*外伝ネタバレ要素あり。わからない人にはわけがわからないと思います、申し訳ない……。







たまに、本当にたまにだけれども、自分が何をしているのか、何をやっているのかわからなくなるときがある。痛む喉を押さえる暇もなく荒い息を吐き出して、たまにちょっとだけ、鼻水まで出そうになる。ぴょん、と飛び跳ねた。蹴躓きそうになる足を奮い立たせて、背後から忍び寄る熱い息に身震いがした。ダヴィンチちゃんが、名前を呼ぶ声がする。とにかく、召喚しろと。こっちがドクロになってしまう前に。
「お願い死霊特攻、死霊特攻、死霊特攻ーーーーー!!!!」

いやもうほんと、お願いよそれ。お願いなのよ。なんで俺はこんなに大量のドクロに追われなければならないの。毎回毎回ビジュアルが似すぎだし。両手をがおっとこっちに向けて、ぐわあと向かってくる骸骨さんの魂には毎度毎度涙を隠し得ない。「お願いですので!」 叫んだ。力の限り。手の中に包み込んだギリギリの数の石達が、カタカタと音をたてる。
     まあ、そんなことを言ったところで、期待通りになんていくわけないのだけれども。


     なにやら、呼ばれたご様子で」

涼やかな声だった。「よろしく、マスター」 にこ、と彼は微笑んだ。黒髪の美丈夫な少年だった。長い獲物を片手に持ち、握りしめた手のひらは、革の音がする。すい、と流れるように自身とは反対にどこからともなく飛び出た。あっという間のことだった。まるでひとつ、息を吸い込んだかのような。ぱくりと喰ってしまったかのような。そんな一瞬、彼は槍を振り抜いた。あっけにとられたのはこちらだ。

「……喰った?」
「……何を言っているんだい?」

思わず、考えたままが口をついた。少年はこちらを見下ろしている。背が高いのかと思えば、そんなことはない。自身がへたり込んでいるだけだった。やるじゃないか、藤丸くんと笑うダヴィンチちゃんと、先輩、先輩と声をかける後輩へ画面越しに手を振りながら、ごまかしたように立った。そのあとで、別に格好をつける必要もないか、と自分に苦笑する。「助かったよ、ありがとう」 ぺこりと頭を下げた。

「きみが俺を喚んだのだから。俺はランサー。よろしく」
「ああ、だよねえ」

槍のように見えたが、よくよく見れば槍ではない。けれども長物には違いないだろう。「それで、ランサー、なに?」「ん?」 真名である。まさか今更、新宿だとか港区だとか目黒だとか妙な呼称はつかないだろう。……つかないよね?

彼は日に焼けた頬を、こりこりとひっかいた。黒い瞳をぱちくりさせて、ゆっくりと空を仰ぎ見る。先程までとは打って変わって、きらびやかな空である。「ところで俺って、なんでここにいるんだっけ?」 いやさっきマスターが喚んだって言ったじゃん? といったところで複雑な気分になりそうだ。

「とりあえず、俺はランサー。怨霊が怖い。骸骨が怖い。とにかくさっさと倒せる人ヘルプミーという声になるほどわかったと声を上げたというところまでは覚えているんだけどな?」
「そそそそそそそそこまで言ってないしぃ! 思ってもないですしぃ!」

あっはっはーと、笑う彼は誰かを思い出しそうだった。あれだ、たまに出てくるちょっと歩いて助けに来るお兄さん。






「残念ながら、君はカルデアのどのデータベースにもひっからないねぇ」

召喚された以上は英霊として間違いはないと思うんだけど、とくるくると語尾のあがる美女である。人理に刻まれしかの有名なる画家であり、その作品であるモナリザを模したこれでも男性なのだが、「ところで私のことって知ってるかな?」「うーん、どうかな?」「ということは同じ時代ではなさそうだ」

たまにいるよね、記憶のないカルデアの人、という雰囲気の中、「ウウーン、でもなあ、ここまでヒットしないってのはおかしいぞ。今までわからない、ということは正直なかったんだ。あくまでも何人か可能性のある人物はピックアップして、その中のどれか、というところが判断つかない、というだけであって。ここまで白紙ってのは正直異常だよね」
「わあ、異常かあ!」

なんでちょっとうれしそうなんだろう。不思議なサーヴァントの少年だ、と思うけれども、そもそもサーヴァントの大半は不思議だった。過去の英霊やら神様やらとこんにちはするだなんて、あら不思議。ちょっと前の自分が見ればめんたま飛び出して驚くか、もしくはまったくもって信じてくれないかのどっちかだな、と思わず頷く。
ちなみにこんな異常な召喚が行われたのは藤丸くんがどれだけびびって死霊特攻を期待していたのかという話だよね? とケラケラ笑うダヴィンチちゃんはほんとさておき。

「……名前、どうしようかな?」
「ああ、名前。君が呼びたいように呼んでくれてかまわないよ」
「なにそれイケメン」

顔面偏差値と台詞は連動していらっしゃるの?

「もしくはそのままランサーでいいんじゃない?」
「いやそれいっぱいいるし」

ねえランサー! って呼んだらものすごく振り向いちゃうし。うーん、とランサーは首をひねった。ぴよぴよと触覚が動いている。ような気がする。それにしても、英霊のみなさんは顔が整っていらっしゃる人たちばかりである。「……中国っぽい感じかな?」「チュウゴク」「ちがったかー」

ふとしたとき、哪吒と似ているような、そんな気がしたのだ。チュウゴク、チュウゴク? と片言に頷きながら、「うーん、おそらく違う!」「おそらく……」「おそらくかあ……」 思わずダヴィンチちゃんとはもってしまった。

「でもまあ味方っていうことにはかわりはないし、そのうち思い出すかもしれないし。よろしく、死霊のランサー!」
「いやいいけど。よろしくでかまわないんだけど。なにそれ正式決定? 言いづらくない?」






「我こそは、アラフィフ紳士、新宿のアーチャー!」
「平伏するのじゃ! 不夜城のアサシン!」
「し、死んでしまいます……不夜城のキャスター……」
「豚小屋をたてよう! オケアノスのキャスター!」
「お金の話ですね! ミドラージュのキャスター☆」

「五人合わせて! 真名が呼びづらい戦隊!!!」
「いやもう他の四人解散してるけど大丈夫?」

さぁ死霊のランサー、きみもドウダイ!? と片手を差し出したアラフィフ紳士を尻目に、くるりと踵を返される様である。切ない。五人合わせてと言う時点で、一人しか叫んでなかったし。
「お代はもうもらいましたからぁ」「キュケオーンをたらふく喰ってくれる約束はこれでオッケーだろ?」「死んでしまいますので……」「あんまりおもしろくなかったからな、うむ!」「たらふく食べる約束なんてしてないよぉ!」

「条件がねじれまがっちゃってるんじゃないかねェ!? キュケオーン晩餐会のメンツを調達するって言っただけだがネ!?」

両手を伸ばしながら、よよと涙する姿はほんとに切ない。「おっとマスター……情けないところを見せてしまったようだ」 すっとアラフィフは立ち上がった。アラフィフというか教授である。今日も今日とて、楽しげだな、と思わず苦笑しながらきいてみた。「それで、目的は?」「まあ、真名が謎軍団として、せめてもの歓迎会を開こうとしたのだが……」「本音は?」「たまには美女をはべらせてみようかと!」 潔い。まあでも、これもほんとのところは別にあるのだろう。

「はじめまして、新宿のアーチャー。俺は……死霊のランサーってことで」
「うむうむ。素敵に呼びづらーい!」
「名付けてごめんね!?」

ふむふふ、と彼はリッチなお髭をいじっていた。「しかし結構いるんだな、真名が不明なサーヴァントは」 興味深い、とでも言いたげに死霊のランサーはお髭を見つめている。「ホントはもっといるんだけどネ?」「多いな」 さすがに笑った。「唸られたり、名前がインフェルノなちょっと方向性が違う感じだったりおっさん臭かったり、探してもいないから諦めたよ」「理由がよくわからないな」 そして律儀に突っ込んでいる。

「アサシンくんなら付き合ってくれそうだったんだが。一体どこにいるのかな?」
「嫌すぎて逃げ出したんじゃ?」

なんにしろせつねぇ。




「で、どうかなカルデアは」
「そうだね、フレンドリーな人たちが多いかな」

懐かしいよ、と笑いながら食堂にてシチューをすするランサーに藤丸はぴくりと眉をあげた。そうして口元をにんまりさせる。「うまいよね、ここのメニュー」「ラインナップが豊富だ。料理人の努力だな」「ところであんた、忘れたってのは嘘だろ」 ひたり、と空気がとまる。手元のラーメンの湯気のみがふわふわ揺れた。

「どうかな。召喚されたときはよくわからなかったけれど、ぼんやりと」
「てめぇ、なにもんだ」
「それはこっちの台詞だ」

あんた、マスターじゃないだろ、という言葉は手元のスプーンに声でもかけているようだ。うまいな、と口元に落とす微笑は、十や二十、生きたそこらの男ではない。サーヴァントなのだから、年と中身は一致しない。そのものの全盛期で召喚されるだけ。いやそれにしても。「……なんでわかった?」「なんで、と言われてもな」

藤丸は、いや男は拳を握った。ざわつく食堂の中で、ひたりと男と瞳をあわせる。「ますたぁ。……じゃありませんね。燃やしましょうか?」 そして背後をにょろにょろされていた。

「化ける相手を間違えたとしか」
「……まあそうだな」

じゃっかんぷすりと煙が立っているが、藤丸とは似ても似つかない男だ。堅い筋肉を見せながら、長すぎる髪が地面に落っこちている。それをさして気にするでもなく、口元には笑みがはりつく。「そういやあんたは、俺のこと一度もマスターとは呼んでねえな」 ちったあ自信があるつもりなんだがねぇ、と苦笑する伊達男だ。「あんたは? 噂の新宿のアサシンかな」「お察しの通りで」 へへ、と鼻先をひっかいた。

「あんたを見ると、妙にピリピリする。妙に気になってな。ちょっと化けさせてもらったよ」
「それはそれは」
「真名を言え」

かんかん、と箸がラーメンのどんぶりを叩く。テーブル越しにシチューの男は、「別に、隠すつもりはなかったんだけど。たまたま、そのときはよくわからなかっただけだよ」「俺の主は一人きりだ」「そりゃマスターは一人だろう」「違う。マスターはそうだが、マスターじゃない。主だ。それは……」

お前は誰だ、と瞳を見つめた。星がこぼれているようだった。なにか奇妙な苛立ちがあった。理解ができない、そんな、「俺はあんたの主じゃない。それは間違いないよ。ただよく知った人間を知っている。それだけだ」 仲良くしようじゃないか、と左手を出す。その通りだ。そのはずなのに、その片手を引っ叩いていた。自分でもわけがわからなかった。



彼は災いを為すという百八の星が転生した者たちの一人である。その名は燕青。天巧星。物語があり、物語の中に生きた。一人きりの主を今度こそ守り抜くと今度こそ、命をかけてでも守り抜くと、そう誓った。星々の中を渡り歩くような記憶の中、一人の男が旅をしていた。男ではない、少年だ。時を止めた少年だった。彼は父を殺し、親友を手に掛け、守り人を失った。英雄と喚ばれた。知らない国だ。聞いたこともない言葉だった。なのに奇妙に懐かしい。

あっ、と息を吐き出した。「……何かを見たのか?」 赤月の男は燕青を見下ろしていた。首元にかいた汗をごまかしたように拭き取り視線を遮る。「……いや」 首を振った。

少年は口元を緩めた。安心しろとでも言うように、燕青と比べると頼りない体のくせに。「きみの主は一人きりだ。それは間違いない。俺は赤月という国を消した。今は、そこはトランと呼ばれている。ただそれだけなんだ」 大したことをしたわけではない、とバンダナの少年は語りかけるように、それだけ。







死霊のランサーと言う名はやはり呼びづらかったようで、いつの間にやら別の名に変わっていた。名付け親としての燕青は複雑な気分にはなりはしたが、やはり呼びやすいものの方がいいのだろうか。赤月と呼ばれる赤い服の少年が持つ武器は、槍ではなく棍である。マスターには馴染みのない武器だったのかもしれない。

ある日、また新たなアーチャーが召喚された。青い服の、ただの人間のくせに150年生きたと嘯く少年だ。少年は赤月を知らない。ただ赤月は笑っていた。奇妙に、懐かしく。笑っていた。




2019-08-30
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言い訳反転「死んだときの記憶も一緒に召喚されるサーヴァントだから坊っちゃんのことを知らないのはおかしい気がするけど4テッドの途中で召喚されたからきっと坊っちゃんのことわからないんだそうなんだ