めがね、めがねめがね
「柳ってかっこいいなぁ。彼女紹介してくれよ」とよく言われる。
申し訳ないことにも、自分は彼女ができたことがない。「ずっとふられてばっかりなんですよ」と本当のことを言っても、「謙遜すんなよ」とぱしこんと背中を叩かれてしまう。ほんとなのになぁ、とか思っても、誰も信じてくれない。石川くんに、僕彼女ができないんですよ、とこの間言ったとき、なんとも妙な顔をされたのを思い出した。
まぁなんというか簡単にまとめると、僕は基本的に片思いの男なのだ。
だから今も片思いをしている。
名前も知らない女の子。時々授業がかぶるので、同じ学科の子なんだろうな、ということがわかる。ちらりと振り返ってみると、真面目表情をしてかりかりノートに文字を書いているのだ。きっかけなんてあったものじゃなくて、通り過ぎたときに笑っていた彼女の声が印象的でふいに頭に残ってしまったのだ。
話したこともない女の子が気になるなんて、僕はどこまでいっても片思いの男なのかもしれない。けれどもときどき、よいしょっと足を踏み出して、「お付き合いしませんか」と言いたくなるときがある。でもそれって、やっぱり唐突だよなぁ、と僕は学んだのだ。だからほんの少し後ろに下がって、けれども足を飛び出して、「お友達になりませんか」と言いたい。でもちょっと恥ずかしい。それを言うくらいなら、勢いに任せて好きですと告白する方がマシだ。(と、いう話を石川くんとしたとき、普通反対なんじゃないかなぁ、と言葉を濁されてしまった。僕って変なのだろうか。うーん、まぁいいか)
いつかお話できたらな、と思って、いつもみたいにギリギリまでお話できなくて、それでギリギリになって、よいしょっと僕は一歩踏み出すんだろうな、と思いながら、僕の大学一回生が終わった。このまま、ずっとこうなんだろうな、と思っていたら、月曜日の三限、僕の中で転機が訪れたのだ。
「こんにちは、柳明音です」
「はじっ、はじめまて、 、でますっ!」
少しだけビックリしてしまった。いつも真面目にノートを取っている姿を見て、真面目な人なんだろうなぁ、と思っていたら、さんは顔を真っ赤にしてそのままそそくさと部屋の端へと移動する。
照れ屋なんだ、という彼女の初めての一面を見て、僕は可愛いなぁ、となんだかほやほやしてしまった。それにしても、すごい。名前を知ってしまった。そして名乗れてしまった。(僕、今変なこと言わなかったよね?)
おおお、と目の前が明るくなって、部屋の隅っこでカチコチに真っ赤になっているさんを見た。いつも一緒のお友達がいないから、心寂しいのかもしれない。できたら、お話し相手になれれば嬉しいな、と思ったけれども、やっぱり迷惑かな、と僕はうろうろした後、やっぱりぽつんと座っているさんが気になって、よいしょ、と隣の席に座らせてもらった。
さんはぎょっとしたような表情でこっちを見た。「隣、いいですか?」 座った後で聞く台詞じゃないなぁ、と自分でも思ったけれども、さんはコクコクと頑張って頷く。腕時計を見てみると、もうちょっとで教授がやってくる。その間、少しくらいのおしゃべりをしてもいいかなぁ、と僕は自分自身に確認してみた。
しゃべっちゃえ、しゃべっちゃえ、という自分の心を聞いて、「さん」と声をかけてみる。「ひゃいっ」とさんの声が裏返った。本当に照れ屋さんらしい。ちょっとかわいい。うふふ、と思わず笑ってしまうと、さんは「なんでしょうか」とちらりと僕を見た。「なんでもないです」と僕は首を振って、またうふふ、と笑ってしまう。んん? というように、さんが首を傾げた。
そのとき、僕は「めがねめがね」と気づいたのだ。教授がそろそろやってくるなら、きちんとかけていないと、全然見えないしわからない。「めがねめがね」 どこに置いたかな、またなくしちゃったかな、と考えたとき、何故だか今度はさんがくすりと笑った。「はい?」「あ、なんでも、ない」
またくすりとされてしまった。
僕はあらためて眼鏡をかけて、さんを見てみる。眼鏡をかけた方が、よく見えるけれど、眼鏡をかけなくってもなんとなくわかる。僕らはにこにこ笑ったまま、授業が始まるまでぼんやりにこにことしていて、すごく楽しかった。