そんなこんなで、若者達が青春をしている間に、大人達は何をしていたかというと。

「あいつら、酒盛りをしてたんだけどよー……」

まじでかよ、ため息をついて、フライパンを動かしている。「酒盛りだぞ酒盛り。緊張感なさすぎだろ」 エニシアもさらわれて、今日か、もしくは明日には決着が着くだろうってのに、とぶつくさいいながら、出来上がるものは酒のおつまみにぴったりなものばかりだ。

「…………随分、量が多いね?」
アルバは勝手に笑いそうになる口元を抑えて、なるべく神妙に呟いてみた。

「当たり前だ! グラッドの兄貴に、レンドラーのおっさんだけじゃないしな、街の外で陣営作ってるやつら何人いるんだかわっかりゃしねえ」
「あのね、パパと一緒に行ったときね、しんどいことは、お酒飲んで、パーッとしてそれで次も頑張りましょってなるのが大人って言ってたよ?」
「…………実際はもうちょっとかっこがついた言い方してた気がするぞ、ミルリーフ」

そうだったかなあ? と小さな竜の子が首を傾げている。少し吹き出した。パパ、パパ、とミルリーフは甘えたような声を出して、ライの足元にくっついている。
(なんだか、昔を思い出すな)
黒髪のしっかりとした青年だった。大人になれば、年が増えれば、いつか自分もそうなるものだと思っていた。背中を見れば安心した。でもいつか、彼らの隣に並べるものだと思っていた。

皿がひっくり返った。ごめんなさい、とミルリーフがしっぽを垂らしている。怒りながらも大丈夫かと彼女の手を見ると、ミルリーフが嬉しげにパパありがとう、と笑っている。(兄ちゃん、ありがとう) 小さな少年がにっと生えかけた歯を見せた。

「あ、悪い。アルバ手伝わなくてもいいんだぞ」
「大丈夫」
「えへへ、ありがとう」
「ミルリーフ、お前はうろちょろすんな」
「はーい……」
「ははは」

明日にはきっと、この子はもう小さな竜ではない。



***



窓辺に座って、月を見上げていた。こぼれた光がの手のひらの中に落ちていく。「…………久しぶりにこちらに来て、疲れちゃった?」 傍から見たら独り言だ。でも、彼らはの友だちだ。
扉が叩く音が聞こえた。
慌てて服を正して立ち上がる。「、いいかな」「……アルバさん?」 夜には馴染みのない声だ。すぐさま扉を開けた。

「えーっと……」
「あ、ごめんなさい、大丈夫です。どうぞ」
「うん……」

ベッドには剣が立てかけられている。少し前までは彼女が必死に隠していたものだ、と思うと少し不思議な気分になった。シーツの上にはころころとサモナイト石が散っている。「荷物の整理をしていたから」 散らばっていることに対しての説明だ。「おいらも似たようなことをしたよ」 明日には、おそらくすべてが終わる。ギアンが操る島の魔力の限度は長く見積もっても明日まで。必ず明日にはその姿を見せる。

「……多分、そろそろ足止めした軍がこの街にやってきてしまいますし」
「それだよなあ」

それまでに、全部うやむやにしておかないといけない。居心地が悪そうに扉に立つアルバに、どうぞと部屋へ促した。椅子はないから、シーツの上に転がるサモナイト石をポーチに入れて、「あの、どうぞ」「え」 僅かにアルバの顔が赤面したものの、気づくには暗すぎた。「……失礼するね」「はい」 もアルバの隣に座る。

「……、さっき何か話していた?」
「えっ、あの、それは」

アルバの瞳を見る。「違うんです、その、まだ隠し事があって、軍に報告しているわけではなく」 言えば言うほど、しどろもどろになっていく。「こ、この子と」「ああ、なるほど」 石を見せると、びっくりしたほどすんなりと頷かれたものだから、拍子抜けだ。

「おいらの家にも召喚術を使う人がいたから。ちょっと分かるよ」
「……前にも言ってましたね」

たくさん家族がいた、とアルバは言っていた。「うん。昔、兄ちゃんが来てさ。いや、前から兄貴っていうか、年が上の人は何人かいたけど、その人が来てから、たくさん変わった。我慢ってしちゃばっかりじゃダメなんだってことがわかった。もちろん、しなきゃダメなときも多いけどね」

なんで、彼はこんなにきらきらしているんだろう。
     特別に好き

以前、リシェルがそう言っていた。アルバのことは好きだ。でも、はみんな好きだ。この宿屋の人たちが好きだ。でもアルバだけはなにか違う。アルバがいると、きゅっと胸が痛くなる。特別に好き。リシェルの言葉がぴったり来るし、きっとそういうことだ、と思うのに認めようとするとなにか気恥ずかしくなってくる。

アルバがいる。
さっきまで分かっていたことなのに、意識するとはふいに恥ずかしくなった。服だって昼間とは違う。(……服?) そんなこと、自分が気にしているだなんて。
可愛い服や、可愛い髪形。いいな、と思ったことはある。ずっと憧れていた。でも、それは、いいな、と思う程度でしてみたいだなんて思わなかった。ましてやアルバに可愛いと言ってもらいたいだなんて。(……なんだか、変) ぞわぞわしている。「あの、アルバさん、あの、何か、用が」 あったんじゃないですか、と呟いた声がかすれていた。

「ん、いや、明日でもしかしたらここの最後かなって思ったら、落ち着かなくて」

なんだか少し分かる。だってアルバに会いたかった。でも扉をノックする勇気がなかった。「私も色々と考えていました。明日が終わったら、どうしようって」「……は軍に?」 これは帰るわけじゃないだろう、という意味の問いかけだ。「はい、戻りません」 そして戻れなくもある。

「……帝国からは、少なくとも出て、どこかへ」

はこの国からさらなければいけない。おいたをしてしまった軍人が、いつまでもこの国に居座ることはできない。あいにく、旅には慣れている。「……聖王国は、ちょっとむずかしそうですね。召喚術が使えませんし」 シーツの上にかき集めたサモナイト石を見つめた。は、彼らを手放すことはできない。

「……まあ、派閥に入るって手もあるけど」
「他国からというと、ちょっとそれも難しそうです」
「確かに。口利きしてくれそうな知り合いなら、何人かいるけど……」

どこかの派閥に属する。そんな方法もあったのか、と今更ながらには驚いた。そんなこと、全然考えてなかった。「そっかあ」 どこにでも行ける。本当にそうだった。
ふと、静かになった。きしきしときしむベッドの音がする。ぽわぽわとサモナイト石がときおり光っては消えた。「…………うちに来るっていうのは、どうかな」 ふと、アルバが呟いた。

「…………うち、ですか?」
「巡りの大樹自由騎士団。どこにも属さない騎士団。まあ、本部はゼラムなんだけど」

知っている。出来上がった当初はよくもわるくもと風評が流れたものの、今では着々と地位を築き上げている。「こういう選択肢もあるってだけだけどさ」 本音を言えば魅力的だった。アルバのことをひどく羨ましく感じていた。守りたい、そう呟く彼に共感した。どうすれば、自分も彼のようになれるだろうと考えたこともある。

「あの、でも、私は御存知の通り帝国の軍人でしたし」
「おいらの副隊長もそうだよ。色んな国の人がいるからね」
「え……」

によく似てる、と言う台詞はさすがに性別が違う相手に対して失礼だろう、とアルバは言葉を飲み込んだ。すでに初対面のときに漏らしてしまった話ではあるが。「そうなんですか……」 それなら、と少し心が揺れた。その中に、アルバと一緒にいることができる、という理由があることに、自身驚いた。そんなことを理由にしてはいけない。不純だ。ぶるぶると首を振る。「……そっか」

と一緒にいれたら、嬉しかったんだけどな」

顔から火が出るかと思った。
おそらく、アルバのこの言葉はが考えているようなものではない。ただ、なんとなく言ってしまっただけのものだ。きっとそうだ。「わ、わたしも」 気づくと勝手に口が動いていた。「アルバさんと一緒にいれたら、嬉しい、です……」 目の前にアルバがいるくせに、アルバに聞こえていなかったらいい、とは後悔した。

お互いの小さな気持ちが、こつり、こつりと触れ合った。「じゃあ、一回お試しでうちにきて、話をきいてみたらいいよ。こういうのは人から勧められるものじゃないけど、色々できるんだからさ」「……そうですね」 試してみればいい。何度だって、は進むことができる。もう兄を探して泣いてばかりいる子どもじゃない。「あの、ありがとうございます」 彼の手を握ると、びっくりするくらい彼の手のひらは熱かった。

、その、こういうところで、手を握るのは」
「こういうところですか?」
「だから、二人きりで、こう……いや、なんでもない」

なんでもないと言われても、も恥ずかしくなってやっぱりすぐにアルバの手を放した。
ふいに、窓の外から歌声が聞こえる。外では宴会が続いていた。とアルバは顔を見合わせて笑った。
特別にすき。

アルバを見ていると、その言葉がぴったりと当てはまった。
それからは自分の中で、僅かに転がり込んだ知識を洗いなおした。一つ、事実に気づくと、体を硬くしてただただ、瞳をつむった。



***


「ふたりともぉー! 昨日はどこにいたのおー?」

なぜだかニヤニヤしているリシェルに捕まった。朝の準備が必要だ。この間までは召喚師という体をよそっていたから剣の着用はできなかったが、今は気にする必要がない。どちらかと言えばの得意は槍だが、さすがにそこまでは持っていないので仕方がない。「アルバさんと部屋にいましたよ」 あっさりと答えれば、逆に拍子抜けする。

「へ、部屋ってあんた、
「はい?」

を見た。考えた。「…………いやないか」 ふわふわお互い笑っているおこちゃまーずである。いやいやしかし。「、若い女の子が、こーんな狼みたいな年頃のとこに行っちゃだめなんだからね?」 そこら辺の釘はしっかり打っとくべきだ。いつも通り、意味が分かっているのか分かっていないのか、ほてほてと笑うばかりだと思えば、はリシェルの言葉を聞いてから数秒、パチパチと瞬いた。そうした後に首元を赤くして顔を背けた。なんだこの反応は。

「……え、どうしたの。やだ、冗談よー。ほらアルバだし。そんな、ねえ?」
ねえってなんだ。とリシェル自身よくわからなくなってくる。
は両手をきっちりと結びこんで、眉間に皺を作りながら瞳を力強くつむっている。赤い顔のままで。
だから何この反応。

「え、いやあんたたちまさか」 いやいや。「……やっちゃ……っ」 た? なんて言葉はうら若き乙女が口を避けても言う台詞じゃない。「あの、リシェルさん、り、リシェルさん」 こそこそとが近づいてくる。なにこれ。こわい。まさかそんな。

「お、大人の階段を……?」
「あの、じ、じつは、私」
「な、ななな、なんなの」
「実は、私、リシェルさん」
「い、いやー! 冗談で言ってはいたけど実際となると緊張する! 待ちなさい、待って、心の準備!」
「あの、リシェルさん、私」

「アルバさんのこと、好きだと思うんです……」


覚悟溢れた台詞はそれだった。
だからなんだ。

「…………うん?」
「あの、前々からおかしいと思ってたんですけども。アルバさんを見てると心臓が痛いですし、話したいとかも思ってしまいますし、正常な思考が取れなくって」
「……うん」
「あっ。好きって言っても普通の好きではなくて、れ、恋愛とかの、特別な」
「いや知ってるけど」
「はい、その、一般的なものだと思うのですが、私、自分と縁がないものと思ってましたから気づくのが遅れて」
「いやそうじゃなくて。もともとあんたがアルバのことを好きなことなんて知ってたけど」


えっ……! と驚愕の表情で瞳を見開かれても、こちらが驚きそうだ。「の気持ちなんて、とーっくに宿屋の奴らだって知ってるわよ」「り、リシェルさん、しー、しー!」 必死に口元に人差し指を持っていくは、しきりにアルバを覗き見ている。アルバさんに、聞かれてしまいます、と必死に声を抑えて涙目だ。いやだから。

「…………聞かれて恥ずかしいとか、あんたの中にもそんな気持ちがあったのねえ」
よく照れるくせに、どこかずれているものだから、意外だとリシェルは顎をひっかく。
不自然に距離を置かれて、女二人もみ合うものだから、アルバが首を傾げて二人を見つめた。そうするとは面白いくらいに震えて自分の目元を抑えている。彼女は経験が乏しい。抑えるべきは、リシェルであった。ほほ、と奇妙に笑って口元を緩ませている。

「なにこれすっごく面白い。ポムニットにも聞かせてやろ。ポムニットー!」「や、やめ、やややや、やめっ!」 やめてください、なんて涙目の声が宿屋に響いた。





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2015/09/23