*Hello じょうおうさま?(R18)のしばらく後おまけ
*じょうおうさまあらすじ「舞苑のことに片思いする一般人が舞苑のマゾっぷりにどんびきながら頑張ってお付き合い(?)する話
*原作11巻、大晦日編より




はー、と息を吐き出すと、ほんのりと白く滲む。(12月……)は、さっき終わったんだ、とぼんやりと顔を上げて、今年はいろんなことがあったなあ、と考えた。だいたい、主は先輩のことで、色んなことを思い出した。

ずっと先輩が好きだったこと。
その先輩に助けてもらったこと。
先輩がびっくりするくらいにマゾで、ぽかんと瞬きを繰り返してしまったこと。

来年はどうなるのかな、と首元に巻いたマフラーをちょんとひっぱって、私はぽてぽて道端を歩いた。年が明けたら先輩に会いに行こう。そんなことを考えて手すりに指をかける。つめたい。「もー、真冬さん、寒川。俺のこと放って言っちゃうだなんてひどいじゃないですか」

まったくひどい人たちだな! と言葉の割りにはひどく喜んでいるような、聞き覚えのある声がきこえた。んむ? と私は首を傾げて、先輩のことばっかり考えていたものだから、とうとう先輩の幻聴まで聞こえてしまったんだろうか、と瞬きをパチクリ繰り返す。いやそんなわけない。

私はえいや、と大きめに一歩を踏み出した。かんかんかん、と歩道橋がなり響く音がする。

よいしょ、と一番上の段に足をかけたとき、パチリと彼と目があった。相変わらずの真ん中分けで、黒い上着のポケットに手のひらをいれた先輩がこっちを見ている。「さん?」「誘人先輩」

ぱ、と白い息がふわりと散った。


   ***


泣きぼくろの男の子は寒川くんで、ショートカットの女の子は真冬さん。3人はお友達で、真冬さんはいつもは遠いところに住んでいるのだけれど、年越しだからと戻ってきた。
なるほどなるほど、と私はこくこく頷いて、ぺこりと彼らに頭を下げた。「こんばんは、です」 ババッとなぜだか勢い良く頭を下げて、びくびくとこちらに両手を向ける真冬さんに、思わず私も身構えた。「は、はじ、はじめまして……!」「はい、初めまして……?」

ほうほう! とひどくどもる彼女を見て、先輩のお友達なのだから、変わった方が多いのかなあ、と首をかしげると、寒川くんがくあー、と溜息を殺すみたいに口元に手のひらをあてた。パチリと目が合えば、彼はほんの少しだけいづらそうに立ち上がって、ぺこりと小さく頭を下げる。それから少し手持ち無沙汰に視線を揺らして、「さんって東高なんですか」「あ、はい」「だったら先輩の後輩ってことなの?」

私と同じだねー、とうふふと人差し指を自分に向ける真冬さんに、そうですねえ、と笑った。みんな学年が違うのに一緒にいるだなんて、仲良しさんなんだろうか。ちょっとうらやましい。「いえ、真冬さん、違いますよ」

そんな風にマフラーで口元を隠していたものだから、ぽんと肩にのった先輩の手のひらに、私はぴくりと震えた。「さんは、後輩ではなく」 えっ、と私はちょっとだけびっくりした。勝手にほっぺが熱くなる。


「俺の、女王様ですよ」

ぎりぎりと激しく彼の横腹をつねった。
「あ、ちょ、いた、いたい、アアッ、すみません訂正します、俺の恋人です……」
「一体先輩は何を考えてるんですか……!」

はじめからなぜそれを言わない! とがくがく彼の首元をひっつかみ、ウフフと嬉しげに笑う先輩の頬をひっぱった。こいつわざとだ。確実に喜んでやがる。「うおら!」 このおばか! と思いっきりに頭突きを入れて、むふー、と鼻から息を吹き出す。「いい加減にしないともっと怒るんですからね」「えっ」「期待するような声はあげない!!!」

まったくこの人は、とついついいつもの癖でびしびしと人差し指をつきたててしまったのだけれどもハッとした。今は違う。人がいる。私は慌てて振り返った。ぽかんとした顔つきで、真冬さんと寒川くんがこっちを見ている。「あ、いえ、ごめんなさい、あの、えっとですね」

唐突に彼氏に頭突きを食らわせる彼女などどこにいるか。
どう説明したらいいものか、とぐるぐる頭を回している間に、ぽかんとした真冬さんが、「先輩、彼女、いたんですね……ドマゾなのに……」 ゴクッと唾を飲み込んでいた。そもそもそこか。

「いますよ。ずっとお付き合いしてます。性的行為もしていますが常に寸止めプレイ」

ぶん殴った。
「すみません今のはなんでもありません」
「はあ……」

殴られた頬を押さえながら淡々と呟く先輩に、こくこく、と真冬さんと寒川くんが頷いている。「っていうかあの、そういう系の話、俺もきいたことないんですけど」 不思議気な寒川くんに、ぼんやり気味の先輩はうむ、と頷いた。「訊かれませんでしたから」 こういう人である。知ってる。

長い間がやってきた。なんとも苦しい沈黙だな、と思ったとき、ハッとした様子で真冬さんが両手を伸ばした。

「っていうか先輩、彼女がいるんなら何一緒にこっちで年越ししてるんですか!」

きちんと彼女の家に行きましょうよ! とばたばた両手を振って暴れる彼女に、「いやいや」 そこは訂正させていただく。「誘人先輩が年越しなんてうちにきたら、闇鍋だかなんだか言ってドマゾな食材を購入するような気がして。さすがにそれはちょっと嫌です」なので年越しはこちらが拒否させていただきました。と頷くと、「拒否されました」となぜだかひどく嬉しそうにキャピッと先輩がブイを作る。放置プレイの一環だと思っているに違いない。スルーしよう。


「前に先輩にお料理を任せたら、おいしくなくなるのをわかっていて未知の物体を作るから」

さすがにご飯系で遊ぶのはちょっとどうかと思うんですよね、とぺたりと頬に手のひらをあてると、彼らはサッと目線を逸らした。そしてウエッと口元を押さえた。すでに犠牲者がここにいた。
ちらりと先輩を見上げると、嬉しそうに笑っていた。ぴんぴんしている。

まあいいか、と私はため息をついた。たまたま先輩に会えて、やっぱりちょっと嬉しかったし、とマフラーを巻き直して、「それじゃ先輩、年明けに」 また学校で、と手のひらを振った。

さようなら、と真冬さんと寒川くんにも頭を下げて、かんかんかん、と私は階段を下りていく。はー、とまた息を吐き出した。
真っ暗な空に、ぽつぽつと小さな明かりがともっている。




   ***



さようなら、と背中を向けるさんを見送って、私はぽかんと考えた。「いやいやいや!」 先輩、彼氏だったらちゃんと送ってあげましょうよ、夜ですよ! と声をあげる前に、パッと舞苑先輩は顔を上げた。「すみません真冬さん、寒川。俺、ちょっと失礼します」 それじゃ、と片手をあげて、ぱっぱと消えていく先輩を、私と寒川はぽかんと見送った。


「…………先輩、彼女なんていたんだねえ」

正直意外を通り越して、現実味がない。さっきの子は夢か何かの空想ではないだろうか。「まあ、確かにいないなんて一言も言ってなかったですし」「そっかー」 なぜだかひどく悔しい。先をこされた。しかし、しかしだ。「…………さん、かわいかったなあ……」 ぽんやり、と勝手に頬が緩んだ。

「そうですか? 普通じゃないです?」
「だ、だって女の子だよ! ふわふわきらきらで柔らかくってふにふにで! 女の子はみんなかわいいんだよ!?」
「真冬さん……」

いや別にいいですけど、と溜息をつく後輩に、なんだよう、と私はつまらない表情で手すりに腕をかける。「あ」 ぽかんと浮かぶ街灯の下を見つめた。ん? と寒川がひょいとこっちの視線の先を覗く。さんと、舞苑先輩がいた。

先輩が、ひょいとさんの手をとった。さんは、ぱっと先輩を見上げた。そうして立ち止まったあとに、ちょんと先輩がさんのおでこにキスをした。さんはちょっとだけ驚いたふうに彼を見上げた。それからひどく嬉しげに笑った。先輩も同じく頬を緩ませた。
さんの手のひらを自分のポケットにいれて、ぽくぽく二人は歩いて行く。ときどき何かをしゃべっている。



「お、おお……」 私がなんとも言えない声をぽとりと落とすと、なぜだか寒川は手すりを握りしめたまま、じわじわと座り込んで赤面した。「……なんであんたが照れてんの?」「なんでって」

うるさいです、と寒川は拗ねたような声を出した。
まあいいか、と夜の街を見つめてみた。寒さがぱちりと頬を叩いて、ほわほわと転げ落ちる。
なぜだか少し、楽しくなった。

     新しい年だ







2012/12/13
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いつか続きを書きたいけど体力がない