*ルートは夢のソル&ハヤト
*毎回このパターンかで、連載にする予定だった第一話






持っていた鞄をぼとんと私は地面にこぼした。茶髪の少年が、ぽかんと瞳を瞬いてこちらを見ている。きらきらした、大きな石を彼はぎゅっと握っていた。「召喚……」 したのか? つぶやかれた言葉を聞いて、「ショーカン……?」 それは一体どういう意味なのだろう、とぐるりと考えを巡らせたとき、ひどく頭が苦しくなった。

痛い、と転げた瞬間に、その男の子がきゅっと私を抱きしめた。「おい、大丈夫か」 おい、おい、と声が聞こえる。ひどく慌てた少年のその声を聞きながら、私はぼんやりと記憶の中に落っこちた。誰かがカチャカチャとコントローラー動かしてる。私によく似たその人は「あーあ」と呟いた。


「セーブデータ、どこ行ったんだっけ?」






     








「すみません、わかりません……」

ぱたぱたと首を振る少女の言葉に、ごくんと周りの人間が唾を飲んだ。そうしておそらく張本人である俺の元へ視線がちくちくと突き刺さる。「ソル、これは……」「召喚術の、失敗、かもしれない」 唸るように、レイドは額に手を置いた。「まさか、こんなことがあるんだな」

うぐ、とフラットの面々が息を飲む。そんな中で、茶髪の少女が申し訳ないとばかりに頭を下げた。「ごめんなさい、私、その、全然わからなくって」 謝らなければならないとすれば、こっちだ。
彼女は、名前も分からないこの少女は。

自分の記憶を、ぽっかりと無くしてしまっていたわけだ。



   ***



記憶喪失には二種類あるときく。自分が誰か分からない、思い出を無くしてしまうというものと、知識や経験、社会的な常識までもが失ってしまうというものだ。おそらく私の場合、前者であると推測されたが、なにやらこっちの世界では、『召喚術』という不思議な魔法があるらしい。

何にもない場所から、サモナイト石という大きな宝石をつかって、ぽんぽんと他の世界から生き物を呼び出す。「やっぱり知らないのか」と筋肉むきむき、上半身がなんとも健康的な男の人、エドスさんに問いかけられ、私はうんうんと頷いた。知らない。

私がこの召喚術を知らない理由は、そもそも召喚術というものが存在しない、『名も無き世界』からやってきたのか、それともやっぱり記憶喪失が問題なのか。どうにもそのあたりがややこしくて判別がつけられない、と茶髪の少年、ソルさんは淡々と語った。


彼はおそらく私と同年代くらいだと思ったのだけれど、自分の年齢さえもさっぱりなものであるから、彼に年をきいたところであんまり意味のない行為だった。彼は私を『召喚』して、こっちの世界に引っ張ってきた少年で、言うなれば現在の現況を作った少年なのだけれども、すまないと謝られても、「はあこちらこそ」と頭を下げるしかできない状況だ。

なんてったって覚えていない。元の世界が分からない。
不安なことはたくさんあるけれども、考えたってしかたない。私はぼんやりフラットと呼ばれる孤児院の椅子に座り込んで、色々と考えた。家の中では、きゃっきゃきゃっきゃと少年少女が暴れている。元気である。


     元の世界には、帰れない


正確に言うと、帰すことはできるのだけれども、私の世界がわからない。私を元の世界に戻すことのできる召喚主さんはソルさんなのだけれども、どうにも契約が曖昧で、どの世界に戻せばいいのかぼやけている。ここリィンバウムからつながる世界とは、実はひとつだけではない。おそらく私が来たとかんがえられる世界の他に、4つも別の世界がある。
そのどれかの可能性にかけてみて戻しても、「あ、やっぱり間違えてた」なんてシャレにならない。ついでに言うと、召喚の後遺症であるこの記憶喪失が、あっちの世界に行って治る確証もない。

「困ったづくしですね」
思わずそう呟いてしまうと、「うっ」とソルさんは息を飲んで、悔し気に視線を遠ざけた。「あ、ごめんなさい」 思わずが本音が、とつぶやくと、またソルさんは唸った。ごめんなさい、と今度はちょっとだけ笑って彼を見上げた。彼は相変わらず反応に困った顔をして、ぎゅ、と唇を噛んでいた。



ぴこぴこぴこ、とどこか遠くからゲームの音が聞こえる。たたらたったら。
勇者は経験値を集めて、前に進んで頑張らねばならないのだ。




   ***


「つまり私も召喚獣ってことになるんでしょうか」
「まあ、そうなるな」

獣ですかー、となんとも言えない気持ちで、私はてくてくとソルさんの隣を歩いた。さてとにかく、生活用品、必需品を揃えてきなさい、と若いお母さん役なリプレさんにほっぽり出されて、どきどきそわそわあたりを見回した。「そんなに珍しいか?」「はい!」 

町中で堂々と武器を売っているだなんて、ぎくぎくびっくりするけれども、周りの人たちが平然として、ふんふんと買い物をしていくものだから、案外怖いという気持ちはなかった。気持ちが周りに引きずられていっているのかもしれない。
知らない食べ物がいっぱいで、道行く人の服もなんだかちょっと変わっている。ときどき妙なツノを生やした女の子や、男の子が通った。知らない世界だ。記憶がないからわからないけど、たぶん。


そんなふうに落ち着きのない私を見て、ソルさんはふうん、と呟いた。「あいつも最初はそんなのだったな」と呟いた。あいつ。誰のことだろう、と思ったのは一瞬で、たくさんの不思議の中で、疑問はすぐさまどこかに消えていった。
(どれくらいのお金を使ってくれたんだろう)

服を買って、ほんのちょっと顔を赤くするソルさんに笑いながら下着も買った。悪いなあ、と思いつつも、やっぱり好意は受け取らないといけない。よっこらせと積み上がった荷物を持ち上げようとすると、ひょいとソルさんが手を伸ばした。「持つ」「いいですよ」 一人で大丈夫です。そういうのに、ソルさんはひょいと私を見ただけで、「別にいい」と淡白に呟いた。

静かな人なのかもしれない。それともやっぱり迷惑なんだろうか。私の相手に困っているのかも。
(でも、しょうがないよなあ)
私は彼に頼るしかここにいる方法もないし、責任をとってくれると言うのなら、その言葉にも甘えたい。けれどもやっぱり申し訳無いとも感じる。

お前はちょっと自分の意見をはっきり言い過ぎる。よくよくそんなことを言われる。こっちに来たときに、ずかずか色んな本音をぽろりと出してしまったから、嫌われてしまったのかも。ううん、と考えてみた。それは悲しい。(できることなら、仲良くしたいな) それは難しいのかもしれないけれど。


私の荷物を抱えて、てくてくまっすぐフラットに帰るソルさんの背中を見ながらそう思った。ふと、彼が足を止めた。「やあ、ソル」「イリアス」 金髪の、ソルさんよりもいくらか年上な男の人だ。彼の後ろには小さな女の子が立っていて、ふたりともどこかしゃんとした雰囲気だ。ぺこり、と女の子は私に向かって頭をさげた。私も彼女に倣って頭を下げた。

「ソル、彼女が噂の女の子か?」

イリアスと呼ばれた男の人が、人が良さげな笑みを浮かべてちらりと私を見た。「なんだもう知ってるのか」 ソルさんはぽりぽりと頭をひっかく。「噂でね。彼と同じ、名も無き世界からやってきたからなのかな。雰囲気がよく似ている」 うんうん、と青年はこくこくと頷いた。彼。また知らない人のことだ。

「自分はイリアス。きみの名前は?」

そう問いかけられて、困ってしまった。「はじめまして、イリアスさん。私の名前は……わからないんです」 ごめんなさい、と頭を下げると、なぜだか私の隣でソルさんがぎょっとしたような声を出した。「お前、名前もわからないのか!?」「え、あ、はい……」

何で言わなかったんだ、と眉を顰める彼に対して、「訊かれませんでしたから」と思わず返答してしまうと、イリアスさんがブッとひどく吹き出した。イリアス様、と後ろに立つ女の子が困ったような声を出す。

そんな彼らに目もくれず、ソルさんは耳元を真っ赤にして、ぺたりと口元を手のひらで押さえた。
どうしたんだろう、と首を傾げて彼を見ると、「いや、その」 間があった。「わ、わるい……」
へたへたと、擦り切れたような声を出して、視線をそわつかせている彼を見て、また私はイリアスさんと同じく、ほんの少しだけ吹き出してしまった。
ソルさんはムッとした顔をして、「何が面白いんだ」と怒ったような声を出していたけれども、私はちょっとだけ、彼と仲良くできるような。そんな気が、ちょっとだけ。



   ***


「名前がわからないんなら、それじゃあどう呼んだらいいんだ?」
「なんでもいいです」
「なんでもって」

それは反対に困るんだが、とぽりぽり頭をひっかくソルさんに、「それじゃあソルさんがつけてください」 彼はきょとんと見開いた。それからひどく、ひどく考えて、「
ちょっとだけ、彼は照れたような顔をした。


ぱぱーん、と音が聞こえる。
(あ)

今、レベルアップした。



   ***


苦手なんだよ、と誰かが頭をひっかいた。俺、こういうの苦手なんだ。ちまちまやるよりさ、ばばーっとして、だだーっとして、自分で体を動かす方が楽だしさ。アクションとか、シューティングとかさ、そっちの方が得意だし。

ぶうぶう、と口をとがらせる誰かの隣に私は座って、「じゃあなんでプレイしてるの?」と訊いてみた。その人はうむ、と喉をうならせながら、困ったようにゲームのコントローラーを握っていた。返事はなかった。ううん、と首を傾げた。窓の外を見つめる。ぱらぱらと、白い雪が降っていた。





ソルさんはぼんやりと空を見上げた。は、と口からだす息が白い。「雪だ」 そう呟いた。うん、と私も頷いた。はー、と冷たくなった指先に息をはきつけて、二人一緒に空を見上げた。ふと、ソルさんが私を見た。真っ赤になった鼻でこっちを見て、紺色のマフラーを巻いていた。
彼は暫く何かを考えるように唸った。それから、私に近づいた。ぎゅっ、と握られた手が暖かい。私はきょとんとして彼を見上げた。ソルさんは赤く染めた耳を向けて、ぷい、と見当違いに顔を逸らした。
季節は変わる。
時間が過ぎる。

私は、いつになったらメモリーカードが見つかるのだろう。
元の世界に帰れるのだろう。

そう思ったとき、ちくりと胸が痛くなった。画面の向こうのエンディングロールは、いつやって来るのだろう。






「なあ

ぴこぴこぴこ、とボタンを何度か押しながら、男の子が唸っていた。私はその隣で体育座りをして、ぽかぽか倒されるモンスターに、ご愁傷様、と手を合わせた。「もしさ、もしなんだけどさ、俺がこんな剣と魔法の世界に行って、魔王を倒して戻ってきたって行ったら、お前、信じるか?」 あんまりにも真剣なその声に、私はきょとんと瞬いた。

「ええ? なんで? ファンタジーだなあ」
「もしもの話だよ」
「もしもなら、何を信じるっていうの?」

まあそうだよな、そうだな、と彼はつんと唇を尖らせた。くしゃくしゃ、と私と同じ茶色い髪をかきあげて、でもさ、という。「例えばさ、仲間がいてさ。そこは孤児院で、子どもがいて、俺たちと同じくらいの年のやつらがお父さんとお母さんをしていて、騎士がいて、いつでも健康な石切士がいて、元気な子分とか、弓使いとか、とにかくたくさん仲間がいて」

「頑固なやつがいたんだよ」と彼は困ったみたいにコントローラーを握っていた。「ちょっと無愛想なんだけどさ、仲良くなってみたら案外違ってて、照れ屋で頑固で真面目で、ときどき融通がきかなくってさ。俺、お前の話もしたよ。色んなこっちの世界を、あいつにした。あいつはいつか行ってみたいって言っててさ」

あいつさ、と彼は言葉を繰り返した。私はじっと彼を見た。「……お兄ちゃん?」「なんでもない」 そんな話もあるのかもな、と彼はぽつりと呟いた。それから、ゲームをセーブしようとした。「メモカー、どこいったっけ」 古いゲームを引っ張りだしたものだから、メモリーカードがどこにもない。きょろきょろ、と兄は視線を動かした。

「ここでしょ」

ハヤト用、と書かれたゲームの箱の中から、はい、と小さなカードを彼に渡す。「サンキュ」と彼は笑った。






白い雪が降っている。

ぱらぱら、とつもって、つもって、色んなことが遠くなる。

私をひっぱったソルさんの手は暖かい。フラットに近づくと、彼はすぐに手を離して、自分のポケットの中にいれた。けれども一瞬私を見た。もう一度、ちょんとお互いの行き先を触って、二人一緒にほっぺを少しだけ赤くした。


メモリーカードは、まだ見つからない。





2012/12/19
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というソル連載を考えてた