「帰る」


第8話   だいじょうぶかな、先輩





「なにそれくん、僕たちじゃあ不満だっての」
「あらいやだこれだから男っていやあね、若い子に走って行くんだから」
「僕たち十分に若いのにね」
「ねー」

「俺はお前らがムカつくだけなんですけど」


いつも通り、屋上へとのぼると、何故だかもさもさ双子がいた。なにそれぶっちゃけ先輩は、要先輩と春さんは。ぶっちゃけ女子としてはかなり怖いのだけれどもメリーさんは。金髪のおサルさんは。
ふー、と長い溜息に、あらよとドアノブを回すと、「おまち」「お兄さんたちと遊ぼう」とぐいっと首元を絞められた。「なんだよお前ら……!」 要先輩いねーなら俺帰るしマジで!

しかし悲しいかな、もさもさ双子の力に押し負け、ずるずるっと俺はコンクリートの床の中心まで移動する。なんなのこの人達。右手左手に持ったパンがぐしゃっと潰れる音がして、おっといけねぇ、とあわてて手の力を緩めた。見るも無残な、俺の焼きそばパン。
「あー……」

もういいや、と一つ覚悟をきめて、どすんと座った。とりあえず食おう、と袋から取り出した焼きそばパンを口の中に放り込んで、同じくパンをもそもそと頂く双子に向って、ちょい、と指を向けた。「せんふぁいわ」 少々発音がおぼつかなかったがまあいいとしようじゃないか。

もさもさ双子兄のもっさーは、ごくんとメロンパンを飲み込んで、「風邪だって」と呟く。同じく弟は、「千鶴は日直で、春はそれ手伝ってんじゃない」 クラス違うのにね。

俺は、ふうん、と一回流した後に、「えっ」と短く息を吐いた。今なんつった?「先輩風邪って?」 マジで? パチパチッと瞬きを繰り返したあと、俺は無言で焼きそばパンを咀嚼した。自分の手のひらをじっと見つめながら、もぐ、もぐ、もぐ。もさもさの方が、「あれ?」といつもはぼやんとした目を瞬かせ、俺の額をべちりと叩く。

「なにすんだテメ!」
「……電池入ってる?」
「動くおもちゃか俺は!?」

確かに。確かに、いつもの俺だったら、(ええええええ先輩だいじょうぶかなだいじょうぶかななんだオラ双子どもテメェらなんでさっさといわねぇんだよ、ああもうあああああやっべぇもうてにつかねぇー!!) だったんだろうけど。現に、ぶっちゃけ、かなりそう考えてるけど。「俺だって、ガキじゃ、ねぇし」 先輩いなくたって、やってける。っていうか今までそうしてたんだし。

そう、ぼそりと呟くと、弟は「ふーん」と興味がなさそうに、キャラクターパンを口にくわえた。……電気鼠かわいいなコラ。「あ」と短く呟いた弟は、そのままひょいと腰を上げて、「次体育だった」と兄を残してスタスタと、マイペースに動き出す。そんな弟の様子を見て、兄は「きちんと時間割は確認しときなさい」とお母さんみたいなことを言った。

珍しくも、俺と兄二人っきりというペアに、ぶっちゃけちょっと気まずかった。まぁでももぐもぐと二個目のパンを口に含んで、「お前らってさぁ」 別に、特に意味はないけど。「顔おんなじだけど、案外ちがうのな」

そんな俺の言葉に、兄はうん、と弟よりは、ちょっとは目が覚めたような瞳で、「まぁオレ、お兄ちゃんだし」とつまらなさそうに言葉を吐く。あっそうですか。
兄は、「まぁお兄ちゃんなんで」と、もう一回言葉を吐いて、長い髪の毛がかかった襟首をカシリとひっかいた。「言わせてもらいますが」

「別に、かっこうつけなくても、人間生きていけますよ」

何いってんだこいつは、と思った瞬間、ぐいっと広い手のひらを頭の上に置かれ、ぐしぐしとそのまま撫でられた。半分定例となりつつある、何すんだテメ! というセリフを言う前に、「オレら、あとで要ん家に見舞い行くから、も来なさい」


なんで命令口調なんだ、と思った。「いかねぇよ、先輩迷惑じゃん」 どうせ、双子とサルと、春さんも行くんだ。メリーは、どうだろう。多人数で見舞いなんて、常識外れに決まってる。
そんな俺の呟きに、兄は、悠太は、「オレらと、足して二で割ったら、丁度いい頭の固さになんのにね、何つまってんのこれ」とコンコン、と俺の頭をノックし始めて、もう一回、ぐしゃっと撫でた。「意地張った生き物」

「うっせ。悠太、うっせ」




  

2009.09.03