■ 独白気味な話です。



女の子に告白された。

正直、そんな経験はあまりない。ただ同じクラスだというだけで下の名前も知らない女の子だ。おれはほんの少し考えた後、申し訳ないがと断った。そうかあ、と彼女は笑っていた。少しだけ寂しそうな顔をした。けれども、知りもしない相手と付き合う了承をしてしまうだなんてことはしたくない。
罪悪感はあった。だから、おれはさっさとどこかに行ってしまおうと、「それじゃあ」と一言、言って教室から逃げてしまおうとした。けれども彼女に、にちょいと制服の裾を引っ張られた。

ほんの少し困った。泣かれてしまうのだろうか。振り払って逃げてしまうことはできない。彼女はぼんやり下を向いていると思うと、ゆっくりと顔をあげた。そしてやんわり微笑んだ。「じゃあ、お友達になってください」「なんで?」 ひどいことを言った。

すまんと頭を下げようとすると、泣くどころか、くすりとは噴出した。そして、「なんでだろうねぇ」とケラケラ笑った。
それから俺は彼女と友人になった。

     友人とは、一体どういうものだったんだろう

正直よくわからない。夏目は友人だと思う。けれどもやはりどこか踏み込めない。もっと仲良くなりたいと思う。けれども、色々な壁と、人を避けていたブランクが立ちふさがり、大胆な行動をとることができない。
多分、おれも夏目も、受身な人間なのだ。自分から何かをすることは、少しだけ抵抗がある。してもいいのだろうかと卑屈な気持ちが胸の中で巣くう。
(本当に卑屈だ)
少しだけ自分が情けない。



それから、と一緒に帰るようになった。彼女の下の名前を知った。よく笑う子だった。おれと一緒にいるときは、つまらないことでけらけらと笑っていた。けれども教室で友人と話しあっているときは、口元を僅かに上げるだけで、あまり笑わない子だった。何故だろう、と考えて、(そうか、おれといるからか)と気付いたとき、胸の中がひょっと暖かくなった。おれだから笑っているのか。

はおれの前を歩く女の子だった。こっちにおいでよ、とちょいちょいと手を伸ばす。ときどき、その手を掴んでもいいのだろうかと錯覚する。

ぽたぽたと、雨が降っていた。
傘は、おれの分一つで、は下足場でぼんやりと空を見上げ、「大丈夫」と笑った。先に帰っていてくれ。そう言った。おれはと同じように空を見上げた。細い糸がぽとぽとと途切れながら地面にしみ込む。おれは手に握っていた紺色の傘を斜めに傾けた。がきょとんとした表情をした後、うんと頷き、ぽいと一歩を踏み出す。

一つの傘の中に入って、たわいもない会話をしていると、ことんとの肩が俺に触れた。一瞬だ。ふと、傘を落として、の手を掴んでしまいたくなった。目を細める。

「田沼くん?」

不思議気な顔をするに、いいやと首を振った。「なんでもない」
おれ達は友人だ。







男の子に告白した。

結果は無残にも、彼に困った顔をさせてしまうだけだった。けれども無理やり取り次ぐように、友達になろう、と言った私に、やっぱり田沼くんは困ったような顔をしながら、それなら、と頷いた。

何で好きになったのかは、よくわからない。顔が好みだったのかもしれない。けれども多分、彼の話し方が好きだった。彼の声も好きだった。一緒にいると嬉しくなった。今でも彼のことは好きだ。けれど、別に期待している訳でも、していない訳でもない。別に一緒にいてくれるだけで幸せだ。色んな嬉しい気持ちでお腹がいっぱいになってしまう。
さん、と田沼くんはけれども気づいたらと呼ばれていた。それだけで嬉しい。


ぽたぽたと振っていた雨はいつの間にか止んでいた。傘を忘れてしまった自分が申し訳ない半面、田沼くんの優しさが嬉しかった。彼が傘をたたむ様子を見ながら、「ありがとう」とお礼を言うと、田沼くんはゆっくりとほほ笑んだ。そしてお互い、特に何も言うことなく歩いた。

ふと、いつもよりも田沼くんとの距離が近いことに気付いた。さっきまで一緒に傘をさしていたからだ。その距離のままぽてぽてと歩いている。近いなあ、と思ったけれど、なんとなく離れることもできないでそのまま歩いた。右手が微かに、田沼くんの左手に振れた。一瞬だけだ。

私はなんとなく目線を逸らしながら、水たまりを避けるようにして歩いた。     別にわざとした訳じゃない。さっともう一回、指先同士が触れ合った。
田沼くんは何も言わない。お互いなんてことのないような顔をした。いや、私が動揺しているだけで、本当はどうでもいいことなのかもしれない。また触れた。

いつもならそのまま別れてしまう分かれ道で、私はピタリと立ち止った。田沼くんも立ち止った。田沼くんは右手に持った紺色の傘を一瞬見つめて、「こっちから帰る?」と田沼くんの家の方へと指さした。別に、少しだけ遠回りになるだけだ。うん、と私は頷いた。


彼の実家はお寺だ。お山のひっそりとしたところに立っていて、カサカサと風が吹く度に囁く木々の声がよく聞こえる。田沼くんは、きょろきょろと辺りを見回した。そしてほんの少し安心した顔をした。まるで何かを探して、いないことに安心したようなそぶりだった。彼は時々そんな顔をする。

私はぬかるんだ道を歩いた。
いつの間にか開いてしまった距離が悲しくなって、大股開きで一歩を飛びだす。田沼くんの真正面を歩く。おっと、とバランスを崩した。後ろから、ぬっと伸びた掌に支えられた。田沼くんの手だ。

ぱたん、と傘は落ちていた。田沼くんは私の両脇を持ちあげた。両足が少々つんのめって、そのまま後ろの田沼くんにもたれかかった。ふんわり匂った田沼くんの匂いに、瞬きを三度ほどした後、カッと顔が熱くなる。
なんてことをしてしまったのか、と逃げる前に、そのままぎゅっと後ろから抱きしめられた。お腹の前に手をまわされて、田沼くんの頭が、ことりと私の首筋に落ちる。ほんの少し冷たいけれど暖かい。ぎゅうっ。ほんの少し、手の力が強くなった。

ぽとんっ、と木々の間から雨のしずくがこぼれ落ちた。落ちた滴は、私の首筋から入り込んで、ひやっと冷たい。「ひゃっ!」そう叫んだとき、田沼くんはハッと私から手を離した。再び倒れてしまいそうになるところを、もう一回田沼くんは私を支えて、しっかりと地に足がついたところでまた手を離す。そそくさと傘を拾った彼は、ほんの少し頬を赤くさせていて、「それじゃあ」と一言だけ残して、逃げるように去って行った。

私は首筋の滴をぬぐいながら、じわじわと首元から顔を赤くした。そしてそのまま地面に座りこんで、膝の中に顔を落とした。







(間違えた)

おれはバタバタと逃げ帰った。いいや、何が間違えただ。思わずしてしまった、の間違いだ。右手に握っていたはずの傘はいつの間にかなくなっていた。どこかへ放ってしまったのかもしれない。
手の甲で頬を撫でてみた。熱い。耳元まで熱くなっている。家にたどり着くこともできず、そのまま俺は木の幹へずるずるともたれかかりながら座りこんだ。彼女を抱きしめた手のひらは雨にぬれて冷たいはずなのに、暖かい。
(おれは馬鹿だ)

明日、彼女にどんな顔をしよう。どうすればいいんだろう。友人ならと答えたはずなのに、いつの間にか勝手に気持ちが流されている自分がいる。情けない。自分の手のひらを見つめた。(もう一回) ふと、先ほどのことを思い出している。ほんの少しだけ触れた指先を思い出した。(もう一回くらい)

今度は、手をつないでもいいだろうか。ぎゅっと自分の前髪を握りしめる。(おれは馬鹿だ)こんなことなら、はじめから(いや、それは無理だったけど)

どうすればいいだろう。(手をつなごう)ぐしゃぐしゃと前髪が視界を隠した。(抱きしめよう)パタパタパタと、もたれかかった木の枝から、滴がしたたった。(そうだ、おれは)

「……あのこが、好きなんだ……」

手のひらで、顔を覆った。
認めたら、簡単なことだった。ぐっと、胸が痛んだ。



2011.05.11
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青春ってこんなんだっけ