第9話   先輩?







見覚えのないケータイ番号に、俺は多少の嫌な予感を覚えつつ、ポチリとボタンを押した。「…………もしもし?」『くーん、お祭りいきましょっ』「切る」

ブチッとね。


何が寂しくて金髪のサルと一時の夏の夜を過ごさなきゃならんのだ。さてさて、オベンキョオベンキョー、とぶんぶん腕を振ると、再びぶるぶる携帯がなった。「はいはい。五秒以内に切るからいーちにーいさーん」『うわああん、一応電話には出る律儀さに涙が出ちゃう!!』

いやもう、俺容赦なく切るからねー、次電話してきたらリアルに着信拒否するからねー、とシャーペンを片手にくるくるさせると、電話向こうのお猿さんは、『あ、あー!! ちょ、ちょい待ち!! 要っちもいるのよー!?』「今すぐ行く、お前どこにいる」『変わり身の速さに、俺ちょっと惚れちゃいそう』







「ふー……なんだってこんなことに……今日までに予習したいとこがあったのによー」
「ノリノリで来といて言える台詞じゃないよね」
「もさもさ弟うるさい」
「おい、別に馬鹿に気を使わなくってもいいぞ」
「大丈夫です、俺先輩がいればどこにでも付いて行きます!!!」
「お前もう二重人格かなんかじゃない……」

うるせーよ金髪サルが、サルじゃないわよやだちょっと触覚ぬけるひっぱんないでー! やっぱこれ触覚だったんかいオラオラ。
なんて二人で争っていると、メリーがじいっと春さんを見つめていた。気のせいか、ほんのりほっぺたが赤くなっていて、ン? と俺は首をかしげて「メリー何で春さん見てんだ」「メリーじゃないわよ!!」

何でいつの間にかあんたまでメリー呼ばわりな訳!? と言いながら短い背を必死に伸ばして首根っこを捕まれぶんぶんと振り回されたのだが、さすがに女の子相手に何とかする訳にもいかず、俺は頭に血の気がのぼりまくるのを感じながら、「っていうか、あれ、お前、名前なんだっけ……?」 メリー、なんとかさん?「日本人よ!!」

っていうか同じクラスでしょうが、前まで苗字で呼んでたでしょうが!! と腕の勢いは激しくなるものの、「い、いやその、メリーがマッチしすぎてて、名前がわからなく……」「なめとんのか!」「ま、茉咲ちゃん落ち着いてー!」 くんも、人の名前はちゃんと覚えなくちゃだめですよー! と春さんに怒られながら、俺とメリーはハーイ、としょんぼり頭をうなだれたのだ。「あれ、お前、なんだっけ……メリー・まさき?」「ありえないでしょうが!」




「茉咲ちゃんと、くんって、仲がいいですね」
「はい?」

いつのまにやら、サルの考案で花火大会まで催すことになった俺たちは、要先輩のお知り合いの女性達と、花火を購入することになった。同じ年頃である日紗子さんはともかく、そのお姉さんの静奈さんとお話するのは、少々気が引ける。というか、女の人にはあんまり慣れてはいないので(悪いが、メリーは除かせてもらう)俺は春さんの隣でもじもじすることになった。

花火の購入に、お二人方と春さんが名乗りでたとき、それならば俺も黙って留守番係になればよかったのだが、年上を使いっぱせるのはどうにも性に合わなかったし、春さん含めて、女性だけになるのはまずかろうと思ったのだ。冷静に考えると何かがおかしいのだが。


「え? 俺とメリーがですか?」
「はい。やっぱりクラスでもお話したりするんですか?」
「いえ、そういうのは別に……」

というか、メリー、基本的にクラスでも端っこの方にいるしなあ。とほっぺたをひっかきながら、「あ、花火、俺が持ちますんで」と静奈さん達から花火の袋をもらった。「あら、ありがとー」とパタパタ手のひらを振る彼女はにこっと笑った後、「でもやっぱり、半分は持つわね」「あ、お構いなく」「軽いから。大丈夫大丈夫」


今度は妹の日紗子さんが片手を振った。気さくな人達だな、と俺は思って、メリーもこの半分くらいの社交性があればいいのに。いや、なんだかんだいって、アイツも喋るか。ううん? 俺には怒鳴り声ばっかだ。あれ、でも意外とそんなこともないか。いや、俺以外には、というか、(ああ) 春さんには。

くん、くん、僕にも何か持たせてください、とパタパタ可愛らしく手のひらを振る春さんに、いやいや、年下なんでパシらせてやってください、とひらひら逃げつつ、(あー、なるほどー)と俺は頷いた。「うわーん、くん、待ってくださーい!」「嫌でーす」


花火を抱えて戻ると、気づいてしまえば、なんとなく一人勝手に気まずい気持ちになった。線香花火に火をつけて、小さく体育座りをしながら、ぼんやり彼らを見つめてみる。春さんは静奈さんとお話していて、やっぱりメリーは春さんをぽんやり見つめている。ついでに言えば、そんなメリーをサルがちらりと目をやった。少しだけ青い目を細めてて、奇妙な表情をしている。「……えっ」

ぼとっと線香花火の先っちょが下に落ちた。「あ、あー……あー……」 おっこちた灯りに目を向けて、そしてまたサルを見た。マジでか。と一人つぶやくと、いつのまにやら俺のとなりに座っていた悠太が、ついた肘を膝に乗せて、「まあ、そういうこともありますよ」

思わずびくん、と肩が動いた。
悠太を見て、相変わらずの無表情に、俺はため息をついた後、「青春だな」 苦笑した。

「甘酸っぱい香りがするね」「確かにな」「から。お風呂入った?」「誤解を招く発言本気でやめて」



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2011.10.06