*鶴丸と過ごしたいだけなのでくっつかない。





「あなたには審神者としての才能があるのです。これはとても稀有なことであり、ぜひともお力をお借りできればと思います!」

おそらく決まりきった売り文句なのだろう。ほほう、と私は片手でブツを引きずりながら頷いた。「もっかい」 よくわからなかったから、二度目を言わせた。黒服の男はさきほどと変わらないペースで同じ台詞を繰り返す。「わからん、もっかい」 私は鬼であった。いや仕方ない。なぜならわからなかったから。ずるずると片手でうさちゃんが引きずられていく。

慣れた台詞でも、幾度も繰り返し続けるのは辛いものがあったのだろう。黒服は苦しげに腰をかがめ、同じ台詞を繰り返した。今度はゆっくりめに。じわじわと、理解する。「はにわの、さいのう……」 すげーな……と呟きながら空を仰ぐ。「審神者です。様、お願いです違います。審神者です」

いや、分からないことは仕方ないことなんですが……ッ! と地面に突っ伏す黒服を、ぬいぐるみのうさちゃん片手に見下ろした。「ほほう、はにわ……」

自体は西暦2205年。不況の波は、どこからとも押し寄せる。労働力の不足、少子高齢化。
審神者とは稀有な才能であり、政府といえども、人材の確保にやっきになっていた。そうして、対象の年齢を下げに下げ、気づけば私という最年少審神者が誕生していたのである。









とりあえず泣いた。
泣いた。
しんそこ泣いた。

「あらあ、ちゃんったらすごい子だったのねえ」「スーパー園児だぞォー!」 がんばれがんばれ、えい、えい、おーっ! と両手を合わせる両親を見て、よくわからんけどパパとママが応援しとる、えいえい、おー! と一緒に合わせた後に対面した知らないおじさんどもにライフの限界がすでにやってきた。黒服のお兄さんは、それと比べるとまともだった。おっさんより小さいし、髭もはえてないし、圧迫感もない。でもグラサンは似合わない。

うぐうぐ鼻をすすっている私を 「様、こっちですよーこっちこっちー」と黒服はひっぱり、二人でお手々を繋いでぺとぺと歩いていたら、気づけば見覚えのない風景にやってきた。何やら、途中で変な壁があった気がする。気のせいかな、ときょときょとしていると、「主さま、主さま」 かわいい声が聞こえる。

「こちらです、主さま」
こんのすけと申します、と礼儀正しく頭を下げる、黄色い物体が見えた。私は震えた。「……わんこ!」「狐です! 様それ狐です!」



   ***



「よっ。鶴丸国永だ。よろしくな、お嬢ちゃん」

最初の顕現は誰だったか。「まさか、初めから、この方を呼び出すとは……。このクダギツネ、おみそれ致しました」 ぺちん、と小さな狐が自分のお手々で額を打った。私はとりあえず、お手伝いのつもりでと持っていた資材ですっかりとバランスを崩して、真っ白なその男を見上げた。「俺みたいのが突然来て驚いたか?」 何故か嬉しげだった。

そりゃ驚くに決まっている。何やら棒のようなものが出たと思ったら、今度はその棒が消えて、人間になってしまった。私はこのとき、刀という言葉を知らなかった。金色のはちみつみたいな色合いの瞳も初めてみた。
よくわからなかったので、のろのろ、こくりこくりと頷くと、「なんだ、反応がよくねえなあ」 人生に驚きは必要だぜ、と鶴丸と名乗った男が私の頭を撫でた。「お嬢ちゃんが、俺の新しい主ってわけだな」
よろしく頼むぜ、と彼はニッと白い歯を見せた。


幼いなりにも、私はよく働いた。それこそ史上最年少の審神者に選ばれる程度には、才も溢れていたんだろう。鶴丸には無理をさせた。なんていったって、一番最初の刀だから。何度も白い服を赤く汚して、「驚いただろう?」 なんて意地悪くこっちに言うものだから、お気に入りのうさぎも、こんのすけも投げ出してえんえん泣いた。そしたら肩をすくめていた。



暖かい草木が、庭の中で生い茂る。
つるまる、つるまる、と回らない舌で、彼の膝にまとわりつく。
「歩き辛いぜ、様よ」と、彼は困った口調だったのに、いつも相手をしてくれた。


寒い時期になった。
様、こんのすけはぬいぐるみじゃねーからな、放してやんな」
「いやっ」
「寒いんなら、こっちに来いよ」
おいでおいで、と鶴丸がこっちに手招きするものだから、言われるままに鶴丸の懐にもぐりこんだ。ほこほことあったかかった。「いや鶴丸! なにしてんの!? すっごい帯緩んでるけど!?」「うん蛍丸、様が寒がるもんだからな、この中に入らんかなと」「やめてよ! なんかやめてよ! ほんとやめてよ!」 ういい、と私は鼻水をすすった。


幼稚園は卒業した。
「鶴丸……う、お、おかあさんが……」
「なんだよ、様」
「前髪、めっちゃ切った……」
「…………」
「う、うぶ、うう」
「可愛いから問題ないぞ。でも鼻水がぶっさいくだな」


雪が降っている。
「あーッ!! 鶴丸ー!!」
「なんだ騒がしい、もうちょっとおしとやかにだな」
「バレンタイン! 振られた! むかつく! こんなかわいいのに!!」
「赤鬼が暴れ狂ってるように俺には見えるがな?」
「鶴丸がかわいいって言ったんでしょ!? 責任とってよ!」
「そりゃやぶさかでもない。……で、相手はどこの誰だ?」




とても優秀な審神者であると人から讃えられるたびに、ただ私は昔から彼らといるだけなのに、と不思議になる。別に、私は何もしていないのだ。ただ彼らを見送って、迎えて、待っているだけだ。
「最初はどうなることかと思いましたが」
パソコン画面向こうから、黒服のお兄さんが笑っている。昔は使い方がわからなかったから、かわりにこんのすけが慣れない肉球で操作してくれた。政府から渡されたマニュアル本を片手に必死に格闘する狐は見ものだった。
「今や立派な審神者でいらっしゃいますね」
「……そういう黒服さんも、そろそろグラサン、似合ってきたね」
「いやこれ、制服ですんで」
仕方なしに、と口元を緩める青年も、私と同じく、人材不足、少子高齢化の波に惑わされた少年だった。



ほたほた。
桜がこぼれている。



庭の中では元気に少年たちが跳ね回っている。だというのに、ひとたび戦場となれば、鋭い刃と化す。
縁側に腰掛けた。ほたほた、とこぼれた桜が一枚、二枚、と落ちていく。「鶴丸とも、長い付き合いだよねえ……」「そうか? 一瞬だったと思うけどな」「そりゃそっちと比べたらね」

彼らはずっと、戦い続けていくのだろう。私のお気に入りのうさぎは、とっくの昔にぼろぼろになっていた。
「むかーし、むかし。なんとなーく。鶴丸のお嫁さんになりたいなあって思ってた」
「ふごっふ」

頬張っていた草餅をつまらせて、苦しげに突っ伏す。「もらってくれるような気がしてた」
やぶさかではない。そう言ってくれたから。言葉の意味はわからなかったけれど、きっとそうだと思っていた。「……まあ別に、がそうしたいってんなら別にいいぜ」 俺はあんたのものだからな、と緩める黄色い瞳は、昔から変わらない。「でも私、この度婚約しまして」 今度はお茶を吹き出す音が聞こえた。

げほげほ、と耳元を真っ赤にさせながら、真っ白い服の男が苦しんでいる。思わず笑った。「だ、誰とだ、誰と」「この頃ちょっとグラサンが似合ってきたから、まあいいかなと」「いや誰だ、誰とだ」「公務員みたいだし、高収入だし、掘り出し物」「だから、誰と!」

ふふふ、と口元を隠す。きゃあきゃあと、楽しげな声が聞こえる。
「驚いた?」
人生に驚きが必要だと、彼が言っていた。


ぱちりと鶴丸は瞬いた。それからどこか泣き出しそうに瞳を緩めた。ほたほたと、花弁がこぼれていく。「……ああ」 くるりと季節が一巡する。なのに彼は変わらない。「……驚かすのは、俺の専売特許、なんだがな」

今年も、綺麗に花が咲いた。



2016/10/28
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まさかの黒服オチ