| あれは、誘拐未遂というヤツだったらしい。 第9話 少年は、夢を見た 2 はぁ、またなんで。と考えたけれど、よくよく考えてみれば、武蔵森はお坊ちゃん、お嬢ちゃんの住処みたいなもんだ。俺のようなヤツなんてほんの一部だし、藤代のようなスポーツ推薦だって同じだ。笠井の事はよく知らないが、ピアノが趣味だといっていた気がする。これは関係ないか。 取りあえず車の中から男をひっぱりあげ、軽く関節技を決めながら拘束させてもらうと、一歩送れて藤代と笠井が駆け抜けてきた。「犯人捕まえたぞ」と誇らしげに笑ってみると、ぽかんと口を開けていた笠井と違い、藤代はすっげえ! と嬉しそうに笑っていた。慌てたように、笠井は制服のズボンのポケットへとつっこんであったケータイを取り出して、警察へと電話をかけた。 警察へと軽く訊かれた事情聴取は、武蔵森の学園前で怪しい男が女生徒を車へと連れ込んでいるところを目撃した。だから追いかけた。といっておいた。 白髪が見えた頭の警察のおっちゃんは、「よく追えたね、武蔵森から随分遠かったけれど」と目を見開いていたので、「こいつら二人は、サッカー部のレギュラー達なんですわ。もう足が速いのなんのって」といえば、武蔵森のサッカー部か! とおっちゃんはとても嬉しそうな声をあげていた。きっとサッカー好きなんだろう。 俺は二人へと、もう一度向き合った。振り回してしまって申し訳ないという気持ちと、これだけはいっておかないといけないという言葉が、頭の中にくすぶっていたからだ。 『藤代、笠井。ありがとう』 もちろん、妙なイントネーションはつけていなかった。後で説明しなよ、と笠井に呟かれて、俺は一つの決心を固めた。 教室の扉が、妙に思い。きっちりと着たブレザーのネクタイを直して、深呼吸をした。もう一度、扉へと手をかけて、カラカラと音をたてながら、開く。 クラスメートの数人と、目があった。とても簡単に。いつもは、バサバサと頭を振らなければ、彼らと目が合う事はない、だって、 「…………だれだ、おまえ」 胡乱な言葉に、思わず苦笑して、短くなった自分の前髪と、後ろ髪を掻き上げた。「、くんやなぁ」 イントネーションも、捨ててしまおうと思ったけれど、こっちは案外恥ずかしい。決死の思いをして散髪屋に行った俺の努力を認めて欲しいし、この言葉を含めて、多分俺なんだろう。 しんとした教室の真ん中に、藤代と、笠井がいた。「ええ!」と次々にわき上がる声に、そんなに変わっただろうか、と妙に照れくさい。「お前そんな顔してたのか」という声まで聞こえた。 俺は教室の中へと一歩入り込んで、荷物を机の上へと置いた。妙に緊張していたのか、ドキドキと鳴る心臓が、ほんの少しうるさい。 「あ、おう、藤代、おはようさん」 「うん、おはよう」 何事もなかったかのように、いつもと同じように、藤代は俺の机の前の席へと、すとんと座り込んだ。続くように笠井も隣の席へと腰かける。クラスメート達の物珍しげな視線は、ほんの少しずつ散りばめられていった。「おはよう、笠井」「うん」 俺は固めた決意が崩れないうちに声をあげてしまおうと息を吸ったとき、笠井に先手を打たれてしまった。 「何が、見えたの」 唐突だったもので、俺はごほごほと思わず咳き込んで、笠井を見た。いつもと変わらない猫目が俺を捕らえている。逃げられるとも思ってないし、逃げるつもりもない。 藤代へと、視線を投げかけた後に、机に載せていた鞄を、ぎゅっと握りしめた。 「俺さ、妙なもんがみえんねん」 うん、と笠井の相づちが聞こえる。 「めっちゃ、妙なもん。他人が、見られたぁない事が、誰かに触ると、ときどき、見えんねん。勝手に流れ込んでくる。俺の、母さんは、あんたに助けもとめてるんよとかいうとったけど、どうかはわからん。けどな、勝手に見えんねん」 「それが、昨日は見えたのか?」 「ちゃう。昨日は、なんか、ちゃう。俺が、見たいって思うもんが、見えた」 暫く開いた間に、嘘とちゃうで。と一言だけ付け足した。 案外冷静な程に脳みそは冷たくなっていて、二人の顔を見詰めていた。すると彼らは、同じようなタイミングに、俺の左手と、右手をそれぞれで持ち上げ握手のような形をとる。 「、これだけで見えんの」 「みえへん。今は、みえへん」 彼はぎゅ、と力一杯、握りしめたようで、手がほんの少し痛い。ふうん、と笠井も呟いて、手を放したけれど、藤代は握り続けたままだ。 「それってさ、超便利じゃん」 「ん?」 いきなりな言葉に、思わず妙な声をあげてしまった。にーっ、と口元を横へと伸ばして俺の手のひらを、ぶんぶんと彼は振り上げる。「だってさ、サッカーの時とか、どうすりゃ勝てるとか、未来がわかんのかもしんないぜ。ああでもそういうのってつまんないかなぁ」 本当にどうでもいい事を、ううんと頭を悩ませている。「藤代、多分これ、未来は見えんわ」 取りあえず俺は、笑いながらそう付け足した。 寮へと帰ると、色んな物を触ってみた。どんなものを見たい、と思い浮かべると、頭の中にきっちりと思い浮かぶのに、先の事を見たいと考えれば、何も見えてこない。見たくもないものは、先の事も、前の事も関係なしに流れ込んでくるくせに、おかしな話だ。 そういうと、藤代はつまらなさうに口元を尖らせて、「なぁんだ」と手のひらを放す。暖かい感覚が、今でも手のひらに残っている。 「あのさ」 「うん?」 「見たいものが見れるんなら、見たくないものも、見れないようになるよ、きっと」 笠井なりのフォローだったのだろうか。机に肘をついた体勢で、黒板をじっと見詰める猫目を、俺は見た。 なんだか、妙な気持ちになって、俺は、「お前らって他人じゃないよな」と呟いた。当たり前じゃん、だからクラスメートじゃん。と聞こえる二つの声に、不覚にも涙が出そうになってしまって、こんなんじゃ俺、あの頃と全然変わらない。 誤魔化すように、机の上の鞄と一緒に、体で抱きしめて、顔を見ないように、見れないようにとつっぷした。藤代の、「、今日こそサッカー部に行こうぜ」という言葉に、「いかへん」と短い返事を返す。なんだよそれぇ、と情けないような彼の言葉に、一瞬流されてしまいそうになったけれど、よくよく考えれば俺は、サッカーなんて青春をやっている暇なんてないし、そもそも、やりたい事が出来てしまったのだ。 「俺、あの子、探すな」 あの子って誰? とは、不思議な事に、二人とも訊かなかった。分かってるのかもしれないし、分かってないのかもしれないし、そもそもどうでもいいと思っているのかもしれない。それでもよかった。「どこに、おるんやろうなぁ」 きっと、いつか見つかると思う。いいや、きっと見つけてみせる。あのときから止まったままの、変わらない笑顔で、迎えてくれるだろうか。それとも俺の事なんて忘れられてしまっているだろうか。 どちらでも、いいと思う。 窓の外は雲一つもない青い青い空が広がっていた。その中を、くの字型に、真っ黒い鳥が飛んでいく。(………魔法使い)兄ちゃんは、魔法使いなんかな。 『お兄ちゃんは、魔法使いみたいや!』と微笑んだあの子を思いだして、俺はゆっくりと瞳を閉じた。 ← ■ 2008.07.28 |