私の幼馴染は少々変わっている。なんでも産まれる前の記憶があるとかなんとか、近所の少年は定期的にそう主張するのだ。
確かに彼は賢かったし、習ってもいない外国語を幼稚園でもペラペラで、先生も目を点にしていた。「一体どこで習ったの?」と美人な若いお姉さんだった先生が問いかければ、秘密のポーズでも作っていたのか、人差し指を伸ばして自分の唇にちょんとくっつけてウィンクをする。嫌味なお子様であった。


そんな少年の斜向いの家に住んでしまったのは私の運命というか、人生なんだけれど、それ以外のことは平和で、なんてことない街だった。ここ杜王町はどこにでもある街だ。住宅街がひしめき合って、少し離れた場所には田畑が並んでいる。そこから歩くと海と崖があるから、私達小学生にとってはちょっと危険だ。でも私の幼馴染である彼は特に気にした様子はないのだけれど。















ただ意外なことにも、ここ杜王町は未成年の行方不明者が多いらしい。家出ということだろうか。駅前にはつっぱったヤンキーなお兄さんたちがだぶだぶの学ランを着て歩いている。こわやこわや。関わらないが吉である、とランドセルを揺らした隣には少年だ。

「そんなダサいかばん、背負ってらんねーぜ」とか言ってる割にはちゃんと背負っている。「使わないとママンが泣いちまうからな」 とキザに口元を上げる彼の名前はシーザー。もちろん本名ではない。彼がそう呼べと言うから、たまにそう呼んでやる。なんでも彼の昔の名前はシーザー・ツェペリと言うらしく、イタリアの男なんだそうだ。もちろん彼は日本人だ。その込み入った設定が辛くなるのは一体いつのことなのやら、と思いながらも小学校からの登下校を毎日繰り返している。

おじいさんが赤ちゃんとベビーカーでお散歩するくらいに平和な、言い換えれば退屈かもしれないこの街だが、案外私は好きだった。季節の変わり目には、虫の声が畑の中からよく聞こえるのだ。ちょんっと跳ねたカエルを見て、「あ、シーザー、カエルだよ!」「、やめとけ。また田んぼに落っこちるぞ」と言いながら首根っこをひっつかまれた。

平和だ。平和だった。平和だったのだ。なのに最近、街の中で妙なものを見る。いつの間にか何かで引っ掻いたような小さなキズが右手にできていた次の日から、私は妙なものを見るようになった。例えばさっき言ったダボダボズボンの不良さんの後ろに、ハート頭の人間がいたりとか、お母さんと一緒に入った料理屋さんのご飯の中に不思議な物体を発見したりとか。なんだかあんまり楽しくない。と、言うことを家族に言っても誰も信じてくれなかったので、シーザーに話してみた。すると意外なことも彼は信じてくれて、さすが前世がどうのと言っている少年は、メンタルが違うのだな、と初めて彼が幼馴染でよかったと考えたとき、ぶんと目の前をハチが通った。

「あ、ハチだ」

そしてぱちんと手のひらを叩いてとらえて、「おい馬鹿!」「ハッ!?」 シーザーに突っ込まれて気づいた。あまりにも野生児が過ぎた。でも反射的に叩いたものだから気づかなかったけれど、これはどう考えてもハチより大きい。でも色合いが黄色に黒で、いい感じにハチな拳サイズの物体だ。『ナ、ナニヲ……スル……』 そして喋っていた。「フォウッ!?」

思わず奇声を上げて放すと、謎ハチは実は2本足だったらしく、しゃかしゃかと忙しなく走って消えていく。

「なんだあれは……」
「いやお前がなんだったんだ」

残念なことにも、あれはシーザーには見えていなかったらしい。最近ほんとにこういうことがある。平和な杜王町だったはずなのに、一体なにが変わってしまったのか。こわやこわや。


***


凶暴な小学生に襲われた。

「仗助さぁん! 億泰さぁん! 最近の小学生は怖いんだど! 拳で襲ってくるんだど〜〜〜!!」

おらのハーヴェストの首をもぎちぎられそうになったんだど!! と叫ぶ重ちーを見下ろしながら、いやいや、そっちこそ小学生のような見かけをして何を言っているんだと仗助は首をかしげた。あのなあ、と声をかける前に、ベンチに腰掛けてペットボトルの蓋をあけようとえっほえっほとしていた億泰が「ん? ハーヴェストが? いやスタンドを人間がつかめるはずがないだろ〜〜?」とぼんやり顔で首をかしげている。そうしたあとで、「うんその通りだ、俺かしこいなぁ!」 と自分のセリフに改めて納得した後に勢いよく開いた炭酸がびしゃびしゃと地面にこぼれていく。「うおあ!?」

そんな億泰を重ちーは腹をかかえて笑った。そして頭をぶん殴られた。「でも確かにそうだど? 一体どういうことだど?」「どういうことはこっちのセリフだよ」 おいおい重ち〜とぽんっと肩に手を置く。

「な、なんだど仗助さん」
「ハーヴェストを出して、何してたんだよ。また何か金稼ぎか?」
「えへっえへっ」
「そういうときは俺たちも呼んでよ〜〜〜」

でも二人を呼んだら、分け前が半分になっちまうど……とつんつん両手を合わせる重ちーにすかさず突っ込む。「半分じゃないだろ? 三等分だろぉ〜〜?」「そ、そうだったど」 えへ、えへへ、と三人一緒に肩を組んで、まあまあよろしく重ちーくん、と言いながら、ハーヴェストを掴める小学生ね、と記憶の片隅に置いておくことにした。話の通りならば、スタンド使いに違いない。でもまあ、同じ街の中だ。気にせずともいつかは巡り合うのだろう。スタンド使いは引かれ合うのだから。








今日も今日とてシーザーは校庭でシャボン玉を吹いていた。シーザーほど上手にシャボン玉をふける人間を私は知らない。ジャングルジムの上に登って、あんまりにも見事にシャボン玉を飛ばすものだから、クラスの男子達はこぞって瞳の色を変えてシャボン玉合戦が始まった。廊下のそこら中に虹色の玉がぶつかり合って、げらげら小学生たちの笑い声が響いていたのもつかの間、こめかみに怒りを抱えた先生の手により、シャボン玉禁止令が施行された。シーザーは言わば小学校の法律を新しく作ってしまったのである。でもとうの発起人は気にせずふかふかシャボン玉を作っている。

「それのどこが楽しいの?」
「別に、楽しくなんてないさ」

じゃあなんでまた? と聞いても答えない、と思ったら、「いつか必要になるときがくるかもしれないからな」 そして今日もまたシャボン玉の具合を確認しているらしい。

「家に帰ってゲームでもしませんか」
「結構だ。そんな子供のおもちゃに興味などないね」
「マンマミーア〜」
「馬鹿にしてるのか?」

とかなんとか言っていたシーザーだが、時間つぶしと始めたひげの親父のゲームをして、彼は先程の私と同じセリフを叫んでいた。本人曰く、本場仕込みの発音である。








そしてその必要なときというのは、案外簡単にやってきた。
すたこら前を歩くシーザーの背中をランドセルの蓋を揺らしながら、パタパタ必死で私が追いかけているとき、一人のサラリーマンとぶつかってしまったのだ。ぱっと見は痩せぎすに見えたのに、案外がっちりとしていて思いっきり跳ね除けられてしまった。「あいたた」とぶつかった頭をふりふりしていると、どうやら彼の荷物も一緒にふっとばしてしまったらしい。巷で噂の美味しいサンドイッチ屋さんの袋が、歩道の端にぽんとある。

「あ、すみませんでした!」

サラリーマンは私を静止したけれど、慌てて彼の荷物を拾いに行った。持ってみると、なぜだかずっしりと思い。なんだかサンドイッチ以外の何かが入っているような、奇妙な重心だ。なんだろう、とその袋を持ったまま見つめていると、ふと影が降り掛かった。振り返ると、男の人が能面のような表情でこちらを見下ろしている。ぞっとした。「す、すみませんでした」「いや……」 袋を差し出すと、男の人は首を振った。仕立てのいいスーツだ。

早くしないと、シーザーを見失う。そう自分の中で言い訳して逃げるように去った。私がいないことに気づいたらしいシーザーがこちらに戻って来てくれたらし。おおい、と手を振ったとき、何やらカチリと音がした。


体が吹っ飛んだ。そう確かに思った。なのに気づいたら何か薄い膜に包まれていて、焦るようにぱくぱくと口を動かすシーザーに首を傾げたら、ぱちんと周囲が弾け飛んだ。びっくりしたことに、とても大きなシャボン玉の中に私はいた。足元のアスファルトには、焼け焦げたようなあとがある。「シーザー、今のは?」「ばかやろう!」 拳を叩き込まれた。

あんまりにも私が危なっかしいから、また変なものを掴まないようにと彼は何かをしてくれていたらしい。それがどうしてシャボン玉になるのかよくわからないし、爆発したように白く滲んだ視界を思い出すと、指先が震えたような気がした。それからもう一回、ばかやろうと頭を撫でられた。自分が一体何をしたのかわからないけど、怖くて震えが止まらなかったから、それは甘んじて受け入れた。








シーザーが、見知らぬおじいさんと話している。おじいさんの目の前にはベビーカーがあって、その中にいるサングラスの赤ちゃんを見て、ああときおり散歩をしていたおじいさんだな、ということがわかった。公園のベンチに二人で腰掛けて、何やら話し込んでいる様子だ。

通り過ぎていいものか、それとも声をかけてもいいのか、よくわからなくてうろうろとしていると、先にシーザーに気づかれた。シーザーはおじいさんとさっさと別れて、「さっきからうろちょろなんなんだ?」と眉をひそめる。

「いやだって、なんでまた。知り合いだったの?」

何を話していたの? とききたくて、声をかけたら、シーザーは綺麗な顔を歪めて、「別に。杖を落としたから、声をかけて渡してやっただけだ」「ふーん……」

まあシーザーは、ときおり親切なそぶりもする。だいたい若い女の人相手だから、おじいさんには意外だけど。「でもなにか話してた?」「まったく。あいつ、すっかりちょいとボケてやがる」「んん……?」 やっぱりまるで知り合いのような言い草だ。

でもシーザーがそれ以上聞いてほしくなさそうだったから、言うのはやめて置いた。オレンジ色の夕日がとろとろと沈んでいく。この頃、杜王町は物騒な街になってしまったから、さっさと帰らないとお母さんが心配する。シーザーもそう思ったのだろう。「とっとと帰るか。ママンのピッツァは最高だからな」と首の後ろの手を当てて伸びをしたから、ははっと笑ってしまった。

「なにか文句でもあるのか?」
「だって思いっきり日本人顔で言うんだもん」
「お前にしか言ってない」

まあ確かに。あれだけ自分はイタリア人と主張するくせに、彼は自分の家族にも秘密なのだ。私が変な力を持っていることを隠しているみたいに。彼は家族を大切にしてる。だから家族を不安にさせることなんて、もちろん言わない。でもどうしてもこらえきれないものを、たまに私に教えてくれるの。

さて帰るぞ、と背中を向けたシーザーの影を踏んで歩いていると、またハチもどきの生物を発見したから拳で掴んだ。

『ヒギャア、ナニヲスルッ!?』
「ひいっ、しゃべった!?」
「だから、、お前は何をしてるんだ!?」





2019-11-01
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私だけが楽しい、幼馴染が変な話シリーズです。