■ サモンナイト4原作前
■ くっつくと思ったら、くっつかないごめんなさい。
■ 雰囲気は悲恋っぽい気がしないでもない


「君が悪い」

そう言って私は抱きしめられた。どういうことだと瞬きをして、ぼんやり彼女の腕の中に入っていた。「濡れちゃいますよ?」と雨に濡れた服を胸元で抱きしめながら、不思議に彼女を見つめると、「構わない」と言った。いやあ、構うでしょう、とぼんやり彼女の綺麗な金髪を見上げていると、彼女、イオスさんは少しだけ怒った顔をして、「何でそんな、平然としているんだ」「な、なんでって……?」

何を言っているんだろう、と私は首を傾げた。イオスさんって、細い体なのに、ところどころがっちりしているんだなぁ、と考えていると、ふと、一つの疑問にたどり着いた。「…………あの、イオスさん、お胸が、ありませんね」「あってたまるか」「あ、人よりも、小さめとか」「大きいも小さいもあってたまるか」「え、あの、ちょ……」

どこか会話が噛み合わない。どういうことだ、どいうことだ、と混乱しながら、私は恐る恐ると、当たり前の確認をしてみた。「…………イオスさんって、女の人ですよね………?」

彼女は、彼は。ひどく冷たい瞳で、こっちを見下ろした。



***


友人だ、と思っていた女性は、実は男性だったらしい。
詐欺だろう。
それはちょっと、ありえないだろう。
どう考えたって、美人すぎだと思うのですが。


     外は一人でうろつくな
そんな決まりごとは、当たり前のように知っていた。はずだった。けれども私は、まあ大丈夫だろう、とたかをくくっていたのだ。あそこの道は、悪い人がいる。あっちの山は、はぐれが出やすい。生まれ育った街なのだから、それくらい常識だ。
ひょいひょい、とカゴを片手に街を抜け出し、ついでとばかりにパチャパチャ手のひらを川で洗っていると、ぬっと何かに手をひっぱられた。息をすることができなくなって、わ、わ、わ、と水面に顔を押し付け、鼻から入った水がつんとして、気づけば、カゴもどこかに流されていて、両手と腰までひっぱられた瞬間、私は死を覚悟した。「何をしている!」 女性とも、男性とも言えない中性的な声を聞こえた気がした。くぐもった水越しに何かが悲鳴をあげたとき、一気に体はひっぱりあげられた。

水面を見ても、何もいない。
ただ、ゆらゆらと交じる赤い色が、何ががいたことを示している。
私は慌てて自分を抱きしめていた人へ顔を上げた。彼女は片手に槍を持って、ホッとした顔をして、「はぐれだ。こんなところに一人でいるだなんて、何を考えているんだ」と怒ったように声を出した。「あ、でも、いつもは、何もいなくって」「いつもは無事でも、今日も無事とは限らないだろう」

もっともだ。私は立ち上がって彼女を見つめた。きらきらさらさら金髪、すらっと伸びた手足に、細い腰。声は中性的で、肌がものすごく真っ白い。全体を合わせると、とんでもない美人さんで、なんだこれは、なんてこったと瞬きをした。
彼女は立ち上がり、パタパタとお尻をはたきながら「まあ、怪我がなかったんならいい。ところでこの近くで街を知らないか」とちらりとこちらを見つめた。「知ってます!」 勢い良く返事をすると、「そうか」と彼女は口元を笑わせ、そのとき遠くにいたであろう、誰かへと声をかけた。相手の名前はルヴァイド、と言っていた。

彼女     イオスさんは、ルヴァイドという男性と旅をしているらしい。正確に言うと、自由騎士団とかいう組織に所属していて、たまたま私が住む街に、街の護衛の任務を兼ねて、暫くの間滞在するとのことだった。両親が経営する宿屋に、イオスさん達はやってきた。私はビックリして、持っていたシーツをばたばたとこぼした。ギャーッ! と叫ぶと、彼女はほんの少しだけ笑った。それからときどき、彼女と私はお話するようになった。

彼女はまるで、男の人みたいなドキッとするようなかっこよさがあって、私はイオスさんとお話することが、すごく好きになった。イオスさんから話しかけてくれるときもある。ちょっとだけ、周りと違う扱いを受けているようで、ひどく子どもっぽい感情だけど、まるで特別な扱いを受けているようで、ちょっとだけ嬉しかった。
年も近いこともあって、まるで友達のように思っていた。
多分、イオスさんもそう思ってくれていたと思う。
もっと、仲良くなりたいな、と思っていた。


     それがどうしてこんなことに。


いいなぁ、お前が羨ましいよ、とギリギリハンカチを噛む街の男性陣に、真実を話してやりたい。あのとき唐突に雨が降り始めて、なんてこったと慌てて洗濯物を取り込んでいると、イオスさんも手伝ってくれた。部屋の中にわずかに濡れた洗濯物たちを押し込んで、ついでに濡れてしまった自身の服に気づいて、ちょうどいいかと私は服を脱いだ。もちろん、「イオスさんすみません」と一声かけてたのだが、彼女はぎょっとした声を出した。「何をしてるんだ!」 何って。

「あ、さすがにちょっと下品というか、礼儀がありませんでしたね、ごめんなさい」
「そんなことはどうでもいい、はやく服を着ろ!!!」
「でも下着はつけてますし」
「そういう問題じゃない!!!」

そういう問題じゃないらしい。
まあそうかなぁ、どうせ女同士だし、と思ったけど、お客さんの前じゃまずいよねぇ、と、もたもた服を着替えようとしていたら、イオスさんは、何かひどく苦しげな顔をした。「ああもう!」と叫んだ。なんだろう、と中途半端に着替えた格好で見つめると、イオスさんに抱きすくめられた。

そして、唐突なる真実に気づいてしまった私は、顔を真っ赤にさせながら、自分の部屋へと逃げ込んだ。「ギャーッ!!」と叫んで、廊下を駆けた。ベッドの中に潜り込んで、熱い耳に手のひらを合わせると、またじわじわと恥ずかしさが増してくる。
よくよく考えてみれば、一番最初にイオスさんが助けてくれたときも、胸はなかったのだろう。当たり前だ。あのときは動転しすぎて、気づかなかった。まったくもって、気づかなかった。このやろう。ばかやろう。

一言で、現在の私の気持ちをまとめてみようと思う。

死にたい。



次の日、イオスさんはテーブルの上についていた。ルヴァイドさんは、未だにお部屋の中にいるらしい。いつもなら、ちょっとお話してから、両親の元へと手伝いに行く、そういう流れなのに、私はそそくさと彼の横を通りすぎようとした。「おはよう」 彼から冷たい声が聞こえる。いや、それはただの勘違いかもしれない。

「お、おはよう、ございます、い、いい天気ですね……」
「僕には雨模様にしか見えないが」
「そ、そうですか。あの、午後から晴れるみたいですよ」
「へえ」
「い、イオスくんは……」
「昨日までイオスさんと呼ばれてた気がするんだけど」

ぴしゃっと言葉をはね除けられた。私はうう、と両手を合わせて、そそくさと距離をとった。気まずい。ひどく気まずい。1、性別を勘違いしてました。2、思いっきり下着を見られました。二つ合わせて超絶に気まずい。やってきたルヴァイドさんに任せるように、私はそそくさと逃げた。思いっきり逃げた。あからさまだったけど逃げた。

「イオスさんって、本当に美人さんねぇ、ルヴァイドさんとお似合いだわー」 台所でうふうふ微笑む母を見ながら、昨日まで自分も、まったく同じ事を考えたいたことに気づいた。それが今じゃ、こうですよ。「ふふふ、お母さん、人間一歩道を踏み間違えれば、今まで見ていた光景とは、まったく別のものが出来上がるのだよ……」「馬鹿なこと言ってないで玉ねぎとって」




知り合いに、性別を間違われていた。

勘違いされたことは、何度もある。そのたびに僕は、相手の顔に拳を叩きこんで事実を認めさせてきたのだが、今回ばかりはそうもいかない。とういうか、まさか二十歳をすぎて、今更間違われるなど思わなかった。思いもしなかった。僕にどうしろと言うんだ。「イオスです。男です」と毎回名乗れというのか。それとも半身裸で過ごせと言うのか。どっちもごめんである。信じられない。信じたくない。それよりも
(…………何が、君が悪いだ)

誘われてると思ったのだ。それ以外になんなのだ。なにがあるのだ。あのときの自分の思考を恥じた。あのときの自分を思い出す度に、消え去りたくなる。心の底で、僕はよろこんだのだ。彼女に誘われていると感じたのだ。自分にとって都合のいい思い違いほど恥ずかしいものはない。「クソッ」「イオス?」

知らずに、声が口から漏れていたらしい。ルヴァイド様が、不思議気にこちらを見つめている。何でもありません、と僕は慌てて首を振った。「そういえば、イオス」「はい」「この宿の、という少女だが」 口元から水を吹き出しそうになったのだが、まさか主にふきかける訳にいかないと僕は必死で飲み込んだ。話題があまりにも、的確すぎた。

「彼女と、そのような関係なのか?」「ブバッ!!」 今度こそ我慢ができなかった。しかし僕は、平然とした顔を意識するように口元を布巾でぬぐった。「そのような、とはなんのことですか。僕にはまったくわかりません」「イオス、それは台拭きなんだが」 口元を手の甲でふいて、そっと机の上に置いた。

まったく、と言いながら、ルヴァイド様は手元の皿をの上でフォークを動かし、「別に、お前もそろそろそんな時期だろう。女性の一人も作ったほうが、士気もあがるだろう」「やめてください!! 僕はルヴァイド様一筋です!!」「そしてお前のその台詞による隊での奇妙な勘違いも減るのだが」 一体なんのことだ。

ふむ、とルヴァイド様は瞳を伏せた。「しかし、昨日が、ひどく悲鳴を上げながら半分裸で廊下を走っているのを見かけてな。てっきりお前が何かしたのかと」「あれは事故です!!! というか見たんですかルヴァイド様!!」

冷静に考えれば、事故ではなく無関係と主張すればよかったと思ってももう遅い。どんな状況だ。僕はごまかすように唇を曲げて、「だいたい、ルヴァイド様も、人のことは言えないと思うのですが。僕なんかより先にルヴァイド様でしょう、ルヴァイド様」と、一気にまくし立てると、ルヴァイド様はほんの暫く手元のフォークを見つめた後、「まあ、そうだな」と頷いた。誤魔化せたようでなによりだ。
そんなことより、とため息を吐く。

     そもそも、そんな関係もなにも、僕は性別さえも勘違いされていたのだ。

一番最初の一歩すら踏み出せてない。そのことが、ひどく悔しかった。悔しい? なんでだ。悔しい。額に手を置いた。もしかして、僕は。
薄々、気づいていたのだけれど。
(馬鹿か……)
馬鹿だ。

消え失せたい。

『イオスさん』

そう言って笑って、こっちを元気にしてくれるような彼女はもういない。どうしようか、とおどおどしていて、目が会えば、ぴゅっと消えてしまう。(悔しいな) なんだよ、と思う。嫌われたのだろうか。嫌われたんだろう。抱きしめなければよかった。けれども、そうしたかった。しょうがなかった、と言い訳をした。
嫌われたんだろうか。
しょうがないな。
「イオス、聞いているか?」
「もちろんです。ルヴァイド様の言葉ならあますところなく」
「だからそういう発言はなるべく控える方がいい」
だからって、どういうことだ。

ルヴァイド様は、深い赤色の髪をかきあげ、「そろそろだ」と呟いた。僕も頷いた。頃合いだった。



3 

嫌いになんてなってない。
けれどもどうやって話したらいいか分からなかった。イオスさんに、話しかけてもいいんだろうか。駄目なんだろうか。やっぱり、駄目なんだろうなぁ、とため息をつく。
話したいな、と思う。けれども今まで私が話していた気になっていたのは、女のイオスさんで、男のイオスくんではない。結局おなじ人物なのだし、そこにどういう差があるかと言われれば、私にだってわからないけど、何か話しづらい壁がある気がした。いや、自分でその壁を作っていた。

けれども、毎日毎日、半分無視のような格好をするのは辛い。「ほら、イオスさんがいるわよ」とイオスさんと私が、未だに仲がいいと思ったままで、ついでに彼の性別を勘違いしたままの母親に背中を押され、私はイオスさんの前に、ぴょいっと飛び出てしまった。

彼の視界の前に出て、どうしたもんだと両手をあわあわしていると、イオスさんは何も言わなかった。そしてそのまま、私の横を通り過ぎた。母親が、「あら、あんたら喧嘩でもしちゃったの?」と首を傾げている。そんなんじゃない。そうかもしれないが。両手を合わせて、唇を噛んだ。そっちの方がよかったかもしれない。「イオスさんも、ルヴァイドさんも、そろそろお別れなんだから、ちゃんと仲直りしなさいよ」

そんな母親の言葉に、「えっ」と思わず小さな声を上げた。どういうことだろう、と彼女を見つめると、知らなかったの? と眉を顰めて、「そろそろはぐれも、悪たれ共もおさまってきたし、いつまでも引き止める訳にはいかないからね。そんで今朝、ルヴァイドさんから今までの宿代をもらったんだけど、別にそんなのいいのにねぇ」
え?



すっかり忘れていたのだ。
イオスさんは、この街の人じゃない。だからうちの宿に泊まっている。いなくなってしまう。そんな当たり前のことを、私はすっかり忘れていた
母親の台詞を、ベッドの中で思いだして、ギシギシ音を鳴らしながら、階段を上がっていくイオスさんの後ろ姿を思い出す。挨拶もなかった。嫌われたのだろうかと思う。そりゃあ嫌うさ。気まずくなるさ。気まずくさせたのは誰さ。わたしさ。「こんにゃろう」 ベッドから飛び起きた。

まさか、イオスさんの部屋に向かう訳じゃない。庭に飛び出た。真っ暗な夜空の中で、ころころと星が転がっていく。寝付けないし、さむい。空でも見ていたら、眠くなるかと思ったのに、反対に目は冴えてくるばっかりだ。体育座りをしながら、あー、とため息をつくと、からんからん、と入り口のベルがなった。誰だと思えば、イオスさんだった。彼女は、いいや彼は私をじいっと見下ろした。私はおずおずと体を硬くさせた。しばらくすると、イオスさんは私の隣にどすんと腰を下ろした。びっくりして、うあー、と悲鳴を上げそうになった。けれども会話はないままだった。気まずかった。

イオスさん。いなくなっちゃうって、ホントですか。
「あ、あの、なんでここに……」

ホントは別のことが聞きたかったのに、口が勝手に動いていた。イオスさんは、相変わらず中性的で、本当に本当に男性ですかと二度聞きしたくなるような声と顔と表情でこっちを見て、「別に、窓を見たら、君がいた。一人では出歩くなって言っただろ」「い、イオスさん達が、退治してくれましたし! 家の、すぐそばだし」 反論すると、じろりと見下ろされたので、しゅんと口を閉じた。
ほんの少し前なら、それでも私がくだらないことでも言って、イオスさんがほんのちょっと微笑んでくれて、それがうれしくって、たくさんのお話をできたのだ。でもできない。

イオスさんが近い。でも遠い。きっと彼は、明日にでも消えてしまう。刻々と時間は迫っていた。せめて、お別れを言うべきなのだ。でも言えない。言わなきゃいけない。(甘えるな) せめて、ごめんなさいと、言わないといけない。

勢い良く顔を上げて、イオスさんを見つめた。そしたら、イオスさんも私を見つめていた。驚いて、肩をすくませる前に、一瞬、イオスさんの顔が近くなった。ちゅ、と僅かに唇が触れ合って、ぽかんと彼を見つめていると、もう一回キスされた。声も出なかった。「君が悪い」

どこかで聞いた台詞を、彼はぽつりと漏らして、唐突に立ち上がった。そのまま背中を向けて、ザクザク足をならして、ドアノブを握りしめた。「さっさと、寝た方がいい」 ただそれだけ言って、イオスさんはカラランと、小さなベルの音を鳴らしながら、部屋の中に入っていく。

「え、あ、あの、い、イオスさん……」 誰もいない場所に問いかけてもしかたない。慌てて唇に手を当てた。なんだか混乱してしまって、順番がおかしくなっているような気がする。そしてそのまま、体を折り曲げた。額に膝をつけて、「わかんない」と小さくつぶやく。わかんない。
寒いな、と思った。すごく寒かった。
次の日、イオスさん達は旅立った。ルヴァイドさんが、何かを言いたげにこちらを見つめていたけれど、「世話になった」とただ一言だけ残して去っていった。私はイオスさんの背中を見つめるばかりだった。

不思議と涙が出た。寂しいからじゃない。違う。
いつの間にか、自分の中でイオスさんは男の人に変わっていた。
初めからそうだったのに、私は全然気づいてなかった。全部が遅かった。
死ぬほど悔しくて、悲しくなった。そうか、と気づいた。気づいてしまった。
私はたぶん、
きっと


あの人が好きだった







2011.12.05
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む、難しいなイオス……!!
某さんおたおめ!!!