めがね、めがねめがね
「めがね、めがねめがね……」
彼はそう言って、眼鏡をかけつつあわあわと手のひらを動かしていた。紫というか、小豆色というか、なんとも形容しがたい髪の色で、教室の机に座ったまま辺りをきょろきょろとしている。「めがね、どこだろ、めがね、めがね……」机の下を見て、上を見て、辺りをもう一回見て。
「あのう」
正直、ちょっと黙っていられなかった。「めがね、かけてますよ」 私は言って後悔した。ありえないくらい恥ずかしい台詞だったのだ。言った私が恥ずかしかったのだがら、言われた彼はさぞ恥ずかしいに違いない。ときゅーっと口を閉ざして、伸ばした指もしゅるしゅる曲げる。
すると彼はパチパチと何度か瞬きをしたあと、すっと自分の眼鏡に手を伸ばした。そうしたあと、ぱーっと花が咲いたように笑って、「あ、ほんとですね」と言ったのだ。
私が呆然として彼を見つめていると、彼はほんの少し照れたような顔をして、「あはは」と笑った。
きゅん
「柳くんってかっこいいよねぇ、彼女いるのかなぁ!」
「いなけりゃ詐欺でしょ。でもアドレス知りたいなぁー!」
ねぇ、ー! という女性陣の声に、「そうね」と私はちょんちょんとお弁当をつっついた。周りが学食コーナーの中、私は一人お弁当持参である。いいじゃん、手作りですよ、手作り。おいしいんだよ。と心の中で誰ともつかない言葉を呟く。そして耳に入ってくる言葉を頑張って聞き流す。
(そうだよ、柳くん、イケメンだよなぁ……)
私、面食いなのかな。と考えて、重いため息をついた。だって柳くんが悪いのだ。あんな風に笑う男の人は初めて見た。あれから一年。私はもうそろそろ大学二回生になる訳で、柳君も同じく。簡単に言えば、私は一年近くも彼に片思いをしている訳である。同じ学科のようなので、彼の名前は聞くし、授業も一緒になることがある。
けれども高校生とは違うのだ。あんなに大きな教室で、お近づきになれるものか。もういいんだよ。彼のあの後ろ姿を見ているだけで、私は幸せいっぱいなのだ。正面顔なんて見てしまったら、嬉しすぎて失神するかもしれない。大変だ。
(まぁそれに)
「柳くん、ゼミはどれとるのかなぁー!」
柳くんがとりそうなゼミを考えようよー! とみんながキャッキャしているさなか、(おべんとううめぇ、私天才である)とか私は黙々と卵焼きに箸をつついていた。うむ、おいしいのう。
そんなもんで、この状況はいかがなものだろうか。
「こんにちは、柳明音です」
すっと目を細めてやんわりとほほ笑むイケメンを見つめて、仲間内から一人だけはずれたゼミを選んでしまったことに、後悔と、そして興奮を覚えた。みなさん、前回言った私の台詞を覚えているだろうか。正面顔なんて見たら、嬉しすぎて失神してしまうかもしれない。
失神はしなかった。けれども嬉しすぎて、もう駄目だった。
「はじっ、はじめまて、、でますっ!」
どこぞのべろんべろんに酔っぱらったおじさんのごとく、私の舌は回らず、ある意味ファーストコンタクト、初めての自己紹介となったのに(眼鏡はカウントできず)私は柳くんに、この人なんだか舌の回りが悪い人だなあ、と認識されてしまったに違いない。こなくそう。
とりあえず友達には、うらやましいなぁ、とか、柳くんとったらしょうちしないんだからね! とか、まぁはイケメンは好みじゃないだろうし安心かー! とか散々なことを言われた訳だけれども、イケメンは好みじゃないけれども柳くんは好みです。と言いたいけれどもお口にチャックさせていただいた。
ああ、苦しいなぁ月曜3限の授業! と思いつつ、やっぱりその日になるとそわそわする自分がいる。そうしてちょっと嬉しくにやにやしつつ、そしてまた舌が回らず頑張るのだ。
さて、次は柳君の視点で行ってみましょうか!