宍戸中心? 男主。




「実は俺、超能力持ってるかも」

金色の、ふわふわ羊は、ぼんやりとした瞳のまま、そう呟いた。





何いってんだ、大丈夫かこいつ。そんな静かな氷帝レギュラー陣の視線を一身に受けながら、ふわ毛の羊、芥川滋郎は、部室のソファーへとねっころがりながら、「すごいCー」とぼんやりと言葉を吐いた。

そんな様子を、短い短髪少年が、ぐりぐりと頭を回しながら、ちらりと自分たちの部長を見つめる。アイスブルーの瞳を揺らしつつ、ぐっと腕を組んだ少年は、思いっきり眉を寄せながら「おいジロー、俺達はどっかで寝とぼけてないかと心配して探してやってたんだ、それを何だ、笑わせんじゃねぇ」「まぁ実際は樺地が一番頑張ってくれたんだけどな」「あかんでがっくん、それしーや」

「寝とぼけるのもいい加減にしろよ」

ぐいと腕を組みながら見下ろした瞳に臆することなく、ジローはへらりと頬を緩ませた。


「でもホントのことだC!」
「だれかこいつぶん殴れ」
「落ち着いてください跡部さん」





ある日ジローは瞳を閉じた。家でも学校でも、いつでもどこでもぐうすか寝てしまう彼は、周りにとって少々の困りの種なのだが、そんなの本人知ったこっちゃない。
眠いものは眠いのだ。うとうとと、おいでおいでと誘われる眠気にちょいちょいと足を寄せ、ずぶりとその体を埋めた。


そしてパッチリ目が覚めたのだ。


ぼんやりと覚めた瞳の奥に映る景色は、どこか見覚えのあるものではない。確かに彼は、そこら辺の裏庭の茂みへともたれかかるようにぐーすかぴーだったはずなのに、何故だかしっかりテニス部のソファーへと横になり、見事なお休み体勢のまま、白い天井を見つめていた。
そんな馬鹿な。

まぁ多分寝とぼけていたんだろうなと本人感じていたのだが、それが何度も続くとなっては、そろそろどこかおかしいと気づいてくるものだ。つまりは。


「俺、瞬間移動しちゃったのかもしんない!」



そんなジローの叫びを、微笑ましい瞳で見つめる者は後輩の鳳ただ一人だ。銀色のロザリオを胸にしつつ、「すごいですねジロー先輩」とにっこりとほほ笑む表情に、「うんまぁね!」と楽しげに彼は声を上げる。
ちなみのその背後では「ジロー夢遊病かなんかになってしもうたんとちゃう」「いや侑士流石にそんな」「俺様は前々から怪しいと思ってたんだ」「いやどう怪しいんだ跡部」


とにかく、なんだか妙なことになっているな、と彼らはパチリと瞬きを繰り返した。




とりあえず、ジローを監視しよう。そんな結果になったのはその日の昼休みだ。監視などと少々嫌な言い方な訳だが、元々ジローの居眠り癖にはほとほと困り果てていた。うっかり道路の真ん中で寝こけられでもしたら明日の朝日は拝めないに違いない。毎度発見するジローのお昼寝場所は、どこかひやっとさせられるものがある。

まぁそんな訳で、とレギュラー陣が交代しつつジローの動向をチェックすることになってしまった。跡部がパチンと指をならし、「樺地」「ウス」なんて会話があったりもしたのだが、「学年が違うねんからそら樺地大変やわ。やめさしたり」なんて至極まっとうな意見にぶつくさいいながらも俺様跡部はジローの背中をじろりと盗み見る。


基本的には、ジローと同じクラスである宍戸が一日の大半を彼と過ごす。めんどくせぇな、なんていいつつも、基本は世話焼きの彼は、ぼんやりとした瞳の彼を先導するように「はやく来いよ、こっちだっつの」と教科書ノートを肩へとことんと乗せつつ、片手にポケットをつっこみ振り返った。

ジローは開けられた窓に右手左手をずいっとつっこみ、宍戸のセリフを聞いているのかいないのか、「んむー」とむにゃむにゃ妙な声。寝そうだ。「おいジロー」「あれ、宍戸さん?」「ん、長太郎か」


手前からてとてとと大きな体を揺らしながら、廊下を走るように歩く器用な男は鳳だ。移動教室ですか、と首を傾げた言葉に、まぁなと宍戸は頬をかく。

「ジローさん、あれからどうです?」
「別に。いつもとかわんねぇーよ。おいジロー、ジロー?」


その姿を確認するように、先ほどと同じく、半身のみぐるりと回し、宍戸は振り向いた。開けられた窓からは太陽の光がぎらつき、ペタリとガラスにくっつくように、長い枝がはり付いていた。「え、あれ?」「宍戸さん?」


おいジロー? と首を傾げながら、宍戸は窓へと突進した。手に持っていたはずの教科書筆箱はガゴンと冷たい廊下へと散り、慌てて鳳がしゃがみこむようにそれを集める。

まさか。

宍戸の背中に、つつりと嫌な汗が流れた。冷たい。半分とじたようにびくびくと震える瞼を叱咤するように、彼はぐいっと体を外へと乗り出した。下へと並ぶ二つの階の、そのまた下。何もいない。ただそこは、緑の芝生が広がるばかりだ。

「宍戸さん、どうしたんですか」
体の大きな後輩は、不安げに眉を寄せながら、彼へといそいそと、大きな体を小さくするように身を寄せる。「鳳」「はい?」「ジローが消えた」

窓枠を握った指先は白い。






「そんなアホな。宍戸の勘違いなんとちゃうん」
「そうだったらいいんだけどな! 俺、目を離したのは、たかだか数秒だぜ」

忍足はせわしなく手の中の携帯を動かしながら、耳へと当てる。聞こえる呼び出し音は長く、すぐさま留守番電話サービスだ。「あかん、携帯もつながらん」「あいつはいつも繋がんねーよ」 小さな体を揺らしながら、向日はぐっと唇をかんだ。

こくこくと動く腕時計の音は、何故だか妙に心臓が悪い。「それじゃあ俺様は第二校舎あたりを見てきてやるよ」「ほんなら俺は第一や」
跡部と忍足に続くように、ひょいと鳳は手を上げようとするが、「お前は二年の校舎に戻っとけ」と宍戸が彼の肩をぽんと叩く。「でも宍戸さん」「いいから帰れ」

しょんぼりと肩を下げる後輩に気にすんな、ともう一度呟く。



だっと駆け抜ける勢いは頬へとはりつき、取れかけた絆創膏をぱちりと叩く。宍戸は大きく高鳴る心臓を押さえつけるように、並ぶ教室の一つ一つを目に通す。いない。いない。いない。
なんでいない?

ほんの数十分前まで、窓へともたれかかり、眠たげに目をこする少年を思い出し、自分の頬を殴るように、ひったたいた。

「ジロー、いるか!」

休み時間もまばらに、教室へと戻ろうとする人影をくぐりぬけ、金の頭を探す。いない。
「ジロー!」

手に持っていた筆記具は、どこかへと消えていた。つるりと滑る廊下に足をもつれさせ、壁へとつくように、腕を振り上げ、バランスをとる。ハッと吐きだした息は妙に冷たく、右手の甲を、口元へとつけ、彼は軽く息を吐いた。

「宍戸」


ふいに背後から聞こえた声に、愛想悪く宍戸は振り向く。ガラの悪い目つきなことに気づいてはいたが、どうにも直す気にはなれなかった。

背後に立つ男は、どこかひょろりとしていて、宍戸よりもほんの少し背の高い男だった。見覚えのない顔つきに首を傾げながら、彼は「落ちてた」と右の手を突き出す。手のひらに置かれた筆記具を、乱暴にむしり取ろうとした腕をとめ、「ありがとうな」と短く言葉を吐き、そのままぐるりと背を向けた。「うん」 短く聞こえるセリフに、妙に淡白な奴だと感じながら、なぜ自分の名前を知っているのだろうとふと気付く。
(ああ、クラスにあんなヤツいたな)
。ふと思い浮かんだ苗字に、そうそれだ、と頷いた。

何故気付かなかったのだろうか。宍戸は振り向き、「芥川を見なかったか」と彼に声をかけようとした瞬間、パチリと瞬きを繰り返した。

まっすぐに伸びる廊下の先には、ぽつりとも人影は見えない。


「消えた」




耳の奥で聞こえるチャイムの音に埋まるように、カン、カン、カン、と響くヒールの音が僅かに反射する。振り返った先には、低いヒールに、一つに髪をくくった女性教師が、きょとんとした瞳で宍戸を見つめ、「宍戸くん、どうしたの」と脇の間へと教科書を挟みながら首を傾げる。

「い、いやすみません、ちょっと探してて」
「何を? 教科書? 隣の人に見せてもらいなさいよ」
「いえ、そうじゃなくて」
「ほらいいから、この教室でしょ」

無理やりに掴まれた手のひらを、無碍に払うことができず、「芥川が、いないんです」と彼女を見つめるように声を落とせば、半分開ききったドアに手をかけた彼女は、きょとんと瞳を丸くした。

「芥川くんなら、そこにいるじゃない」


落とされたセリフに、パチリと何度も瞬きを繰り返す。そんな馬鹿な。除いたドアの先には、確かに金色のもこもこ頭が、机につっぷすように、ぐうぐうと、寝息を立てているばかりだった。





結局は宍戸の勘違いだったのではないか。そんな言葉に、そうなのだろうか、と宍戸は頭をひっかいた。けれどもジロー自身、「俺いつの間にか教室にいたC! スゲー!」なんて叫びに、どういうことだ? とレギュラー達はそろって首を傾げた。

「まさか本当にお前」

ごくりと唾を飲む向日に、「いやいやそらあらへんから」とピシリと忍足が突っ込み。
そして今日とて、ジローはいない。


「あいつ、部活のときは起きるようにつってるのに」

どこかいらついたような口調で、跡部がラケットを握り締め、ぶん! と大きく振り回した。ぶん! ぶん! 「ひっぱたく! 尻を! 今日こそ!」「跡部さんラケットは武器にしちゃいけませんよ」 穏やかな声のまま、鳳は微笑む。


「また瞬間移動しとんのとちゃう」

ケラケラと笑いを帯びた声に、彼らはピタリと声をひそめ、ピタリと瞳同士がかち合う。お互い無言のままに部室へと向かう動きに迷いはない。静かに連なるその列を見つけた日吉が「なんだあの人達は」と眉をひそめ、関わりあいにならぬようにといそいそと逃げていた。

跡部が、ガシリと、部室のドアノブを握り締める。ひんやりとした冷たさに、また強く握りしめ勢いよく、ドアを開けた。「ジロー! いるか!」

パチリとつけられた電気は、わずかな点灯ののち、明るく部室を照らした。ごくり。唾をひとつ飲みこみ、跡部を先頭のまま、ソファーへと向かう。もっこりとした毛布のふくらみに、ゆっくりと、指を伸ばした。ちらり。ちら見せ。


ただ覗くソファーには、何故だか大きなぬいぐるみがひとつ。茶色いクマさんは大きな耳がプリチーだ。「なんでクマがいるんだよ!」「あ、がっくんすまん。俺ここに寝かしたん忘れとった」「お前は何を持ってきているんだ!」「跡部さんラケットはダメですラケットは!」


いややん、女の子にプレゼントしよう思てん。と可愛らしくしなを作る忍足ははじき出され、結局、ただロッカーが並ぶ部室にて、誰もいないなと頷いた。

「あいつは一体どこに行ったんだ。もういい、時間だ放置する」
「ウス」

どうせ戻ってくるだろう、瞬間移動とやらでハッハッハ! 高笑いのもと、部室へと去る跡部その他の背中を見つつ、宍戸は何故だか妙な気分のまま、ソファーへとぼすりと座りこんだ。ちなみにそのときクマの頭をつぶした。
「アー……」 何故だろうか。ぼやぼやとする頭を押さえつけるように、彼は帽子の鍔を掴み、顔を下へと向けた。じりじりと鳴る電灯の音を聞きながら、ふと、顔を上げようとした瞬間だ。


ぬっと出来たひとつの影に、顔を上げれば、「あ」 ひょろりとした体躯を曲げながら、がじっと宍戸を見つめていた。「う、お、わ!」 ばし! ばしばし! 思いっきりクマさんを踏みながら後ずさる宍戸を見つつ、は不思議そうに首を傾げる。

「どうした」
「ど、ど、どうしたってお前! ってジロー!」

の背中にちょこんと乗りながら、ぐうぐうと寝息を立てる少年は、芥川滋郎その人だ。むにょむにょもうたべれなーい。そんな寝言をひとつ。べとっとついている首元の涎を気にすることなく、は「どいてくれ」とやはり淡白に言葉を吐く。

慌てて逃げた宍戸の場所へ、器用にクマの隣へとジローを乗せ、毛布をかける。パンパンパン。手のひらを叩きながら、任務終了、と吐きだしそうな無口な男に、宍戸は「お前どうやって入ったんだ」と僅かに声を剣呑に呟いた。

「ドアから」
「嘘つくんじゃねぇよ、音もしなかったぞ」

はポリポリと頭をひっかきながら、「いや」ドアを見つめ、目を僅かに細めた。「嘘じゃない」
そんな彼の言葉を信じるはずもなく、宍戸はと反対方向を見つめつつ、窓からだろうか。パチリと瞬きをし、また彼を見つめた瞬間だ。

しゅるりと風一つ残すことなく消えた彼の姿に、ぽかんと口を開けながら、「んむー」とソファーにて呟く少年の声。「んあ! 俺ってばまた瞬間移動! スゲー!」

宍戸は頭にかぶる帽子を押さえつつ、とりあえずジローの頭に手刀を一発お見舞いした。「あいた!」




今日もまた、金髪の少年を背負いながらゆらゆらと歩く少年を宍戸は見つけた。「おうお疲れ」と片手を上げれば、彼はうんと頷き、目を離した隙に、ひゅるりとどこかへ消えている。
くんって瞬間移動できるよね。聞こえた女子の声に、宍戸はうんと静かに頷く。

「俺ってばスゲー!」
「はいはいすげーすげー。あー激ダサ」



忍者の末裔かなにかじゃないの、ときゃらきゃら聞こえる少女の声に、それって確かにありかもな、となんとなく納得した


2009/02/15
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瞬間移動できる人って、クラスに一人いませんでしたか