浅霧幻は多芸に極めると自他ともに認める事実だと考えている。それは幼少期からの積み重ねであり、園児たちを片手にひね繰り返しながら、ついでに大人までかるうく操ってみせた。俺ってばバイヤーね、と思い返せば好き勝手に生きてきた。人間の内面とはこうもわかりやすいものなのに、どうして他人にはわからないのか。そのことが不思議で不思議でたまらなかったし、楽しかったのでさらなる探求は止まらなかった。

人に好かれるのも嫌われるのも羨望を受けるのも全てはお手のもので、そのさまを幼馴染であるはいつでもひっそり笑っていた。園児のときも、小学校に通っても、はては義務教育を卒業しても、悪ガキどもを煽動して自由気ままにコウモリのように生きていく俺を笑ってみていた。

彼女とは幼少期からの付き合いであり、付き合いと言えば文字通り男女の付き合いで、言うなればは“彼女”で俺は“彼氏”だ。ただ人があまりにもあっけなく俺の思い通りになるから、いつの間にやら職業として金が稼げることに気づいたときには華々しくメディアにとりあげられ、得意のマジックを披露するたびに彼の周囲には若くて容姿の整った女たちが取り囲むようになったけれど、それでも彼女はなんの文句も言わずにほのぼのと笑っていただけだ。なぜならそうさせているのは彼だからだ。

そもそも彼が彼女を、“彼女”にしてやろう、と思ったのは、が多少なりとて整っている容姿で、家も近所でついでに幼馴染で、楽しめるだろうと考えたからだ。人生楽しく、ついでに楽に生きていこうよ、という標語を看板にしょって生きている。
いつもは笑っていて文句も言わない。ただしずしずと、ゲンについてまわっている。それだけだ。
ある日それがひどくつまらないことに見えたので言ってやった。



「ねえちゃん。君が俺のことを好きなのは俺がそうするようにさせているからであって、恋愛感情なんて、簡単にいじれるものなんだよ?」


そう彼女に告げた翌日、人類はすべて石となった。







何もない空を見上げる。

人工物も何もない空は、ひどくよく星が見える。空気がすんでいるのだ。とっぷりと日が暮れた空を見上げて時折吐き出す息が白い。周囲の森には時折石化した人類が佇んでいる。あれから何千年が経過した。得意のマジックを披露するにも、簡単なものしかできないし、それでも大げさに喜ばれてしまうから調子が狂ってしまう。

「あん? ゲン、なにやってんだこんなとこで」
「いやあ、たまには黄昏たくもなるの、俺だって」
「日も沈んでんぞ」
「時間帯の問題じゃなくってね?」

そういう千空ちゃんはどうしたの、と聞くのも野暮だ。どうせ彼のことだ。採集だとか、実験だとか、科学がすべてでできている男だ。でもそれだけでもないことは知っている。
僅かに遠く。風にのって、楽しげな人々の声が聞こえる。人も増えたものだ。何もない場所から、千空は、全てを作り上げた。いつの日か、全ての文明を取り戻す日が来るのだろうか。いや、来るのだろう。コーラを飲ませてくれた日から、いや、それよりもさかのぼって、目覚めた彼が刻んだ文字を見たときから、うっすらとした期待と、希望があった。

「あのさあ、千空ちゃん」
「あ?」

ざくざく足音を出しながらそいじゃあな、と去ろうとした彼を、ふと呼び止めた。声をかけたものの、続きを言うには難しい。それはあまり自身にはない経験で、服の袖に手のひらを突っ込みながら、座っていた石の上で体を折りたたんだ。「いや、あの、さあ。もしよかったらなんだけど」「なんだよ」 

人も増えた。石である人を救う復活液も、僅かずつなら採集できる。でもあまりにもそれは少しで、世界中の人間を復活されるには、膨大な時間が必要だ。「もし、この先復活液が大量にできてさ、人に使うってんなら」 使うと言うのなら。「使って欲しい、子が、いるんだけど……」

人をまとめるには数の制限がある。多すぎる集団は、まとまりを失う。だからこそ、これ以上は増やさないようにと伝えたのは、彼自身だ。あん? と千空は耳に人差し指を突っ込みながら、首を傾げた。「誰だ? そいつ」

「えーっと、まあ、俺の彼女? うん、彼女なんだけど」
「どっか遠くにいんのか」
「いや、そこまで遠くない。この目で確認したから」
「壊れてんのか」
「損傷は、そこまでひどくなかったかな。運がよかった」

ただ座っているだけみたいだった。彼女の姿を確認したとき、これ以上風化が進まぬようにとできる限りの行為はしてきたつもりだ。ぬくもりがない肌を撫でて、不思議な気持ちになった。千空が背中を向けて去っていく。のれんを押したような反応だ。でも情に厚い彼のことだ。きっと心には留めてくれている。ざくざく、と進んで、「おいゲン」 振り返った。「さっさと行くぞ」「へ?」 月明かりの下でも、呆れたような表情がよくわかる。


「さっさとそいつ、復活させに行くぞ」


何を馬鹿なことを言っているんだ、という顔をしている彼を見て、こちらがそれを伝えてやりたくなった。言ったじゃないか、復活液は本当に僅かしか作れないだから希望の人間を復活させていくには数が足りない。あいつを復活させたのに、こいつはだめだ。そんな選別はできやしない。あのさ、千空ちゃん、おばかなの? いやそんなことないって知ってるけど。俺の言葉、覚えててくれた? ねえちょっと。そんな調子でどうすんのさ。「お前、自分の顔見えてんのか?」

こっちはメンタリストだってのに、肝心なときに声が出ない。

鏡なんてないんだから、見えるわけもない。
ぱくぱくと口を動かした。恋愛感情なんて、簡単にいじれるものなんだよ? そう伝えたは、いつものように笑っていると思った。けれども彼女はぴたりと笑みをとめて、ぼんやりとこちらを見上げた。それから僅かに悲しげな顔をしていた。いや、そうなることくらい、本当は知っていた。その顔が見たかったのだ。

こちらがいくら可愛らしくってきれいな女性に囲まれても、笑みの一つも崩さない少女の顔を崩してやって、それをしたり顔で満足して、その満足する自身の内面を覗いた。間抜けな話だ。それからあの光を見て、暗闇の中に放り込まれたとき、少しずつ消えていく思考の中で、彼女の思考が少しでも早くなくなることを祈った。

彼女は石になりながらも、悲しげに、俺のセリフを繰り返し考えていたのだろうか。



歪んだ自身の顔に手のひらを添えた。石化から解けた際にできたひび割れに指を添えると、ほとほと冷たい雫が手のひらにこぼれた。涙ばかりが溢れていた。近いってんだろ、さっさと行くぞ、丁度できたばっかなんだ、とこっちの心情を知りもしないで、合理的なこの男は急かしてばかりだ。勘弁してよ。ちょっとくらい、持ち直す時間をくれよ。いつもみたいな、飄々としたコウモリ男の顔くらい、いくらでも貼り付けて縫い付けて、へらへらしてやるから。





久しぶりに見る彼氏の顔だ。かっこよくて素敵な方が、はきっと喜ぶと思うからさ。




2019/12/01
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ゲンを見るとニコニコがとまらないので毎週アニメが大変楽しいです。新刊も待ってます。