■ オチはない上に続きません。
■ お約束ながら、村長にあだ名をつけられます。
■ あだ名はレスで固定してます
■ ニノさんの口調はアニメ寄り




気が付いたら川の上に浮いていた。
(背中がびちゃびちゃする……)
ぼんやりと空を見上げながらびちゃびちゃと手足を遊んでみる。服が水を吸い込んでいて気持ち悪い。手足が沈んでいく。鼻の穴に水が入った。これはまずい、とてもまずい。バタバタ手足を動かしても、衣服がくっついて上手く浮上できない。空が遠い。太陽が輝いている。これは一体、どうい う こ    と 







      背中をひっぱられた。

バシャアアアアン!!! と派手な音を立てながら、私の後ろ襟が何かに引っ張られていた。「ぐへぇ!」 情けない叫び声とともに体が宙に舞い上がる。一瞬ちらりと見えた地面には、きらきら光る金髪の少女が、力の限り竿を振り上げていた。ちょっと待って、その竿。もしかしなくても竿。
(私、釣りあげられてますか……!?)



1 村長とニノさん


私は地面に叩きつけられると同時に意識をどこかにぽろりとこぼしてしまった。と言ったらとてもほのぼのと感じるけれども実際のことを言えば、「グギャァ!!?」と人語以外の言語を発しながら、全身をくまなくカナヅチで叩かれたような衝撃と共に、半強制的に意識を手放した。次に気がついたときには全身がギリギリと痛んでいて、瞼を開けることさえ拒みたくなるような苦しさだった。
苦しい、と息を吸い込む。
動きたくなんてない。

「村長。大物を釣り上げたんだけど、どうしようか」
「そうだなニノ……こりゃあ大物だぜ……俺なら思わず魚拓にとりそうだ」
「魚拓はとにかく、シスターに持って言ったらおいしく料理してくれるかもしれないな」
「さすがにそれは……いや、あいつならできるかもしれねぇな」

「いいいいい命の危険んんんんん!!」

とかなんとか言ってる場合じゃなかった!
私は激しく腹筋を使いながら体をぐわしと持ち上げ、体育座りをしたままこちらをみていた金髪美少女と目が合った。彼女は「おお」とぼんやりとした青い瞳を瞬かせて、「生きていたのか」と抑揚のない言葉を放つ。

生きていました。ぴんぴんしてます。全身痛いですが、まあ問題ありません。「なので魚拓やらお料理の具材になってしまうのは勘弁願います!!!!」「ああ、さっきのは冗談だ」「ですよね!」 そんなことする訳ないですよね!

ふう、とため息をつきながら、私が倒れている間に彼女と話していた男性へと目を向けた。何やら緑色の服を全身に着ていらっしゃる方で、エキセントリックな趣味な御仁だ。私が意識を飛ばしていた間に、看病をしていてくれたのだろうか。精一杯のお礼の気持ちを述べるように、私は顔をあげて、にこりと微笑んだ。

「あ、なんだか助けていただいたようでありがとうございまッパァ!?」
「マッパ? まあ裸といえねぇこともないな……」

ワリィ、俺はこれが通常運転なんだよ。と河童の装飾を着こんだ彼は、申し訳なさそうに微笑んだ。気の所為か男前な微笑みだった。ニノと呼ばれていた女性が、ハハハ、と棒読みに笑いながら(先ほどから常にこんな口調なので、そういう人なのかもしれない)「村長ったら常に裸だもんな」ともう一回ハハハと笑った。ところで村長ってなんだろう。

「ハハハ。ちょっと女性には刺激が強すぎるかもしれねぇな、ハハハ」
「え……っあ、ちが……いや、ち、ちがわない……?」

確かに河童のその格好では常にマッパかもしれないけれどもきぐるみを着ている時点で裸じゃないしそういうことを突っ込みたかった訳じゃないし! カッパとございますが混じっちゃっただけですし!!

私は彼の顔を見ることができず、両手をこすり合わせながらふらふらと視線を辺りに逃がした。きゅうっと両目をつぶって、取りあえず、落ちつこう。と頷く。これがカッパとマンツーマンだったら涙しか出てこなかったかもしれないけれど、一応女性も同席してくれているので安心する。

「はじめまして、です!」

取りあえず自己紹介をしてみた。何事にも自己紹介というものは大事だ。じっとカッパとニノさんを見つめてみた。
カッパが、おっというようにキラリと瞳を輝かせた。「おう、私はニノだ」「俺は村長だ」「ニノさん、そんちょ、あれ村長!?」 カッパとかじゃなくて!?

ン? どうしたんだい? と予想以上なハードボイルドな声でこちらを見つめてきた村長から、さっと目線をそらしながらガクガクと頷いた。あなたカッパですよねとかさすがに言えない。無理です。

「それで、お前はなんであんなところで泳いで……溺れてたんだ?」
「い、言いなおしありがとうございます……」
確かにびちゃびちゃ溺れておりました!

私はニノさんの言葉に、んんん? と首を傾げてみた。覚えがない。どう考えたってわからない。「ん、んんん……」 まさかこんな河川敷でクロールする趣味はないはずだ。

「あ……ちょっと、わかんないです……」
「寝てる間に、勝手に動きまわっちまう奴っているよな……」
「そうだな、私はそんな奴は知らないが、そういう奴もいるらしいな」

うんうん、と頷くニノさんを、村長がぼんやり眼を細めて見つめている。私はいやあ、と頭をひっかいた。そしてきらきら頭の上で輝くお天道様を見つめた。ニノさんと、村長とで三人で見つめた。お昼である。おねんねする時簡帯ではない。「まあいいや」 村長は頭の皿をカリカリとひっかいた。

、お前服が乾いたら、さっさと家に帰ったらいいと思うぜ」
「大丈夫です。もうだいたい乾いてますし、後でまた改めてお礼に伺い……伺い?」

どうしたんだ? とニノさんがポケットに手をつっこんだまま不思議そうな顔をした。私はコンコンと自分の頭を平手で叩いてみる。中身の詰まった音がした。「おい、大丈夫か」 村長がヤンキー座りをしたまま、こっちを見ている。私はハハハ、と笑って片手を振った。「大丈夫です、それじゃあその」 足を一歩踏み出した。背中からだらだらと汗が流れる。きょろきょろと視線を辺りに向けた後に、河川敷の砂利の上で、私は佇んだ。

ちらり、とニノさんと村長を見てみる。彼らはぼんやりと私を見ていた。お互い見つめてみた。カッパと体操服を着た外国人美少女と見つめ合ってみた。なんだか涙が出てきた。

「お前、もしかして」
カッパが呟いた。


「家がわかんねぇのか?」




2 命名「レス」


まさかそんなことってありえるだろうか。私は自分の頭を抱えて、「いや分かりますって、本気だせばすぐですって」と言いながらぶんぶん振ってみる。あれだ、私は本気を出せば出来る子だから。やればできる子だから!

「ほほう……記憶喪失か。かーいそーになぁ……」
「よくわからんが、かーいそーだなぁ……」

なんだかムカつく発音でうんうん頷いている彼らは「よし」と唐突に村長が頷いた。「まあ、家がわかんねーってならしょうがねえ。ここに住めよ」「こ、ここ……?」「そう、ここだ!」

ニコッと微笑みながら両手を広げる村長に、ぼんやりと瞬きを繰り返した。いやあ、ここ、人が住む場所じゃないです。広々と広がる川が、きらきらと太陽の光で反射している。「そうだ、帰る場所がないってんならしょうがない。大丈夫だ。済めば都だと誰かが言っていた!」「ニノさんおかしい、今嫌な発音が聞こえました。住めばですよね住めば!!」 何を済ますの!?

「私も釣った責任がある。問題ない、まかせろ」

ぽん、と私の両肩を叩くニノさんに、一瞬ときめいた。不安でしょうがない気持ちが、ふとどこかへ消えて行った。だからかもしれない。「……う、うん」私は気付けば勝手に頷いていた。いやいや、待った待った。任せろだなんてこんな女の子の言葉に乗せられてどうする、と理性では分かっているのに、情けない。そして目線の端っこで、ウウーン、と言いながら頭をひねっているカッパが見えるのだけれど、あんまり気にしないようにしたいウウーン。

「決まった。お前レスね」
「はい?」
「ここで暮らすには、村長に名前をつけてもらわなくちゃならないんだ。よろしくな、レス」
「レス! まあ不安だろうけど、一生懸命サポートするからよ!」
「あ、ありがとうございます……?」

一体どこからひねり出した名前なんだろうか。どう考えたって私の名前からはそんな名前は出てこないし、あだ名というからには、色々意味がありそうな気がする。あ、もしかして記憶がないから、レスなのだろうか。ほんの少し気になったので、思わず聞いてしまった。

「あの、なんでレスなんですか?」

私が緑カッパの村長に向かい首を傾げると、村長はニコリとほほ笑んだ。「なんてったってお前」

「ホーム」
「あ、もういいですすごく嫌な予感がするんで」
「ホームレ」
「いいって言ってるのに!?」

勘弁してくださいよ! という叫びも聞こえないのか、「いい名前だなぁ」「俺、前から思ってたんだけどネーミングセンスばっちぐーじゃね?」とかお互い嬉しそうにきゃぴきゃぴしている。ひでぇ。



3 そろそろ慣れてきた


悲しいことでここでレスとして生活するうちに、ここの生活に慣れてきてしまったらしい。そして思いっきり突っ込みたいことなのだけれど、ニノさんも村長もここの河川敷で暮らしている。同じくレス仲間じゃないのとか言いたいけど言えない。段ボール生活にもそろそろ慣れてきました。シスターのお菓子が日々の楽しみです。

「……あれ、見たことのない人がいる」

ニノさんに献上すべくと釣りをしている最中に、男の人に話しかけられた。星さんでもシロさんでもない。聞いたことのない人の声だ。寧ろそれはこっちの台詞だ、と振り返ってみた。若い男性だった。リクルートスーツだ。

彼は私からじりじりと距離をとった。私はなんとなく釣りの道具をしまって、彼に向かい合った。そして彼に近寄ってみた。彼は恐ろしいほどに挙動不審にサカサカと後ずさった。「おおおお俺に何をしようって言うんですか!? その釣竿で何をするつもりなんですか!! 恐ろしい! 恐ろしい!!」「……な、何もしないですよ……?」 釣竿は魚を釣るためのものですが。


「嘘だ!!!」
リクルートスーツさんは、激しく頭をシェイクした。嘘じゃないし。「そうやって! 俺を陥れようとしているんでしょう!! もう信じられませんよ! 信じませんからね! この河川敷に普通の人間なんているはずがないんだ!!」「え、えええ……」

まあ、取りあえず落ちついてくださいよ、と彼にパタパタ手を振った。「あ、もしかして新人さんですか? 私レスって言います。なんだか記憶喪失という奴らしくて、村長のご厚意でここに住まわせてもらっています」よろしくお願いします。と右手をひょいと出してみる。

彼は野生動物のように片目を細めた。そしてほんの少し警戒を解いた風に、じりじりと近づく。「レス……記憶がないからレスですか?」「いえ、ホームレ」「あ、いいです嫌な予感がするんで」

彼はじっと私を見つめた。「俺はリクルー……いえ、リクです」「リクルートさんですか? あ、就職活動中なんでしょうか」「いいえリクです!!」 激しく否定された。


相変わらず出したままの右手が寂しい。なんとなくふらふらさせると、彼も落ちついた表情で同じく右手を出した。いいや出そうとした。
出した掌を自分のもとへと引っ込めると、彼は心底苦しそうな表情をして掌を抱きしめた。「そういうの……やめてくださいよ……! 期待なんて……させないでください……!」「はい?」

彼は、リクルートさんは全身をもだもださせた後、「わかっています。わかっていますよ! この河川敷にまともな普通な人間なんている訳がない! もう俺は何度もだまされました! わかっています! あなたはきっと怪力ムキムキな女性で俺の右手の骨を完膚無きまでに粉砕する気なんだ! わかっているんですからね!」

信じられるかァー!!!! そう叫びながら全力で去って行ったリクルートさんの背中を見つめながら、放置をされてしまって寂しい右手をわきわきとさせた。「……なんだか変な人だなぁ」 やっぱりこの河川敷には、変な人が集まるのかもしれない。


     橋の下の、ちょっとしたおはなし



2011.05.09
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リクっていうより絶望先生的な。聖お兄さんも好きです。