*(まんじゅうこわいでまんじゅう持ってくるヒロイン。)←元ネタSさんNさん背中押しEさん
*とかいいつつ、元のネタとはなんか違うような気がする
*武蔵森の校舎が男女別れてないすみません
*不完全燃焼ウオオオオオ






武蔵森には、悪女がいるらしい。



そんな噂を俺はぼんやりと訊いて、スプーンを片手につんつんとカレーのニンジンをつっついた。
がやがやと声が響く食堂の中で、一瞬だけ聞こえた噂だ。(アクジョ?) 単語を頭の中で思い浮かべて、ゆっくりと漢字に変換した。悪女。悪い女。あんまりいい意味じゃない気がするというか、中学生でそれってどうよ、なんてまたつんつんとニンジンを突く。赤い爆弾はしっかりと存在を主張して食べれるもんなら食べてみろよ、げへげへ、とニヤつき笑いを繰り返している、ように見えるのは多分気のせいだけどそんな感じ。

「誠二、何もたもたしてんの」
「いやさあ、俺、カレーのニンジン抜きって頼んだのにさ、入っちゃってんの」
「それくらい食べればいいじゃん」
「いやだってタク、にんじんで、にんじんで、にんじんじゃん?」
「当たり前だろ」

だよなー、と言いながら、また俺はつんつんとスプーンで赤い塊をつついた。消えてくんないかな、と祈っても、まさかそれが実現になる訳がない。「あのさあ、タク」 俺はなんとなく顔を上げた。「悪女ってだれのことだろ?」「うん?」

ざわざわ、と食堂で声が響いている。タクはきょろりと視線を動かした。その先に女の子が立っていた。なんとなく、意味もなくその子を見た。その子は俺よりもひどく小さかったけれど、もしかしたら先輩かもしれない。知らない顔だ。でも一年生と言うには、表情がしゃんとしていた。

女の子は短いてをびしっと伸ばして、「ぷりん!」と叫んだ。一瞬、食堂が静まり返った。手の中には彼女の主張通りにプッチンプリンがのっている。定食のおまけでもらえるアレだ。
むぐ、と女の子は何かを決意したように口元をへの字にした。さらさらした髪の毛が揺れて、ぴんくのほっぺが見えた。結構かわいい。「プリン、おいしいよ!」 ざわつき始めた食堂が、また静かになた。

「お醤油をかけると、うにの味にもなるしっ! お、おいし……」 

最後辺りはなんだか声が震えている。ゆっくりと周りの生徒が動き出して、ぼそぼそと何かを話している。女の子はまだ何かごにょごにょ言っている。でも耳元辺りを真っ赤にして、ちょっとずつ頭を下げる。ぎゅっとプリンを抱きしめて、逃亡した。意外と素早い動きだった。通り過ぎた彼女の顔は可哀想なくらい真っ赤だった。

俺は思わずタクと視線を合わせた。タクは猫みたいな目をちょっとほそめて、首を捻った。それから俺を見た。
武蔵森学園中等部には、小さな悪女がいるらしい。ときどき訊く、変な噂だ。





悪女の名前は。三年生のセンパイで、ときどきよく分からない言動を叫んでる。変な人だけれど、見ていて可愛いから噂になって、ああまた先輩が真っ赤になって何かをしているぞ、なんて教室からグラウンドを見下ろしてけらけらと笑われていたりする。

「あの人って、一体何がしたいんでしょーね?」

きゅっきゅ、と俺は靴下を履きながら視線を上げて問いかけた。タレ目の先輩はシャツをぷちぷちと脱ぎながら、「あの人ってだれだ」と不機嫌な声を出している。ちょっと短気な人だなあ、と常々感じるのだが、それを口に出すともっと怒られると一応この一年ちょっとで学んだので口には出さない。「先輩っすよ、三上先輩。見た目かわいーけど意味わかんないですよね」

最初に見たときは、プリンがうんたらとか主張してました。と靴紐を結んでいく。
三上先輩は今度は不機嫌というか、納得がいかない、というような声を出して練習着に腕を通した。
「可愛いか? あいつ」
「可愛いっすよー。超このみ」
「目ぇ悪いんじゃね?」
「視力は2.0越えてます」

お前はどこのマサイの戦士になりたいんだ? と呟かれた言葉に、うん? と首を傾げた。「地名かなんかですか? 正井」「お前と話すとどんどん自分がバカになる気がする」「えー、ひっでー」
なんすかそれー、とけらけら笑った。そうしているうちに、元の話題と外れているような気がして、うん? と俺は首を傾げた。

着替え終わった三上先輩の背中を追って、考えた。かちゃん、と扉を開ける。なんだっけ、そうだ、「先輩」「なにかごようで」

オレンジっぽい声が聞こえた。
別にきゃーきゃしている、という訳じゃなくって、響き的な、声の音色の問題だ。つまりは可愛いと言いたかったんだけれども、もうちょっといい言い方がないかな、と考えても丁度いいシュウショクゴが思いつかない。なんていうか、ちっちゃいミカンみたいな先輩だった。更衣室の外でじっとこっちを見ていて、なぜか手にはプリンがのった皿を持っている。準備万端に、皿の端っこには小さなスプーンまでのっている。

「さっさと行くぞ、藤代」
「えっ、あっ、えっ、あきら、ちょっと待って」
「遅れたらコーチがうるさいしなー」
「あ、あきらーっ!」

完璧なる無視であった。なんだかかわいそうだ。先輩はひどく慌てた顔つきでくるくると三上先輩の周りを回った。手にはやっぱりプリンを持った皿を持っている。シュールだ。
「……んだよ」 とうとう、三上先輩が立ち止まった。ぴっ、と先輩はわんこみたいに嬉しげに耳をたてた。そんな気がした。

「あ、あのね、これ、プリン」
「くれんのかよ」
「ううんあげない」

ぶるぶる、と先輩は首を振る。「あっそ」とまた三上先輩はどうでも良さ気に返事をして、すたすたと歩いて行く。「う、うらやましくないの?」「いや別に」「えーっ!」 なんてこった、というような顔をして先輩は目をまんまるにした。なんだかおもしろい先輩だなあ、と俺は三上先輩の後ろについた。ぶるぶる、と先輩は震えて、「こうなったら」と呟く。どうなったら?

ばばっ、とまた先輩は三上先輩の前に割り込んだ。激しく不機嫌な声をして、「だからなんだよ」と舌打ちをした先輩にもめげず、どこからか取り出したのか、持っていた醤油のビンをささっと彼女は天に掲げた。きらきら、と太陽の下で輝いている。「えいやっ」 それをなんのためらいもなく、彼女はプリンにぶっかけた。「ぎゃあ!?」 なぜか全然関係のない俺が叫んだ。

「亮、知ってる? プリンにお醤油をかけたら、うにの味になるんだよ。亮の大好物だよ」
「そうだな」
「羨ましい?」
「そうだな」
「でもあげないよ!」

うらやましいでしょ、と先輩はご満悦な表情で、醤油付けプリンを持ち上げる。心持ちどうでもよさそうな三上先輩の声には気づいていない。俺はこそっと三上先輩の表情を覗き見した。ほぼ無表情に近かった。ワオ。「羨ましくて羨ましくて仕方がない。ああ、いいなあ」 完璧なる棒読み。

けれども三上先輩がそう言うと、また先輩はぴっ、と嬉しそうに尻尾をはたつかせた。のは、もちろんただの気のせいだ。「でしょ、でしょ?」「いいなあ。俺も食べてみてえなあ」「んふふ」「目の前で見せつけるようにして食べられたら、羨ましくて仕方がないんだろうなあ」 だろうなあって。

先輩は一瞬びくっと震えた。
三上先輩と、自分の手元を見比べて、ついでに皿の上にあるスプーンもみつめて、一瞬彼女は泣き出しそうな顔をした。けれども、と顔をひきしめた。えいや、とスプーンを握る。プリンにうめる。持ち上げる。ぷるぷるしながら口を開ける。食べる。やっぱりぷるぷるして、ぎゅっと目を瞑る。ごくんと飲み込む。ぷるぷるしている。

「お、おいし、い」
「そうかあ。だったら全部食べないとなあ。そうされたら、羨ましくてたまんないもんなあ」
「う、う、あ」

涙目になりながら、先輩はまたプリンにスプーンをうずめた。もきゅもきゅほっぺたにつめこんで、ごくんと飲み込む。「お、おいし」 へう、へう、と舌を出して、彼女は鼻をすすった。「く、ない……」 本音が一瞬聞こえましたが。

「亮、ホントにうらやましい?」
「おうおう、すごくな。じゃあ俺は練習があるからな」
「うん、うん、がんばって……ではなく、あのその、亮のアホーッ!!!!」

お前のかーちゃんデベソーッ!!!
そう叫びながら皿と醤油のビンをかかえて消えていくちっちゃな先輩の背中を見送って、俺はじっとりと三上先輩に視線を送った。先輩は涼しい顔付きで、あくびをして、ぽりぽりと耳をかいた後に、「あいつも飽きねえなあ」と呟く。それから俺の存在を思い出したらしい先輩は、「ああ」と小さな声を出して、視線を逸らした。「なんすか? さっきの」「別に」「カクシゴト」「ちげーよ」


「別に、ただの幼馴染ってだけだ」


ここで追記。
悪女のさんは、三上先輩の幼馴染。








そもそも、悪女って言い方がどっかおかしい。俺は勉強はあんまり得意って訳じゃないけれど、さすがにこの言葉の意味くらい知っている。男をとっかえひっかえ、いろいろしちゃって、騙しまくる人のことを悪女なんて呼ぶわけで、醤油掛けのプリンを涙目で食べる先輩は、どこかなんだか違うような気がするのだ。

たしかに男を騙す程度には可愛いと思ったし、だからこそ先輩が変なことをしても笑って許されてる。そんな気がする。でもまあ、そこから悪女ってのはどうにも唐突だ。
なんでだろうなあ、と日常のどうでもいい疑問の一つとして、俺の頭の中には刻み込まれた。けれどもそれは、案外すぐにわかった。噂の“悪女”さんと、ばったり出会ったからだった。



「そこのきみ、三年生?」

先輩は、やっぱり小さな体をくるくるさせて俺を見た。「いや、違います。二年っす」「でも大きいね」「先輩が小さいんじゃないっすか?」 彼女はむか、としたような顔をした。

「べつに。それは事実だからいいけど。ふーん、二年生」

何を思ったのか、彼女はぐるぐると俺の周りを回る。人の周り回転するのが先輩の癖か何かなのだろうか。
移動教室の最中、俺は理科の教科書を抱えてとてとてと階段を上っていた。うっかり休み時間を寝こけてしまって、夢うつつの向こう側で、「せいじー、先に理科室いっとくぞー」なんて声をかけられたような、そんな気がした。顔を上げてみると、教室の中には誰もいなかった。なんてこった。

黒板に書かれていた、第二理科室に集合、という文字を思い出して、第二ってどこだっけ? と首をひねる。そもそも理科室ってそんな何個もあったか?
わかんないなあ、と考えていたときにこれだ。先輩が、階段付近でぼんやりと立って、待ち構えていた。


改めて彼女を見ると、やっぱり可愛かった。体が小さいからか、行動が機敏でしゃかしゃかと動く。止まっているときがあんまりない。気のせいか、くんかくんかと鼻を動かしている小動物か何かみたいだ。「二年生ってことは、今から理科室ね」「そうですけど」 なんで知ってんの? なんて顔を俺が作ると、先輩はものすごく満足気にむんっと小さい胸を張った。

「二年生担当の理科の先生が、予定を変えて理科室を使うって言ってたの! だからうっかりした二年生の子が教室をわかんなくてさまよってるんじゃないかなって」
「案内してくれるんす?」
「違うわよ! 迷ってるそのさまをあざわらってにゃろうとおもったの!」

なんか噛んでた。
自分でも気づいたのか、「あ、あざにゃらってやろうかと」 やっぱり言えてなかった。先輩はぼふっと顔を赤くしてぶるぶると首を振った。誰かこないかなー、こないかなー、なんて思いながら一人さみしく階段で体育座りをしてたんだろうか、と思うとなんだか面白かった。
「へー。でも俺、マジで困ってるすよねぇ。どこでしたっけ?」
「ふふん。教えないよ。第二理科室はこの階段をのぼってすぐの教室だけども教えないよ!」
「あ、マジすかありがとうございます」
「うん?」

あれ? というような顔つきで、先輩は首を傾げた。そうした後にハッとした。またぶわぶわ、と耳元辺りを赤くして、赤面した。「しっぱいしたー……」と、文字通りひらがなみたいな発音で彼女はぽつりと呟いて、しょぼくれながら頭を落とした。そこら辺の教室の時計を覗き見て、うん、と俺は頷く。「先輩、授業大丈夫なんすか? 遅刻しますよ」

俺はしたっていいけど、というか理科室と三年の教室じゃ距離が違う。「え」と先輩は顔を上げて、口から何か変な奇声を出した。文字にすると、だいたい「ぴぎゃっ」とかそんな感じだ。先輩はやっぱり小さな体には似合わないくらいのスピードで走った。でもこけた。でも頑張って起き上がった。
ぺたぺた頑張る上靴の音を聞いて、まあ、間に合ったらいいなあととりあえず心の中で応援した。階段をのぼって教室に入ると、「遅刻しなくてよかったね」なんてタクはとてもどうでもよさそうに理科の教科書をぴらぴらとめくっていた。「うんまあ」

遅刻してないといいな。と返した言葉に、タクはきょとんと瞬いた。「日本語間違ってるよ」「おう、知ってる」

あっそ、とタクはまたどうでも良さ気に頷いて、教科書をめくった。キンコンカンコン、とチャイムが聞こえる。どうなったのかな、と少しだけ心配になって、のたのたと席についた。藤代、さっさと座らんか、なんて教師の声に、「はーい」と適当に返事をした。



結局、授業には間に合わなかった。
そんなふうにほっぺをふくらませて、職員室の前にちょこんと立っていたさんを見かけたのは、その放課後のことだ。「なにしてんすか、先輩」と、きいてみると、「教室に戻るのに迷って、いっぱい遅刻しちゃったから呼び出された」と先輩は不満そうにほっぺをふくらませた。
「っていうかきみ、なんで私の名前知ってるの?」
「だってよく聞くし。さんって呼んでいい?」
「別にいいけど、きみは誰?」
「藤代っすよ」

藤代くん、とさんは舌を回した。「ちなみに名前は誠二だけど」「ふーん、藤代くん」 無視された。

「っていうかさん、職員室入んなくていいんすか」
呼び出されたんなら、さっさと入ったらいい。ぷふ、とさんは鼻の穴を広げたみたいな顔をした。「だから呼び出されて、立たされてるの」
「…………やばいっすね!」

笑えますね! とついでに付け足した。む、とまたさんがほっぺをふくらませた。
部活の時間にはまだ間がある。俺はちょこんとさんの隣に立って、「ねえさん」 訊いてみた。「なんでさんは悪女なんです?」「えっ、そう見える?」「まったく」

なんだ、とさんは唇をつきだした。普通そういう言葉は悪い意味で使われると思うのだけれど、さんにしてみれば、ちょっと違うらしい。「私、ワルイオンナになりたいの」 一瞬、頭の中でいい感じに変換ができなかった。「あ、厨二病?」「ちがうー!!!!」

「私、悪女になりたいの!」


つまりは、さん=悪女なのではなく、自称悪女ってだけだったらしい。
いや自称て。


   ***



一番最初は、プリンがとてもおいしいから、他の人に自慢して、羨ましがられようと思った。
その次は三上先輩がうに好きだったと思いだしたら、いてもたってもいられなくなった。でもプリン醤油は、プリンと醤油の味しかしなかったので、もうしない。
後輩をからかってやろうと失敗したし、廊下で立たされるし、なんだかうまくいかないなあ、と先輩はもじもじと両手をもぞつかせた。

「っていうか、なんでそんなもんになりたいんす? なんかちょっと違う気がしますけど」
「だって他に思いつかないし」

先輩は困った顔をして、目の前を通り過ぎる生徒を見つめた。「私、なんかちょっと変みたいで、いっつもみんなに笑われるから、どうしたらいかわかんなくって、悪い子になろうとしてるの」「はあ」 そもそもその思考が変ですけどね。とかタクなら即座に突っ込む気がする。

「悪い子になったら、みんなきっと笑わないでしょ。だから嫌がらせを頑張るの」
「成功してます?」
「全然だめ」

なんだか前よりも笑われるようになったかも。と先輩はぽそっと静かに呟いて、はー、と小さなため息を落っことした。「廊下に立たされるなんて、私初めて」 いいっていうまでそこに立っとけだって、と先輩はまたしょげた。よくよく見れば、首元辺りが真っ赤担っていて、人が通り過ぎるたびに、びくりと震えて、それを誤魔化すみたいにいっぱいに息を吸い込んで、肩に力を入れている。

ふーん、と思った。
「じゃあ俺も、もうちょい一緒に立ってようかな」

別に、時間ならまだ大丈夫だ。さんは、ちらっと俺を見上げた。「……なんで?」「一人より、二人の方がたのしいっしょ」 我ながら、中々いいことを言った。と思ったのだけれど、さんはきょとんと首をかしげるだけだった。

「っていうかきみ、名前なんだっけ?」
「藤代です、藤代誠二だってば!」








相変わらずさんは、傍目から見ると不思議なことばかりをしていた。
ときどきひょいっと三上先輩のところに現れて、「何かほしいものとかない?」とパタパタ両手を振りながら首を傾げた。「別にねぇ。でもまあ反対に、まんじゅうは見たくないかな」「見たくないの?」「実は俺、まんじゅうが怖いんだ」 えっ、そうなの、とさんは跳ね上がって、ぱたぱたとグラウンドから消えていく。

「藤代知ってるか、まんじゅうこわい」
「さあ、なんすかそれ」
「今からそれを見せてやる」

にやにやと三上先輩は笑っていた。これが幼馴染ってんだから、世の中よくわからない。

「お、おまんじゅう、おまんじゅう、あきら!」

しばらくしてからコンビニの袋を抱えた先輩が、ささっと三上先輩に袋を掲げた。「にくまん!」「さんそれまんじゅうじゃないっすよ」 思わず突っ込んだ。さんはパパッと顔を赤くして、「でも、見かけとか、似てるし」 なんて言いながら急いで入れ物から取り出して、「あついっ、肉まん、あついっ」 あちあちと両手でお手玉をしている。

「あきら、肉まんこわい?」
「こわいこわい。だからくれ腹へった」
「どうぞ、こわい?」
「うんうんこわい。うめえこわい」

なるほどこれがまんじゅうこわい。





さんって、三上先輩のことが好きなのかなー)

相変わらず、ハンバーグについたにんじんをこつこつとフォークでつついて俺はううんと考えた。三上先輩にちょっかいを出すさんは嬉しそうで、というか、どこかかまって欲しいとか、そんな感じに見えた。毎回適当に騙されてるなあ、と俺でさえもわかるのに、さんはしばらくしてから、「藤代くん、もしかして私、嘘つかれた?」とひどく自信がなさげに俺に尋ねた。まあ多分。と俺は頷いた。その度に、彼女は顔をしょぼつかせて、ぽてぽてと背中を見せて歩いていった。


「藤代くん、にんじん嫌なの?」

考え事をしていたからだろうか。まったくもって気づかなかった。俺はうわ、と背中をのけぞらせて、目の前の先輩を見た。大きな瞳をくりくりさせて、テーブル越しに、俺のことをじいっと見つめている。「ああ、はい、嫌いなんすよ。でもニンジンが入ってるって知らなくって」 なるほど、と先輩は頷いた。そしてグサッとニンジンをフォークでさした。もぐり。

「………なにしてんすか? さん」
「さすがの私も学んだよ。ニンジン怖い、つまりはニンジンが大好きってことでしょ?」
「いや俺普通に嫌いなだけですけど」
「えっ」

えっ、えっ、とさんは瞬いた。そうした後に、またカーッと顔を赤面させた。なんでか俺は、にか、と笑った。赤面しているさんを見るのが嬉しくて、ごしごし、と彼女の頭に手のひらを乗せた。「藤代くん、何をするの」「先輩で遊んでます」「先輩は遊ぶものじゃないんだよ」「今度またニンジンが出たら食べてください」「それは別にいいけど」 いいらしい。


あーあ、とさんはため息をついた。「悪い子になるってむずかしいなあ」 人に嫌がらせをするのって、大変だね。なんて変なことを言っている。「そんなの簡単じゃないかな」 ぽそりと言葉を呟くと、さんは、「本当に?」と瞳を輝かせた。

「今すぐ俺に水をぶっかけるとか」

ばっしゃーん。なんて水をかけるマネをする。「それはよくないと思う」「んじゃあ、サッカー部の部室をぐっちゃぐちゃに荒らしちゃう」 まあ、そんなことされたら最悪っすけど、例えばの話だ。「それもだめだよ」

悪い子になりたい。なんて言うくせに、さんはぶるぶると首を振った。「人に思いっきり迷惑をかけるのはよくないよ」「はあ、難しいですねえ」 迷惑をかけずに嫌がらせ。それってどうだ。「さんのこだわりなんすかねえ」「うんうん」

こだわりこだわり、とさんはコクコク頷いて、俺の隣に座った。「先輩、なんで三上先輩につっかかるんです?」 いっつもからかわれてるじゃないですか。なんて心の疑問をパスしてみた。先輩はぬ、と口元をへの字にした。あ、訊くんじゃなかったかも。そんな気分で答えを待った。「だって、あきらくんは私のお師匠だし」「師匠?」

「うん。私ね、亮くんをうならせることができたら、それって卒業だと思うんだよね」

だから頑張るよ。なんて笑っている彼女を見て、あ、よかった。なんて思った。なんでそう思ったんだろう、と考えて、俺はずるずるとお茶をすすった。「ねえさん」 うん? とさんが首をかしげる。「これからからかうの、俺だけにしときません?」


長い間がやってきた。「なんで?」「なんででしょ」
そしたら嬉しいなって思ったんス、なんて言って笑ったら、「藤代くんはよくわからないなあ」「そうっすか? わかりやすいって言われるよ」「ほんとかなあ」「ほんとですよ」

今の俺は、すごくわかりやすかったと思いますよ。なんて先輩に言ったら、さんは首をかしげて、パチパチと瞬きを繰り返した。「あ、藤代くん、泣きぼくろがあるんだね」「超今更!?」 まあ別にいいですけどね、なんていいながらポリポリ頭をかいた。

「やっぱよくないかも」
「どっち」
「どっちっしょ」

まあいいか、あくびをして、付け合せのプリンの蓋を開けるとじっとこっちを見ている先輩に気づいて、ちょっと考えた後、どーぞとあげた。先輩はパッと笑った。プリンを食べてるのが羨ましい。それって自分のことなのかな、と思った後、一番わかりやすいのって先輩なのかも、とうまうまスプーンを持つ小さな先輩を見て、よしよし、と頭を撫でておいた。








2012-10-09
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笛キャラに厨二病と言わせるこの違和感