例え、がアルバを好きだろうと、そうであろうと、今はそれに何の関係もない。
それよりも、見据えるべき大局がある。(この争いが終われば) はこの街に残ることはできない。アルバも、戻るべき場所がある。もうアルバには会えなくなるかもしれない。
(そんなこと、関係ない)

色恋にほだされている場合ではないのだ。(でも、アルバさんが行ってくれた。巡りの大樹に行く道もあると)そこに行けば、と考えている。は不純だ。目的の一つをアルバにしている。
違う違う、と幾度もは首を振った。

「今は、そんなこと、考えている場合じゃない」

一人の少女の、もしかするともっと多くの。
命に関わっているのに。





***



始まりの場所があると言う。
も一度は調査のためにやって来た身だ。あまりにも不自然に街の外にできた大きな穴の存在くらいは確認している。ある日、ミルリーフが落ちた。始まりはそれだけだ。

「あそこはね、ミルリーフが最初に来た場所だから、いっちばんラウスブルグに近いんだよ」

なんてったって、そっから落っこちちゃったんだもん! と笑う顔を見ていると、なにやら不思議な気分になる。彼女が来なければ、は今とまったく違う道を進もうと思っていただろう。そのことになんの疑問も思わなかった。ただは、それが間違ったことであったとは思ってはいない。なぜなら兄がいた道だからだ。目の前には、たくさんの選択肢があった。ただそのことに、遅まきながら気づいただけだ。

大所帯で歩くと、どうしても人目をひく。ただあまりにも分散して歩くことは避けたい。なるべく早朝。そして先頭には軍人であるグラッドを。話し合いで決まった結果だ。
の腰にはしっかりと剣が帯刀されている。ポーチの中の相棒は、相変わらず一匹で二つの声での口喧嘩をしている。

竜の力が必要だった。ラウスブルグに行くには、時空を超え、羽ばたく、その羽根が必要なのだ。

「パパ、手を握っててね」

落ち窪んだクレーターを懐かしげに足でいじりながら、ミルリーフはぽつりと言葉を落とした。「でも、びっくりしちゃだめだよ?」 子どもなんて、気づいたらかーってに大きくなってるんだって、本に書いてた。

柔らかな光がひとつ、こぼれた。大きないきものだった。可愛らしい桃色の髪をした少女はどこにもいない。しっかりと握っていたはずのライの手は、竜の足の、ほんの下あたりに添えるように置かれている。少しだけ、指を離した。けれどもすぐに手のひらを置いて、「ばっかだなあ」 驚くなって言ったって、限度があるだろ、とライは笑っていた。



***


ミルリーフが空を飛んでいる。
は豆粒のように小さくなる竜を見上げる。
     ほら、はやく。

こっちにおいでよ、アルバが手を伸ばしていた。ミルリーフの背に乗るには、いくら彼女が屈んでくれたとしても難しい。

「アルバさん、私行きません」
?」
「街を守る人間も必要ですから」

元気で、戻ってきてくださいね。とアルバの指の先にちょんと触れた。それから一瞬手のひらを重ねて、無意識に動いたそれに、驚いて真っ赤になってしまった。はやくはやく、と彼らを押し込んだ。




     いいのか、放っておいて」

仏頂面の髭をもごもごとさせながら、重っ苦しい鎧を抱えてレンドラーが呟く。「まったく。問題ありません」「お前のいいやつなんだろう」「いいやつ?」


……いいやつ? と首を傾げながらも、一瞬飛び出した意識をこちらに引っ張りこんだ。落ちてくる敵の刃を躱し、足に一発ぶちこんでやる。案の定だ。アルバ達が飛び立つと同時に、邪魔をするかのごとくぼとぼととひどく頑丈な敵達が転がり落ちてきた。

頭の上では、もう竜たちは豆粒だ。

「恋人という意味だ」
「………………ちちちちち、ちがいます!」

意外にも飛び出した言葉に、思わず耳が赤くなった。一体、何を言っているのだ。呆れたようにレンドラーを見上げた。「姫も、お前と年はそう変わらんだろう」 もしかすると、これからそんな相手ができるのかもしれない。そうして、できたときは、彼はきっと心配して、怒って、父親代わりのような顔をするに違いない。そうなるために、戦っている。

はレンドラーの心情を、そこまで理解ができたわけでもなかった。彼らの姫に対し、深く愛情を抱いていることは分かったとしても、深く察することができるほどには彼女は大人でもなんでもない。
ただ、大切なものを守ろうとしていることは分かる。

ただでさえ、穴ぼこな地形が、壊れていく。突きつけられた拳がの頬を僅かに削った。すぐさま相手の腹に剣を叩き込む。「恐ろしい子どもだな!」 レンドラーが呵々と笑った。「将軍、笑ってないデ!」「すまぬなあ!」 振りぬいた大剣が風を作り出した。

おそらく、街でも人々が戦っていた。はひとりきりではない。ただには力が足りない。誰かの力を借りねば、立ってはいられない。召喚師という生き物であるから。他の生き物と寄り添わなければ、寂しがりできっといつか泣いてしまう。剣を一つ、地面に突き刺した。

(アルバさん達が心配だ)
でも、は知っている。彼女は残るべきだった。
なぜなら、こちらの方が、“暴れやすい”

「…………よろしく、お願いします」

緑の光が、溢れた。


***



唐突に、二匹目の竜が現れた。いや、二匹目と、三匹目と言うべきかもしれない。二つの首を持つ竜が暴れ、蹴散らし、咆哮を上げる。戦況は一変した。ただ、あんな大きな形の召喚獣が、長くリィンバウムにとどまれるわけがない。

「…………一体、誰が召喚したのか」

彼は召喚術には明るくはない。ただ、彼の仲間には、多くの召喚師がいた。いつのまにやら自身も語れる程度の知識は内の中に貯めこんでしまっていた。帝国に比べれば、彼の故郷は召喚術には閉鎖的であったはずなのに。

丸い二つのレンズを重ねあわせた双眼鏡を片手に息を吐き出した。

     うちのおとくいさんがね、ちょっと危ないのよ。だから助けに来てちょーだい?

そんな一言くらいで、彼が動くわけがない。
ただ、あまりにも重みがあった。この街が、戦場になると言う。その波紋に、彼は気づいてきた。奇妙なことだと注意深く見守っていた。

小さな少女が剣を振り回している。年の割には見事なものだ。金の短い髪の少女。おそらく、彼女が竜を召喚したのだろう。ただ頼みの召喚獣もリィンバウムの空気にあてられ、僅かに体が霞んでいる。吹き出した炎と、焼け焦げ、溶けた草のあとを見れば、こちらまで熱気で当てられそうだ。

彼女はいつの間にやら落としてしまった剣はあっさりと諦め、敵から奪った武器を片手に立ち回っている。「……うまいものだな。槍まで使えるのか」 小さな体のくせに、よく動く。状況は理解した。

「街の安全が最優先だ。そのためにはまず、敵の侵入を防ぐぞ」
「はっ!」

すぐさま彼の指示が伝達する。馬の首を撫でてやりながら、双眼鏡を手近の兵に手渡す。兵の動きを目視しながらも、奇妙な既視感に首を傾げた。そうして気づいたとき、不謹慎にも、彼はひとつ、笑みをこぼした。彼にしては、ひどく珍しい類のそれだ。彼の隣に立つ男と呼ぶにはひどく線の細い青年が眉をひねる。

「……なにか?」
「いや、少し思い出してな。さきほどの竜は小さな少女が召喚したらしい」
「……あれを、ですか。あの大きさの召喚獣は初めて見ました」
「ああ、ひどく才がある」
「トレイユに、あんな召喚師がいるとは」

もしかすると、調律者に並ぶ存在であるやもしれない。馬の手綱を引きながらも、彼は兵に指示を飛ばす。頼りになる兵達だ。任務を終えた疲れなど、一粒たりとて見せやしない。「少し、な」 笑ってしまった理由だ。「お前に似ていたぞ、イオス」「…………少女、と言いませんでしたか?」

一ミリたりとて表情を変えず言葉を落とす副官に対して、黒の騎士、ルヴァイドは一つ、咳をついてごまかした。





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2015/09/23