寒くなった、と手袋の下の両手がひどくかじかむ。俺は両手をすりあわせた。ぎゅ、ぎゅ、と何度も合わせて、少しだけ楽になる。はー、と白い息を吐き出した。ベンチの端に座り込みながら、ほんのりくぐもった空を見上げた。「寒いなぁ」 改めて声を出してみる。なんだかもっと寒くなった。「ぶくしゅっ」

俺の声じゃない。
ふと、もう片方のベンチの端っこに座る彼女を見つめた。は少しだけ恥ずかしそうに口元を押さえて片手を振った。










「風邪かい? 
「ちがうちがう、ガイは心配性だねえ」

あはは、と笑いながら、彼女は自身の首元に手のひらを滑りこませた。やだなぁ、恥ずかしいなぁ、盛大なくしゃみをしちゃったよ、と肩を小さくさせて、照れ隠しのようにもう一回笑う。「寒いなら、宿に戻ろうか」「宿は、みんながいるからさ」 もうちょっとだけ。とは片方の指をぴんと伸ばした。うん、と俺ははにかむ。

ルークや、旦那達といることが、嫌な訳じゃない。寧ろその反対だ。けれども俺とはときどき二人で抜け出して、ぼんやり外で空を見つめた。特に何をする訳じゃない。ぽつぽつ会話をこぼす。それだけだ。
     俺は、が好きだ

心の中で考えると、少しだけ照れくさくなった。

     は、俺のことが好きだと思う

いや、思うって。何だか煮え切らないなぁ、と自分自身そう思う。けれどもしょうがない。言ったことはない。聞いたこともない。俺が勝手にそう思っているだけだ。そうだったら嬉しい。とても嬉しいと思う。でも確認なんてできない。気恥ずかしい? それもある。俺はぼんやりと、彼女と俺が座る位置を見つめた。
ベンチの端と端、間は一メートルちょっと。これでもギリギリだ。俺は彼女から逃れるように、また少し体をずらした。彼女もまた、端によった。たまたまベンチが空いていなくて、失礼します、場所がないので座ってもかまいませんか、と、まるで見知らぬ他人同士が一緒になったような奇妙な距離感だった。
(俺は女性が怖い)

嫌いじゃない。寧ろ好きだ。触りたいと思う。なのに近寄れない。自分でもわからない。近寄ろうとすれば、体が震え上がる。なんでだよ、と思う。不便な体質だと思っていた。でもまあ、しょうがない、と半分諦めていた。なのに今更、なんでだよ。悔しく感じる。辛い。ちくしょう。

「ぶくしゅ」と、またがくしゃみをした。「よし」 俺は膝を叩いて立ち上がった。「戻ろうか」

は「えっ」と声を出して、少しだけ不満気な顔をした。鼻の頭をほんの少し赤くさせて、「も、もうちょっと」 ね、と一生懸命に両手を合わせている姿を見て、可愛いなぁ、と思う。けれどもその指先も赤くなってしまっている。「だめだ。寒いからな」 うっ、と彼女は口ごもった。(あ) 「いや、俺が、寒いってことじゃなくって、いや俺は大丈夫なんだが、が風邪をひくだろう?」「ひかないよ」「ただでさえ薄着なんだから」「寒くないよ」「嘘はいけないな」

指が真っ赤じゃないか、と苦笑して彼女へ手を伸ばそうとした。彼女は驚いたように俺を見つめた。俺も、ピタリと動きを止めて、中途半端な位置に腕を止めて、そのままぎゅ、と拳を握りこんだ。(なにやってるんだ) 触れる訳ないじゃないか。


馬鹿だなぁ、と背中を向けて、「ほら、帰るぞ」「ガイ」「帰るぞー」「ガイッ」 振り返ると、は眉にぎゅっと力を入れて、こっちを見つめていた。まるで他人の、もしくはちょっとした知人のような距離で、俺とは見つめ合った。は口ごもった。もごもごさせた。俺は待った。じっと彼女を見つめた。「が、ガイと、いると」 彼女は小さな声をぽろぽろとすり出した。「ガイと、いると、あったかいよ」

すこしだけ泣きそうな声だった。
彼女はぱっと頬を赤くさせて、瞳をつむった。それはとてもありがたいことだった。俺はじわじわと耳を熱くさせて、恐らく彼女と同じような顔の色で黙り込んだ。両手で顔を覆った。唾を飲み込んだ。じわっと汗がふきでた。寒い寒い、そう思っていたのに、気づけばそんなものはどこかにふき飛んでしまっていた。「お、俺も……」
     普通、こういうことは男から言うべきことじゃないのか

「俺も、といると」

ちがうだろ、と息を吐き出した。


「君が好きだ」
重ねるように、もう一度。「が好きだ」

彼女はぎょっとしたように俺を見た。また泣き出しそうな顔をした。手の甲を瞳に当てて、体を折り曲げた。彼女は何度も頷いた。「うん、うん」と繰り返した。俺も頷いた。「うん」
一メートルとちょっとの距離で、俺たちは向い合って、馬鹿みたいに頷きあった。
少しの距離は悲しくて、嬉しくて、胸が押しつぶされそうになった。




2011.12.01
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12/1のお題で、『夢めくり』様に提出させて頂きました。