「おばちゃん、飴玉一個ちょうだいな!」

みんみん鳴り響くセミの声にため息が出る。元気な小学生たちだ。「はいはい、10円ね……」 っていうかおばちゃんじゃないし、と思わず反射的に言い返したくもなったが、きゃらきゃら楽しげな彼らに水を指すのも気の毒だ。台の上に放り投げだされたぴかぴかな銅の玉がころりと転がる。「はいよ、まいど」 わー、と子どもたちが興奮の声を上げながら日向に駆け出す。





飴玉一個でどうするんだろうか。せめて2,3個買っていきな、と本日の売上を集計してため息が出た。「いやまあ、ただのアルバイトの店番ですので、どうでもいいんですがね」と、誰に聞かせるでもなく呟いてみた。なんせこの駄菓子屋、店員は一人きりである。本来ならばお人形のように祖母がちょこんと座って小学生たちを見送る役目を胸にいだき、毎日元気に開店していたのだが、つい先日とうとうギックリ腰で数週間の療養を余儀なくされた。

あらおばあちゃんお気の毒、しっかり養生しなよ、それじゃあレポートを書き上げねばと毎日るんるんな大学生の服の裾はぴんと引っ張られ、少額のアルバイト料と交換に夏が消費されていく運命となったのだった。

まあ、別に特になにかやりたいことがあるわけではないし。祖母の願いを叶えるのならと引き受けはしたものの、いかんせん。暇だ。とても暇だ。大学の友人たちにアルバイトを始めると伝え、駄菓子屋であると説明したところ、爆笑された。ちなみに時給はだいたい400円くらいである。最低賃金をぶっちぎりでぶった切っている。

外の扉は開けっ放しだ。薄暗い店内に日差しがぽろぽろとこぼれて、木目模様がよく見える。いち、にい、さん、と数えているとき、高校生たちが楽しげに通り抜けた。部活帰りだろうか。白いシャツが目にしみる。わいわいと盛り上がりながらも歩いていくさまを見ると、小学生たちとかわらないな、と苦笑した。ふとそのとき、背の高い、鼻にそばかすのある男の子が、「あ!」 通り過ぎた、と思ったら、そのままてってとこちらに戻ってくる。「駄菓子屋だ!」

アイスたべよーぜ! と盛り上がる男子たちに、どうぞどうぞと中に呼んだ。たまには10円20円以外の売上も見たい。「ねえ、ジュースあります?」「外に自販機があるから、そっちね」「おおー!!!」 いたれり、つくせり! とでかいガタイでくるくると店内を回っている。

「いや俺は夕飯があるから……」「ちょっとくらいいいじゃん湊! 静弥は?」「飲み物だけでいいかな」「んだよ……ガリガリ君ねーのかよ……」「かっちゃんはガリガリ君の青春でも捧げてるの? それってどうなの?」

でこぼことレパートリーにとんだ5人組である。部活だろうか、と勝手に思いはしたものの、一体なんの部活なのか検討もつかない。まあお客様はお客様。「会計は一人ずつ? アイス一本88円」「おばちゃんお釣りある? どーぞ!」 びきっとした。



いやそこでさ、おばちゃんって言う必要ある? っていうかおばちゃんじゃないし、ピチピチだし。小学生ならランドセルを捨てればお姉さん、制服きてなけりゃおばさんでも許しはするが、高校生だ。おいそばかす。このやろ。いい笑顔してんじゃねえぞ、と心の中でのたうち回った。しかしここはお客様、とはいはいと頷きながらお釣りの18円を返しながら、もう来なくてよいぞ、と手のひらを振る。しかし彼らは明日も来た。毎日来た。どんだけ来るの。


店前でたむろし始めた男子高校生たちは最強である。人によってはうんこ座りまでしていらっしゃる。売上に貢献していただける彼らのおかげで時給分くらいの働きはできそうだが、毎日あのそばかすの手により、私はおばちゃんと化した。いやほんと。なんで毎日。「おばちゃんありがと、じゃあね!」 なんてお礼を言われた日には、挨拶できるいい子だねェ!? と褒めればいいのか怒ればいいのか、思考の混乱が終わらない。



 ***



「いい子なんだけどね、ほんとにね!!」
「今どき元気な挨拶してくれるだけでちょっとかわいく見えるよね」

男子高校生ってずるいよね、と大学の友人と拳を握った。「それにしても、毎日」「毎日ほんとに、部活帰りで」「ははあそれは……」「売上に貢献してくれているよ!」 88円が毎日積もり積もっていくよ! と勢いよく机を叩く。

「でもおばちゃん呼ばわりはないわ」
「ほんとにね。でも揃いも揃ってきれいなお顔をしてるんだ、これがまた」
「ちょっと許すわ」
「いいや許さん」

私は許さん、と拳を握る。一週間、二週間と時間が経ち、祖母は布団の上から這い出し、毎日力こぶを作りながらも復帰に専念している。当初のバイトの期間もあと少し。とにかくなにが何でもあのそばかす男子に目にものみせてくれる、とお客様相手に私は淡々と計画した。明日こそ、今日こそ。今こそ。


「はいまいどあり! アイス一本88万円だよ!!!!」

言ってやった。これこそ駄菓子屋の決め台詞である。本来なら100万円といいたいとこだが、元値が88円なものだからキレが悪くなってしまった。

駄菓子屋に慣れていない男子ども。そんなに持っていないよ、なんてあたふたするがよい、と気合に気合を重ねて叫んだものだから、言う相手を間違えた。アイスを差し出した黒髪短髪の少年は、瞳をきゅっと見開いた。そして手元を見つめた。もう片方の手に持つ財布の中身を思わず確認したらしく、いやいや、と首を振っている。確実に困っている。おろおろしている。すまない。

いつもはそばかすの少年が一直接に会計に来るものだから、意気込みいさみすぎて、先走ってしまった。おばちゃん呼ばわりの常習犯と言えば、今日は念入りにおやつを見繕っていたらしく、こちらの視線に気づいたのか大きな図体を折り曲げながらこてんと首を傾げた。

おろつく少年の後ろにぴったりと立つ眼鏡の少年の視線が死ぬほど痛い。なにこれ怖い。「なにやってんの、湊」「遼平。いや、会計が88万円って……」 ああ、とそばかす少年は頷いた。「つまりこういうこと」 ぴぴっと財布の中から硬貨を取り出す。

「はい、88まんえーん!!!」

ちゃららん、と銀色硬貨と銅色硬貨、ついでに一円玉たちが転がる。「駄菓子屋は100円とかを100万円っていうんだよ。知らなかった?」 こいつ、通である。まいどあり……と虚しく響く声が悲しい。

湊と呼ばれた少年は、きょとんと瞳を見開いてた。そうして、わずかに頬を赤らめ、ごまかそうとしたのか鼻をこする。けれどもバレてしまったのか仲間内にぺしぺし背中を叩かれ、首をしょげた。その様子を、私はぽかんと見つめていた。湊くんは片手にアイスをひっかけて、店を出る際に、ふと、こちらを振り返った。そして、ぺこんと頭を下げた。口元は照れたように笑っていた。なんだろうか、その姿を見て、なんだかいいなあ、と思ってしまった。


そうして夏が終わり、祖母の腰も好調に向かったのだが、相変わらずときおり私は最低賃金を軽く通り越した時給で店番に立っている。少年達はまた僅かに日に焼け、もとに戻る頃には黒い制服に変わっていた。だというのに、未だに時折アイスが売れるものだから、そろそろ種類を増やそうかと祖母と共に相談中だ。好きなだけ、ガリガリしてくれたまえ。





2019-09-10
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マイナー夢BBSのツルネより