「……つまり、そなたは間者だったということかな?」

はたはた、と扇子を揺らしながらの言葉に、「間者……」 なんかちょっと違う気がするけれども。まあそんなかんじだろうか。「申し訳ありませんでした」 頭を下げた。「皆さんのことを調査させて頂きました」 まさか自身、トレイユに来たときからこんな大掛かりな話になるなんて、思ってもみなかったが。

神妙な顔をして、を見ている。「そんで、親衛隊……親衛隊か……」 グラッドが唸っている。「補佐です。なりかけです」 そこは重要だ。「ついでに言いますと、元、でもあります」 たった今、首を投げ捨ててきたばかりだ。

言い訳になるようで、あまり言葉を重ねることはしづらかった。けれどもこればかりは、と声をあげた。「みなさんに、調査のためと近づきました。ですけれど、誓ってミルリーフさんに関しての報告は一切行っていません」 前を見据える。

しんとした空気を噛み締めた。すこし、居づらくなった。「わかってますって」 意外にも、最初の声はシンゲンだ。「あんたが、何かの目的でこっちに来たんだろうってことは、鈍感なマヌケでもない限り、わかりますよ」「え、いや俺は普通に旅人なもんだと」「わたくしも」「あ、私も」「まあ、貴族じゃないのに召喚術を使えるってのは変かなって思ってたけどお」 シンゲンは無言で頭をひっかいた。ぽりぽり。前言撤回。

「まあ、なんつーか」

そうだなあ、とライが眉間に人差し指をぐりぐりとくっつけている。「この場にいるやつら、みんな結構色々あるやつらばっかりだし」 なにやら言葉を探すように椅子に座りなおして、これだこれ、と言う風に両手を合わせた。「今更って感じだよな」

今更扱いであった。



***



相変わらず目を白黒させるグラットと共にブリスゴアの背中に乗って戻ってきてみれば、部屋の密度がぎゅうぎゅうに増えている。正直ちょっと驚いた。レンドラーやゲック、カサスどころか機械兵士の三姉妹。「あの……ところで他の方々は……」「外で陣地を作っておる」「やっぱり……!?」 レンドラーの騎士団が草原の端っこでキャンプをしていた姿は見間違いではなかった。

ときおり機械兵士の三姉妹に威嚇されているように感じるのは、おそらくの気のせいではない。以前の出会いが尾をひいているのだろう。謝るべきか、と思案していると、「あなた! 弟に近づかないでくださいます!?」 メガネのお姉さんに怒られた。「あの、あれはただの誤解というか、私が悪いのですが、グランバルドはよき友人だと感じて……!?」 必死の否定がなにやら辛い。

姫が誘拐された。もちろん、ギアンに。エニシアと自身さえいれば、船を動かせる。そう彼は考えてしまったのだ。早く助けにいかねばなるまいが、おそらく街の頭上にあるであろうあの大きな島の姿は今は見えない。見えなければ、こちらは手をこまねくばかりだ。次に島が姿を表したとき。つまりはそのときがチャンスだ。

分かってはいるものの、いつになるのか分からない時間は気負いするものである。

は、軍人だったんだよな」

話したいことばあれば、今、話してしまうべきだ。相変わらず、アルバとは庭に二人で腰掛けて洗濯物を見つめていた。はたはたと揺れている。


「……ごめんなさい」
「な、なんで謝るんだよ? そりゃ驚いたけどさ」

しかも親衛隊だろ? と首を傾げた。グラッドと共に戻り、はすべてを吐き出した。最初はどうにも言葉がでなくて、何度も同じ言葉を繰り返し、要領を得ないの言葉に、どうしたんだと彼らは笑った。そうして、あっさりと受け入れられてしまった。

「親衛隊とは言っても、補佐ですからね」 一応否定は必要である。よりも優秀な人間は、もっとたくさんいる。なのになんで、はそこにいつづけたんだろう。いつのまにか、辞めてしまうという選択肢が消えていた。だって他にしたいこともなかったから。
「ずっと、小さな頃から?」 アルバがを覗きこんだ。そうですねえ、と指折り数えてみる。いち、にい、さん、しい、とどんどん増えていく数を見て、アルバは目を丸くした。「ほんとに小さな頃からだ」「はい」

妙だな、とアルバはときおり感じていた。彼女は気配がひどく希薄で、どこか一歩ひいてアルバの隣にいるような気がしていた。それが今は少しだけ近い。憑き物が落ちたみたいだ。
「でも、行く場所、なくなっちゃっいましたねえ……」

これから、どうしようかと考えた。宿屋の壁にもたれこんで、ふわふわの草の上に座る。汗を拭う。
言葉だけ聞いてみれば、まるで残念がっているようだ。でも違う。はもう、どこにでも行ける。アルバがの隣に座り込んだ。「……家は?」「もう、ないです」 帰ることができる場所は、すくなくとも。
アルバが少し考えこむように口元に手のひらを置いた。それから何かを話すようにを見る。でもやっぱりやめた。「……あの?」「いや、もし、がよかったら、なんだけど」

いや、でもなあ、とアルバらしくもなく口ごもっている。「……アルバさん?」 下から覗き込むと、アルバは僅かに青い目を大きくした。それから耳元を赤くした。

、さああああん!」

そして意を決したようなルシアンの声が響いた。


***


とアルバはお互いごろんと体育座りのまま転がった。カチンコチンの体のくせに、拳だけはしっかり握ったルシアンがとアルバの前に仁王立ちする。「あの、ぼく! こんなときだって言うんだけど! ど、どうしても聞きたくって!」 ルシアンの台詞に、こくこくとは頷いた。チチ、と頭の上では平和そうに鳥がさえずっている。なんとなく、隣に座るアルバも正座した。

さんって、親衛隊なんだよね!?」

ですよね!? ともう一度語尾を強くする。「あの、……補佐で、しかも、元で……」 否定の言葉もそろそろお約束になってきた。「でも、軍なんだよね、皇帝直属だったんだよね!?」「い、一応、そうなります……」 なんだか声が小さくなってくる。

「そういえば、ルシアンは軍に入ることが夢なんだったっけ」
アルバの台詞に、こくこくこく、とルシアンが勢い良く首を上下に振っている。それから首を振って、「いや、ちょっと前までそうだったんだけど、でも色々と今は考えてるんだけど……」 なにやら難しい年頃らしい。それはそれで、おいといて、「 どうやって親衛隊になったの!?」
勢いよく叫んだ。瞳がきらきらしている。適当にごまかせそうにない。

ルシアンの台詞に、は一体宙を見上げた。それから瞳をつむって眉間に皺を寄せた。「…………いつのまにか?」 瞳を開けると、ルシアンの寂しそうな瞳があった。「あ、ち、違うんです、うまく説明できなくて!」

慌てて両手を振る。「私の場合、もともと親衛隊の方の知り合いがいたというか、それでたまたま召喚術が得意でしたから、それがきっかけといいますか」 あんまり参考になりそうにない。ごめんなさい、と頭を下げると、なるほど、とルシアンが頷く。確かに参考になりそうにない。けれどもやっぱり彼はどこかうずうずと期待した顔をしている。

「だったら!」
じゃきん、と鞘ごと剣をつきだした。「手合わせしてくれないかな!?」

「………………て、てあわせ……?」

なんでまた、とはたはたとしっぽが見えそうなルシアンを見たあとに、アルバを見た。なにやら苦笑している。「あの、えっと……」 ルシアンが慌てて眉を八の字にした。

「ご、ごめん。なんだか興奮しちゃって。グラッドさんが前に言ってたんだよ。親衛隊っていったら幼い頃から宮廷で仕えている上級軍人なんだって。だから、その、さんも」

きっとすごく強いんじゃないかなと思って、と声がすぼんでいくルシアンを見た。
男の子ということなのだろうか。もともと、彼がアルバやライとよく手合わせをしていた姿をは知っている。軍にもと同じ年頃の男の子がいた。よくに突っかかっては、よりも自身が強いのだと頬をふくらませていた。

「わかりました」 静かには立ち上がった。彼の気持ちも分からないでもない。ルシアンは嬉しげに両の拳を握りしめ、「ありがとう!」

「……それで、手合わせっていったって、どうするんだい?」
の武器はないけれども、との隣でアルバが首を傾げている。「あ、実は二階に隠して」「「隠して?」」 誤魔化しの咳を繰り返した。さすがにわざわざ武器を持ってくるのは気がひける。

「あ、そうですね、それじゃあこれで」
足元に小枝が一本。丁度いい。「ちょっと待ってよ」 それはさすがに、ルシアンが片手を振っている。「とりあえずで」 彼女が小枝を拾う。枝の先の葉っぱがちろちろと揺れている。「……まあ、それじゃあ」 どうしたものかと頭をひっかいていたアルバが、ルシアンを見た。困りながらも体はきちんと剣を構えている。彼だって何度も実践を経験してきた。どうぞ、とが呟く。それじゃあ、と慣れた仕草でアルバが立ち上がった。そして、「……はじめっ!」

両手を弾き合わせる。
     一瞬だ。
ルシアンの首元で、ちろちろと緑の葉が揺れている。
アルバが声をかけた一瞬の間に、はルシアンに詰め寄った。一歩、二歩、三歩の距離。ルシアンからすれば、風が吹き抜けた。そう感じた。ただ実際は彼の視線の端を探りながら、一番動きやすい場所を縫って移動しただけだ。
彼の手から剣が滑り落ちた。そして喉元につきつけられた枝を見つめて、短く唸った。「……………まいりました」「お粗末さまです」

「はあー…………」
そのまま地面に座り込んだ。「速すぎて、見えなかった……」 呻くようなルシアンの声に、どう反応すればいいものかとはぺこりと頭を下げた。

さんって、棒術を使う人なんだと思ってたんだけど、もしかして、僕と同じで剣を使う人だったの?」
「そちらも扱えますけど、どちらかと言えば槍の方が」
「ええー……なにそれー……」

なんだよそれえ、と崩れ落ちた体を持ち上げて伸びをする。落ちた剣を拾いながら、顔を上げて、ルシアンは首を傾げた。「…………アルバ? 何してるの?」 彼は額を片手で抑えて何やら考え込んでいる。「…………アルバさん?」「ん、いや、その」

って強いんだなと……」

若干、声に力がない。「いえ、そんな」「うん、なんていうか、おいらも頑張んないとな……」 ははは、と響く口癖も小さい。いそいそとはルシアンに近づいた。「あの、ルシアンさん、アルバさんが何か」「……僕、アルバの気持ち、ちょっとわかるなー」

いろいろ、頑張りたくなっちゃう気持ちになるよねえ、とうんうん頷きながら、「さん、もう一回!」「えっ」「今度は僕も枝にするよ! もしくはお互い棒で! はやくしようよ、さん!」「えーっ!?」


***


もっと強くならなければと拳を握るルシアンは、どこか可愛らしくも感じる。
もしかすると、友だちといえるのかもしれない。そう考えると、何やらむず痒い。
は僅かに赤くなった頬を腕でこすった。窓の外を見てみる。少し前までならばこの場にいることに違和感のある三人組が円陣を組んで唸っている。一体何をしているのか。


「何度試したところで無駄であろうが……」

ギアンも器用なことをしてくれる、と出てくる溜息は重苦しい。ゲックが杖を掲げて、柔らかな地面をぽん、と打つ。魔力がぶれた。はパチクリと瞬いて、もう一度慎重に目を懲らしめる。気のせいではない。「……ワシは元々道を作ることは苦手であったが教授でもやはり無理か……」 レンドラーが口ひげを触っている。

「いや、もう一度。できれば姫の元へ早くたどり着ける」
「が、がんばっテ!」

カサスがぎゅっと拳を握った。気合だ。ゲックが唸る。できない。ため息が出た。
に気づくと、ちらりとこちらを見てまたため息を出した。思わず身じろぎした。

「姫も、この娘と同じ年頃じゃろうに……さぞ心細い思いをしているかと思うと」

うんうん、と深く頷いている。「……あの、何をなさっているんですか?」 思わず話しかけてしまった。「……結界じゃよ。わしらは元はあの城にいた。こちらに来る度に城を下ろしていたわけではない。掛け道を作って、ほいと」 こんこん、と杖の先で地面を叩く。「道を作ってな。こちらに来れるようにしていたんじゃよ」「なるほど」

「僕は子ども達がいたかラ、なるべく街にいるようにしてたのデ、あんまり使ってないけどネ」
「わしはそういう小細工は得意ではない」
「そういうわけで、わしができなきゃあいつらもできん。今はすっかりその道もギアンに結界で閉ざされとる」
「な、なるほど……」

老人のため息が重い。
幾度か繰り返される動きをは見つめた。魔力のぶれ方が不自然だと思ったのだ。先ほどから同じようなうねりが空間に叩きつけられている。「…………あの、ちょっと待って下さい」 とてとてとドアを開けて、ゲック達の元へ向かう。片手を振って行おうとしたが、少々やり辛い。行き場のない手をわきわきと動かしていると、気の利かせたゲックが、の手に杖を置いた。「あ、すみません」「いいや」

ようは、魔力でこじ開ければいい。あとはタイミングだ。

「失礼」
こつりと杖の先で地面を叩く。
瞬間、空間に割れ目ができた。

「あ!!」 悲鳴を上げる前に向こう側は紐をひっぱるように口がすぼまり消えていく。幾度か杖の先で地面をひったたいて、「…………うん、やっぱり難しいようですね」 

すみませんでした、とゲックに杖を返しながらも、開いたはずの空間を見つめている。もうちょっと、強度が弱ければできたのだが。ポリポリ、とゲックが細い指で眉間をかいた。
「…………おぬし、何者じゃ?」
「えっ」

いえあの、とは両手を動かして、「あの、できませんでしたし」「いいやできる、できただろう! 将軍よりも開いていたぞ!」「そ、そうだヨ! 将軍は全然だったのニ!」「おいお主ら」

もう一回やれ! と叩きつけるようなレンドラーの声に、ひええ、とは両手を振った。「あの、ごめんなさい、さっきのはたまたま調子がよかったからで、次はちょっと、難しいような」「やれ! 言い訳などいらん!」「は、はい……」 押しの弱さが溢れでた。

それから数時間、奇妙な四人組が庭で目撃された。






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2015/09/23