strike.muss.death



ちょっとくらい漢字が読めなくたっていいじゃない。






首の後ろが痛い。激しく痛い。名も知らぬ少年からの(おそらくは)激しいエルボーを思い出せば、一瞬頭がぐらりとする。母さんに、「俺首のなんかなってない? 青かったりとか紫とかさ!」 と訊いてみれば、「あらやだ綺麗な肌色よう。あんたもうちょっと日に焼けなさい」と怒られた。

なんだって。俺ってやっぱすごい。超頑丈。



なんていってられる訳もなく。

母さんへと、「学校へなんて行きたくない! せめて今日は休ませてください!」 とかなり本気で土下座をしたのだが、せっぱつまった俺の懇願は、「最初が肝心よ、ガツンと一発!」 という母の親指に負けた。

家からはじき出されかなり本気で涙が出そうになりながら、ノコノコ教室へと行く。さぼる根性なんて俺にはない。いくら頑丈ったって、痛いものは痛いのだ。嫌だなぁ、今日はあいついるかなぁ、いないといいなぁ、そもそもなんで俺ぼこられたんだろう。ちょっと足が滑ったくらいじゃん、許してくれよ短気くんめが。



あー、と頭を抱えながら、ピンク色の教室のドアへと、ゆっくりと手を伸ばす。握りしめたランドセルの紐が、ぎゅぎゅぎゅ、と音をたてた。ガラリ。

勢いよく開けたドアに、一気に視線が集まり、クラスのみんなが、会話途中の不自然な大勢のまま、しんと沈黙が広がった。
しばらくすると、またざわざわと聞こえる声に、なんともいえない気持ちまま自分の席へと足を伸ばす。はい死亡フラグ。



やっぱり昨日の少年は、変わらずピッタリと背を伸ばしたまま椅子に座っていた。周りなど眼中にない様子で、窓の外へと視線を投げている。
こいつの隣は俺の席だよなぁ、座っていいのかなぁ、やっぱり俺帰っていいのかなぁ。

さまざまな葛藤が入り混じり、俺は口をへの字にしながら、あー、と頭を下げた。大丈夫。こいつは外を見ている。俺なんかに興味ないさ。興味ないさ。興味ないよね!?


ゆっくり伸ばした手は、イスの背もたれをぐっと掴んだ。
ギギギ。

イスの足が床を滑る音が、ゆっくりと響く。予想以上に大きな音に、思わず肩をびくつかせ、顔をあげると、「…………」「…………」 見ている。おもいっきりこっちを見ている。


黒髪の少年は、瞳だけをこちらに向けながら、じろりと見つめた。固まった体に、思わず彼の拳が襲ってくるような幻が見え、筋肉が思わず痙攣した。ごくり。飲み込んだつばに、長い沈黙が聞こえる。周りの生徒の会話が、ずいぶん遠い。「、あー、あー」

大丈夫だ。こいつだって人間だ。昨日はちょっと、俺が足を滑らせたものだから怒っただけだ。大丈夫。大丈夫。だって人間には、言葉という素敵なアイテムがあるじゃないか!


「きみ、その」

俺は最低限言葉を選びながら、にこっと笑顔を見せた。スマイル。あまりの緊張に、イスの背もたれを握る指先が白く、ぶるりと震える。痛い思いは勘弁です。
そもそも俺は、こいつの名前も知らない。です! と二回名乗るのは少々気が引けたので、こっそりと瞳を動かし、そいつの服の胸へとついている青い小さな名札をちらりと見つめた。意外とまじめらしい。

(…………なんて、読むんだろう)

わからない。なんだろう、難しい漢字が後ろについてる。なんだっけ。思い出せ、あれなんて読むんだっけ、その、たしか、その、「………昨日ぶりだね、すずめくん!」



パンチが宙を舞いました。



おかしい。俺は思いっきりフレンドリーに話しかけたはずなのに、これはおかしい。のけぞらせた体の上を、高速で拳が通り、一瞬だけ掠った鼻の頭がじくじくと痛い。ふらり。揺れた体の向こうで聞こえる周囲の音は、悲鳴だった。


「お、おま、何しやがんだこのヤロウ!」
「君、いまなんていった?」
「なんもいってねーよ! 俺いますっごいフレンドリーだったじゃん!? なんなの! なんなのこの子、箸が転がっただけで怒る子なの!? いったいどういうことなの江戸っ子なの!?」
「意味がわからない」


しゅっしゅっしゅっしゅっしゅっしゅ! 
激しく繰り返される拳の動きに、何発かボディーに食い込んだ。遠くなる意識をぐいっと戻して、彼の足の間を滑りこむように抜ける。ダン! 踏みしめるように動かされた足を、俺が両手ですくい上げるように握り締めたものだから、彼は崩したバランスに、近くの机へと激しく頭を殴打した。がおん! と響く音がいい音だ。

「うっはぁマヌケ!」と「ガツンと一発!」と親指を立てた母の声を思い出しながら勝ち誇った瞬間、恐ろしく冷え切った瞳で、彼は俺を思いっきりに見下ろす。ぞわり。いやな汗が背中に流れた。

「う、うお」
「…………」
「え、ちょ、怒んないで、マジごめんほんとごめん調子乗ったイヤー!!」
「カミコロス」
「何それ!?」


近づく。冷え冷えとした冷気に、後ずさる。
拳を握り締める彼に、俺はひいいと悲鳴を上げつつ、登校中に考えた、半分付け焼刃のような作戦を思い出し、にやりと笑った。「昨日と違うんだぜこの俺は!」 

伸ばした腕はクリーム色のカーテンをひっつかむ。
ばさ! と思いっきりにそれを投げつけると、空気をはらんだカーテンがふわふわと大きく広がり、彼の視界を覆った。
俺は慌てたように彼の机を踏みにじるように上り、そのまま窓の枠へと手をかける。「じゃあな!」


ぽいっ


聞こえる悲鳴は耳から抜け、ばさばさと抵抗する服にを押さえこむように動かし、ちょうどグラウンドへと止めてあった業者のトラックの荷台へと、足をばねにするようにぐいっと曲げる。響いた金属音と揺れた足元に、「うひょー、びりびりする!」と骨への振動を誤魔化すように手のひらで叩きあげ、2階に見えるクラスと、窓から慌てたように顔を覗きこむクラスメートたちに、「ははーん!」と笑う。「これるもんなら来てみろよ!」


流石にここまでは追ってこないだろう、とへらへらと笑っていた最中、がごんと視界が揺れた。


「咬み殺す」

同じく乗ったトラックの荷台に、ぼきぼきぼきと指を鳴らす少年一人。背筋が寒い。「ちょ、ま、勘弁して雀くん!」「遺言は地獄で聞くよ」 それじゃあね。




結局ぼこられた。



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2009/02/22
1000のお題【813 窮鳥懐に入らばこれを撃たず】