ある日私は衝撃を受けた。




きゃあきゃあ笑いながら、薄い紫色の制服をまとって仲良く道を歩く二人の少年。おおあの服は、リッチな学校と名高い桜蘭高校の制服じゃないか! と至極一般的な、敢えていうのならば料理がちょっとお得意な高校生である私は、ぎゅっ、と手に持つ鞄を握りしめた。
その鞄が微妙に汗ばんでいたのは、決してリッチなオーラに押されたからじゃない。彼ら二人を正面から拝んでしまったという事が一番の問題だった。

随分整った端正なお顔ですねと思いきや、二人ともまったくもって同じ顔。なんだこれ意味わかんないんですけどドッペルゲンガー達が笑い合ってんですけど! ともの凄く混乱した頭で考えたとき、「あ、こいつら双子だ!」と気づいたのは、丁度二人が私の隣を通り過ぎたときだった。

その通り過ぎた瞬間、一瞬聞こえた、「光ったらバカなんだから」と呟いた彼の声が、ずううん、と長く長く、ハウリングした。
(ひ、ひかるって誰なんだい!)
そう脳内で思いっきり叫んで、ぐるんと振り返って、「誰なんですかー!」と叫ぶ訳にもいかず、ただただ、耳の奥にずんずんと響く、「光ったら」の台詞に、手の力がひゅるひゅると抜けていくのが分かった。
(な、なんだあのいい声は!)

授業中だってどんな時だって抜けないあの声「光ったら」いつでもどこでも頭の中でそれが回り続ける。なんだろう、と考えながら、くるくるとシャープペンシルを回して「お前話聞いてんのか」と先生に殴られた瞬間、全てが分かってしまった。


私は彼(の声)に恋をしている!


現代バージョン身分違いな恋ってヤツに、ぬおおおとひとしきり頭をひっかきながら、でもあの声超いいんダァ! 「光って」ああ双子な兄弟お二人さんよ。どっちがどっちかなんて事一発見ただけの私には分からない。けれどもあの素敵な声を聞いた瞬間ビビビッ! と来るに違いない。違いない、多分。

鼓膜の辺りで延々とぐるぐる回る、低いような高いような、素敵なボイスに、ああ私、あの声が毎日聞けるなら、あの人の為にみそ汁を作ったっていい。
寧ろ作らせてくれ。料理の腕なら日頃のたまものというヤツか、結構な美食家の人だって唸らせる自信がある「この貧乏くさい材料で、こんな味が出せるなんて!」みたいな。うんあれこれあんま褒めてないな。

作りたい。みそ汁を作ってやりたい。そんで「おはよう」とそのいい声で囁いてくれたまえ。そんな事ばかり頭の中でぐるぐると考えていたせいか、すっかりと寝不足になってしまった私はぐわんぐわんと頭を揺らせながら、また昨日と同じ、彼ら兄弟に(一方的に)会った道へと来てしまった。

来るわけないさ、あれは一回限りの偶然だったのさ! と思いながらも、ドキドキとなる心臓に、右手に持った鞄を必要以上にぶんぶんと回す。
こないかな、こないかな、と無駄に足踏みをして、進むペースを落として見て、じーっと、前を見詰めて、


そしたらちょっと明るい髪の色が、丁度二つ並んでいたのだ!
(き、きたー!)


のんびり、のんびりと歩いているフリをして、ひゅーひゅーと下手な口笛を頑張りながら、ああみそ汁つくりてぇ。と彼の隣を、何の不自然もないような感じで通り過ぎていく(いや多分これちょっと不自然だ)ああ、つくりてぇ、みそ汁。

「馨、俺腹減ったよ」
「バカだな光、朝寝坊なんてするからだよ」

聞こえた声に、そうかこの人名前馨っていうんだ! と考えた瞬間、やっぱいい声だなくっそみそ汁作りてぇ腹減ってるのは光さんか、お前も一緒に作ってやるよ! と頭が真っ白になった私は、いつの間にか大声で、「みそ汁!」と叫んでいた。

道ばたで突如みそ汁と叫ぶ女に、双子さん達は綺麗にはもって「「は?」」と私を凝視する。
何いってるんだチクショウこうなりゃやぶれかぶれだ!
どしん! と足を一歩、双子達へと踏み出した。


「あなたのみそ汁を、毎朝作らせてください!」あっれこれって一瞬のプロポーズじゃねと冷や汗が今更ながらにだらだらと流れてくるときに、馨と呼ばれた私的に超好みの声の少年が(もちろん、光とかいう方も超いい声だ!)「いいよ」

「あ、駄目ですよねやっぱりーすみませぇん………アレッ!? いいの!?」
「うんいいよ、丁度よかったし、なぁ光」
「うん。ホント丁度よかったな」
「ま、マジで!」


今更冗談でしたという訳じゃないけれど、光と呼ばれた少年と、馨と呼ばれた少年を、ぐるぐると交互に見合わせると、またもや二人はピッタリと声をそろえて、こういったのだ。


「「丁度メイドが一人辞めたんだよね」」
「…………めいど?」

冥土かい?
(そんなバナナ!)






ただ今私は常陸院家にてメイドをやらせて頂いている。残念ながらコック長は別にいる訳で、みそ汁を作る事はなかったが、半分住み込みのようなこのお仕事に、超満足だ。
バイト代だっていいし、メイド服は可愛いしで、ざかざかとほうきを振り回しながら、「ちょっとあなた真面目に掃除しなさいよ」と先輩メイドに怒られる毎日だ。

「おかえりなさい! 馨様、光様!」
「あー、うん、ただいま」
「ただいまー」


なによりそんな素敵ボイスを毎日拝聴できる。
ヤァ、ホント、みそ汁作りたいっていってよかったな!


なんか毎日幸せです。

2008/08/07
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