| 夢だったんだろうか。 もしかしたら、全部夢だったのかもしれない。なるほどそう考えると全部つじつまが合う。長い長い白昼夢だったのだ。ちょっと長すぎですねハッハッハ。 そんな笑い声を思わず自分へと投げかけてしまうくらいに、私は混乱していた。けれども訪れた英語の授業に、私は自分で自分の耳を疑った。 英語の先生が、何をいっているのか、なんとなく理解できるのだ。一晩にして英語力の上がった女ですと拳を握りしめたくなったのだけれど、残念ながら筆記はだめだめで、発音の方は「何だか時々変な発音になっちゃってますね」といわれてしまった。そうか発音は変だったのか私。でもこれはなんたる事だと自分に戦慄した。 とっても凄い白昼夢だった。見ているだけで英語力が上がってしまう白昼夢だった。嬉しくて寂しくて楽しくて、思い出すだけでも、ぐいっと胸を捕まれてしまいそうな白昼夢だった。 別に、なんでもいいのだ。夢でも現実でも、あんなにリアルだったのだから、私の中では何も変わらない。「………あいたい」 三度目に考えたオレンジ髪の青年に、私は教室の机におでこをくっつけて、頭を冷やした。「あいたい」 けれども、今度こそ、会えやしないのだ。 彼に嫌われてしまったなら、なんとか頑張れる。もしかしたら、私の事をまた好きになってくれるかもしれない。私が、彼に会う事ができないなら、なんとな出来る。物理的なものだったら。 けれどもそんなものを超越してしまっている場合、どうすればいいんだろう。 夢の方が、きっとよかった。目を瞑れば瞼の上に浮かんでくる光景がある。けれども、目を瞑ったとしても、真っ暗な闇しか映らなくて、耳の奥へと残る彼らの声が木霊した。 「偶然、こっちへとやってきただけかもね」 そんな声。 (………偶然) それって、少し、ひどくないか? 偶然なんて簡単なもので始まったのだから、またまた簡単なもので終わってしまっても、本当におかしくないんだろうか。 ひどい。ひどすぎる。そんな簡単にすまされるなんてひどすぎる。 私はそんな事があったからこそ、彼らに出会えたんだと殊勝な事を考える事ができなかった。終わってしまった事に対して、ひどいなぁ、と嘆く事だけしかできなくて、さみしい。あいたい。 見かけによらず、大食いのアレンさん。 彼といえばいいのか、彼女とよべばいいのかちょっと困ってしまう、ジェリーさん。 ツインテールに可愛らしい笑顔が素敵なリナリーさん。 いっつもよぼよぼだけれど、なんだかんだと優しいリーバーはんちょ コーヒーの匂いが漂う、ベレー帽のひつちょさん いっつも怒っているように見えて、実はやっぱり怒っている神田さん。 たくさんの、いろんな人。 、ラビさん。 みんな、すきだ。とってもすきだ。例えばそれは、この世界を振り切っていけるほどに好きなのかと訊かれれば、そんな事考えられないとしか思わない。 だって両方ともが私の中で形作られていて、どっちを選ぶ? はいこっち、と簡単に決める事が出来なかった。そんな中途半端でゆらゆらとしていたものだから、私はこっちへと戻ってきたんだろうか、そうなんだろうか。 (………どうなんだろう) もし。 もし現在、彼らの世界に行けるよと、誰かが手を差し伸べてくれたのなら、私はその手のひらをとるのだろうか。 頭の中に、真っ白い誰かの手が思い浮かんで、ゆっくりとそれは色んな形へと変わった。大きくて、ごつごつとしている手。優しい女の子の手。線が細い、けれども男の人の手。暖かい、大きな、私の頭をくしゃくしゃとした、優しい手。 机から、私はがばりと顔をあげた。 同時に、ガタリと椅子が大きな音を立てる。 立ち上がった身体は、弾けるように教室の扉を開けて、だっと廊下を駆け出した。駆け出したかった。 結局は、他人なのだ。部外者なのだ、私は。そんな事きちんと実感したし、今現在、とっても、とっても認識させられた。だからこそ彼らに会う事が出来ないし、寂しい思いをした。部外者が私で、私が部外者だ。 廊下を走るな! と叫ぶ老齢の先生の声が聞こえたけれども、私は「ごめんなさい!」と大きく頭を下げて、またスピードをあげる。 ドキドキとする心臓を、誤魔化したかった。体中を動かしたかった。 ひどい話だ。偶然の部外者は、いつの間にかその中に入りたいと考えていた。初めは言葉が通じる事ができなくて、居場所が欲しかった。いつも無条件に与えられていた場所を、自分で勝ち取りたかった。受け身だった。なんとかなるさ! とその場その場でごまかしていた。実際多分、なんとかなった。でも寂しかった。 ぽんっと足から上履きが滑り落ちた。バランスが崩れた身体を持ち直すようにバタバタと手足をみっとなく動かして、前へと進んだ。もう一つの上履きも、どこかぶっとんだ。 けれども、彼が話しかけてくれたのだ。俺はラビだよ、彼はそういった。アイアムラビ。簡単な言葉で教えてくれて、話してくれた。とっても幸せだった。 言葉が分からなくて、恐かった。話す人間が、みんな同じ人間に見えなくて、本当は、少し恐かった。けれどもきちんと同じ人間なのだと彼は教えてくれた。 駆け上がった階段に、足がもつれそうになりながらも、上を見詰めた。靴下の上から直接に伝わる感覚を、しっかりと踏みしめて、身体を上へと上げる。 言葉が違う。やっぱりそれって部外者なんだろうか。それ以前に、世界が違う。もちろん部外者なのだろうか。きっと部外者、そうだ部外者。けれども、けれども、 彼らは、きちんと、私を一人の人間として扱ってくれた。 英語なんて、まったくもって分からなくて、会話もできなかったはずなのに、「メシ」といってくれた赤髪さん。英語の先生に、「変な発音だ」といわれた私の言葉をしっかりとうけとめて、話してくれた彼ら。みんな。 幸せだった。居場所があった。言葉なんて関係なかった。日本語が話したかった。ホームシックだった。けれども彼らの場所に私の場所もあって、彼らの事を大好きだった。とっても好きだった。好きになった。今でも好きだ。好きだとっても好きだありえないくらいに好きだ! 「それじゃあだめなの!?」 バン! と重い鉄の扉を、思いっきりに押して、力の限り叫んだ。広がる青い空にはぽつりと白い雲が漂っていて、ぶわりと大きく眼前を風が包み込んだ。「だめなの!」 叫んだ私の声は、どこへなりとも四散して、髪がばさばさと振り乱される。「だめなの、好きなだけじゃだめなの、それでも私は他人なの、会えないの、国がなんだ、言葉がなんだ、世界がなんだ!」 「そんなの私は超越しちゃったぞ!」 乱れた息に心臓がバクバクと高鳴って、お腹がきゅっと痛くなる。けれどもそんな事は知らんぷりをして、形がないようにくるくると暴れ狂う透明な固まりどもに、私は叫んだ。 「すごいぞ、すごいんだぞ、これってきっとすごいんだぞ! 好きだよ、あの人達が好きだよ、おかげでただ今すっごく会いたいよ、会いたいよ、会いたいよ! ずるいよ、勝手だよ、会わせてよ、チャンスが欲しいよ、次ならもっと私上手くやれる、もっと仲良くなれる、言葉が分かるようになったんだ、これって凄いことなんだよ、私の英語の点見てみるか! 目が腐るよ! 見せないけど!」 「チャンスをください!」 ぐいっと空へと伸ばした手のひらは、誰かにひっぱられるように浮かんだ。ように思えた。手の平をぎゅっと捕まれた感覚は、大きな手のひらだなぁ、と思った。誰だろう、嘘だ、知ってる。これが誰か知ってる。 おちた。 まったくもって見覚えのないそこは、誰もいなかった。まったくもって誰もいなかった。部屋でもなく室外でもなく、廊下のようににゅっと伸びていたその場所で、誰かと誰かが口論をしている声がきこえた。 身体が動く。声が耳に響く。扉を叩いた。ノックした。返事を聞かずに、開けてしまった。 長い赤髪にツンツンとした髪型、顔半分を覆った奇妙な仮面に真っ黒い服装で「マネー!」と叫んでいる人。「金かえせ!」と叫んでいる男の人。「ねぇモンは返せネェよ!」「返せ! それでも返せ!」「無理だな!」「かね!」「マネー!」「マネマネ!」 「…………赤髪さん!!」 思いっきり叫んだ言葉に、彼ら二人は、やっとこさ私の存在に気づいたかのように、ああんと顔を動かした。赤髪さんが驚いたように片目しか見えない表情で、ほんの少し目を見開いて、首を傾げた。「なんだおまえ」といわれてしまいそうなその状況で、私はぐいっと唾を飲み込む。 「もういっかい、ドナドナしてください!」 BACK HOME 2008.12.23 |