「やあーん、アジアけーい!!!」 目の前の女の子は、パーッと顔の周りにお花を散らしていた。両頬にぺしっと両手を合わせて、にこにこ幸せそうに笑っていた。分厚い眼鏡がころんと転がり落ちてしまいそうだ。「やーんかわいい! かわいいー! やっぱりね! 科学班とかだとね! 男の子とか男の人とかの方が多いし!! あーん、女の子がいると落ち着くぅー!」 かんわいー! と私はホッペをぶにぶにされながら、早口で喋られる女の子の言葉に、「お、おう、おうおう、おふう……?」と首をかしげていた。大体こんな感じだと思うのだけれど、合っているだろうか。ちょっと自信がない。じわじわ、と照れてきた。同性の女の子に可愛いと言われて照れてしまうだなんて、自分でもちょっと情けないけれども、言葉がうまく口から出なくなった。ありがとうは謝謝だよね、とわかってたけど、やっぱりパッといきなり中国語を話すことができなくって、私は両手をぐーぱーした後、英語で、「あ、ありがとう、ござます……」「カタコトかわいーい!!」 わひゃーい、と今度は両手をもたれて、ぶんぶん振り回された。目を白黒させながら、彼女の隣にいるしふさん、いや、シィフさんに助けを求めると、シィフさんは、細い瞳をもっと細くさせながら、「蝋花、興奮しすぎだと思うけど」と呟いた。李桂さんはけらけら笑っているだけだったので、後でパンチでも食らわせたい。 ろうふぁさんは、「あ、ほんと? ごめんね?」と言いながら、パッと私から両手を離した。ちらっと私を見つめて、にこっと笑う。私も笑い返した。「やーん!!」と言いながら、もう一回両手を持ってぶんぶんされた。李桂さんは相変わらずゲラゲラ笑っている。 みんなひつちょさんと同じく、科学の先生のような白衣を着ていて、なにやら科学班というところに所属しているらしい。でも見習いらしい。ひつちょさんとか、リーバーさん達はいっつもふらふらボロボロになっていたので、大変な場所なんだと認識していたけれども、何をしているのか、相変わらず私はわかっていない。あそこで話される英語は難しすぎて、ニューカマーな私にはまったく理解できないのだ。 若さの勝利なのか、それともやっぱり私が想像するものと部署が違っているのか、ひつちょさんに比べて彼らはワーイ! と元気いっぱいだ。「よしッ! 飯に行くぞ!」という李桂さんの掛け声で、蝋花さんが、「行くぞー!」と私の腕をひっぱった。「お、おー……」と空気を読んで掛け声をしてみたら、シィフさんは特に何も言わなくて、すたすた歩いていた。あ、ちょ、ちょっと待ってください。 *** 私は、いつになったらこの場所から、ラビさんがいる場所へ戻ることができるんだろう? あの場所と、この場所は、場所は違うけれども、やっぱり同じようなことをしているということには薄々気づいてきた。なんてったって、ひつちょさんと同じ白衣だし、デザインはちょっと違うけれど、アレンさんや神田さんみたいな真っ黒い服を着た人もいるし、あそこでは真っ白い服をきていて、“探索部隊”と呼ばれていた人たちもいる。 私は間違った場所に来てはいない。ちょっと惜しい。あと一歩。だというのに、やっぱりここはラビさんがいる場所とは違う。バケツを抱え込みながら、私は廊下の端っこで小さくなった。他の人に邪魔になる、と思ったけれども、この場所はあんまりにも広すぎて、人が全然通らない場所も多かった。ここもその一つだ。 胸が、ぎゅっと張り裂けてしまいそうだった。(あいたい) 会いたい。ラビさんに会いたい。ものすごく会いたい。李桂さん達がいる。でも、ラビさんはいないのだ。アイアムラビ。一番最初に、私とお話してくれた、眼帯の優しいオレンジ色の男の人はここにはいない。(ラビさん) 気づいたら、ぽろっと涙がこぼれていた。バケツのお水の中に、ぽちゃんっと水がおっこちる。私は慌てて手のひらで拭った。鼻水がずるずるしている。これは困った。それなのに、またポロッと水がバケツの上で波紋を作った。 私は勢いよく、ずるっと鼻水をすいこんだ。泣いてたって仕方がないのだ。ここはどこですか? と訊いても、ラビさん達みたいに、ここの人は私の下手な英語の意味をきちんと汲みとってくれない。全然会話が通じない。どうしたらいいだろう、と思ったけれども、私が言葉が下手なことがダメなんだ。もっと上手になったらいい。英語がダメなら、頑張って中国語を覚えなきゃいけない。(できる) とは、全然思わないけど。そう考えないと、私は一生ラビさんに会えなくなる。 バケツを抱きしめながら、ババッと歩いた。そしたらまた、ポロッと涙がこぼれてしまった。私は立ち止まって、うーい、とおっさんくさい声を出しながら目を瞑って、鼻をすすっていると、「?」 と声をかけられた。ハッとした。ごしごしっと両手をこすった。 「泣いてんの」 いつもはケラケラしている李桂さんが、ぎょっとした顔をして、こっちを見ていた。手には何やらたくさんの資料が積まれている。私は慌ててバケツを廊下に置いて、もう一回ごしごし両目を拭った後、へらっと笑った。下手な言い訳をしたって、通じるわけないのだ。だったら何にも言わない方がいいと思ったのだ。李桂さんは顔をアセアセとして、「気分でも悪いのか?」と訊いてきた。多分。そんな感じのニュアンスだったと思う。私はババッと首を横に振った。それでも李桂さんは困ったみたいな顔をして、じいっと私を見ていた。 私は取り敢えずゆっくりと息を吸い込んだ。そしてもう一回李桂さんを見ると、李桂さんはいつもは元気な顔を、戸惑ったみたいにさせた。私は即座に彼の資料の半分をいただいた。「うおっ」「もらう、ます!」 「!?」と背後で声が聞こえる。「研究室で、あってる!」 研究室に持って行ってもいいよね、と言いたかったのだけれど、うまく言葉が出なくて私はそう叫んで、テケテケと歩いた。そしたら、すぐに李桂さんが隣にやってきた。もう半分の資料を持って、「ありがとーな」と李桂さんが言っている。「うん!」と私は頷いた。 隣で、李桂さんは歩きながら、じいっと私を見下ろしている。私は頑張って平気な顔をした。だって李桂さんの前で泣いてもしょうがないからだ。そんなことをするくらいなら、頑張ってお話の一つでもして、言葉を覚えた方がいいのだ。 けれども、今はちょっとだけ元気がないので、とにかく体の方を動かすことにした。廊下に置いたままのバケツを、後で取りに行かなきゃならない。ふと、李桂さんが何かを呟いてた。なんか、悩んでるなら、俺に言えよ。みたいな、この李桂様が、パパッと解決してやるぜ、みたいな。 あんまりにも早口すぎて、話の半分もわからなかったけれど、私はピタッと立ち止まった。そして、李桂さんを見上げた。「謝謝」 しえ、しえ。 李桂さんは、パッと瞳を大きくさせた。そして、「不用謝!」 ぷーようしえ。どういう意味だったかな、と私は暫くあわあわした後、どういたしましてだ、と気づいた。李桂さんは、資料を片手で抱え直して、私の頭をゴシゴシ、とするみたいにもう片方の手で私の頭を撫でた。 私がへへ、と笑うと、李桂さんも、おんなじように、へへ、と笑った。 BACK HOME NEXT 2012.01.17 |