、と短い赤髪をくしゃくしゃにした少女、サージャはぷっと頬をふくらませた。はわずかに首を傾げ、すまない、と短く謝る。「あんたね、謝って済むんだったら解放軍はいらないって言い回し、知らないの?」「知らない。今初めて聞いた」「私が今作ったからね!」 知らなくて当然でしょこのばか! とぽかぽか殴りつけられながら、多少の理不尽を覚えつつ、はまた首を傾げた。それが彼の癖だ。

「まあまあサージャ。こいつだって悪気はねーんだ」 サージャとに分け入るように入るのは、どっぷり大きな腹で、額もつるりと後退してしまっているカカルだ。その後ろには、カカルの半分の面積しかない、小さな少年が一人。イックは黄色い肌に白い歯を見せて、「悪気はないのが一番めんどくさいんだけどね」と一番年下であるくせに、一番偉そうぶるような発言をする。年齢については、十三歳、というのが本人曰くで、よく覚えていないらしい。

なんとまあ適当な、とその話を聞いた時、サージャは呆れていたが、だって似たようなものだ。長く山に暮らしていたから、日付の感覚だなんてとっくの昔に忘れている。サージャ、カカル、イック、そしての四人でチームを組ませられているとわかっているのに、ついつい狩りをしていた頃の記憶がよみがえり、勝手に一人で前に進んでしまう。

カカルはポンッと腹を叩き、「まあまあ、こいつのこれは今に始まったところじゃない。それよりもさっさと軍師様に報告をせなんだらいかん」 は軽く頷いた。「北の方角から斥候が来ていた。とりあえず、撹乱はさせておいた。他から人間の臭いはしない」

すんすん、と鼻をならすを見て、イックも同じくマネをする。「まいど思うんだけどね、お前がいうその人間の臭いってのが、まったくわからんのだけど」「山にこもっていればそのうち分かるようになる」

そんなもんかねぇ、と鼻白むイックの背を、バシリとカカルが大きな手で叩いた。勢い良くイックを持ち上げ、「ほれほれ、さっさとさっさと! サージャ、お前も持ち上げるかい?」「遠慮しとくわ!」 お、下ろせよー、とばたばた暴れるイックの口元を、ほいほい静かに、とカカルはパシンと塞いで軽やかに山道を駆け抜ける。大したもんだ、とちらりとは心の中でちらりとつぶやく。念のためともう一度振り向けば、小さな体でぱっぱと大股ではしるサージャと目が合った。特になんの意味もなく、はサージャの額を撫でた。パッと顔を赤くした彼女を、は知らない。サージャが文句を言う前に、はマントをはためかせ、くんくんとまた臭いをかぐ。

(…………遠くに、鉄の臭い)

エルフの森は焼けたときく。
悲しい事だ、と山で育つ彼はつぶやく。
まつりごとなど、彼は知らない。けれども森を焼き払い、木々を断ち切る彼らをは好いてはいない。彼がこの場にいる理由はただそれだけだ。他のものの理由は知らない。興味を持つこともない。争いごとは好きではない。けれども、それをただ避けて通ることも、好みはしない。

この森はのものではない。けれども、彼らのものではない。
「ほっほほほーう! あっちかね、あっちかね!」
「か、カカルぅ! 下ろせってよう!」

は崖を飛び降りた。目の前では邪魔だとばかりにイックを投げ捨てたカカルの姿と、何をするとばかりに拳を振り上げ、身軽に着地をするイックと、あんたたち、真面目になさいよとほっぺをふくらませるサージャにちらりと目を向け、彼は再び疾走した



   ***




「それにしたって、この目でエルフを見ることができるだなんてね」 勝利の祝杯だとがつんと小さなコップを合わせ、カカルは禿げた頭をなで回しながら、ほんやりと呟いた。「これもそれも、様の人徳よ」 ふふん、と自慢気に笑うサージャに、イックが口元を横に伸ばす。「サージャは様贔屓だからね。またそんなことを言う」「なによ、文句あるの」「ねえねえ」

いいね、顔がよくって育ちもよくて、お強くて解放軍のリーダー様ですってか、と肩をすくめるイックに、カカルがからからと笑いながら口元に白湯をすする。「別に顔がいいってのも、ただの噂だろうがね。俺達ただの斥候が、様のお顔なんて拝める訳がない」「夢くらい持たせてくれたっていいじゃないの」 ぷーっと頬をふくらませるサージャに、「いいのかい?」とイックが面白げに顔を笑わせる。「サージャ、の前でそんなこと言っちゃて」

瞬間、サージャはぼふっと赤くなった。
ぐりぐりとイックの頭を拳で押さえつけ、「なに? なんか言った? あんたなんか言った?」「いい、いってない、いってな、い、い、いたいい」「も! こんな馬鹿が言うことなんて聞かなくってもいいんだからね!」 サージャの言葉に、はぼんやり瞬いた。

「ん?」
「……こりゃ聞いてなかったね」

呆れたように、ぽふんとカカルが自身の腹を叩く。「サージャも気が長い。相手がこんなマイペースじゃね」「カカル、黙って!」


はふと顎をかいて、ドアの外を見つめた。この城は石造りでできており、足音が他よりもよく響くのだ。「来る」 何がだい? とカカルは首を傾げ、イックの頭を締め上げたまま、サージャも扉を見つめる。石の枠にむりやりつけられた扉が、カチャンと開いた。ふとそこから、黒髪の少年が顔を覗かせた。「や、元気?」「マークか!」

パッとイックはサージャから抜け出し、すぐさま彼の足元にまとわりつく。「お、イック。なんだ、元気だね」「まあね! それで今日は何をくすねて来たの?」「…………俺の印象ってそこになるわけ?」

やだな、くすねて来ただなんて、人聞きの悪い、と彼は整った顔を滑稽にゆがめるように唇をつきだし、背に隠していた酒瓶を、どん、と彼らの真ん中に置いた。「お」「おお」「おおおお!!」 イック。サージャ、カカルが声を合わせ、パチパチと手を合わせる。「勝利の祝杯が白湯だなんて、可哀想だろ?」 パチン、と器用に片目をウィンクさせるマークに、イックとカカルが抱きついた。「マーク! 大好き! 愛してる!」「嫁にもらってくれ! 俺をもらっておくれさマーク!」「いやカカル、あんたが嫁はきついわよ」 げっそり顔のサージャを横目に、マークはははは、と朗らかに笑った。

「ま、とにかく、祝杯と行こうじゃないか」


出されたコップに、とぷとぷと酒を流し入れる。そんな様を、は静かに見つめながら、木の矢をナイフで切り出した。彼らの宴を端で見つめ、瞳を下ろした。
マークはとは違い、前線からの流れでやってきた少年らしい。若いくせに大したもんだ、とカカルはよく言葉を漏らす。顔の割には手癖の悪い男らしく、ときどき酒やら嗜好品やらをかっぱらっては、のチームに顔を出す。いつの間にか、すっかり彼らに打ち解けているものだから不思議なものだ。

     解放軍なんてね、最初はわらにもすがる思いだったさ。しかし、中々どうして。クワンダを破り、仲間にまで引き入れるだなんて、並大抵のことじゃあないさね

ハゲに文字通りの茹蛸になりながら、酒にゆられるカカルは、意外とアルコールに耐性がないらしい。ぐだぐだくだを巻きながら様を褒め称える様は、少々滑稽だ。イックも同じく、その隣では涼しい顔をしたサージャが黙々と酒瓶を煽っていた。
かりかりかり、は一人マイペースにナイフを動かす。ふと、目の前に影が落ちた。「きみは飲まないの?」 マークだ。は別に、と短く首を振った。「飲むと手がしびれる。酒は好きじゃない」「前から知ってたけど、きみ、かなりマイペースだね」「よく言われる」

かりかりかり、と動かすナイフを、マークはどこか懐かしげに見つめ、それを飲み込むように、同じく酒を飲み込んだ。「若い内から、あまり飲まない方がいいんじゃないか」「残念ながら、酒には強い血筋なのさ」 ふと、はマークを見つめた。けれどもまあいいか、と言う風に、彼はまた自身の手元を見つめた。特に彼に興味を持っている訳ではない。

勝利の祝杯は、あっと言う間にからっぽになり、夜はふけた。マークはひらひらと手のひらを振り、サージャは自身の部屋へと戻っていく。酔いつぶれたカカルとイック、を隣に、はかりかりとナイフを動かした。






エルフの弓さばきは中々のものらしい。
解放軍の中で、まことしとやかに流れた噂だ。ついでに言えば、森の中に姿を隠す術も、ぎょっと驚くほどだとか。森に姿を溶かす魔術を覚えているという噂は、気づけばエルフの体は透明なのだ、あの尖った耳では、一キロ先の針が落ちた音でさえもわかるのだとか、眉唾ものの噂に変わってしまった。

エルフと言えば大森林の中でひっそりと隠れ住んでいる一族だ。コボルトにせよ、ドワーフにせよ、赤月の民には見覚えのない一族で、良くも悪くも妙な噂が流れるのは仕方がない。はときどき、肩身が狭そうに城の端でぼんやりと外を見つめるエルフを見かけた。しかしながらその隣には可愛らしい彼女つきであるので、そこまで不便はないのかもしれない、とも思う。

エルフの村はクワンダにより全てを焼かれてしまったらしい。生き残ったのは、彼ら二人と、もう一人だけ、と聞いているが、その一人はなぜだか姿を見かけることがなかった。元赤月の五将軍であるクワンダも、同じくこの解放軍に椅子を並べているが、今のところはその姿を見かけたことがない。あのエルフたちが、クワンダをどう思っているのか、にはまったく持って想像の及ばないことだった。


「なあ、エルフの技を、教えてもらおうじゃないか!」

そんなとき、さも名案だと言う風に、イックが人差し指をつきたてた。何言ってんのよ、と眉を顰めるサージャに、「だからぁ」とイックはかけた歯を見せながら、小さな胸をどんと張る。「エルフは姿を消す術を持ってるんだろ? だったらさ、俺達斥候にはもってこいな能力じゃないか!」


「馬鹿ねイック、そんなすごい術、エルフにしか使えないわ。私達人間が使える訳がないでしょ?」
「だったらさ、エルフを俺達のグループに連れてきたらいい。な? な? ナイスアイデアだろ?」

どうだよ、とさながら作戦室のように輪を組む彼らは、ううんとそろって首を傾げた。相変わらず、は矢をナイフで削っているだけであったが。「カカル! あんたリーダーなんだから、そこらへんなんとかしろよ」「うーん、リーダーと言ってもねえ、私はお前らのまとめ役ってことを軍師様から言いつかっとるだけだから、そういうのはちょっとなぁ」

面白いが、難しい話さなぁ、と言葉を濁す中年の腹を、イックは力の限り蹴飛ばした。けれどもカカルはぼよんと脂肪を揺らすだけで、ううん、とつるつるした自分の頭を撫でるだけだ。「本人からの希望がありゃなんとかなるかもしれねーだろ! しょうがない! 来い! !」「……俺か?」

子どもの俺が言っても、聞いちゃくれねーだろがよー、とひっぱられながら、はのっそりと扉をくくり、エルフ達の元へと向かった。けれどもすぐさま、イックとは帰還した。いちゃつくカップルを前にして、途端にイックのやる気が削がれたというか、子どもらしい照れが出てしまったのである。

「行かないのか?」
「行けるもんかよ! なんだよイチャイチャしやがって」
「節度があれば問題ない」
「問題あるよ! 目の毒だよ!」

真っ赤な顔をしたイックの後ろに続きながら、はぼんやりと広間を見回した。黒い眼帯をつけた男が、パチンと膝を叩きながら、賽の目を見つめていた。その前に座っているのは流しの着物姿の男だ。「あー! また負けたー!」と叫びながら頭を抱えて、懐からポッチを差し出している。カカルもときどきあの座敷に座るそうだが、すっかりポッチを吸い取られて、しょんぼり顔のまま帰ってくる。
は賭け事になど、てんで興味はないが、なんでも軍主様もときどきおいでになるらしい。


ふと、目の前でひゅんと青い何かが通った。きょときょとは一つ瞬きをしたあと、「おい、イック」 イックの方も、言われるまでもなく辺りを不思議気な顔で見つめていた。この年で彼が斥候にと選ばれた理由は、その目の良さにあった。「あっ」とイックは声を上げた。ひゅんっ、とまた何かが通りすぎる。まるで尻尾のように長い髪をはためかせ、しゅんしゅんと消えて行くその姿は、しっかりと耳が長かった。「エルフだ!」

カップルのエルフ一組に、姿の見えないエルフ一人。「あいつだ! あいつに訊くしかない!!」 エルフの極意を教わりにー! と駆け抜けるイックの背を見つめると、ふと「負けた! 負けた! すっかり負けたぜ!」と野太い男の叫びが聞こえる。座敷の上には、すでに先ほどの男の姿はなく、一人の少年がちょんと座り込み、ニマニマと嬉しげにポッチを頂いていた。マークである。

はため息をついて頬をかいた。そしてとてとてと寝床に向かった。結局、あの青いエルフは速すぎて捕まらなかったとしょんぼり顔のイックは、彼らに報告した。






誰が言い出したのかは知らないが、あの男はずるい、というのが弓使いに共通の感想らしい。

あいかわらずマークがかっぱらってきた菓子とつまみに、サージャとイックはきゃいきゃいと盛り上がる。「なんだって、あいつ、名前。クラーブ」「違うわよ、クラップ」「どんどん遠くなってる。クライブね」

のんのん、と指を振るマークに、なるほど、と子ども二人は頷いた。「まあそのクラップよ、なにあのてっぽう? 引き金を引いたらパーンッと当たってそれで終了なんでしょ? 羨ましいわー。弓使いの私とにはほんっと羨ましい相手だわ。あっちの方が楽だし便利だもの」 別にはその男のことは特に興味はないというか、噂に聞く程度のことしか知らないのだが、サージャの中ではも同意しているものと決定ずくらしい。

「だから、クライブね」とマークは呆れた顔をして、コップに酒を注ぎ込んだ。「弓矢だけじゃねえさ。俺だって体がちっこいから短剣だけど、ありゃ羨ましいよ、クラーブのやつ。俺だってあんな武器があれば、もっと前に出れるのになあ!」「だから、クライブね」 二度目の訂正である。

カカルはと言えば、すっかり酔いつぶれてしまって、部屋の端でぐうすかとおねんねだ。はと言えば、変わらず無関心に、むっつりと座り込んでいるだけなので、彼ら二人のおこちゃまを止めるものは誰もいない。「何よ、マーク。あんたさっきからクラなんとかの肩を持つじゃない」「そーだそーだ! 俺達の味方じゃないってのかよ!」「味方かどうかはともかく、名前くらいしっかり覚えなよ」

人の名前を覚えるってのは、きちんとした礼儀の一歩だよ? と困ったように青年は肩をすくめる。「知らないわよ。あんなずるい人のことなんて。私達がひーこら汗をかいて練習してるってのに、一発パーンッで終わりだもの。あの武器の作り方を解放軍に教えてくれれば、様だって喜ぶわ」「それはどうかなぁ?」 からから、とマークは笑いながら酒を飲み込む。「あの武器は、世界に一丁しかなくって、ついでにいうとクライブしか使いこなせないって聞くしねぇ」

案外聞くほど簡単じゃないそうだから、そう上手くはいかないんじゃないかな、とくすくす笑う少年に、イックが不満気に床を叩く。「なんだよマーク、お前随分詳しいじゃんか」「うん? 君たちが飲んでるこのお酒とお菓子。いったいどっから出てると思ってるの?」 俺が事情通なのは、色々と聞く耳を持ってるからさ。
どこか自慢気に胸を張る青年に、まさかあんた、とサージャはサッと顔を青くした。「かっぱらうって、本拠地のそこらからかっぱらってるんじゃないでしょうね!」「否定はしない」「しなさいよ!!」

手癖が悪いのもいい加減にしなさいよ! と頭と同じく顔を真っ赤にさせつつ、むぐむぐ口の中に菓子をつめこむ。言っていることとやっていることが逆だ、とつぶやくほど、は馬鹿ではない。

「まあなんでもいいわ。それでも私、やっぱりずるいって思うもの。私だって、てっぽうを扱えたら、もっと様のお役に立てる」
「随分熱心だ」
「だってそうよ。私達、様のお名前も、武勇伝もお聞きするけれど、そればっかり。様の下には、フリックどのやビクトールどのがいらっしゃって、そのまた下の、下の、下の、カカルの下が私達でしょ? なんだか悔しいじゃない。いっくら私が軍主様のお役に立ちたいなんて思っても、様はそんなことお知りにならない訳よ」

だからお前、の前でそんなこと言っても言い訳? と問いかけられた言葉に、うるさいわね、とイックはサージャに締め上げられた。「ま、そんな感じよ」「まあね。様なんて、結局ただのガキだもの。全部に目がいくなんて神様みたいなことができるはずがない」「マーク! そんなことを言うんだったら、今すぐここから出ていきなさい!」

サージャの悲鳴に、「おっとごめんよ、失言した」とマークは両手をひらひらさせる。「ま、サージャの気持ちはね、悪いことじゃないさ。きっと様だってお喜びになる」「そうかしら」「きっとね、そうさ」

やっとこさサージャの腕から抜けだしたイックは、「首がいてぇ」と唸りながら、「ま、俺はどっちかというとオデッサ様派だけどね。ここは元はオデッサ様が作った城さ。オデッサ様がいたからこそ、今の様があるわけさ」「イック!」「なんだよ、悪く言ってる訳じゃないだろ? きっと様だって頷くよ。俺だって様は好きさ。そうじゃなきゃ、崩れた街の端っこで、今頃怯えて丸まってるよ」 あそこで寝こけてるけど、きっとカカルだっておんなじだ。

イックの言葉に、くすりとマークは微笑んだ。「カカルは本当に酒に弱いね。もう持って来るのはやめようか」「駄目よ! だめだめ!」「そうだ、どんどん持って来い!」

かつん、かつん、とお互いのコップをぶつけた彼らは、あーあ、とまたため息を呟いた。「やっぱり羨ましいわ、あのクラップ」「あのクラーブ」「……クライブだろ?」 さすがに今度はが訂正した。

マークはくすくすと面白げに笑って、「それじゃあ二人共、直接クライブに文句を言えばいい」 彼らはきょとんと瞬いた。「だから、直接。俺が理由を言ったって満足しないんだろ? だったら直接言って、文句を言う方が健康的だ」「いや、そんな」「いいね、行くぞ!」「うそ、イック!?」

あんたこんな酒臭い格好でどうすんのよ! と叫ぶサージャをずるずると引っ張りながら、イックは姿をマークはケラケラと笑って見ていた。ついでにいうと、カカルのイビキ声がそれに合わさる。

相変わらず、はぼんやりと瞬いて、腰から一本、ナイフを取り出す。背の矢筒から矢を取り出し、カリカリとまた形を作る。「酒でも飲む?」 マークの言葉に、は「別に」と返答した。「いつもそれだね。飽きない?」「特には」「趣味なの?」「いいや」

ふっ、と木くずを吹く。マークは自身の黒髪をかさりとぬぐい、どこか遠くを見るようにゆっくりと瞬きを繰り返した。実際のところを言えば、見ていたのはカカルのふこふこ動く腹だった。「ね、きみはどう思う?」 なんのことだ、とはぴたりと手を止めた。マークは膝に肘を当てて、「様のことさ」「どうとは?」「さっき、話に交わらなかったから」

ま、きみはいつものことだけどね、と笑っている。「特に、何も」「好きだとか、嫌いだとかも」「ああ」 いや、とは首を傾げた。「嫌いじゃない。そうだったなら、俺は一人で山にいる」「なるほど」

だいたい、好きも嫌いも言えるほど、知っている訳じゃない。
はナイフの動きを再開させた。マークはそれをじっと見つめながら、「俺はね」 ぽつりと言葉を漏らした。

「俺はね、様ってのはただのガキだと思うんだ。いや、ただのガキだったなら、まだよかったよ。元は自分も同じ帝国軍人だってのに、なんの因果か、反旗を翻しちゃってさ。イックの言うとおりだ。オデッサがいなけりゃ、あいつは多分、そのままバルバロッサの城にいた。おとなしくそこにいとけばよかったんだ。ちょっと調子にのるからこんなことになっちゃうんだ」


なんであんな父親殺しに、みんなは勝手に幻想を抱いちゃうのかねぇ?
厭味ったらしく肩をすくめる彼を見て、はただ静かに刃を動かす。長い間が落ちた。ふとは、彼はの答えを待っているのだと気づいた。ピタリとは手を止めた。「俺にはよくわからないが」 ぐうぐうと、カカルのイビキが聞こえた。「そんなことを、言うもんじゃない」

「何故?」
「わざわざ否定的な言葉を吐けば、兵が動揺する」
「そう思う?」
「ああ」
「だからきみに言ってるんだよ。君は無口だから、そんなこと言いふらしたりはしないだろ?」

マークのやつが、あんなことを言ってます、なんて宣伝するつもりはないだろ?
そうにやつく少年に、はわずかに首を傾げた。別に何を言い返したい訳じゃない。彼の言葉は合っているようにも、間違っているようにも思えた。「それじゃあ、俺はさっさと戻ろう」 パッとマークは立ち上がった。は彼の小さな背を見つめた。

それからしばらくして、とぼとぼと戻ってきたサージャとイックは、結局静かに首を振った。一喝でもされたのか、とおもいきや、相手は随分顔が整っていたらしく、サージャは顔を真っ赤にして、何も言えなくなってしまったということだ。イックは呆れたようにため息をついて、「ほんと、サージャのやつってば顔のいいやつが好きだね。ミーハーなんだから」と呟き、すぐさまサージャに肘打ちを打たれた。「ちがうのよ、、ちがうのよ」とハタハタ両手を振る彼女に、は首を傾げて、ああ、と短く頷いた。ただそれだけだ。



それからしばらくして、マークは彼らの前から姿を消した。
もともと、姿を現したり、消したりと奇妙な男であった。酒がなくなってしまったな、と冗談交じりに言葉を交わし、あいつも死んでしまったのだろうかとイックは静かに呟いた。けれどもそれは違うとは知っていた。
争いの火種は燃え上がり、また消えていく。幾度もは弓をひいて、矢を撃った。多くの人を殺した。そしてまた同じく、多くの同胞を失った。皇帝、バルバロッサ死す。古き国は滅び去り、トランの国よここに有り。儚き英雄さてどこに。

崩れた街には似合わぬ軽やかなメロディーがそこいらを駆け巡る。黄緑色の衣をまとった男が、竪琴と共に詩を口ずさむ。青い衣の乙女が、同じくくるくる踊りまわり、奇妙な帽子をかぶった少女が拍子をつけた。


彼らの歓喜の声を背に、は旅立った。ただそれだけだ。暗く、薄ぼんやりとした道を歩きながら、彼はまた、一人の少年と出会った。

「やあ、久しぶり」と笑う彼に、も同じく手のひらを上げた。相変わらず、どこか飄々とした顔つきの彼は、けらけらと笑いながら焚き火の前に腰を下ろした。も頷き、同じくそれに習った。とくに言葉は思いつかなかった。そんな彼を見て、マークはくすくすと笑っていた。「、お前は本当に無口だね」

ぱちぱちと炎の弾ける音を聞きながら、マークはぽつりとに訪ねた。「お前も、旅立つのかい」「ああ」「サージャが泣くな」「何故?」 これだから、と肩をすくめる。

食い物はあるのかい、と問いかけるマークの言葉に、弓矢がある、と彼は答えた。そうかなるほど、とマークは納得したように頷いた。彼は長く山で暮らしているのだ。今更街のものなど必要ない。「お前は一人か」「うん、もう赤月にいる用事もないからね。さっさと隣の国にでも行こうかと」「違う」 きょとり、とマークはを見つめた。「赤月じゃない、トランだ」 パチリ、とマークは瞬いた。そしてくすりと笑みを漏らした。「そうだったね」


随分死んだね、とつぶやく言葉に、もゆるく頷いた。お互いそれ以上の言葉は出なかった。和気あいあいと言葉を交わす仲でもなかった。ふと、は立ち上がった。そしてくるりとマークに背を向けた。「おい、どこに行くんだ?」「俺は夜目もきく」 焚き火で夜を待つ必要はない。

ちらりと振り返りながら、はマークを見つめた。そうか、とただマークは頷いた。「それじゃあ、ここでさよならだ」「ああ」 そのまま去ろうと歩をすすめ、またちらりと彼を見た。「なあ、マーク。お前はちょっと言葉が丁寧すぎる。そんなんじゃすぐにいいところのお坊ちゃんだとわかってしまう。もうちょっと、言葉を崩した方がいい」

珍しく長い言葉を吐いたものだと自身でもそう思う。「そうかな?」とマークは首を傾げた。「そうだ」とは頷いた。「じゃあ、次から気をつけるよ」「そうしてくれ、マーク、いいや、マクドールのお坊ちゃん」


ほんの少しの間の後に、マークは手のひらをこすり合わせた。かたかたと肩が震えて、たまらずと吹き出した。それに合わせて、つられるようには笑った。何がおかしいのか、お互いよくわからなかった。

「なんだ、バレてたんだ」
「あんたはちょっと、お上品すぎるんだ」
「そうかな、おかしいな、ばれない自信は、結構あったんだけどな」

鼻がいいだけじゃなくって、耳も目もいいのかな、と肩をすくめるに、はただ瞳を丸めた。ふと、いつかの言葉を思い出した。「俺は、様が好きかどうかはわからないけど」 など、ただの子どもだと、彼は力いっぱい叫んでいた。「マーク、あんたは好きだった」

まあそれだけさ、とは呟いた。そうかい、とはただ頷いた。は彼に背を向け、一歩一歩と進んでいく。焚き火の音も臭いも離れて行く。けれども不思議と暗い明るいとは思わなかった。


さて、あれからあの歳若い少年がどうなったのか。
そんなことははしらない。彼は生涯、山の中で暮らしたし、街の噂など、てんで耳に入りはしなかったからだ。
ただ、イタズラ好きの少年のことは、一生自身の記憶から消えぬと知っていた。

ときどきふと、自身の道を振り返り、けれどもと足をふみ進めた、あの少年のことは。


2012.03.16
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