ティアクラまさかのポーパス。男主。トリップ。連作みたいな軽いかんじです。
ポーパスのことをトカゲトカゲ言ってます。ごめんなさい。





の体は浮いていた。いいや、そう彼が錯覚しているだけだった。口元から小さな泡がこぼれていく。腕がふわりと浮かんだ。落ちている。そう、彼はおぼれている。
頭からゆるゆると沈んでいき、視界がやんわりとにじんでいた。目の前を踊るように魚が泳ぎ、水面が光を反射している。
暗くなる。沈む。

(……なんで、おれ)

こんなところにいるんだろう。


瞼が勝手に下りていく。
緑色の点が見えた。
(……なんだろう)

そしてゆっくりと、彼は意識を失った。





「大丈夫ですか?」とそのトカゲは訊いてきた。はとりあえず目を瞬かせた。目がぐずぐずする。喉がひりひりする。痛い。死にそうだ。死なないけど。ずるずると出てきた鼻水をすすって、また出てきた。そしてすすった。トカゲは心配そうな表情をしてタオルらしきものをさしだしてきた。はどうしたもんかとそのタオルを見つめていると、「使ってください」とトカゲは微笑む。

なるほど、これは夢だ。

びーん、とタオルでためらうことなく鼻をかみ、 は頷く。だってトカゲがしゃべっている。妙に頭がぐらぐらしている。よくわからないけれど、自分はおぼれてしまったらしい。水は嫌いだ。
はタオルに顔をうずめた。「……フフフ」 静かに笑った。そしてそのまんま、頭から地面につっこむように、意識を失った。



トカゲがしゃべっている夢を見た。
しかも大きなトカゲだった。

「気がついたわよぉ〜♪」

女の子の声が聞こえて、俺は目を覚ました。布団の上にねっ転がっている。見覚えのない場所だ。くしゅん、とくしゃみをすると鼻水が出てくる。ああ、やべえやべえとそこらをきょろきょろ見るとティッシュを発見した。ぶーん、と鼻をかむ。お、デジャブ、とか思うのに何がデジャブかもわからない。鼻をかむことが? こんなん毎日でもしていることだ。いや毎日はしないか。

扉の向こうからトタトタトタという可愛らしい足音が聞こえる。この部屋の主かもしれない。複数人だな、と俺は思って扉を見た。すると予想していた場所に何もない。視線をさげた。子どもだろうか、と思ったのだが、それよりも小さい何かがいる。小学生低学年くらいだろうか。
俺は思わずぷるぷると指を震わせながら、彼らの先頭にいた、緑色のトカゲに指をさし、端的に彼らの存在を述べた。「ゆ、ユーマ」


「はい? 僕らの中にはユーマなんて人はいませんが……」
「なんか普通に返答している!? あとユーマは未確認生物の略だから! 名前じゃないから!」
「なんだか変な人ねぇ〜〜〜」
「ぐ〜〜〜〜」
「ユーマに変な人扱いされた!?」

激しく屈辱である。

俺は思いっきり叫びすぎたものだから、喉がげほげほとむせてくる。「ほらほら、おぼれたばっかなのに〜〜〜騒ぐからぁ〜〜〜」と言いながら女の子(声で判断)は俺の背中をなでてくれた。小さな手で、そんなくせ温かい。「あなたは海でおぼれていたんですよ。足でも滑らせたんですか?」と今度は緑色のトカゲがちょい、と掌をこっちに向けるようなポーズで問いかける。
「……海に、おぼれた?」

冷静に聞いてみたらおかしい。俺は海なんかに行っていない。行くはずもない。ゲホゲホせき込みつつ、俺は残るトカゲを見た。茶色い土色をしたトカゲは、服の中に手をつっこみ、どこか遠くを見てポリポリと体をかいている。こっちなど眼中になしである。そしていそいそと床に転がり、寝始めた。「ぐ〜〜〜〜〜〜」 よくわからない。なぜ寝る。なぜここで寝る。「せめて布団で寝ようよ!!」 自分でも突っ込みどころがおかしいことは理解していた。激しく混乱している。なにそれここどこおぼれたって何?


ありきたりだけれど、俺は思いっきりほっぺたをつねってみたのだ。けれどもやっぱり痛かった。痛みを感じる夢だって時々あるじゃないか。でもこれは現実である。
よく分からなくなって俺は泣いた。「い、意味わっかんねぇ……」 脳内から情報を処理しきれなくなったのだ。ぽろぽろ涙をこぼしながら、ついでに寄って来た緑色のトカゲを思いっきり抱きしめて顔もうずめた。

「あ、ちょ、鼻水! 鼻水ついて……」
「気にするな」
「気になりますよ!?」





「感動です!」

トカゲは両手をきゅっと合わせながら目をキラキラとさせている。緑色の未確認生物だ。というか海でおぼれていた俺を、こいつが助けてくれたらしい。感謝してもしたりない。鼻水つけてごめんね。
俺は赤くなっているであろう鼻をごまかすようにこすった。 
「……感動されました」 そしてついでと無言で鼻をかみながら嬉しそうなトカゲに頷く。名前はニムニと言うらしい。こんにちは。 です。はじめまして。

さんは異世界から来たんですね!?」
「そうなりますね」

ここが宇宙とかそういうオチは勘弁です。ニムニはしきりに手を打ち、感動です! と繰り返す。いや俺的に言うとお前ら未確認生物が見事な言語を操っていることに感動です。ネムネというピンク色をした、妙に語尾を伸ばしつつ歌を歌っている子は、「あらすご〜〜〜〜い♪ でもぉ〜〜、異世界ってほ〜〜んとぉ〜〜?」 と訊いている。語尾が長すぎて思わず思考が流れた。リピートアフターミーしてください。

部屋の端っこで寝ている土色トカゲはノムノと言うらしい。未だにぐー、ぐー言ってお腹をポリポリかいている。ニムニ、ネムネ、ノムノ……「お、お前ら兄弟なの?」 名前的に。するとニムニとネムネはきょとんとした表情をした後、からからと笑いだした。「ぜーんぜん似てないでしょっ?」とネムネがホホホ、と言うような手の形をして笑っている。
俺もフフフ……と微妙に笑いながら、いやあお前たちそっくりだよ、主に形とか。と静かに胸中で呟いた。多分彼ら的な種族としては全然似てないのだろう。色も違うし。


カメラが欲しかった。と、いきなり冷静に考えた。いや、海に落ちたのだろうからそんなもの壊れているだろうけれど、とりあえずこいつら三匹のシャッターを押しまくって、そしてテレビ局に売ったかもしれない。いいや、この頃は合成やらCGやらと発達しているから、信じてもらえないかも。動画か。いやしかし。

「あ、ケータイ」

俺はおもむろのズボンのポケットに手を突っ込んだ。濡れたままのポケットから取り出したケータイは、見るからに危なかった。念のために電源を入れようとしてやめておく。乾いてからにしよう。「なんですか? それ」

ニムニがちょこちょこと寄ってきて、俺の手元をのぞきこむ。俺は「ケータイ……」と呟きながらニムニを見下ろした。ツチノコとどちらが珍しいだろうか。やっぱりこいつらだろうか。
そしてやはり日本語をしゃべっている。どうしようもない事実だった。「ケータイって何ですか?」「……手軽に運べる電話……」「電話って?」「糸電話の進化系……」 なんなんだ、こいつらは。どういうもの食べてんだ。体の構造どうなってんだ。「あの、なんでさっきから話半分っていうか、あの……さん?」 むにむにむに

「…………あたたかいということは……恒温動物……?」
発見である。

なんて言っている場合ではない。「俺、どうしたらいいんだ?」 こんな小さな生き物たちに訊くのは忍びないが、胸の中が不安でいっぱいだ。よく分からない。多分さっきからものすごく混乱している。異世界なんて嘘だ。ありえない。でもこいつらはピコピコ動いて生きているではないか。ぐーぐー端っこでなんか寝ているではないか。

俺が助けてくれというように見つめると、「元気ぽーい〜〜?」とネムネが首を傾げた。少々鼻から鼻水が止まらないけど元気だ。おう、と頷く。じゃあ悪いんだけど、という台詞を、ネムネは思いっきり伸ばしながら言った。何が悪いの? と思ったところで、ニムニが小さな手を俺に向ける。
「ニヌルネダ様にお聞きしましょう!!」 …………どなた?



相変わらずぐー、ぐー寝息を書いている土色トカゲをほっぽいて、俺はニムニに先導され、扉を開いた。「あ、お兄ちゃん大丈夫だったの?」と部屋を出るとカウンターに座るトカゲが愛想よく笑う。俺は「フフフ……」と笑った。別に意味深に笑いたかった訳じゃない。色々自分の思考を誤魔化したかった。カウンターには帳簿があって、そろばんらしきものもある。なんだか宿屋みたいだな、と言うのが感想だ。……本当に宿屋なのだろうか?

おいしょ、とニムニが大きすぎる扉に背伸びするように手を伸ばす。短い手を。「ん、ん、ん」 届いていない。ネムネが隣に置いてある台を引き寄せた。そしてその上にニムニが乗る。「よいしょ」 扉が開いた。扉をあけるのも一苦労である。なんでそんなに扉が大きいの? そういえば俺が寝ているベッドも人間サイズだった。

俺はとりあえず出した台を元の場所に戻すのを手伝いながら、扉の外から首を出した。無意識に
顔に力が入っていたらしい。両手で顔をこする。そしてもう一回顔を出す。「う、お、お……?」 なにここテーマパーク?

天井がある。見るからに堅そうだ。目の前をトカゲが歩き、「あ、溺れてた人だね、元気そー」なんてフレンドリーに言いながら去っていく。俺は相変わらず「フフフ……」と笑った。周りはトカゲだらけだった。

さんこっちですよ」とニムニ達が先に歩く。俺は恐る恐る足を踏み出す。土ではない。コンクリートでもない。なんだろう、これは、と思ったけれど、直接触るのはなんだか勇気がいる。抜き足差し足で恐る恐るニムニ達の後についた。気持ち体をかがめてきょろきょろ辺りを見回す。まるでおのぼりさんである。

「あ、あの、ヌヌルニダ様って……?」
「ニヌルネダ様です」
「す、すみません」

偉そうな名前である。
(ん、いや、偉いのか?)
様付けだし。

ニヌルネダ様にお聞きしましょう。聞いたら分かるのだろうか。賢い人なのだろうか。それともこいつらのまとめ役とかなのかもしれない。町長さんだ。いや町長はおかしいか。……まさか、「トカゲ長……?」「あの、何言ってるんですか」「へんなひと〜〜〜」 トカゲに変とか言われた。

なんだかショックだったので口をつぐむ。
けれども想像は止まらない。だって怖いじゃないか。想像することは重要だ。混乱を防ぐ。何かあったときに頭の中でリハーサルをしておけばなんとかなるのだ。つまりこれをひとまとめで言うと、俺は一発本番が苦手な人間だった。舞台度胸のある人間がうらやましい。いきなり授業中先生にあてられたら、パニックになってしまって「……フフフ」とか笑ってしまう。クラスのあだ名は大魔王である。大魔王っぽい笑い方だから。フフフ。

そしてさっきから一発本番の連続である。
まさか人生、トカゲと談笑する日が来るとは想像するだろうか。リハーサルするだろうか。
(俺の……想像力が足らなかったと……言うことなのだろうか……)
これからはもっと深く考えて生きて行こうと思う。

「どんなトカゲでも驚かない……」

とりあえず頭の中ではゴジラを想像しておいた。最大級のサイズである。





「あなたが海に落ちていたというニンゲンですね。本来ならば私から伺うべきなのですが、申し訳ありません……体調の方はいかがでしょうか」

白いトカゲはなんだか優しかった。口調がほのぼのとしていた。周りに何人かトカゲをかしずかせ、着ている服がなんだか神秘的だ。巫女さんっぽいなぁ、と思いつつ、ゴジラよりも激しく優しく激しくうれしい普通の喋るトカゲに俺は微笑んだ。フフ、しゃべる時点で普通じゃねぇなんてことはもうどうでもいい。

「もう大丈夫です、元気です。あ、あなたがニヌルネダ様ですか」 

多少声が裏返ったが問題ない。前を見据えるように訊いてみると、白いトカゲはふふふ、と優しく笑った。トカゲが優しくとか一体どんな笑い方だよと言われそうだが、目元がきゅっと優しくなって本当にそんな感じなのだからなんとも言えない。
「やだやだおっちょこちょいっ、ちっが〜〜う」とネムネがぴしぴし俺の太ももを叩いてくる。あう、あう、やめてくださいやめてください、と心の中で繰り返し、じゃあこちらの方はどなた様ですか! と訊きたい。

「こちらの方はネイラ様でして、我らポーパス族の巫女であり族長を務められている方です」

親切にもニムニは言葉を付け足してくれた。ほほう。巫女さんか。トカゲにも(略) そしてこいつらポーパスって言うのかとふんふんしているとき、唐突にネイラ様? は両手を天高く掲げた。
そして叫んだ。


「異世界からきたものよおおおおおおお!!!!!」

響いた。激しく耳に響いた。ビーンビーンと部屋の中で声がエコーし、その野太くしわがれた声はどこから……? ネイラ様から……? うっそぉ……? と認めたくない事実を俺は目をつむった。しかし周りにトカゲ(ポーパス?) 達はハハー、とひれ伏す。え、なにこの状況、想定外だリハーサル外だと思いつつ、俺は微妙に微笑む。フフフ。混乱すると微笑む。「……フフフ」

「ぬしは異世界からやってきた! おそらくトビラを通って来たのじゃろうて……。不運なことよの。しかし安心せい。通ったトビラからまた通れば元の世界に戻れるであろう。ランブル族がそのトビラを開けてくれよう。運がよいことに、このナイネニスにはランブル族が稀に訪れるからのー!!!! ハッ」

最後に「ハッ」と言いながら、ネイラ様は我に返った。……我に返ったんだよ……ね? え?「ふ、フフフ……」 ただでさえオーバー気味な脳味噌がぷすぷす音を立てている。
「やっぱり! 感動です!」 

そんな俺の叫びを知らず、ニムニは自分の手をぎゅっと握った。
さんは本当に異世界から来た方だったんですね! ニヌルネダ様が言うのならば間違いありません!」
「すっごぉお〜〜い♪」
「い、いやちょっと待って、ニヌルネダ様? ネイラ様じゃん、ネイラ様じゃん!?」
「ニヌルネダ様が私の体に降りられたのです」
「と、トカゲすげぇ……!」
「トカゲではなくポーパスです」

ネイラ様に怒られた。

とにかく、俺は元の世界に帰れるのだろうか? ネイラ様、いいやニヌルネダ様の言によると、大丈夫そうだ。俺はほーっと安心して胸の中のものが全部抜けていくように感じた。帰れる。いいや還れる。それが分かるだけでこんなに胸が軽くなるのだろうか。
最初に会った人(……ひと?)がこんなに親切でよかった……! と思いつつ、「……あのう」と俺は手を挙げる。「なんですか?」とネイラ様が優しく微笑んだ。いい人(……ひと?)だ。ちょっと和む。

「トビラ、とかよくわかんないんですけど……」
「それは百万世界をつなぐものじゃ!!!!」
「ひぃっ!」

再び降臨された!?

ニヌルネダ様ハハー、とニムニ達が再び土下座のような格好をする。さっきは呆然としてフフフと笑うことしかできなかった俺だが、今回は空気を読んでみた。そして一緒にハハー。土下座。

「おぬしがこの世界に現れた場所があろう。その場所こそがトビラがある場所じゃ。トビラに行けば、おのずと元の世界に還れろう。わかったか!」
「俺がこの世界に現れた……? あの、もしかして」
「うむ」
「海ですか」
「そうじゃ」

俺は土下座しつつも、ちょいと顔を上げる。ネイラ様(……ニヌルネダ様?)が不思議そうな顔でこっちを見る。俺がパクパクと微妙に顔をひきつらせつつ、声を出すのを戸惑っているものだから、トカゲ、いいやポーパス達の不思議そうな視線が集まる。

「……俺、その、カナヅチ、なのですが……」
そのトビラとか言う場所まで行けないのですが、どうしたらいいですか。

周りのポーパス達の、静かな視線が痛い。
俺はニヌルネダ様と見つめあった。10秒、20秒、30秒。土下座の格好のまま発言を待った。そしてニヌルネダ様が口を開く。
「……ハッ。……ニヌルネダ様はお帰りになられました」 に、逃げられた……!?





とりあえず俺はポーパス達の同情を勝ち取れたのか、このナイネニスとかいう町(……まち?)に住むことになった。大きな貝殻の中に町がおおわれている。東京ドーム何個分だろうか。1個分くらいだろうか。ところで東京ドーム1個分ってどれくらいの広さなのだろうか。

「はい、いーち、にーい、さーん……あ、もう駄目ですか、大丈夫ですか」
「大丈夫じゃありません、鼻と耳と喉に海水がはいりました」
「それくらい問題ありません。はい、いーち、にーい、さーん」
「ごぼっ」
「…………」

海の水に顔をつける。まず最初にすべきことは10秒以上顔をつけること。水の中で呼吸を止めること。「……ごぼぉ!」 げほげほげほ。激しくむせた。
妙に無表情というか気難しい顔をしたポーパス(ナムナと言うらしい)が、じっとこちらを見つめハイハイと手を打っている。何か数学教師のような雰囲気を持つポーパスだ。「お、俺初心者なので……もっと優しくお願いします」 ニムニとかがよかった。

ナムナは「はいそうですか」と微妙に生返事をしながら、パンパンと手を叩く。「さん、あなたが泳げるかどうかということに、元の世界に還れるかということがかかっているんですよ。わかってるんですか」「……俺……もう帰れなくてもいい……」「はい20秒顔付けて」「ちくしょう……増えてる……」

げっほぶくぶく。げっほぶくぶく。鼻から水が入りすぎて、はーはー涙目で砂浜に上がる。なんで異世界にまで来て、泳ぎの克服をしなきゃならないんだろう。いいじゃん。泳げなくたって死なねーよははんとか高をくくっていたのに、まさか泳げなきゃ家に帰れないだなんて壮大なストーリーが待ち受けているとは思わなかった。リハーサルが足りない。

「それにニムニはあれでいて、ポーパス隊屈指の兵士ですから。するべきことが山のように多いんです。はい30秒」
「に、ニムニが兵士……!? あんなにほのぼのした生き物なのに……そしてまた地味に増えている……」

スパルタである。

「ネイラ様に仰せつかった以上、私も本気でしごきあげなければなりませんから」

キラリ、とナムナは目を光らせた。
俺はしょんぼりとうなだれながら海に向かう。はー、と大きくため息をしてぶくぶくする。こんな幼稚園児並みのことをしていて、トビラとやらにダイビングできる日は来るのだろうか。「あ、は、鼻に水がぁ……」「鼻に蓋をすればいいのです。それくらいできるでしょう」「そんな……カバみたいなことできるか……!」


ポーパスと人間の相互理解は難しいらしい。
こなくそー!! と俺はしずしず海へと向かう。「15秒でお願いします!」「はい20秒ですね」 スパルタである。
はいよいしょー、と水に顔をつけた俺は気付かなかった。どっしゃーん、と俺に向かって盛大な波が叩きつけられたとわかったとき、遠くでナムナの声が聞こえる。「さん!」と叫んでいる。小さな波だ。けれども、ナムナの小さな体で俺を守りきれることもなく、そして俺は泳ぎのスキルが激しくゼロに近い一般人以下だった。「フフ、フぶくぶく」 いつもの魔王笑いもぶくぶく笑いである。

あれよあれよと波に流され、口の中から盛大に大きな気泡が吐き出された。もう空気がない。そう分かってしまったとき、俺は意識を飛ばすという見事なる現実逃避をやってのけたのだ。





そして自分の部屋の絨毯で寝ていた。
「……トカゲがしゃべってる夢を見た」
いや、ポーパスだっけ。

妙な夢だった。とてもリアリティが溢れていた。床で寝ているから妙な夢を見るのだ。
あー、と体を伸ばし、おかしいぞ、と俺は気付く。全身がだるい。そしてそれよりも、体中がびたびただ。べっとりと体にくっつくのは塩水で、ポケットを探ってみる。いつも入っているケータイがない。
「…………ふ、フフフ」
とりあえず魔王笑い。





「なんだよニムニ、おもしろそうなもん持ってんじゃねぇか」
「ヌムヌ、もうちょっと丁寧な言葉遣いにしないと……」
「うるせえな、これなんだよ」

ヌムヌと呼ばれた薄いピンク色をした、つぶらな瞳のポーパスは、ニムニの手から、薄い箱型のものを取り上げた。あのニンゲンが忘れていったものだ。フフフ、と常に笑っている、ちょっと不思議な人間だ。

「ケータイだよ」
「ケータイってなんだっつの」
「手軽に運べる電話」
「電話ぁ?」
「うーん、糸電話の進化系?」 

なんだよそれ。とヌムヌは結局最初の言葉に戻っている。ニムニはうーん、と考えながら、ヌムヌの手から箱型のものを取り上げた。「あー、なにすんだよ」「駄目だよ」

これはあのニンゲンが忘れていったものだ。ちゃんと返さないといけない。大切なものかもしれない。もし、今度会うことがあるのならば、だけれど。
波にのまれた彼は、いくら探しても見つからなかった。ナムナは自分の責任だとしょげていたけれども、ニヌルネダ様は、「自分の世界に還ったのじゃろうて」とおっしゃっていたので間違いはないだろう。

「今度会ったら、もう少し詳しく訊いておくよ」

そう言って、ニムニはふてくされているヌムヌに背中を向けた。





ぶく、ぶく、ぶく…………

嫌な予感がする。体が軽いと思っていることは錯覚だ。これは沈んでいる。頭から下へ。ゆっくりと落下している。細めた瞳の向こうに何かが見えた。緑色のトカゲではない。長い髪で、男だ。金髪だろうか。褐色の肌の少年だ。少年は俺へと手を伸ばした。そしてひっぱる。

「ジェイルー、どうだった、何かいた?」
「ああ、マリカいたぞ。人間だ。トビラから落ちてきたのかもしれない」

遠い意識の中でぼんやり聞こえる声に、俺は「フフフ……」と笑いながら、瞳を閉じた。






2010.11.29
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いや、前サイトで一度読みたいけどないマイナー夢ってありますか? とアンケートをさせていただいたところ、男主でトリップでティアクラだったらポーパスでもかまわないというチャレンジャーがいらっしゃいましたので 。(真顔)