ドジっ娘が可愛いというのは他人ごとだから言えるのであって、実際身近の人間とか、自分がドジっ娘だったりすると、案外笑えないものである。



「だめいどでめいどっ」


「ちょっと意味が分からないんだけど今すぐそこに正座してくれないこのクサレメイド」
「す、すでに正座をして一時間経過中です……」
「ついでに土下座しろって意味なんだけど空気読んでくれないバカメイド」
「すすすす、すみませぇん……!」

ローレライ教団、教団兵、神託の盾騎士団幹部、シンク様。それが私の主であり仕えるべき人で、常日頃から顔半分を隠す仮面を愛着している。そんなに見られちゃダメなお顔というか、ぶっちゃいくなのかなーとか考えてみたこともあるけれど、そこらへんはさておき。きっとお顔にコンプレックスがおありなのだ。あんまり突っ込んではいけない。

いつもならば、ちっちゃい体を振り払うように、威圧的な仮面でがあるはずが、現在シンク様は茶色い紙袋をかぶっていた。前が見えなくては困るので、お目目の部分には穴が開いている。最初は私がぶすぶす開けさせてもらったのだけれど、なにぶん不器用なたちなので、一回開けて失敗失敗、二回開けて失敗失敗を繰り返しているうちに、シンク様はぶちぎれて自分自身でぶすぶすお開けになった。器用な主さんだなぁ……とぼんやりしている訳にもいかない。「もう一度訊くけど」 シンク様は声を低くさせてお聞きになった。「僕の仮面はどこにやったって?」

「洗濯に出しました」
「何で! 何で仮面を洗濯に!? 意味がわかんないんだけど! 何でストックの分まで全部出しちゃう訳!?」
「いやその……いつも使用されてるから、そろそろにおってくるんじゃないかなァって思いまして……」
「妙な気づかいありがとうね本当にね!!!」
「おほめにあずかりありがとうございます、てへへ」
「アホか褒めてねーよ嫌味だよ!!」

嫌味だったらしい。シンク様の言葉はなんだか難しい。「あ、そうでしたかすみません」と頭をあげたら、「土下座ァ!!」と彼は私の目の前で仁王立ちしたまま叫んだ。おおお、すみません、と私はもう一回頭を下げる。お掃除の途中だったので握りしめていた雑巾をそのまま床に落っことした。

そのとき、ふとメイド服のポケットに違和感があった。ん、んむ? むむむむむ? とスカートのポケットをあさってみる。ごそごそ。「ししししシンクさまー!!」「ん、……ンン!?」 そう言えば、大量のストック仮面が手のひらの中で納まりきらないからと一個だけポケットの中に入れておいたのだ。なんてこった。私、天才じゃないか!? 「あ、一応ふきふきしときますね。ふきふき」「ちょ、おま、それ、雑巾じゃないの!?」

手近になったびじょびじょの布(雑巾)で拭いた仮面は、びじゃあっと黒い液体がしたたった。
私は暫くそれを見つめながら、「よ、よかれと、思いまして……」と静かに呻いた。うるせーよマジでうるせーよ生まれ変わって出直してこいやと言いたげにシンク様はため息をついた。いつもなら激しい毒舌が舞ってくるというのに、と彼をちらりと見上げる。茶色い紙袋をかぶった少年は、もう一回ため息をつくだけだった。我慢してくれたらしい。そう思ったが甘かった。

、お前……生まれ変わって出直してきなよ。ついでにそのときは僕の前に姿を見せないでね一生のお願い今すぐ腐れ死ね」
「想像以上の台詞に激しくダメージ!」



***

一体どうやって、この名誉あるローレライ教団、しかもその上の上の上の立場のお方であるシンク様付き人のメイドになったの? ぶっちゃけコネじゃないの?
これが私が今まで一番多く人生で訊いた疑問であろう。コネじゃないよー。ノンノンよー。と力の限り否定させていただく。

たまたまメイドを募集していたので応募して、たまたま倍率がとっても低くて、ついでに言うと、シンク様の担当メイドは、毎回毎回彼の毒舌に胸と突き刺され、涙ながらにローレライ教団を去って行くと言うパターンが多かったらしく、中々希望したがらない部署だったので、たまたま私が滑り込みでズザーッと入って行ったのだ。まあぶっちゃけまとめ上げると、運が良かったということだろう。メイドのお給料は中々によろしいのだ。住み込みだから、ご飯の心配もいらない。
シンク様は中々に毒舌なのは間違いなかったけれど、大半は私の所為なので、つくづく身にしみます、と頭を下げるしかないので、怒る要素も悲しくなる要素も見当たらない。きっと天職だったのだ。ローレライ教団にお勤めとならば、将来の心配なんてノンノン、毎日シンク様に怒られながら、ほのぼのまったり過ごしていこう。これが私の将来設定。

、あなたは今日限りでクビにさせていただきます」
「オウマイゴット!?」

だったので、唐突なるメイド長の台詞に、異国の言葉を叫んでしまった。「嘘ですよね嘘って言ってくださいうわあああん!」と力の限り叫んでメイド長に腰にガシッとしがみつくと、彼女はピクリとも眉を動かさず、
「あら、間違えました。さっきのは私の願望でしたわ」
「それはそれで悲しいけれどもよかったです、うわっほい!」
「ですからあなたは一週間後にクビですね」
「事実はまったく変わらない!?」
クビ決定ですか!?

私のどこが駄目だったって言うんですか! 一生懸命お仕事していたじゃないですか、させてくださいメイド長、大好きメイド長! 愛してるから! だいたい言葉をまとめるとこんな感じでメイド長に懇願してみた。けれどもメイド長は、「ちょっと迷惑なんで離れなさい」とぐいぐい靴の底で私を蹴りつつ、「これは私の決定ではなく、もっと上の立場の肩からのお達しなのですよ」と、事実を説明してくれたのだ。


ある日私はうきうき気分でバケツを抱えていた(らしい)
らんらんるー、と口笛を吹いていた私はつるり、と足を滑らせた。その先には白くて紫色のデザインで描かれている長い帽子をかぶった、お偉いさんがいたらしい。つるりん、と私は足を滑らせた。勢い余ってバケツを放り投げ、彼は白い帽子の上から、バケツをかぶる結果になってしまった。もちろんびしゃびしゃだ。お偉いさんは顔に青筋を立てながら、ヘコヘコ頭を下げる私を許して、そのまま自室に戻って行った   

「え、まさかそれだけで!? それだけでクビ決定ですか! 確かに悪いことをしたとは思いますが、あまりにも非情すぎます!」
「ええそうでしょうね。けれども話はそこで終わりません。続きがあるのです」

レッツ二回目。
私はその日もるんるん気分でバケツを抱えて階段を上っていて、その下にはお偉いさんが(以下略)

「こうしてあなたは計五回、モース様の頭の上にバケツを落としたのです。寧ろこれだけの回数よく耐えられましたわ」とメイド長はきゅっと両手を握りしながら瞳を伏せる。そんなことも……あったような……なかったような……「だからって!」 いや、クビになるには十分かな……? と思いつつ、もう一回メイド長にすがりついた。これで諦めては、路頭に迷って死亡フラグが目に見えている。「メイド長、お願いです、私、他で働くところなんでないんです! 私はびっくりするくらい手先が不器用なんで、どこも雇ってはくれません、下手したら死にます、下手しないでも死にます!」

我ながら恐ろしい脅し文句であった。メイド長は相変わらず眉を動かすことさえなかったけれど、メイド長はふむ、と頷いた。
「理由が理由とは言え、あなたもいきなりこれでは納得がいかないでしょう。モース様に、一つのお願い事をしておきました」
なんだなんだ、と私はぐわばっと顔をあげた。メイド長は、ゆっくりと唇を動かした。「一週間後、あなたをメイドにふさわしいかどうかのテストをします。不可ならクビ、可ならいつも通り。まあ、不可に決まってますけどね」



***

「し、シンクさまー!!!」
今日も今日とて、アホメイドがやってきた。僕は自分でいれた茶を飲みながら(あいつに入れされたら、とんでもない物体が出来上がるので)、なんだよもううるさいな静かに入れこのドジメイドが、と嘆息した。「シンクさま、私クビになっちゃうそうです!」 ぶぼーっとお茶を拭きだした。



「ああなるほど、理解した……っていうか、今までなんでクビにならなかったか、僕には不思議で不思議でたまらないんだけど?」
「よ、予想通りの冷たいお言葉……! それはさておき、一週間後のテストに合格しないと、クビですよ、クビクビ。人の生死が関わりますよ!」
「生死はともかく、そのテストって何するの?」

はしょんぼり眉を落として、「それがテスト内容は秘密だそうで……」と声を落とす。厳しいこったね、と僕は他人事のようにお茶を飲み込んだ。「でも、その、メイドに関わるテストと言っていたので、家事方面ではないかと!」「ふうん」 まあ頑張って。と適当に流すと、彼女はううん、と唸った。 「わかりました、頑張ります、シンク様のお世話ができなくなるのは嫌ですから!」「寧ろ僕が君の世話をしているような気になるときがあるんだけど」 彼女はへたくそな口笛を吹いて誤魔化した。ぷっぷー。


それから彼女と僕の、特訓が始まった。何で僕まで巻き込まれているかと言うと、否応なしだ。なんたって、僕の生活との日常はくっついているようなもんだから。人が疲れて戻ってみると、は、ふんっと鼻息荒くバケツにモップをつっこんで、「お掃除完了です!」 じゃねーよ。
水がぐちゃぐしゃとしたたりまくった床を見て、殺意が湧いた。こいつはドジだ、ドジだドジだ、と思っていたけれども違ったらしい。そうだ、こいつはただの馬鹿なのだ。考えてるそばから、自分自身床の水たまりにひかかって転んだ。僕は無言でそいつを見下ろした。無視してお茶をくんで飲んだ。


今度はなんとかひいひいしながらモップをしばって、人並み程度の掃除を終えたらしい。書類に向かってペンを走らせていた僕の後ろで、が見事にすっ転げたようだ。ずべえん、と嫌な音が響いたので振り返ってみると、雑巾が僕の仮面にヒットした。「……ありえないんですけど……」 芸術的なすっころがりっぷりだ。雑巾はぼちゃっと嫌な音を立てて地面に落下した。さすがのも、「ああああ、あー……」と情けない声を出して、「すみません……」 僕が叫ぶ前に、彼女はしずしずと土下座をした。


***

もう私はクビになった方がいいかもしれない。なんで毎回毎回、器用にも他人の頭部にものをぶつけるんだろう。ある意味才能があるんじゃないか。もう寧ろ、いつもは口から嫌味を噴火させるシンク様が静かだということの方が怖い。気をつけたしょっぱなからこれか。シンク様は、「もういいよ。ちょっと軽食でも持ってきてよ」と手のひらを振る。私は慌ててキッチンへ賭けていき、高速でサンドイッチを作り、舞い戻って来た。奇跡的に一度もころばなかった。いやもう奇跡じゃないの。

私はサンドイッチを、シンク様が手元もみずに、書類を片手にかみついた。びじょぶわああ、とトマトの汁がこぼれて書類に張り付いた。

「…………これが作った訳」
「はい、あの、トマトっておいしいし……健康にいいし……おいしいので……おいしいから……シンク様にいっぱい食べて頂こうかとおいしいから……」
「どんだけおいしい主張するんだよ」

もういいよ、とシンク様は手元にあるタオルで、ごしごしと書類を拭いて、トマトの汁をぬぐった。もういいよ、とはどういうことだろう。さっさとどこかに行けという意味だろうかととらえて、しょんぼり頭を下ろした。そりゃまあ、平均して一週間に二回仮面に雑巾をぶつけられたらいらつきもするだろう。私は悲しくなってきて、ぼろっと涙をこぼした。そしてひくひく口元を噛みながら、「クビになったとしても……そのまま昇天することになったとしても……一年に一回はお空から帰って来て、シンク様に会いに来ますからね……!」「なんで死ぬ前提なんだよ」

うおおおん、と止まることもなく、ぼろぼろ泣きじゃくっているというのに、シンク様はまったくもって私に構うことなく、黙々とペンを動かす。「シンク様、今までありがとうございました、口の悪いご主人様ではありましたが、、シンク様に仕えさせて頂いたことは一生忘れません! 残り短そうな一生ですが!」「あのさぁ」
シンク様は、黙々とペンを動かしつつ、呟く。

「だから、何で死ぬ前提っていうか、クビになる前提な訳。ようはテストに合格すればいいんでしょ。あんたの数少ない取り柄は、取りあえず全力でぶつかりまくることじゃなかったの?」

私はパチパチと瞬きを繰り返した。シンク様   、と泣きっ面な顔を上げようとした時、彼は「まあイノシシってことだけどね」と呟いた。なので私は、「イノシシっておいしいですもんね! ありがとうございます!」「嫌味だバカ」 嫌味だったらしい。


「シンクさま!」
「なんだよ」
「大好きです!」
「ばーか」


とにかく、一週間後まで家事修業だ。がんばれがんばれがんばれ、と自身を奮い立たせながら、私は一週間を過ごした。そしてテスト当日。「結果は合格です」 メイド長が、相変わらずな鉄仮面で告げてきた言葉に、私はぽかんと口を開けた。そしてががっと彼女に抱きつき、「やっぱり私メイドの才能があったんですね、家事も完璧ですよね!?」「家事は最低最悪、掃除をすれば最初よりも汚くするし、出すお茶はもう汚物か何かかと。ああ鼻が曲がる」 正直すぎるメイド長に惚れてしまいそうです!

けれども彼女はほんの少しの間をおいて、「メイドとして、一番大切なことは守れているようですからね」
一体なんのことだろう。「メイド服が似合うからとかですか?」と訊いてみたら、「今から不可に変えてもいいかしら?」と首を傾げられた。



***

僕は仮面をいじりながらため息をついた。出すはずの書類が、未だに提出出来ていない。だいたい、僕はこう言う作業が嫌いなんだ。ちまちまちまちま面倒くさい。彼女が部屋にやってきたのは、今から数時間前のことだった。今日がテストですよ、どうしましょうと小さな胸をぎゅっと小さくさせてバタバタ暴れていたが消えて、やっとこさ集中できる、とため息をついたときトントン、とノックをされた。「勝手に入れば」 どうぜ忘れ物をしましたごめんなさい! とか言いながらが入ってくると思っていたので、「失礼します」と上品な老婦人の声に、ぎょっと振り返った。

見覚えがない人間だ。彼女はメイド服の裾をついっと持ち上げ、「お初にお目にかかります。わたくし、メイド長をさせていただいているものです」と頭を下げる。あっそう、それが僕に何の用? そう適当に言葉を出すと、彼女は氷のような顔を張り詰めて、「僭越ながら   」と口を開いた。




「シンク様、シンク様、シンク様ー! 合格です、合格ですよ、これで死なずにすみますよー!」と馬鹿騒ぎをするバカメイドを椅子に座ったまんま横目で「よかったね」と適当に呟く。「テストがよっぽどうまくいった訳」そんな訳がないと思いつつ、僕は言った。

彼女は「そう言う訳じゃないんですけれど……」と言葉を濁して、「メイドとして、一番大切なことは守れている、ってメイド長が」よくわかんないですねぇ、とぼんやりしながら首を傾げる。「あっそう、みたいなドジメイドが、何を守れているって言うんだろうね」「自分でもそう思います……」「認めっちゃったよこの馬鹿は……」

と、ため息をつきながら。
僕はが何を守れているか知っている。あの老婦人は僕に訪ねた。『前々から直接訊いてみたいと思っておりました。は、あなたのメイドとしてふさわしいのでしょうか?』 正直、メイドとしてはまったく役に立たない。いない方がマシだと思うときさえある。僕はふん、と鼻で息をついた。
     はい、あの、トマトっておいしいし……健康にいいし……おいしいので……おいしいから……シンク様にいっぱい食べて頂こうかとおいしいから……
     シンクさま、大好きです!

バカなくせに、僕に喜んでもらおうと、バカなりに必死なバカなのだ。
だから僕は言ってやった。ああふさわしいね。あんなバカでも、いてもらわなくちゃ困る。別にあいつで満足してるから、代わりのメイドなんて今更いらないよ。

老婦人は、そうですか、と満足したように微笑んだ。それじゃあ彼女は合格ですとも言った。おそらく、そうでしょうとも思っておりました。とも。なんてこともない。始めっから彼女の中では決まっていたことなのだ。まあこの一週間で、家事の技力が上がればと思ってもおりましたが、無駄でしょうかね、と言い残して、去って行く老女の背中を見送る。僕はふんっと鼻息をついた。

目の前では、よかったよかった。とにこにこ笑っているがいる。「そんなに嬉しい訳? バカみたい」 そう言って僕はわざとらしく、厭味ったらしく言ってやった。彼女はキョトンと瞬きをして、「はい、シンク様に、お仕えすることができますから!」と万遍の笑みで微笑んだ。
   ちょっと、そういうの、やめてくれる?

多少なりとも、照れるものがあるのだから。

「あ、シンク様、仮面がちょっぴり汚れているような。おふきしましょうか?」
「その雑巾を、どっかに置いてくれたらね」

2011/07/09
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一応シンクが苦労人という、設定で!(滝汗)