*ゆ、夢……? いや、夢……? みないな反応にこまる話。ほぼ出オチ。






1 審神者、登場



     時は西暦2205年。これは歴史改変を目論む、時間遡行軍と戦う、刀剣達の物語である。




「うん、いや間違いじゃないだけどさァ」

うんうん、と綺麗に着飾った赤い爪で口元をひっかきながら、目の前に座る“審神者”を見つめる。審神者とは。歴史改変を目論むなんとやらを退治せんがため、我ら刀剣をまとめ上げ、叩き上げ、ついでに鼓舞する     リーダーである。加州清光、川の下の河原の子。これから彼と……彼? 彼女、とやっていかなければいけないのだが。

わふ、わふわふわふ。

茶色いふさふさ尻尾が揺れている。はふ、とピンクの舌が可愛らしい。けど。「あ、ごめん舐めないで。俺そういうの無理」「いや加州、そういう問題ですか」「マジ無理。獣無理。毛がつくし。こんのすけも無理」「なんですと!?」

「これが……我らの審神者ですか?」
「犬だな」
「犬ですね」
「日本犬だね!」

どっちかっていうと柴犬だよね!! と元気に突っ立てられたピンク髪の少年の声に、マジかよと数人の声がこだました。



2 アイドル、審神者



「なるほど、ここが新たな俺の城というわけだな」

どすどすと大きな足音をさせながら、でかい体で廊下を突っ切る。「岩融! 岩融! もっと静かに! 主が起きます!」「なんだちびすけ、なあに、肝っ玉の小さな主であるならば、こちらから願い下げよ!」「ちびじゃありません、平野藤四郎です!」「さっきも藤四郎と名乗ったやつがおったぞ。ややこしくてかなわんが仕方がないなあ!」

剛毅な笑い方の割には、仕方ない仕方ない、と笑う薙刀の男が道を通り抜けていく。はたまた、濃いものが仲間になったものだとため息を付きながら見送られている。なんのかんのといいながら、慣れたものというような雰囲気だ。小さな体を必死に伸ばす平野藤四郎もなんのその。気づけば担ぎ上げられている。「うわっ、うわっ、うわわっ」「軽い軽い! ……ところでこの箱の山はなんだ?」「それは主への救援物資で……って、開けちゃだめですよ!」

堅いことを言うな言うな、と袈裟を羽織っている割には柔らかすぎる男である。「だから!」 ふい、と平野藤四郎は息を吸い込んだ。彼は警備の男である。小さくあるが、切れ味は天下一品……と、思いたい。力を絞って岩融から飛び降りると、その小さな体を使って飛び出した。おっと、と岩融は苦笑して、彼の頭をなで上げる。「小さい、がでかい。嫌いじゃないぞ」「好かれたいわけではなく……! やめなさい!」「うるさいぞ、お前たち」

「へし切」
「なんだ、それは。まさか名か?」
「へし切長谷部、と申す」

パチリと瞬いて彼の名を呼ぶ平野藤四郎は、慌てて居住まいを正した。ここはすっかり主の部屋の前だ。「起こしてしまいましたか?」「いや、もうお目覚めになっていますよ」「それは……」よかった、のだろうか? 襟を正しながら、今度こそと岩融に立ちふさがる。「これより主の面前となります。発言には気をつけてください」

もともと気をつけておる     と、いう言葉を表すことは、さすがにやめておいた。へし切と呼ばれた切れ長の瞳を持つ男も、妙に落ち着いた構えだ。まあ、最初くらいはと、かつて弁慶と共に旅を繰り返した男は頷く。そして座った。あぐらだったが。からり、からりと襖が開く。後光が見えた……のは気の所為だった。

ふさふさのわんこが、上手に座布団の上に座っている。後光と思えたのは、茶色の毛並みがきらりと反射していただけである。いい毛並みだ。はぐか。「岩融! 主の面前といったでしょう! なんでいきなり立ち上がってるですか!」「いや平野藤四郎……うむ。言いづらいな、まあいい。いやな、そこに犬がおるから、久しぶりに鍋でもとな。もしくは毛皮があってもいいとな。ここはちと首元が寒い」「毛皮!? なにするんですか! 言わなくていいです! やめてください!」

あんまりにも小さな体で必死に止められるものだから、しぶしぶと座り込んだ。
「……それで、平野藤四郎、へし切長谷部よ。主はどこだ?」
わふ、と犬が返事をする。メスかオスか、いまいちよく分からない。ひっくり返せば分かるだろうか。「だから!? 岩融!?」

「岩融! 主の面前と言っただろうが!」

ぬん、と黒い男、へし切が彼を見下ろす。とはいっても、大男の岩融がかがんでいるだけだ。「主、とな」「主、ですがね」 敬語なのかそうではないのか、いまいち分かりづらい男である、と考えた。「犬ならいるが」「犬ではありません!」 拳を握られた。「柴犬です!!!」「犬だが」

わふ……と犬がころりと座布団の上に転がる。可愛らしくはある。はたはた、と白と茶色の色が混じった尻尾が眠た気に揺れていた。「ああ主、お昼寝の時間が足りませんでしたか。申し訳ありません。このへし切、主のお昼寝時間をしっかりと管理できぬとは、なんたる失態!」

「平野藤四郎、お前あれが上司で本当にいいのか」
「……疑問を頂いたのはどちらに対してでしょうか?」

一応へし切は上司というわけではないですよ、というかこの中には隊長はいますが、刀達の中で主従の関係は基本的にはありません……と、いうような平野藤四郎の台詞を聞いて、「そうかそうか」と岩融が頷く。「それで、どう見ても犬だが」「柴犬……、ともいいます」「犬だな?」「はい」 認めるのか。

「主はただの犬ではありません!」
へし切も犬と主張し始めているが、岩融は無言で見上げた。彼は存外、大人であった。「待てもおすわりも、ふせもできます!」「げ、芸を仕込んでいるのか……」「さらに!」 わしわし、とへし切は主の頭を撫でている。

「このとおり! 撫でても噛みもせず! 吠えもせず! とってもいい子なのです!」
「ウウウウ……」
「唸られてるが」



3 審神者、活躍


いや、マジ犬ってどうなん? なんで犬なん? 俺らでさえ人型なのに、なんで審神者が犬型なん? という疑問はおそらく誰しもが持つものであり、そして静かに口をつぐまれる事項である。メスなのかオスなのか、それすらもいまいち分からない。ちんちんさせようとするとへし切が怒るし。まあでも審神者としての仕事さえこなしてくれれば、まあいいんじゃないの……というような空気が流れ始め、審神者の仕事ってなんだろうねと考えたところで、刀達を癒やすお仕事である。

ごろり、と審神者は座布団に転がった。日向ぼっこが大好きな柴犬である。そんな姿にキュンとくる。
しかしこの頃、太陽の光はわんちゃんにあまりよくはないということを知ってから、へし切が必死で日傘をさそうとするのでよく唸られている。

それはまあさておき、と同田貫正国は抱えた甲を懐に丸めながら、チリチリと自身の体が掛けていくことに気がついた。三白眼を尖らせて、まあしくっちまった、と赤い空を見上げる。傷を負いすぎた。同田貫正国、同田貫正国、と遠くで自身を呼ぶ声が聞こえる。もう少しいけると思ったのだ。ただそれは自身の実力を見誤った。ああ、やっちまった。これまでか。くるくると、記憶が飛び交い、消えていく。消えるときは、こんなにあっけない  もん な  の  か  ……


ぽふ、ぽふぽふぽふ……


柔らかく、しかし硬い何かが頬に触れている。なんだ、と眉を寄せた。重くはない。ただくすぐったい。ぽふぽふぽふ。ついでにぺろり。「…………!?」 跳ね起きた。「同田貫正国! 起きたの!?」 目の前には銀髪の少年が、めいいっぱいに瞳に涙をためてこちらを見ている。「ごめんね、俺が調子に乗ってすすんじゃったから……」 ぐしゅぐしゅと鼻をぐずらす少年は姿に似合わず大きな剣をふりまわす。彼が今回の隊長だった。「いや、蛍丸、あれは俺が勝手に……」 そして膝の中が暖かい。

「…………うおおお!?」
「主が手入してくれたんだよー。同田貫正国ったらぴかぴか」
「そ、そうなのか……いや手入? 手入っつったか?」

それは分かる。常識だ。しかし主は犬である。今は同田貫正国の膝の中で温まって、ふんふんと黒いお鼻を動かして、すりすり懐にくっついてくるわんこである。手がない。どうやって打ち粉をするというのか。いやいや、たしかになにか柔らかいもので、ぽふぽふと叩かれていた。まさか、口。器用だ。見かけによらず、うちの主は器用だった。

「ねー主ってすっごいでしょー」
「ああ、……さすが、主だな」
「ついでに他の子もちょっと傷ついたからしてもらお。主ーっ。おねがーい」

ぴくん、と主の片耳が動く。のびっと同田貫正国の膝の中で両手両足を伸ばして、よっこいせとのっそり動いた。それから蛍丸の隣で立てかけられているのは蜻蛉切だ。そういえば、同田貫正国の薄れ行く視界の中で、彼を逃がそうと必死に槍を振り回す男がいた。苦い味がする。次こそはと強く拳を握る。「……いや、何ももってねーが?」「何もって?」 打ち粉がない。主は素手だ。いやいつも素手なんだが。

きょとりとする蛍丸と、どうにも会話が合わない。主はそっと蜻蛉切に手を伸ばした。同田貫正国は思わず三白眼を強くした。

ぽふ……ぽふ、ぽふ、ぽふ、ぽふ、ぽふっ…………


肉球を激しく叩きつけている。「いや、蛍丸……」「しっ、同田貫正国! だまって! 主は集中してるんだからね!?」「い、いや、そうか、おう……」 なんだか見覚えのある感覚である。確かにあれは肉球だった。打ち粉ではなかった。ぽふぽふとほっぺに主の肉球が当たり続けていた。みるみるうちに、蜻蛉切の体力が回復していく。ぎゅんぎゅん。ゲージが増えていく。なぜだ。

ぽふぽふぽふ。

主はしっかりと審神者の仕事をしているが、同田貫正国はただただ複雑に主の後ろ姿を眺めた。肉球を振る度に、まん丸になっている尻尾がときおり崩れ落ちそうになる。必死なのだろう。主はご飯を食べるときも、たまに尻尾の丸まりがなくなるときがある。あの尻尾の丸まりはケツに力を入れているのかと考えると哀愁がただよった。
わんこの肉球アタックで体力を回復させる蜻蛉切(大の大人)の姿を見て、もう俺は怪我をすまい、倒れるまい、と強く、固く、同田貫正国は誓った。「く、うっ……そ、そこ……」 武士の情けと、せめて同田貫正国は瞳をつむった。らんらんと目を輝かせる蛍丸の瞳を、そっと手のひらで覆う。「くうっ……!  とても、ぽふぽふ……っ」
ほんと、なんていうか。
武士の情け必要。



4 審神者、認められる


山姥切は山姥切ではない。山姥切は山姥切国広だ。写しとして生まれた、ただのレプリカだ。彼はそのことをひどく気にしている。生まれ落ちた意味から苦しんで、殻にこもって、ついでにフードもかぶっている。顔も出して、この世を歩きたくもない。そう思っていた。そんな彼が一体どんなめぐり合わせなのだろうか? 歴史を変えようとする魍魎跋扈と相対し、この世の歴史を正す手助けをする。そんなことできるわけもない。

その上彼の審神者は犬だった。犬というなと怒る人間(刀)がいるので、柴犬と心の中で言い直した。しばけんではない。しばいぬだ。でもなんというか、山姥切的にはどうでもいい。他者がどうというのはさておき、おそらく山姥切がこんな不出来な男であるから、審神者が犬、違う、柴犬なのだ。彼は絶望した。

審神者の散歩係に任命されるとまた絶望した。審神者のお散歩は刀達の重要任務である。審神者がうっかりと逃亡してしまわないように、きちんとリードが支給されているため、かっちりプラスチックの留め具をつかって、しっかり固定する。赤いリードは主のお気に入りだが、この頃ちょっと獣くさいので洗濯せねばと考えた。

わふわふ。

主はお散歩が大好きだ。一番始めに本丸に来た時は肉球が柔らかかったため、なかなか散歩も苦労した。今はしっかり硬い肉球だが、その分手入がちょっと痛い、というのは噂にきいた。肉球とは硬くなるものなのだと知って、彼はさらに絶望した。山姥切は結構ちょっとのことで絶望する。ふんふん、と主が足元で匂いをかいでいらっしゃる。

「どうした、主」

金の髪で、端正な顔をしているくせに、写しだからと自信がない男なのだ。主は伸ばされた彼の手をぺろりと舐めた。ちょっとキュンとした。この気持ちは、と彼は後ろにふらついた。それがいけなかった。「わっふー!!!」「主っ!!!!???」

主、逃亡す。

なんたることだ。なんたる失態。あまりにもうっかりしていたが、主は審神者である前に犬なのだ。自由奔放な柴犬であるのだ! 主は速かった。さすが犬だった。素早かった。ぐるぐると庭の中を駈けずりまわり、そのくせ山姥切が足をもつれそうになれば、ちらりとこっちを向いて、へいへいとお尻を振っていく。逃げたいけど、追われたい。ただの犬のあるあるである。しかし山姥切は違った。主が、自身を見つめてくれている。主の真っ黒いうるんだ瞳が、何かを語りかけてきている気がする。

山姥切、走りなさい、走って、走って、鬱憤をさらすのです。

どこからか声が聞こえた気がした。ただ多分気の所為だった。「主――――!!!!」 嘘である。絶望したなど、嘘である。主は彼を癒やしていた。へし切にはよく唸るが、山姥切には優しく、ぺろぺろと頬を舐めてくれる。そして傷つけば、優しく、硬い肉球でぽんぽんしてくれる。ああ、主の背中が見える。「申し訳なかった」 ふと、言葉を漏らしていた。

「あなたが嫌になったことはない。たしかに初めは、何故だと感じた。だが今は、あなた以外には考えられない。こんな俺と共にいてくれることに、感謝している。これからも、共にいてくれるか」

ひゅるり、と静かな風が吹く。ああそうだ、これが彼の確かな気持ちだ。木々の木漏れ日の中で、ふいと主は振り返った。狐だった。「…………いやあ、そんな。照れます。進行役としてそこまで慕ってくださるとは鼻高々ですなあ!」

「いやお前じゃない」


たまにキャラが混同する。




5 審神者、幸せ



新しい刀が来る度に、犬だと驚かれるのは、一体どれほど繰り返したのか。暖かい季節が通り過ぎ、ほたほたと白い雪が降ってきた。それからまた春が来た。ちらほら舞い落ちる桜の花びらをちょいと指の先で絡めて、彼は薄く笑っている。「鶴丸さん、主さんは……あれ、こんなとこに」

きょとんと青い瞳で彼の膝の中に視線を落とした。「お、堀川の方の国広かい。はは、いいだろう」 ぴくぴくと片耳が動いている。たまに聞こえる寝言を聞いて、鶴丸は苦笑しながら審神者の首元をかりかりとひっかく。

「主は俺の膝の中がお気に入りらしい」
「ほんとだ。よっぽど温かいのなかあ」
「そんなこたねえさ。刀だからな。お前らとおんなじ冷たさよ」
「じゃあひんやりしてるんですかね?」

きゅんきゅん、と主が鼻を鳴らしている。「ま、春だな」「春ですね」 ほたりと花弁が舞い落ちた。「おっ」 真っ黒いお鼻の上に、ちょこんと一つ。「へぷしっ」「ははは、主、俺の膝は寝具じゃねえぜ」




しばいぬ審神者、ここにあり。



2016/10/10
back
【追加】 エコーさんが、柴犬と鶴丸(夢絵?)をくれました!

ずっと書きたかったけど、花丸始まったので良い機会かなって。
鶴丸のお膝でほこほこする主を書きたかっただけです。