*萌えキャラ(略)アンケの井浦より……と、言うか今まで書く書く詐欺を繰り返していたので今度こそ! 一応シチュのブラコンと重なってる……?
*主人公は北原の双子の妹
*主→→→井浦予定。井浦というか北原ばっかり。
*短編っていうか第一話という感じなのでものすごく中途半端です





「はあ……」


この頃兄が気持ち悪い。ソファーの中にずっぷりと座り込んで、きゅっとクッションを抱きしめ、はあ……と恋する乙女のようなため息をつく。「ちょっと……ちょっと、お兄ちゃん……」「はあ……」「え? それ返事? 返事なの? 違うのあれなのため息なの?」「はあ……」 どうしよう、気持ち悪い。


お兄ちゃんとは言っても、私と葵は双子の兄妹で、学校だって学年だっておんなじだ。敢えて言うのならクラスが違うばかりだけれど、どうせ中学3年生、学年の人の名前も顔も、大体覚えている。兄妹仲は特別いい訳ではないけれど、悪くもない。いや、やっぱりいい方かも。休日になればぼんやり二人でテレビを見るし、宿題だって二人で頑張る。必要以上に関わりはしないけれど、だいたいお互いがどんなことを考えているかはわかるし、それなりに心配もする、のだけれど。


「はあ…………」

ここしばらく、兄はおかしかった。恋する乙女のように、自分の髪の色よりもちょっぴり濃いほっぺたの色で染めて、ぼんやりと遠くを見る。まるで恋しい誰かを見つめているかのようなその素振りに、私は思わず後ずさった。いや、しょうがない、葵だって誰かを好きになることくらいあるだろう、しょうがない。今までだって何度もあった。幼稚園のあっちゃんとか、小学生のくみちゃんとか。別に直接聞いた訳ではないけれど、学校の噂だとか、葵の態度とかでぼんやりわかってしまうものなのだ。

しかしながら、そのときだって、これほどまでに葵は恋しい表情をしたことはない。見て欲しい。キュッとクッションを抱きしめて、ソファーに埋まるこの中学生男子を。性別間違ってるぞ。ちょっとお兄ちゃん全体的に大丈夫なの。

私はじわじわと不安になってきた。何かこれは、よくない兆候なんじゃないだろうか。ただ普通に恋をしているだけなら構わない。葵だって、恋愛をする権利はある。けれどもこの様子はどうにもおかしい。まさかおかしな、報われない恋の一つでもしているんじゃないだろうか。

葵のこの恋煩いは、しばらく前から続いていたけれど、決まって一人の女生徒の家を訪ねた後にまたまた深く患った。名前は知ってる。あんまり仲良くお話はしたことはないけれど、どうするべきかと私はもんもんと考えた。考えた。

そして私は彼女を呼び出すことにした。



「……あの、北原さん?」
「あ、いや、でいいよ、お兄ちゃんと紛らわしいし」
「え、いや、その」
「ほんとにその、遠慮なく」

井浦さんは口元をもごもごさせて、ちらりと下を向いて、小さく頷いた。首元が真っ赤になっていて、ちょっと可愛い。「あの、いきなり呼び出して、ほんとその、申し訳ないんだけど、お兄ちゃん、葵のことで」 ギクッと彼女は飛び跳ねた。そりゃそうだ。ちょっと話したいことがあるからいいかな、とただそれだけを言って、私は彼女を裏庭にと連れ出してしまったのだ。一体どんなことを話されるのかとぎくぎくするのは当たり前だと思う。けれどもまさか、「実の兄の恋話をしたいので、ちょっと裏庭に来てください」、なんて言えないじゃないか。


私は慎重に辺りを見回した。井浦さんは、私のその視線に首を傾げるようにして、同じようなポーズできょろきょろと周りをみる。「兄っていうか、その、ちょっと知りたいんだけど、井浦さんって、お姉さんとかいる?」「う、ううん……」 そうか。井浦さんの姉に恋する葵説は崩れたのかもしれない。もしかして、葵が恋しく思っているのは井浦さんなのだろうか、とも一瞬だけ考えたのだけれど、井浦さんはもともと知り合いだったし、今更いきなりあんな風に恋に落ちてしまうだなんて、なんだか変な話だと思ったのだ。

「あの、井浦さん、じゃあ井浦さんのおうちにえーっと、井浦さんの他に妹さんとか、若い女の人が居候してるとか……」
「ううん、ないけど……」

私は頭に手のひらをついた。それからしばらくして、ふと顔を上げた。「その、変なことを訊くとは思わないで欲しいんだけど……」 ごくり、とゆっくりと唾を飲み込む。「井浦さんのお母さんとかに、うちのお兄ちゃんが、変な目で見てたりとか…………」「は?」

長い間がやってきた。





「お兄ちゃんのばかー!!!!」
「な、何だよ……!!」
「ばかっ! ばかばかばかー!!!」

消え去りたい消え去りたいと何度呟いたところで過去は消えはしないのである。きょときょと首を傾げる葵の手のひらに、私はバシバシパンチを食らわせた。井浦さんにひかれた。ひかれた。完全ひかれた。自業自得と言えばそうかもしれない。だいたいなんでそんな思考に行っちゃったのだ、と自分自身を責めてやりたいのだけれど、あのときはそれ以外思いつかなかったのだ。

「葵のばか!!!!」 いつもはお兄ちゃんと呼んでいるのに、ぶちっと怒ると思わず名前で呼んでしまう。葵も葵で、これはやばいと思ったのか、「、ちゃんと話してくれないとわかんないよ」と葵は困った顔でしばらく私のパンチを受け止めていると思ったら、長くため息を吐いてくるりと背中を向けた。意味わかんないからいいや、とつぶやく背中をバシバシ叩いた。力の限り叩いた。「いっ、いてっ、ちょ、ちょっと、いてっ」 無言で叩いた。激しく叩いた。「おかーさーん! がすごくバイオレンスー!」「あんた葵をいじめるのはやめなさいっ!!」

いじめてない。全然いじめてなんかない。台所のお母さんに怒られて、私はソファーの上に体育座りをしながらぐしゅぐしゅと鼻をすすった。葵がどすんと私の隣に腰を下ろして、ぼんやりと画面がついていないテレビを見つめた。別にそれだけだ。私がもぞもぞ素足を動かした。ポチッと葵がテレビのスイッチをつけた。私はごそごそと移動して、葵の腕にはりついた。葵がぽんぽんと反対の手で私の頭を撫でた。今度は正面から、コアラのように抱きついた。「あー……カツ丼、いいなあ……」「ジュワッチ!」「いだっ!?」

料理番組なんて見ている場合ではありません。




結局兄が誰に恋をしているのか、そもそもそれが恋煩いかどうかということもわからず、相変わらず葵はソファーの上で、恋しそうなため息をときどきつく。そしてふっと立ち上がり、クッションをソファーに投げつけた。「ふんっ、ふんっ」と唐突に竹刀のようなものを振り回すふりをして、「ビシィ!」と一人で効果音も叫んでいる。大丈夫かな、お兄ちゃん……と私はおかしなものを見る目で兄を見つめた。葵は決めポーズのまま、私が彼を見ていることに気づいたらしく、ちょっとだけ顔を赤くしながら逃げていた。なんなんだろう。

兄の奇行はなんだか怖いけれど、私は私、兄は兄である。人間変なところの一つや二つあるってことで、と私はそのままスルーすることにした。心持ち、井浦さんにもスルーされてた。もともと会話はないけれど、そそくさと私から逃げていく彼女を見ると、少々悲しい気持ちになりはした。


それからしばらくが立ち、私はぼんやりひらひらセーラー服のまま、街へとお買い物に出かけていたのだ。「でさー、あーあー、でさー!!」 大きな声で話す、緑色の髪の人が見える。隣の人は紫髪で、「秀うるせー!」と迷惑そうに耳を塞いでいた。

高校生といえば、なんだかみんな大きく見える。ぼんやり彼らの背中を見ていたら、ふいに緑の髪の人が立ち止まった。「あ、あそこの店」「ふぎゃっ!」 

私はどすんとその人の背中につっこんだ。勢い余って彼の背中でおでこを打って、荷物が重かったものだから、ついでとばかりに地面の上にばたっとお尻をついてしまった。「えっ」と緑髪の人はビックリしたように振り返って、私を見てぎょっとした。ついでに紫髪の人も、「お前なー!」とばしっと緑髪の人の頭を叩いた。

「うっわー、ごめん、だいじょう……」 ぶ? とその人が私を見下ろした時、さっきまでの焦り顔はどこに行ったのか「……あ?」と短く低い声を出して、「…………デコロック?」「はい?」 

「何……そんな趣味が……あったのか……」 彼はひどく、真顔で私を見下ろした。きゅん。あっ、なんだこれ。

緑髪の人は、バシッと紫髪の人に頭を叩かれた。「お前、何言ってんだよ、ちゃんと謝れって! ごめんなー、ほんと、怪我してない?」「あ、はい……」 私はその朗らかな顔の人に生返事をして、秀と呼ばれていたその人を見た。激しく苦虫を噛み潰したような顔で私を見ていた。というか、激しく顔に縦線が入っているような青い顔をしていた。きゅん。やだなにこれ。

「お前……似合ってるからこえーんだよ……」
「あ、ありがとうございますー」

えへへ、となんとなく私は頭をひっかいた。制服が似合っていると言われて嬉しくない女の子はいない。「喜んでるよ……信じらんねーよ……信じらんねーってー……」 秀さんはぶつぶつ呟きながらピッピとこっちに手のひらを振る。私はぼんやりして彼に近寄った。「ちょっ、なんで近づく! ちけーよ!!」「え、でも、さっきこっちに来いって……」「お前はアメリカ人か!? 反対だっつのあっちにいっ」 ガゴッと紫頭の人に殴られた。

「ごめん、なんかこいつ、今ちょっと頭おかしいみたいで。いつもうるさいだけで害はないんだけど」
「あ、はあ……」

違うって石川こいつ違うんだって、騙されてるって!!! と秀さんがばたばた暴れてこっちを見ている。私はぼんやり彼をみた。すると、彼はふと幾度か瞬きをした。「……デコロック?」「はい?」「じゃ、ない?」「はあ」 ロックはしたことはないです。

おかしいな、というように彼は顎を触って、ううん、と首をかしげながら、「ごめん、怪我、なかった?」とさっきよりも幾分か元気な、けれどもやっぱり訝しげな表情のままこっちを見た。「あ、大丈夫です、大丈夫」 私は意味もなく力こぶを作ってみた。いや怪我だし。力こぶ意味ないし。

「あ、そ、ごめん、じゃあよかった、そいじゃあ」 パパッと秀さんは手を上げて、そそくさと石川さんを連れて消えていった。石川さんが、「お前、なんか変じゃね?」「いや、あの顔は無理っつーか、今すごい怖かったっつーか」 あの顔が無理ですとな。


私はぶにっとほっぺをつまんで、そのままぐいぐい横に伸ばした。道行く通行人のお兄さんが、ギクッと肩を揺らして去っていく。ほっぺが痛くなった。秀さん。多分高校生のお兄さん。




その日から北原家では、二人分のためいきが聞こえるようになった。はー、はああー、と兄妹そろってソファーに顔をうずめてため息をつくものだから、あんたたちうるさいわよ、とお母さんに怒られた。






2012.03.17
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