ぽてぽて、と買い物袋を持って歩いていた。肌寒い季節に、マフラーはかかせない。さむさむ、と口元だけを動かして呟いて、よっこいせと買い物袋を持ち直す。「ううん」 時間が経つのははやいなあ、と考えて、寂しい気持ちになった後に、もっとはやく、時間が過ぎていけばいいのに、と反対のことを考えてしまう。(そうしたら) キャバッローネのボスに会えるかもしれない。

(ボス、今どこにいるんだろう……)


日本にボスがきている。そうお父さんが言ったのは、もう数ヶ月も前だ。もういないに決まっている。






 第18話  私と金髪さんの再会事情








ずしゃどしゃずしゃ。
悲しいくらいの音が響いていた。河川敷の茶色く枯れた芝生のカーペットの上を目の前で何かが滑り落ちていく。「う、うわあ……」 上から覗けば男の人だ。がさりとスーパーの袋が揺れた。手袋をしているから、指先も温かい。

ひくひく、と痙攣する男の人の頭は金髪だった。「あれは……痛い……」 結構辛いね……と思わず同情の瞳を投げかけてしまった。絶対痛い。黒の革ジャケットに、白いもふもふが首元あたりについている。「あのー」

だいじょうぶですかー、と問いかけた後に、これはピンチ気味かもしれない、と潰れながらひくひく痙攣するその人を見下ろして、慌てて駆け下りた。「救急車とか、呼んだ方がいいですか?」 目立った外傷はないけれども、頭を打ってしまっているのかもしれない。私は携帯を持っていないから、と立ち上がったときに、「いや、問題ねえ、ちょっと足がすべっちまっただけさ」 ちょっとの割には豪快でしたよね、なんて言葉は言えない。

「無理はしない方がいいですよ。頭とかぶつけてらっしゃらないですか?」
「いやいや、かすり傷……ん?」

んん? と金髪の男の人が瞬きを繰り返して、葉っぱが混じったぼさぼさ頭をこっちに近づけた。「あっ!」 ぴん、と人差し指を伸ばしたときに、同じく私も、「あっ!」 二人一緒に声を出した。

この間、変な人達に襲われていた、外国人のお兄さんだ。元気そうでなによりですね、と思った後に、黒いかっこいいジャケットが芝生ですれてぼろぼろになっている姿を見つめた。あんまりなによりではないかもしれない。

「あのときの子だよな。いやあ、あのときは本当に悪かった」

情けないな、とぺたりと芝生に座り込んだまま、ポリポリと頭をひっかくイケメンさんを見下ろしていると、彼もハッとなったのか、慌てて立ち上がった。確か、ディーノさん、と名乗っていたはずだ。「ディーノさんは、並盛に住んでらっしゃったんですね」 てっきり、観光客さんか何かだと思っていた。旅行にしては、あんまりにも長期過ぎる。日本語もうまいし。

「いや、全然そういうんじゃなねーけどな。うん」
長期すぎる旅行っつーことで、ここはひとつ、とパンッと彼は両手を合わせてまとめた。よくわからないけれども、そこまで気になるわけでもなかったし、ききすぎは失礼だ。なるほど、と頷いた。「お元気そうなので、安心しました。あとで怪我にはちゃんと絆創膏をはってあげてくださいね。失礼します」

ばいばーい、と片手を振って、よっこいせ、と芝生の上をのぼっていく。「お、おう」 そんじゃなーとディーノさんが片手を振り返す。「…………いやいやいや!」 ちがうちがう! と大声をあげて、彼は思いっきり両手を振りながら駆け上った。「うおおおう!?」 そしてすっころんで、定位置までころがり落ちた。

「あのー、大丈夫ですかー?」
「ちょっと……足がすべっちまった……」

そのわりにはアクロバティックな体勢で顔面を殴打している。ちょっとじゃないけれども、あえてつつくことは避けておいた。「お怪我はないですか?」「ああ、受け身がとれたからな」 ちなみに別にとれていない。

おっちょこちょいな人なんだろう。(変な人ですね) 一体なにで日本にきているんだろう。お仕事だろうか。「それじゃあディーノさん、用事もありますからごめんなさい」「ああ……ってそうじゃなく!」 今度はこけなかった。

「お礼をさせてくれって言っただろ?」
ぱんぱん、と服の裾を叩きながら、困ったように肩をすくめる仕草は、なかなか様になっている。「……うーん」 あえて、無視させてもらおうと思ったのに、律儀な人だ。

「もう数ヶ月くらい前のことですし、お礼を頂きたかった訳でもないですし、お気持ちだけで結構ですよ」
「そういう訳にはいかねえよ。女の子を水浸しにしたんだ。責任くらいとらせてくれ」
「せ、せきにん……」
「……ん? 今日本語ではちょっと別の意味があった気がするな。まってくれ、思い出せないけど、ええっと」

んんんっと、ともう一回唸った後に、「いや、それはいいんだ。せめて名前くらい教えてくれ」 探してたんだ。とずい、と近づけられたほっぺには、押しつぶされた葉っぱのあとがついてしまっている。
大したことなんてしてないのになあ、と考えても、本人が納得してくれないのなら仕方がない。「です。

、と彼は口の中で言葉を繰り返した。「……よくある苗字ってやつか。ジャッポーネだしな」 なにやら考えることがあるらしい。
「あの、それじゃ。また今度お会いするときがあれば」

名前だけ言って、彼が満足したんなら、それにこしたことはない。「ま、待ってくれ」 ぱたぱた、とこっちに向かって走ってきて、ぽてんと転げる様を見ていると、無視をするのも申し訳なくなってくる。


「せめて、荷物だけでも持たせてくれ。女性には重いだろう」
「いえ、ほんとお気になさらず……」

別にそこまで重くもない。
問題ないですよ、とよっこいせと持ち上げると、ちょっとだけ困ったような笑みで、彼は私の手元から袋を軽々持ち上げた。
そして数分後にひっつまずき、地面に中身をぶちまけた。卵が割れて粉砕された姿が、袋越しにもよく見えた。



「うわああああ、すまなねえ、いつもはこんなんじゃないんだが……ッ!!!!」
「あの、もういいですから……」
「せめて弁償を…………さ、財布がねえ!?」
「…………」



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2014/09/15