strike.muss.death



俺は転校生そして悪魔がいたのデス。







あるお天気のいい日の事だった。いい天気だなぁ、今日も一日頑張れるかなぁ。そんな事を考えながら、残念な事に、前の学校とはおさらばし、俺は今日、転校生となった。転入生っていった方がいいのかな、と一人で首を傾げ、まぁとにもかくにも、あと一年で卒業だという小学校を抜け、新たに並盛町、並盛小学校へと、新たに踏み入れたのだった。


がんっガラガラガラ!

響いた破裂音とも思われそうな音に、前を歩いていた女性教師は恐ろしい形相で振り返った。長い茶髪を一つにくくり、ずれたメガネの彼女は俺の担任らしい。大きく顔を動かしたものだから、またまたメガネがずり下がり、「ど、どうしたのくん!」と甲高い悲鳴を上げる。
俺といったら頭を下半分に下げたまま、べったりと階段へとくっつき、斜めな身体で頭に血が上ってしまいそうだった。黒いランドセルが頭の上までずれていて、ちょっと重い。

階段の段差をずっこけてしまったらしく、脱げた青い上靴が、ぽとりとそこらへ落ちていた。

駆け寄る先生に、心配をかけまいと俺は力強く立ち上がる。その瞬間かがみ込もうとしていた先生は「ひえっ」と驚いたように後ずさった。その後に、どこも怪我をしていない? 保健室に行きましょうか? と俺の身体をぺたぺたと触る。
それがなんとなくこそばゆくて、「ダイジョーブですせんせー」と俺はぱぱっと右手を挙げる。

本当に? と彼女は疑わしげな目線を送ったけれども、本当に、俺は痛くもかゆくもないのだ。
転校初日から遅刻はまずいだろうと考えて、「ほらほら、早くいきましょーせんせー」とパタパタ彼女の背中を押すように先へと進む。「ええ? やっぱり頭とか打っていたら大変なのよ」「ほらほらー」

にかっと笑った俺の口元を見て、ふう、と彼女はため息をつき、じゃあ行きましょうか、と先頭を歩く。
俺もその後へと、口笛を吹くような体勢で、頭の後ろへと両腕を組み、ふらふらと歩いた。



人間、何か特技があるものである。
それは母親曰く、小さな頃から分かる人もいれば、大人になってから気づくときもある。なんとなく、「あ、これだけは多分だれにも負けないなぁ」と思えるものがあるのだ。もしくはなんとなく、相性がいいともいう。

俺の場合、それは早々に発見された。

どうやら俺は、バランス感覚が極端に悪いらしい。その上ちょっとおっちょこちょい。包丁を持てば指を突き刺すのは日常茶飯事。階段なんて上から下までごろごろ転げ落ちるし、自転車なんてもっての他で、顔面衝突。
かけっこすれば必ず転けて、跳び箱をすれば頭からぶつかる。
運動神経が悪いわけじゃあないのに不思議でしょうがないと両親は首をひねる。バランスだ。持って生まれなかったものはしょうがない。

しかしそんなマイナスを、補ってあまりあるものを、俺は持っていた。



先ほど転けた階段は、中々に痛かった。尖った角が腹の内臓へと食い込み、その上ランドセルで強打。「ぐえ」とつぶれたカエルのような声は、先生には聞こえなかったらしい。普通ならば大きな青あざがあるであろう腹を、ぺらりと俺は捲ってみた。

そこはいつもと変わらない真っ白い腹で、ガンガンと響いていた痛みなどどこにもない。もちろん手足その他全部無事。


どうやら俺は、人様よりもかなり身体が頑丈らしい。


体調が悪いなぁ、と思えば一晩寝ればすっきりだし、顔全体に付けられた擦り傷は、やっぱり一晩眠れば元に戻る。大きな怪我は、生まれてこの方した事がない。
アンタ本当に頑丈ねぇ、と母は笑う。父もいいことじゃないか、とビールを片手に朗らかに呟いた。
確かに俺もそう思う。
しかしながら、このドジッ息子(ドジッコ)属性はなんとかならんものかなぁ、と思いつつ、「ひぎゃ!」

クン!?」

廊下へとぶちつけた顔を、アイタタタ、と右手で撫でた。






「初めまして、です、よろしくおねがいしますー」

目指せ友達百人だ、なんて事は思わない。けれども残り一年で卒業してしまう学校は、なるべく朗らかに過ごしたいとは思っていた。
どちらかといえば社交的な方ではあるし、へらっと俺は笑って、新たなクラスメート達のパタパタと手を振った。
対する彼らも、「おー!」と手のひらを垂直へと振り上げ、にこにこと笑う。しかし気のせいだろうか、教卓を挟んで左側の生徒のノリと、右側の生徒のノリの差が、随分激しい気がする。
中にはぐーで手を握ったまま、萎縮したように机へとかじりついている生徒の数がときどき。人見知りなのかな、と俺は首を傾げ、先生が「くんの席は、空いている席ね」と口にした瞬間、クラス中の空気が固まった。


なんで? どうして? まるで触ってはいけないものに、爪先が触れてしまったかのように、水を打った静寂の中、先生の視線が固まった、空いている席へと俺は視線を向けた。
なんでみんな強ばった表情に、僅かに唇を痙攣させているんだろう。俺がそこへ座ればいいだけの話じゃないか。

俺は先生に、「じゃ、俺そこですねー」といいながら、固まるクラスメートの間をひょいひょいと通り、窓側から二列目半分の場所へと向かった。
「待っ」と何故だか止める先生の声が聞こえるが、さんさんと照らされる太陽の光がまぶしく、俺はトントン、と足を進める。
あ、ここだ。そう思った瞬間だった。

見事なまでに、足首がゴキリとぐねりとひねってしまった。


お得意の転け戦法に、空いている席の椅子へと身体を強かに打ち付けたとき、巻き添えに、その隣のピタリと窓側へとくっついている席へと座っていた少年の膝元へと激突した。ちなみにその瞬間、クラス中の生徒達が、ぐっと息を飲み込んだ音が聞こえたのだが、俺自身そんな事知るよしもない。

華奢で骨張っている足に思いっきり鼻を打ち、「いちちち……」と鼻を僅かに押さえつつ、顔をゆっくりと上げた。
太陽からの逆光で、その少年の顔はよく見る事が出来ないが、黒髪に大してでかくもない背で、微動だにせず椅子へと垂直に座っていた。
俺は「ごめんごめん」と軽く謝り、手刀をぱっぱと切る。

そのまま俺は席へと座り込もうと回り込み、改めて俺がぶつかった彼へと挨拶をしようと、にーっと笑った。


「俺。お前ナニ? なかよくし」


ちなみに最後まで台詞が紡がれる事はない。



視界が見事に反転した。天井へとぶら下がる蛍光灯が一瞬チカリと光り、顎下が僅かにきしむ。骨がミシミシと音を立て、割れてしまいそうだと冷静に考えた。
のんびりと時間が進むことは一瞬。
顔が丁度真上を見た後には、瞬間移動をしたのではないかと思うほどに、誰かの席へと後頭部を打ち付けた。
ゴンッ!

流石の俺も痛みに悶えながら、目の前の少年が、俺へと向かって強烈なアッパーを放った事を理解した。
脳みそがガタガタと震え、ぐらつく視界が徐々に平静に、喉からハーッ、と息を乗り込み、思いっきり俺を殴ってくれた少年を、ジロリと射抜いた。

彼は相変わらず真っ直ぐに前を見詰めたまま、真っ直ぐに椅子へと座っている。特徴的な切れ目の瞳は瞬きのときのみ微かに動き、本当に今、こいつは俺をぶん殴ったのだろうか、と疑問に思った。けれどもその名残かというように、右手だけキチンとぐーで握られており、気のせいじゃあないよなぁ、とうんと頷く。

何故俺は殴られなければならないんだろう。


「あのさ、俺ぶつかったのは悪かったけどさ、いきなり腕力でモノをいうってのはどうよ、オイオイ謝ってるジャン俺、なぁあのさ」


ちなみにその台詞も、最後まで紡がれる事はなかった。名も知らないその少年が「鬱陶しいよ」とぽそりと放った台詞と共に、俺の鳩尾へと見事なパンチが繰り出された。ぐぼっ! と腹の胃がひっくるかえるような衝撃に、口の中の唾をはき散らし、勢いのまま、後ろに吹っ飛ぶ。確かに今、僅かに身体が浮いた。
ぐるぐると混乱した状態のまま、腹を押さえ、彼へと向かい合い、「え、いま、え、なに、これどゆことですかい?」

何で俺が一方的に殴られなきゃいかんのだろうか。ぐるりと周りを見返すと、彼らは時々小さく「ひっ」と喉の奥から洩れたような悲鳴を上げ、机ごと教室の隅へと何故か先生も一緒になって、避難していた。何かの小動物達を連想させる光景に、それによって、俺と少年の周りがぐるりと囲まれた机サークル状態。コレは新手の苛めだろうかと転校早々アンハッピーだと腹をぐいっと押さえつける。「い、イジメ反対! カッコワルイ!」

喉から本気で叫ぶ俺の思考とは裏腹に、目の前の少年はふらりと椅子から立ち上がり、興味深げな瞳でじろりとこちらの足から頭を品定めでもするかのように、眺めた。

「………一体なんなんだよ、お前」
「君、中々に丈夫だね、面白い」

ぺろっと彼は舌なめずり。…………なんだろう、ちょっと泣きそう。

その瞬間少年のハイキックが、俺の横っ面を叩こうと振り上げられる。「うひぃ!」ほぼ反射的に俺は、身体の全体重を左へと傾け、縮こませるような頭の左側を両腕で守る。
ゴムを伸ばして伸ばして、そのまま手を放したかのような音が響き、ソレと同時俺の両腕の骨へと深い衝撃が走った。

半分瞑りかけていた目をこじ開けると、今度は左フックのように曲げられたパンチが、俺の耳を思いっきりぶったたく。
風船が弾けたような音が脳内を揺さぶり、先ほどアッパーをかけられたときのように身体と頭がフラフラとする。
けれどもがむしゃらに彼の足止めをするように、少年の足首辺りを叩きつけるようにぶちのめす。そうしようとした。

彼は軽いステップでその場をさけ、見事にからぶった俺の足は、壁へと滑り抜けるようにしてバランスを崩す。(こける!)けれどもそれはナイスだったらしい。
仰向けに転げようとする俺の眼前をうなる拳が通り抜けた。ひんやりとした冷たい風が鼻先を抜け、身体を伸ばしきった彼の体勢を下から見上げ、その腕へと思いっきり抱きつくように、手を伸ばした。

一緒くたに倒れようとした俺の身体を、彼は何の躊躇もなくしっかりと履いた上履きを振り上げ、俺の腹へとめり込ませる。
さっきのパンチなんて目じゃない。今度こそうげぇ、と黄色い胃液と消化の仕切れていない朝ご飯を飛び散らかせ、そのまま床へと僅かにバウンドし、背中から落ちた。

口の中のすっぱい味とつぶつぶを感じながら、流石の俺でも一瞬ぼやけた視界の中で、真っ黒い何かが迫ってくる。これはヤバイと本能で気づき、急いで身体を転がらせ、丁度そのときまでに俺の顔が居た位置に、ぼごお! と激しい衝突音が降ってきた。

少年と目が合うと、彼は「にっ」と口元を歪め、心底楽しそうに嗤う。かいた冷や汗をぬぐう事もできずに、目を何度か手の甲でこすり、そのまま立ち上がり、バックステップを踏んだ。
足が僅かにふらつくが問題ない。


なんなんだ、と考えるまま、俺は右の拳を突きつけるようにして彼をギロリと見詰める。
口を開く間もなく、どこにもなく振り上げられた肘打ちをかいくぐるように、彼の腹へと、身体ごと激突した。
俺の固い頭蓋骨が彼の腹部へとぶつかり、僅かに彼が咳き込んだような声がする。そのままぐっと肉をちぎれるほどに口を噛みしめ、何度も頭から衝撃をぶつける。「ハァっ!」

ためていた息を、一気に吐き出し、拳を握りしめた。彼と同じように、そのまま顎を狙い、ぶんっと振り上げた手のひらは軽く受け止められ、それと同時の反対の手のひらで、俺の髪の毛を思いっきり握りしめられる。ぶちっと何本か千切れる音が聞こえて、その手のひらを振り払うように動かした瞬間だった。


思いっきり、後頭部の首筋辺りに重い衝撃が加えられた。

おそらく彼の肘打ちがめり込んだのだろう。首の骨の衝撃が口腔まで揺らし、歯が全て抜け落ちてしまうかのほどにガタガタと震えた。
自然と口が開き、間からはだらりと唾が流れ、綺麗に掃除をされた床へと落ちた、その中には僅かに赤い色も混じっている。

俺は半分彼へ抱きついたまま、へろへろと足の力を失い、そのままゆっくりと意識が閉じた。

生まれてこの方初めて、俺は気絶というものを体験した。






次に気づいたときには自宅のベットの上だった。開いた瞳の奥で、つい先ほどまでの、サンドバックのようだった自分を思い出し、しかしながら何処にも痛みなんてない事に、まるで夢かなにかのようにも思えてくる。
本当にそうなのかもしれない。
だってあってたまるか? 偶々ぶつかったというだけで、鬱陶しいと切り捨てられ、ぼこぼこ状態。

いやあアレはやっぱり夢だったんだ! と開けられたカーテンの向こう側で、俺は大きく伸びをした。
きっと今日から学校が始まるに違いない。

「かあさーん!」

一階へと水仕事をしている母へと声をかけ、そのまま元気に階段を降りた。やっぱりそのとき足を滑らせて、頭から落ちた。「あらあらったら元気ねぇ」といつも通りなご挨拶に、お互いハッハと笑った。


「じゃあ学校二日目頑張って登校してね。昨日みたいに頭を打ち付けて出戻りなんていやぁーよ」

母が可愛らしく、ノンノンと人差し指を振る動きを目で追って、俺の思考はピタリと止まる。
パクパクと動かした唇からは僅かな吐息しか洩れなくて、頑丈元気な身体の中で、唯一じくりと嫌な音がする後ろ首へと、思わずちょんと指を伸ばした。
嫌な汗が背筋をぞわり。


(………あれ)
二日目ご登校さようなら


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2008.11.10
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