僕は女の子が好きだ。
ぽんぽんと飛び出す言葉が魅力的だし、彼女たちはきゃらきゃらと明るく笑っていていつもどこか、ぱっと光っている。何より会話に困らない。静かに立ちこめる間に苦しい思いをすることなんてない。

男は苦手だ。粗野な言葉はびっくりしてしまうし、彼らと話すとき、特に同じ年齢の彼らと話すとき、僕はどうしても言葉が繋がらなくなる。うっと息がつまる。
だからずっと女の子と一緒だった。一人の僕にたくさんの女の子。
ついにはついたあだ名が、



『好色王子』



だからといって、男となんて話したくないという訳でもなく、同学年の男子に一人も友達がいないということも、お前それってどうよ、と僕でも思う。友達欲しい。でも僕男子に嫌われてる。明らかな揶揄として、「おう好色、今日もはべくらかしてんなぁ」と彼らはケタケタ笑う。「王子あんなの気にしないでよー」と女の子もケタケタ笑う。


この年になってまで、王子とよばれて嬉しがる訳もないし、好色なんてもっての他だ。僕はただ女の子と話しているだけであって、それ以上でもそれ以下でもない。お前ら羨ましいんだろ、ニヒルに笑うような甲斐性も僕にはない。
そんな言葉に聞かないフリをして、日々自分が生きやすいように人生という道を闊歩することしかできないのだ。




クラスの席替えがあった。
ガタガタと重い机を持ち上げながら移動して、隣の席は女の子だったらいいなぁ、と思っていたのだけれども、残念ながら僕の隣へと座った人間は、髪の短い男だった。
ツンツンとした髪質に、目付の悪い男の名前を僕は知っている。「宍戸亮」 ぼんやりと呟いた僕のセリフに、彼は「ア?」と短く言葉を吐き、こちらを睨んだ。


「……………あ、いや」
「アア?」

ぱくぱくと僕が繰り返す唇に、彼は面倒くさそうに眉を寄せて、イスへと座りこむ。僕はそれ以上なにも言えず、彼に習うように座った。
僕は彼と話してみたかった。けれども残念ながら男子と話すとき、僕はただ餌をねだる金魚のようになってしまい、喉に詰まった塊を吐き出すことができずに、ただ無言のままじっと彼らを見つめることになる。てんてんてん。その嫌な間が、僕は本当に嫌いだ。

「お、王子後ろの席じゃん」

ケタケタと明朗に笑うクラスメートの少女に、僕は「そう、よろしくね」と小さく手のひらを振った。女の子だと、こんなに簡単にしゃべることができるのに。
隣に座る少年を眼の端で捉え、あーあ、とため息をつく。



多分僕は彼に期待しているのだ。
他の男子のクラスメートとは違うんじゃないかと、そう感じる。一方的に投げかける期待は膨らみ、なんとなく、勝手な親近感を胸の中に抱いて、勝手に身近に感じた。
話しかけてみればいい。


王子どうしたの、と女の子にかけられた声を、適当に手を振って誤魔化し、ごほん、と一つ溜息。
どこどこと大きくなる太鼓の音は、僕の体の中から響いて言える。どこどこどんどん。

「し、宍戸くん」
「アア?」
「…………っ、あ」

ぱくり。見るからに面倒くさそうな彼の空気が、ありありと頬に叩きつけられた。隣の席になって数日。今だ今だとタイミングをはかり、やっとのことで彼に声をかけようとした。
消しゴム忘れたから、二つ持ってたら貸してくれないかな。

そんな大義名分を抱え込みながら、嫌な風に広がる沈黙に、「け、消しゴム」 手のひらが、じわりと汗を書いた。「か、して、くれるかな!」 なぜか最後だけ早口になった。

彼は、「オウ」と頷きながら、大きな消しゴムを筆箱の中から取り出し、ついでに取り出したカッターで、ずぶりと白いゴムの部分を二つに切り裂く。え、とビックリしたのもつかの間、彼はひょいと僕の前へと半分に割れた消しゴムを差し出した。「ほらよ」 

成り立った会話に妙な達成感で心臓をばくばくさせたのは、たった一瞬だ。「好色、それやる」 
一気に冷めた。





「君はうそつきだね、鳳くん」
「え、何がですか先輩」

銀髪の少年は驚いたように大きな体を縮こませ、目の前の雑草をぶちりと抜いた。後輩となら、いくらでも話せるのになぁ、とついた溜息と共に僕は花壇の土をぽんぽんと叩く。爪の間に土が入りこみ、うわぁ気持ち悪い、と一人ぶつくさと呟いたとき、「あの、何がなんですか?」と犬のような少年は改めたように口を開き、ついでにきょときょとと首を傾げた。

僕らの後ろを通り抜けた先生の足音に、慌ててまじめに手を伸ばし、足のすぐそばへと積み上げた雑草を、ポリ袋へと一気にいれた。さっさと終わらせて部活に向かいたい。教師の機嫌をそこねることは勘弁だ。

かがみっぱなしでじわじわとくる足首を、体勢を変えながら真面目に作業を繰り返す。

「前に言ってたじゃないか」
「えーと、なにをですかね?」
「僕のクラスの帽子男」

宍戸さんがどうしたんですか、とまたもや不思議そうに後輩は首を傾げた。僕は「ほら真面目にしろよ」と彼の肩をばしりと叩いて、しょんぼりした鳳くんに、誤魔化すように、早口に言葉を吐いた。
「宍戸くん、いい人だって言ってたじゃないか」

僕の言葉に、彼はパチパチと瞬きを繰り返し、「宍戸さんは凄い人ですよ」となんともないことのように言いきった。

そんな彼の様子に、むっとして、まくしたてるような反論のセリフを頭の中に思い描き、がっと飛び出そうとした自分の勢いに気付き、何を後輩相手にムキになっているんだということと、他人が好きなものを、僕が嫌だという理由でこき下ろそうとしていた自分に、途端に恥ずかしくなり、ただ無言でブチブチと根っ子をちぎる。
丁度先生が、「根っ子まで抜かなきゃ意味ないぞ」と他の生徒へとかけている声が聞こえた。


微妙だ。微妙すぎる。好色、といった彼のセリフが頭から離れなくて、期待をしていた分、チクショウ、となる。友達なんていらん。でもやっぱほしい。
隣で鳳くんが、「先輩って珍種の動物みたいですねぇ」となんだか失礼なことを言っていた。「寄ってくるのに、触ろうとしたら怒るんです」
つまり、僕がどうしたいのかということだ。





結局、知る訳ないのだ。僕が好色っていわれることがどれだけ嫌なのかとか、王子といわれて女の子にちやほやされるとき、くすぶるような気持ち悪い感覚なんて、たかだか数日席が隣の少年が知る訳ない。
もし誰かが、そのことを知っているよと物知り顔で言えば、それはそれで僕はまた怒っただろう。そんなのただの知ったかぶりだ! と激高する。

中途半端な気持ちが、一番にぶる。世界は決して僕を中心としている訳じゃないので、自分でもどうされたいのかわからないような僕に、一番いい状況をにこにこ顔で送ってくれる訳がない。
けれどもいわせてもらえば、強靭なる意志の元で日々を生きている人間はいったいどれくらいいるんだ? こんなもんじゃないの。明日が今日よりもいい日を望んで、幸せに楽しく生きたい訳だ。



宍戸くんが、困った顔をして、一冊のノートを見つめていた。
黒板の右下の部分に、白いチョークで書かれた文字は彼の名前だ。ノート配り大変だね、と言おうと準備した台詞が、喉元に滑りこんで、僕は結局声もかけれないまま自分の席へと座りこんだ。

ぼんやりと天井にくっついている電灯を見つめていたら、ふいに低い声が聞こえた。「オイ」
僕はありえないぐらいにビクリと肩が震えて声の主を見つめ返した。
いつもながら不機嫌そうな顔だ。


「こいつ、知らね?」

ぱっと目の前に出されたノートは、ついこないだの英語の授業に提出したものだった。名前の欄に「ハァ?」と僕の口から思わず馬鹿にするとうなニュアンスの息が漏れた。すかさずそれを察知したのか、「知らねぇならいい」 と彼はぐるりと背を向けた彼に、「いやいやいや!」と慌てて止める。

「それ、僕!」

「ハァ?」と今度は宍戸くんが、妙な形で唇をゆがめた。
「お前の名前、好色だろ」
「そんな訳ないだろ、どれだけシャレがきいてるんだよ! 泣けてくるよ!」
「あー?」

そうなのかー、あー、そうなのかー、とぶつぶつと彼は呟きながら、バツが悪そうに手に持つノートの名前をじっと見つめ、お次にバタバタと顔をあおいでいた。
クラスメートの名前を知らなかったのか、と失礼な話なのだけれど、そうか知らなかったのか、と半分どこかすっこぬけたような気持ちになった。

結局、知る訳なかったのだ。

ゲラリ、と口の中から勝手に溢れた笑い声を押さえることができなくて、「馬鹿じゃないの宍戸くん」とひぃひぃ肩を震わせながら笑いまくった。
宍戸くんも、「うるせぇよ」とゲラゲラ笑いながら、僕のノートでバシバシと僕の頭を叩く。


宍戸さんは凄い人ですよ、と瞳を輝かせた少年を思い出した。
じゃんけんで負けた委員会にて、ペアになった少年だ。一番最初、無言のままに言葉が出なかったとき、「先輩は、どこのクラスなんですか」とただ沈黙を誤魔化すように彼がそう言ったのだ。
答えたセリフに、鳳くんは嬉しそうに、「宍戸さんと同じクラスなんですね!」と頬を上気させた。

こいつは一体どれだけ、その宍戸という少年が好きなんだよ、と呆れたのだけれども、僕は案外やんわりとしたような気持ちで、「じゃあ今度話してみる」とするりと簡単に言葉が出た。
案外簡単に回ってきたチャンスにこんなものなのかなぁ、と思うのだけれど、そんなものなんだ、と思うことにしようと思う。

「いつまで笑ってンだよ、お前は」
「あいた」







2009/03/14
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無言っていうか、沈黙っていうか。