三日月→姫派な人はみない方がいいかんじ
恋愛っていうか、珍獣を手懐けたようになりました、ごめんなさい。




もぐもぐ、と私はお弁当をいただいていた。爽やかな日々、美味しごはん、胸いっぱいの幸せな日々。お弁当はもちろん手作りである。数少ない自分の趣味を遺憾なく発揮できるこの瞬間が、毎日楽しくってたまらない。
もぐもぐ。
今日も今日とて、オンリーワンでご飯をいただいていたとき、おとなりのベンチにて、「ごりごりごり」という、なんとも奇妙なご飯をたべる音が聞こえたのだ。気になるような、気にならないような。ちらり、とそっちに視線を向けてみると、「ごりごりごりごり、ムシャァ!!」「キャベツたべてるー!!?」「ん?」

私の叫びにこっちを向いた男性は、「ん?」と首を傾げてもぐもぐほっぺたをふくらませ、とうとう残った芯を名残惜しげに見つめた彼は、そっとそれをこちらに差し出した。「欲しいのか?」 いらねぇ!!

力の限りいらねぇ!!
主張したくてたまらないのに、喉の方で声がつっかえて上手くしゃべれない。「まあまあ遠慮すんなよ」 それじゃあどうぞ。「……あ、ありがとう、ございます……?」 ぽとん、とお弁当箱の中に入れられたキャベツの芯を見て頭を抱えながら、心の中でほろりと涙が禁じえない。きっと、この人は、とてもとても、寂しいほどにわびしい食生活をしているに違いない。それだとうのに、彼は私にキャベツの芯を(いらないけど)恵んでくれたのだ。なんと感動することか。

私は去っていこうとするその青年に、「あのう」と声をかけた。そしてゆっくりと、自分のお弁当箱を差し出した。


「よかったら、食べられます?」




これが私の今世紀最大の間違いである。




「俺さー、やっぱ丸かじりが好きだなー。ー、つくってくれよ丸かじり」
「なんていうか突っ込むべきところがあるとすれば、丸かじりは料理じゃないってところかな」

スーパーから大根でも買ってモグモグしておきなさい。「つめてぇ! がつめてぇ!」 信じらんねー! と言いながら人様のお弁当を端からもぐもぐ食べていく、彼の方が信じられない。名前は東雲三日月。顔が広い、フレンドリーで、運動神経がいい。結構な有名人だったということは後に知った。知らなきゃよかった。(……ああー……)

今日も今日とて、私が精根かけて作ったお弁当が次々に食べられていく。ひどい。キャベツの丸かじり超うめー。レタスは二番目にうめーとか言っているような相手に味の良し悪しなんてわかる訳がない。悔しい。「私のお弁当がー……」「次から三倍くらい作ってきたらいいじゃん」「なんで食べられる前提に作ってくるの!?」

にししし、と東雲くんは口の中の歯をぎしゃぎしゃさせながら笑った。屈託がない笑い方は、思わずこっちのやる気までそいでしまうからずるいと思う。「っていうかってさぁ」「フレンドリーに名前で呼ばないで。って苗字で呼んで」「いっつも一人だよな。友達いなさそー!」「精神的に大ダメージ!!」

これだから天然は! 天然は! ベンチの上で体を小さくさせてぷるぷるしていると、「まあまあ」と東雲くんが私の背中をぽんぽん、と叩いてきた。「まあまあ、友達くらい、俺が100人分くらいになってやるから気にするなよ」「いらない……すごくうるさそうでいらない……」「そんな友達が少ないのために!!」

東雲くんがババッと力強くベンチに立ち上がり、じゃじゃーん!! と両手を広げる。

30秒くらい待ってみたいのだけれど、彼はそのポーズのまま固まったままだったので、こっちも気にせず食事を続けることにした。もぐもぐ。「……あ、ちょっと待ってて、ちょっと待ってて。おいいいいー!! 言ったじゃんよー、俺がこうしたらこっち来てって……、あ、行くな、行くな、ちょっと待って行くなー!」 

まってー! とベンチから飛び降りて、どこぞへ走り去っていった彼は、ずるずるとメガネの男子を一人引きずってこっちに戻ってくる。「ほら、友達、こいつと友達になろうぜー! 俺の戦友!」「赤の他人なんで勝手な勘違いよしてもらえますか」「ゆーくん!?」

バシッと東雲くんの腕を振りほどいて、ちゃかちゃか大股に去っていく彼を見て、とても他人ごととは思えなかった。とても親近感を感じる。
「他人ってちょっとどういうことゆーくーん!!!」




家に帰ったら鍵が開いていた。

「よーっす、おかえりー!」

食卓にて、にんじんをぼりぼり食べていた東雲三日月がこっちに向かって手を振っていた。

「!!!??? なななな何故にニンジン!? 何故におかえりなさい!!???」「冷蔵庫にニンジンが入ってたから、うまそーだなーって思って!」「ちがう! ニンジンはどうでもいいの、ニンジンはぁあああー!!!」

チクショウ今夜はカレーにする気だったのに、ニンジンがないじゃないー! と自分自身沸点の方向が違う怒りを胸の中に灯しながら、私はがっくりフローリングに手を着いた。その私の背中に、そっと東雲くんが手を添える。ハッとして、私は見上げた。彼はにかっと人好きのする笑みで微笑んだ。「ほら、ニンジン……やるから元気だせ!!」「食べかけ!」

「もおおおおお!!!!」

いい加減にしてー! 私は即座に寝室まで走りぬけ、枕を握りしめ、食卓の椅子にぼけーっと座っている東雲くんに向かってぼふっ! と枕を投げつけた。っていうかどうやて家に入った!?
ぼふっ、と彼の顔面にあたった枕が、ずるりと膝の上に落ちて行く。さしてダメージを受ける訳でもなく、ただただきょとんとした顔の東雲くんに、私は今世紀最大に沸点が爆発したのだ。「迷惑なのっ!」


「東雲くん私のご飯取っていっちゃうし、友達いないとか決め付けるし、い、いないけど! いないけど言っていいことと悪いことってあるでしょー!!!」

腹の底から溜め込んでいた気持ちを彼にぶつけると、東雲くんはやっぱりきょとんとした顔をしていたけれど、ポリポリと頭をひっかいておっこらしょ、と椅子から立ち上がった。スタスタ玄関まで歩いて行き、いったい次は何をしでかすか、と恐る恐る疑っていると彼はふいっとこっちを振り返ったのだ。「じゃ、ばいばーい」 バタン。

閉まった扉を見ながら、私は呆然とした。呆然として、「ゆーくん!? ゆーくん起きてる!?」 

『起きてますけどさん、ゆーくんはやめてくださいゆーくんは』
「ゆーくん聞いてよ東雲くんがね!?」
『あんたら似たもん同士だな』
「うちの冷蔵庫のニンジン勝手に食べて帰ってった!」
『気のせいか、ついこの間僕はキャベツを食べられましたが』

まったく信じられない。今日のカレーはニンジンなしのしょんぼりカレーになってしまうではないか。ひとしきりゆーくんと東雲くんの愚痴を言い合って、私はブツッと電話を切った。まったく。まだスーパーは開いているだろうか。どうせ明日もご飯をたかりに来るのだ。三倍くらいの量を用意していないと、全部食べられてしまう。
「……まったく」

さて、このときの私は知る由もなかったのだけれど。





次の日、東雲くんは来なかった。私は一人もそもそと、三倍の量のお弁当を食べた。途中通った朝比奈女史が、ぎょぎょっとしたようにこっちを見て、「やけ食いは体によくないぞ」と去って行った。やけ食いではない。
次の日も、東雲くんは消えた。その次の日も。

私はとうとうたくさんのお弁当箱を抱えて、ぎゅーっと胸の奥が重くなってきたのだ。『じゃ、ばいばーい』 ふと、最後の東雲くんの声が聞こえる。(…………言い過ぎたかも) いや、やっぱり言い過ぎた。迷惑なんて、言い過ぎた。

ゆーくんは電話に出なかった。一体どこにいるんだろう、と学校の中を探しても、東雲くんはいなかった。学校にも来ていない。けれども東雲だから、というように、みんな彼の心配はしていなくって、私一人が馬鹿みたいだ。そんなとき、東雲くんと付き合いのある男性が「そういや、こないだ三日月見たぜ」「ど、どこでですか?」 彼はよくわからん、と言うように頭をぐりぐりさせて、


「山で」


何で私はこんなところまで来ているんだろう。お弁当箱を何個も抱えて、ついでにお菓子まで買ってきた。山をよいしょ、よいしょ、と登っていると、どこか遠くで大きな音がする。山崩れだろうか。怖い。そういえばこの間、山が崩れてなくなった男性が一人いたとニュースで言っていた。

唐突にそのことを思い出して、私はひいっと体を震わせ、やっぱり帰ろう! と背を向けたのだ。けれどのその背中から、「あれ、かー?」 ひょーっとへらへらした男の子の声が聞こえたのだ。「し、しののめく……!?」 なんだあれは。

口元には無精ひげがいっぱいで、服もどろどろな彼は、まるでここ暫く山にこもってましたとも言わんばかりの格好だった。いや、本当にこもっていたのかもしれない。わからん。この男だけは本当わからん。しかし、こんなところで呆然としている場合ではない。私はぺこっと勢い良く頭を下げて、「この間、ひどいこと言ってごめんなさい!」 

お詫びの品です、とばかりにお弁当箱をずいっと差し出すと、彼はきょとんと首を傾げた。「一体なにが?」「あの、ニンジン食べたとき、結構ひどいこと、言っちゃって……」「ああ、あれ?」 あっそう。とまるでそんなことどうでもいい、とでも言うように彼は無防備に私に近寄り、私が持つお弁当箱の周りをくるくると回って、鼻をふんふんさせている。「これ、食べていーん?」「……どうぞ」「おっしゃー!」

東雲くんは勢い良くお弁当箱の包みを開けて、「うめー! うめー!」とご飯を食べている。うそくさいなぁ、と私はため息をついた。キャベツやらニンジンやらを丸かじりする男が、本当においしいと思っているはずがない。でもまあいいか、とほんの少し口元を緩ませて彼を見ていると、東雲くんがふとお箸をくわえたまま、こっちを見たのだ。「、もしかして寂しかったのか?」「…………はい!?」

な、何を言っているんですかね!? とバタバタ手を動かすと、彼はヒゲも沿っていない顔のまんま、けらけら笑って、「そーかそーか」 何がそーかそーかか。
私はごまかすみたいに、持ってきていたお菓子の箱をパカッと開けた。東雲くんにと思ったけれど、一人だけ何も食べていないのは口が寂しい。

ぱくっとポッキーを口の端に含むと、東雲くんはこっちをちらっと見た。そしてお弁当箱を持ったまま、こっちにひょいひょいとよってきて、あーん、と大きなお口を開けたのだ。

パクっ  ぽくぽくぽく

最後にあとちょっと、というところで、「ぎゃー!」と私は平手打ちをした。ボキッとポッキーが折れてぽーんと山の斜面に転がっていく。東雲くんはやっぱり不思議そうな顔をして、何でお前、怒ってるんだ? というように首をひねる。そりゃあ怒るわ。

「あ、あとちょっとで、ちょっとで! 大変なとこになるところだったでしょうが!」
「ええー? てっきりそれもくれるってことかと思ったんだけど」
「勘違いしすぎです! 何でそうなるかね食いしん坊め!」

もういいよ、あげますあげます! とポッキーを箱ごと東雲くんにつき出して、真っ赤な顔をごまかすみたいに、ふんっとおもいっきり顔を背けた。「それじゃあ遠慮無く」とお弁当箱を片手にもう片方で箱を受け取り、えいしょーっと箱を反対にしてざざざと滑らせ、彼はたくさんのポッキーを口に入れた後、ふごふごとしゃべったのだ。

、一緒にくう?」
「えっ、遠慮しておきますっ!」

っていうか、どうやって。




2011.08.25
back
れんあ……れんあ……れんあ……い……?
三日月くんがお山にこもっていたのは、南雲さんに叩きのめされたからの3巻から。
【キャラがわかったらリクエスト企画】