第19話 塩の味付けは涙らしい「掃除をしよう」 唐突に、私は呟いた。 いや唐突と言っても、案外その必要性はあるのである。私の部屋はマンションだ。ご存知の通り、私は高校生だった。けれどもいつの間にか中学生ということになっていて、その上隣の家の男の子が雲雀恭弥だったと言う訳なのだが、ここまではなんとか理解できる。いやできないんだけど、理解して欲しい。 隣の家のちっちゃな男の子は、ある日中学生になっていた。理由は知らない。私が引っ越す前に書いたダンボール箱へのお願いを、小粋な神様が聞き届けてくれたのかもしれないけれど、ちょっとサービスしすぎである。宇宙人だか神様だか知らないが、いつかそこら変の不思議生命体からの接触があるかもしれないとドキソワしたこともあったけれど、特に誰からのお話もなく、一人虚しく体育座りをしながら教育番組を見た。特に見る番組がなかった。 引っ越す際に持ってきたはずのリボーングッズを想いながら枕を涙で濡らした日々も、遠い過去だ。でも未だにときどき悔しい。 「うーん……見覚えがないなあ……」 私はううん、と首を傾げながら、私が“小学六年生のときに使っていた”ノートのページを開いた。 こんなの実家から持ってきていない。 部屋に見覚えのないものがある。そう気づいたのは、しばらく前のことだ。あるだけではない。持ってきたはずと思ったものがどこにもない。本当に気づかない程度に、部屋の中にあるものが変わってしまっている。「おっかしいよなあ……」 グッズのときと同じく、勝手に部屋が改変されている。ノートには、、と私の名前が書いてあった。まるで、私はここ最近ではなく、小学生のときから、ずっとずっとここに住んでいたというような、そんな静かな主張が聞こえた。(恭弥くんと幼馴染だから?) しかし私が出会ったのは小学生の恭弥くんだった。(山本と、出会ったのもあっちが小学生のときで……) だから幼馴染ってことになるんだろうか。 「しかしそりゃ、矛盾しすぎだと思うんだけどなあ……」 パタパタノートをうちわ代わりにしてため息をついた。つまりここには、恭弥くんの一つ下であるはずの、幼馴染のが住んでいた。「ええー……」 自分のことであるはずなのに、なんだか他人みたいだ。もしかしたら、本当にそうなのかもしれない。「私が記憶喪失になってるとか……ないか」 いささかその記憶を失っている間の出来事について興味はあるが、周りに聞き込みを行なって、頭がおかしい人展開に持っていく勇気はない。 「まあ、わからんものはしゃーないね」と、独り言をいいながらノートを元あった場所に戻した。そうしたときに、学校のノートに比べると、奇妙に小さい。本棚から抜き出して、表紙を見た。何も書いていない。ページをめくってみた。4月2日。日付がある。(あ) 日記だ。そう思った瞬間、私は思いっきりページを閉じた。嫌な動悸がする。だって、まさかのピンポイントである。 ひーひーふー、と呼吸を繰り返して、どうしよう、と考えた。日記を持ったまま椅子の上に座って、くるくると椅子を回してみる。机の上に日記を置いて、またくるくると回って、もう一回日記を見た。一ページ、開いてみる。 いやみじけーよ。と内心突っ込んだ。飽きっぽいのは認めるけど、一週間が目標って、どんだけ負け犬思考なんだ。 とは最初のページに書いてあるものの、案外ノートを使いきるまでに書いているらしい。使ったページを確認した後、ううん、と私は目線を逸らした。「これ、私の日記じゃ、ないんじゃないかなあ……」 子供の頃に書いたらしく、文字が汚くて、自分のものかどうかわからない。同姓同名というだけで、確証もない。他人の日記をこっそり盗み見ているような感覚だな、と思った瞬間に、ものすごい罪悪感がやってきた。文字通りにその状況なのかもしれない。でも読むべきだ。 (…………他の人の立場に成り代わってるとか、そんな) そんなだったら、どうしよう。 嫌な汗が、ぼたぼたと流れた。確認しなければいけない。でも、読むのは申し訳ない。 私は戦った。ページを開く、閉じるを繰り返した。何度も考えなおした後、私は決意の想いで、誰とも知らぬさんの日記を読んだ。日記には、こう書いてあった 4月10日 うっかり日記のそんざいを忘れていた。そのまま放置して終了になるところだった。でもまあギリギリセーフだと思う。全然関係ないのだけれど、今日のばんごはんのデザートはさくらんぼだった。なんとも完備(漢字がちがうきがする)であまいその果肉に私は恋する3秒前 6月21日 案外日記は続いている。それはさておき、今日もバナナがちょううまい 8月20日 にっきかいてるばあいじゃないしゅくだいが おむらいすぱねえちょううめえーじそん 9月3日 今日のご飯はさんまだった。明石家じゃない。油がこってりとのりながらきらきらと輝くその秋の使者に、私はこの感動、気持ちをポエムとして送ろうと思う。 〜あなたは不孝者〜 さんま さんま 油がプリプリ その体で私を ゆうわくする まるでメロンみたいな その匂いにどきどきする あなたは何? 魚? (no!) あなたは何? 人魚? (yes!) 自身の体をつかい 私においしく食べられる なんて献身的な その行い (あなたはなんでそんな自分ばっかり不幸にするの?) しょっぱい味は きっとなみだ(ララ 塩の味付け……) 「 無言で叩きつけるように日記を閉じた後に、本棚に片付け封印した。両手で顔を覆ってごろごろと転がりながら、まるで過去に行った厨二病をつきつけられた気分に耳元辺りが熱い。真っ赤だった。バカだった。こんなバカのような思考は私だった。多分私しかいなかった。死ぬ気で赤面しながら、私は声にもならない悲鳴をあげて、カーペットを転がり抜けた。死にたい。 それからしばらくして、「焼き魚を食べたい」と主張する恭弥くんに、「魚だけはダメです魚だけはダメです!!!!」と拳を握るたびに、(ララ 塩の味付け……)と言う文章を思い出して、必死に壁に頭を打ち付けた。恭弥くんは、不審な人間を見るような眼つきでこっちを胡乱に見つめていたが、とにかく私は忘れることに必死になった。最初は小学生だった恭弥くんが中学生にとか、なんで私の小学6年生のノートがここにあるのとか、そんなもとは色々どうでもよくなった。 「そういや、日記とか書いてたけど、まだ書いてるの」 「そのことは! 訊かないで! くださいー!!!」 ← ■ → 2012/07/07 |