| 女装というトラウマを背負いながら、日々を生きています。 第36話 さくらがわの、いもうとさん (いやいやいや、女装じゃないんですけどね……!) 自分は世間一般でいう、きちんと女の性別を持っているのに、この頃男装生活の方が長くて色んなことを忘れそうになっちゃいますよ、と長いため息をついた。女装(いや違うけれども)をご主人様に見られてしまった後に、お部屋に帰ると、帰って来たご主人様は何か言いたげな表情でちらちらこっちを見てくるし、何かいいかけようとするしで、お料理の方にも集中できない。 違うんです。ごめんなさい。ごめんなさいご主人様。自分に妹がいるなんて嘘なんです。そして自分が妹を嫌ってるってのも嘘なんです。その場の出まかせなんです。気を使って頂き、ありがとうございます。けれどもごめんなさーい!! 「う……ご主人様、ごめんなさい……」 「いきなり何だ、剣之助だ」 そしていつも通り、お名前の訂正を求めるご主人様である。 「尾行も失敗してしまった今、うつすべもないですねぇ……」 一応これでもプロなのだが、中々ガードの固い。ご主人様が一人暮らしをしたくなった理由を調べろ、と言われても、彼だって年頃の男の子な訳だから、急に自立したくなったんですー! とかじゃ駄目なのだろうか。いいや、そんなことが分かってるくらいなら、初めから自分たちに頼みはしないだろう。 最終手段はご主人様のお部屋の中を探しまくるなんていうこともできるが、さすがにそれは避けたい。方法は簡単だし、チャンスだっていっぱいある。ご主人様が学校に行っている時間や、実家に帰っている時間を狙えばいいのだ。 けれどもそれは本当に最終手段だし、プライバシーにかかわるし(秘密を探ろうとしている自分が言えた台詞ではないんですがね!)、もしご主人様のお部屋から、年頃の男の子にありがちなあんなものやこんなものが出てきたら、不憫な気持ちになりそうだ。次の日からご主人様の目を見れる自信が……ありません……。 うーん、うーん、と首をひねりつつ、日々の日課であるお買いもので、カートをごろごろしているとき、「橘くん?」と声をかけられた。あれ、ご主人様? きょろきょろ、と辺りを見回してみても、特徴的な銀の髪は見つからない。幻聴かー、おおっと自分ったら。とぺしん、と頭を叩いたとき、また声が聞こえた。「あれ、橘くんだよね?」 その声が、なんとも自分に向けられている気がして、自分はくるりと声が聞こえる方へと振り返った。そこには茶髪の見たことのある女の子が、まぁ言ってしまえば、他の女の子よりも随分大きな体格をした女の子がかごを手に持っている。 えーと、たしか、鷹士の妹さんの。「ヒトミさんですね。こんにちは」と自分は頭を下げた。同じマンションとは言えど、他の学生さんたちと違って生活リズムの違う自分は、住民に会うことが少ない。ヒトミさんは「やっぱり橘くんだったんだ。お買いもの?」と首を傾げた。 そしてやっとこさ、ヒトミさんの橘くんとは自分のことをさしていたのだ、と気づいた。(うわぁ、気が緩んでるよ、自分は今、橘じゃないですか!)このおばかちんー! とヒトミさんがいなかったら自分自身を大声で罵ってやるところである。けれども今そんなことをしてしまったら確実に不審な人だ。やっちまった……やっちまいました……という情けなさを飲み込んで、「はい、お夕食のお買いものです。ヒトミさんは?」とかごの中身を覗き込んで、思わず言葉を失った。 かごの中には大量の、ありとあらゆるお菓子がつみこまれている。ごくり、と唾を飲み込み、すげぇ……というご主人様の言葉を思い出した。お菓子の買い占め。おお、これは食べ応えのありそうな……あれでも、ヒトミさんってダイエットをしているとか言っていなかったっけ……と思考を重ねていると、そのことにヒトミさんもハッと気づいたのか、「こ、こここ、これは! ええっと、新作商品がいっぱいで、おもわず……きがついたら……習性って恐ろしい…………!!」とかごをぶんぶんと振り始める。 自分は、ああ、あ、危ない危ない、危ないですよ……!? そんなシャッフルしたら中身が飛び出ますよ……!? と手をあわあわさせて、「まぁまぁ、ダイエットをしていたとしても息抜きは必要ですし……」「ええ!? 橘くん、なんでダイエットのこと知ってるの!?」「え? た、鷹士さんが、そう言って」 あ、これ言っちゃいけないことだった? と思った瞬間、ヒトミさんはおおおおおおにいちゃーん! と声にならない声をあげ、顔を真っ赤にさせていた。 「い、いや隠してる訳じゃないんだよ? でもねそのね、自分で言うのと、人に言われるのは違うじゃない」 「違い……ますねぇ。ごめんなさい、デリカシーがなかったです……」 「いいの! お兄ちゃんが悪いんだから!」 もー!! とヒトミさんは拳を握った後に、お菓子がつまったかごをぎゅっと抱きしめた。そして名残惜しそうにそれらを見つめた後で、「返してくるね!」と勢いよく叫ぶ。それはおのれ自身を奮い立たせているような声だった。「い、いってらっしゃい……」と自分が手を振ると、そう言えば、とヒトミさんはこちらを見た。そしてもう一回お菓子のかごを抱きしめた後、「橘くん、ありがとうね」とほほ笑んだ。 なんだかほんにゃりしていて、可愛い笑顔だ。 「はい?」自分は笑顔のまま首を傾げた。ヒトミさんにお礼を言われることなんてまったくもって見当もつかない。ヒトミさんは続けた。 「ちょっと前に、お兄ちゃんにプールのチケットくれたでしょ? がくれたんだ! ってお兄ちゃんそれだけだったけど、ダイエットのこと知ってたからくれたんだよね。ありがと! 使わせてもらってます」 「いえいえ。そんな大したものでもないですし。自分が持ってても箪笥のこやしにしているだけですから、きちんと使ってくれるヒトミさんの方がチケットも喜びますよ」 そうかなぁ? とヒトミさんは笑った後、「あのね、ダイエット、楽しいけど、辛かったりもするんだ。けど、橘くんとか、先生とか、みんなががんばれーって言うから頑張れるんだよ」と呟いた。 自分はなんだか恥ずかしくなって、頭をぽりぽりとかいたあと、照れ隠しのように言葉をつづけた。 「あの、でいいですから」 「ん?」 「橘くん、だとごしゅ、いや剣之助さんとまじっちゃいますから」 だからお願いします。と言ったら、ヒトミさんは、「うん、くん! ばいばい!」と元気に手を振ってお菓子コーナーへと去っていく。うーむ。照れる。ヒトミさんは直球な人なんだかなぁ、と彼女に手を振った後、からからとカートを転がした。 「って感じでヒトミさんにお会いしたんですよ」 「だからなんでお前はいちいち俺に報告するんだ」 お前は子どもか。俺はお前の父親か。と不機嫌そうな顔をするご主人様に、「いいじゃないですかー。ほらほら、ご主人様だって学校のことを自分に言ったりするじゃないですか」 ね? みるみるうちに不機嫌度が上がっていくご主人様の顔を見て、お次の台詞はあれですね、お決まりのご主人様じゃない剣之助だ、ですね? なんてにまにましていたからか、ご主人様は急に自分へと背をむけて、「お前とはもう一生話さねぇ」と一言だけ呟いた。 「ちょ、ご、ご主人様……!? 何をすねてるんですか、ちょっとちょっと!?」 「うるさい黙れ剣之助だっつってんだろ!!」 ← ■ → 2011.01.24 |