■ 三日月といいつつ夕日とノイ率高し
■ 3巻くらい
■ ぐだぐだする男性陣が好きです。



あの日俺は、鬼を見た。



「おい、あいつだ……! あいつが来たぞ……!!」

男たちの怒声が真夜中に響き渡る。バイクのランプがてらてらと光り、ぶんぶん激しいエンジン音に劣ることなく悲鳴が突き抜けてゆく。
      こりゃあなんだ

ぽかんと彼は瞬きを繰り返した。どいつもこいつも札付きな悪だというのに、ただ一人の人間に打ち崩されていく。ガラガラと地面に転がる鉄パイプを、少年は目の端で追った。それはお決まりなことに、真っ赤な絵の具がくっついている。

のそり、と一人の男が人間の顔面を握りしめ、ずるりとひっぱりながらこちらへと向かってくる。
      闘鬼

そうだ、聞いたことがある。鬼はにかりと笑った。ぎざぎざの歯を大きく開けながら、気味の悪い笑みを垂れ流した。
そんな風景を見つめながら、彼が何をしたかというと、


ぽとりと手元からメロンパンを落とした。







雨宮夕日は騎士である。
指輪の騎士だ。というかトカゲの騎士だ。
いちいちめんどくさいので説明は省くが、簡単に言うと姫をお守りして泥人形とかビスケットハンマーから世界を守る感じなんだけど、実はその姫は世界を壊すつもりなので彼もそっち側につこうかなー、とか相棒のトカゲに話して怒られたりしてる毎日だ。ぶっちゃけあんまり簡単じゃない。

今日も今日とて、夕日は騎士や姫以外の人間には見ることのできない、不可視のトカゲ肩に乗せ、学業にいそしんでいた。大学生も楽じゃない。この頃は東雲三日月とかいう知り合いの弟も騎士として参入して姫をめぐる恋のライバルだったりするので気が気じゃない。

ちくしょうめ、と彼は大学のベンチに座りながらもぐもぐとパンを咀嚼した。「ゆ、う、く、ん」 ふっと耳に息を掛けられた。「〜〜〜〜!!!!」 悶絶した。

「あれ、ゆーくんここ弱点? マジ弱点? うはははは!」

ゲラゲラ笑う男     東雲三日月へと夕日は即座に手刀を横に切る。夕日の肩に乗っかるトカゲ、ノイ=クレザントが、「あわわわ」と口をぽかんと開けつつ、夕日の肩にしがみつく。三日月の頭上ではカラスがバサバサと羽ばたいていた。「おまえ……」 夕日は静かに呟いた。そして叫んだ。

「意味のわからん行動をするな!」
「え? だってゆーくんがいたし……」
「いたら耳に息を吹きかけるか! お前はどこのバカップルだ!」
「いや俺ちょっとそっちの趣味は」
「わかっとるわー!!!」

去れ! 去ってしまえ! 夕日は三日月のケツに向かってローキックをかますが、彼はケラケラと笑ったまま華麗に夕日の蹴りを避けそのままキャンパスをかけぬけていく。「元気だな……」とノイが呟いた言葉に、夕日は無言のままに頷いた。食べかけで、ぐしゃり握りしめてしまったパンを見つめため息をついてから、ベンチに座りなおし、ぐしゃぐしゃの焼きそばパンを口にした。

「かわいそうに」

その瞬間、夕日はパンを持った手を後ろへと振り投げた。焼きそばパンが、焼きそばを振り散らしながら茂みの中へと消え失せていく。ノイが「もったいない! 何をする夕日!」と叫ぶ。夕日は立ち上がり、振り返った。
何もいない。

「おかしいな、今確かに、背後で男の声が……」
また三日月か、と思い勢いよくパンを投げてしまったのだが、冷静に考えてみると三日月よりも若干低い声だった。飛び散る焼きそばの惨状にため息をつき、まあ三日月以外の人間にパンを投げつけてしまった、というような状況にはならずよかったなぁ、とポジティブに考えることをした。
コンビニの袋を片手に焼きそばを拾って捨てておくかと屈んだ瞬間、ベンチの横で小さく体育座りをしている男と目が合った。「かわいそうにね、きみ」「なっ!」「…………ゆ、幽霊!」 

いや、幽霊はないと思うぞ、と自分のパートナーのトカゲへと夕日は脳内で突っ込む。ただ恐ろしいほどに存在感が希薄な男だった。ここにいると認識さえすれば分かるのに、直前までまったくもって気付かなかった。夕日へと声をかけたのもこの男だろう。
     一体、どうやって移動した      

夕日はごくりと唾を飲み込む。恐ろしい身のこなしだ。
男は短い髪の毛をがしがしとひっかき、立ちあがった。平均的な身長で、どこにでもいそうな青年だ。彼はにこりと夕日に笑った。夕日は特に笑い返すことなく、眼鏡をチャッとかけなおした。基本的に夕日は冷淡な男である。

「はじめまして、俺、でいーよ、仲間同士」
「さあ、どちらさまでしょうか」
「な、名乗ったのに!?」

片手を出して握手を求めた男は、「あうっ!」と悲鳴を上げて悲しそうな顔をする。特に良心が痛むことなく、夕日はもう一回眼鏡を直した。チャッ
(仲間? 騎士か?)
試しにノイに尻尾をふらふらとさせてみるが、まったく見えている様子はない。従者(と言う名の獣?)を連れている様子もないし、ただの一般人のようだ。じっと見つめる夕日に何を勘違いしたのか、はにこにこと嬉しそうに笑った。

意味がわからない。

夕日は彼の存在を無視しようと決めた。そのまま背中を向けると、何故だか先ほど去ったはずの男、東雲三日月がこちらへと駆けつけてくる。恐ろしいスピードでダッシュを果たした彼は、夕日の横をばたばた風をつくりあげながら通り過ぎる。「ー!!!」 相変わらず、口元はギシャギシャした笑みだった。そして気持ち嬉しそうだった。

何事だ、と夕日とノイは振り返る。キキキ、とブレーキをかけながら、チッと三日月は舌打ちをする。おかしい。夕日は眼鏡をかけなおした。

振り返ったそこには、三日月一人が佇んでいた。体を前に押し倒し、両手をだらりと垂らすお決まりのポーズで三日月はきょろきょろと辺りを窺っている。「あー……のニオイがしたってのに……ちくしょー……また逃げられたか」

あーあ、と頭の後ろに手を組みながら三日月はぶらぶらと歩きだす。そしてまた消えていく。「いやニオイって!」誰も突っ込むことのない言葉を、ノイが力の限り突っ込む。
(どこに消えたんだ?)
夕日は無表情のまま、チャッと眼鏡をかけなおした。




「やー、ゆーくん!」

唐突に授業中話しかけられた。夕日はへらへらと笑うへとちらりと目線を向け、そのまま無視して教科書をめくる。けれどもは気にすることなく夕日の前へとのそりと腰を下ろした。「俺、実はゆーくんと同じ学科なんだ。だからゆーくんのことも結構知っててさ。俺、もっかい言うけどね」「どちら様でしょうか」「あうっ!?」

は寂しそうに首をもたげる。ノイは机の上に四本足を乗せたまま、「夕日、お前えげつないな……知ってたけどな……」と己のパートナーの性格を思い出し、自重気味に呟いた。
      さて、この男は一体何なのか。

夕日はポーカーフェイスのまま、ぴらぴらと教科書をめくり考える。東雲三日月と知り合いらしいが、あいつはどうにも苦手だ。ただの一般人が姫の障害になるとは考えられないが、万一ということもある。あの希薄な存在感。そして瞬間移動とも言える身体能力。
パタン、と夕日は教科書を両手で閉じた。
くん、ちょっと聞きたいことがあるんですが」
でいーよ! 仲間だし」
「それでくん」
「あおうっ!」
「夕日、お前本当にえげつないな……」

、お前、一体何者だ?」

夕日はをじっと見つめた。はきょとんとした顔のまま、夕日を見つめ返した。そして数秒ののち、にかりと笑った。「俺、元暴走族なんだ」「え」

       ! ここにいたのかはっけえええええん!!!」

ガラガラガッシャンと扉を叩きつけるような音とともに、唐突に教室の中に男の声が響く。夕日はぎょっとしてニカニカギシャギシャと歯を見せながら笑う男、三日月を見つめた。そして「みつかったぁ!!」と半泣きな顔と声で死にそうな声をあげるへと目を向けた。

三日月は軽く跳躍した。机の上に足跡を残しながら大きく一歩を踏み出す。生徒たちの悲鳴が響く。あと一歩での元へ、夕日の場所へ、ノイの真上へと足を踏み出そうとしたとき、がひょいと手を伸ばした。そしてノイを尻尾をつかみ、ぽいと夕日の元へ投げた。

ノイがいたはずの場所へと、三日月が足を踏みしめる。思わずカチンコチンに固まったトカゲを受け取ったものの、夕日はぎょっとしてを見つめた。

瞬間だった。三日月が下からえぐいとるようにへと手を伸ばす。は軽く体を回転させ、手元の鞄を懐に持つと、三日月の頭を踏みしめるようにしてジャンプする。準備のいいことにぱたぱたと風ではためいていたカーテンの向こうへと、彼は飛び降りた。また別の悲鳴が教室からあがる。

(ちょっと待て、ここは4階だぞ……!!)

夕日はが飛び降りた窓へと体をかじりつける。は器用なことにも校舎の壁をバネにして木へと飛び移りくるりと枝を掴んで回転した後芝生の上へと飛び降りた。そしてそのままダッシュする。同じく窓からその光景を見ていた三日月は、悔しげに「あーッ、くっそ、また逃げられた!」と地団太を踏んだ。そしてちくしょうと名残惜しげに窓の外を見つめた後、扉へとダッシュする。これからまた追いかけっこでもするのだろうか。

「…………あいつ、掌握領域でも持っているのか……」
「持っているとしたら、ぼくより強力かもしれないな」

トカゲの言葉に、夕日は静かに頷いた。
さて、彼は一体何者なのか。





「だから俺、普通の元暴走族ですって」

もぐもぐと家から持参のお弁当を口に含みながら、は夕日に語る。場所はいつものベンチの上だ。
「まあ暴走族っていうか、ただのメロンパン買うパシリ役だったんだけどね。近所の兄ちゃんが舎弟が欲しいってんで無理やり入らされたんだけどさ、抜けるにしてもリンチとか怖いし、黙々と夜にメロンパンを買って渡す毎日だったんだよ。まあ、そんなある日のことですがね」

は宙にふらりとお箸を動かした。




       妙な噂が流れていた。暴走族を狩る鬼がいる。あだ名は闘鬼。取りあえず闘うことが大好きで大好きで、見かけはただのイケメンなのに、強い人間を見るとぎしゃぎしゃ口から歯を見せて奇妙に笑う男がいる。名前は東雲三日月。兄の名前は東雲半月。こっちの方は単身で暴力団を滅ぼす、またまた恐ろしい鬼だとか。

あいつらは俺達ヤンキーがむかついてんじゃねえんだ。強い人間を求めてんのさ。そんなおちゃらけた奴らに、俺らが負けるかっての。片手に持った鉄パイプを首にひっかけながらの近所に住む兄ちゃんはニヤッと笑った。
けれどもあの日を境に兄ちゃんはヤンキーを辞めた。夜にバイクを乗り回していた兄ちゃんは、今は毎朝ネクタイを締めて会社へと向かうという見事な更生を果たしたので、これはこれで万々歳なのかもな、とはひっそりと考えている。


あの日、いつもの集会場所に鬼が現れた。単身でむちゃくちゃに暴れまわり、一人残らず叩きのめした。ただのメロンパンのパシリ役だったは、端っこの方でぶるぶると震えていた。だから一番最後の生贄になったのだ。

ギシャギシャと返り血で顔に真っ赤な花を咲かせた鬼を見て、しょうじき彼はちびるかと思った。殴られる。そう思った。実は彼は今まで一度も他人に殴られたことはない。殴られる前に謝って済ませてしまっていた。けれども今回はその手が通用しそうにない。話が通じる相手じゃない。
彼はにやついたまま、へと拳を振りおろした。

「…………それで?」

ノイがへと話を促す。けれどもは、彼の声が聞こえている訳ではない。
口の中にご飯をいっぱいに含みながら、はふへー、と息を吐き出した。「俺、あいつのパンチ、思いっきり避けちゃったんだよねぇ。それからあの闘鬼に付きまとわれるようになっちゃってさー」そう言いながら箸で口の中にご飯をかきこむ。

「やってらんないよ。これが中学のときの話だから、俺ずーっと付きまとわれてんの! 大学まで一緒になっちゃって泣きたいよ。ここ暫くいなくなってたから嬉しかったのに、また戻ってくるしさー! それでゆーくんが三日月にからまれてんの見てさ、こりゃ仲間だって思った訳ですよ!」

もー! あいつ一体なんなのー! と叫ぶ青年を、夕日はなんとも言えない気分のまま、見つめた。「そんなに付きまとわれるのが嫌なら、一回殴られれば済む話じゃないか?」 あいつはただの戦闘狂なのだから、一回思いっきり闘って負けてしまえばそれきり興味は示さなくなるだろうに。「むひむひむひ!」 むりむりむり、と言いたいらしい。ほっぺを膨らませたまま、は激しく首を振る。ごくり、ご飯を飲みこんだ。

「だって殴られたら痛いじゃん! 俺、避けるのが超絶上手いだけで、あとはほんとーに一般人だし! あんなの相手したら死ぬってマジで!」
「なるほど、これがヘタレか」
「ノイ、ちょっと黙れ」

ぺしり、と叩いたトカゲの頭を叩く夕日を、は不思議気な目で見つめ、首を傾げた。「みいいいいいつけたぁあああ!!」 唐突に植え込みから飛び出した三日月に、は「キャアアアア!!!」と悲鳴を上げた後、お弁当箱を夕日へと投げ渡した。

彼は箸を口にくわえたまま、夕日の両肩へと手を伸ばし、そのまま倒立する勢いでぐるりと回る。そしてそのまま逃亡する。「まてやああああショーブしよぜショーブ! 100円やるからさー!!」 三日月が夕日の頭を飛び越えて、そのままを追って去ってゆく。

夕日は弁当箱を手に抱えたままため息をついた。なんだあの男は。「つまり、どういうことだ?」 ベンチの上へとすかさず避難していたらしいトカゲへと、彼は問いかけた。トカゲは神妙に頷きながら、口を開く。

「まあつまり、目をつむっていても、その場所に何があるか、把握することのできる能力に長けた人間なのだろう。だからいつどこで攻撃を受けようとも全ては予測済みなのだから対処は簡単だ。加えてあの身体能力だからな」
「なるほど。つまりノイが見えたんじゃなくて、その場所に何かあると感じた訳か」
「そうだ。存在感の希薄さは、どの位置にいれば、他人からの認識が薄くなるかということを本能的に知っているだけだ。常識外の人間ではあるが、ただの人間。騎士とも魔法使いとも関係がないだろう」
「確認した」

夕日は弁当箱をベンチに置き、トカゲの首元をつかみ肩へ乗せるとすたすたと歩き出す。にやり、と意地の悪い笑みを口元に貼りつかせる主を見つめ、ノイはぶるりと戦慄した。「お前、何か底意地の悪いこと考えてないか」「まさか、丁度いい利用価値を考えているだけさ」「それが底意地の悪いことだと言っているのだ!!!」

こいつもうだめだー。自分の手にはおえんぞー。最初っからこうだったー。とトカゲは頬をげっそりとさせながら、の命運を、ひっそりと祈った。



ー!!! ショーブしよーぜショーブ! アンパンやるからさー!」
「力の限りいらんわー!!!」


2011.05.10
back
「心配ない。私は無職だからな」 な、南雲さんしびれます……