| 俺は、昔自分の事を、魔法使いだと信じていた。 第1話 魔法使いに捧げる かっ、と照りつけられる太陽の中、クダクダと話しかけてくるクラスメートに見切りをつけて、グラウンドの端を影の中を通るように、あっちへ来たりこっちへ来たり。 どっからか聞こえてくる運動部の暑苦しいかけ声に、よくやるよ、ホント、と軽くため息を吐いた。 そんな中、ぽんっと白と黒のボールが俺の前へと、びゅんと風を切るかのように体当たりした。なんとか胸へと一回バウンドさせてそのまま足下へと落ちたボールをトラップしながら辺りを見回し、ボールが当たった自分の胸を見てみる。ちょっと土色になったワイシャツが空しい。 「ごめんね!」 こぼれてきた汗をぬぐうと、あんまりにも一生懸命な声が聞こえた。ばたばた力いっぱい手足を動かすその姿は、中学生にしては小さい。その真っ黒な髪の毛はさぞかし太陽光をたっぷりと吸収してんだろうなぁ、と考えた後、あん?と首を傾げた。なんだっけ。えっと。 「キミ、風祭君やろ? なんなん、サッカー部やったん?」 その小さな体で、さぞかし大変なことだろう。俺はにっかりとわざとらしいほどに口元をゆがめて喋り、そのあとにあれ、こいつ風見鶏だったっけ? とちょっと自信がなくなった。すると風祭は、人好きのする笑みでへらりと笑い、「くん」と俺の名前を呼ぶ。 クラスメートだったけれど、話したことはなかったはずだ。けれどもお互い名前ぐらいは知っている。足元のボールを軽く蹴りあげると俺の手の中へとそいつは簡単に転がり落ちた。 「あ、すごい」 聞こえた声に、これくらい凄いもんか、と思わず苦笑してしまう。もしかしたら、風祭はあまりサッカーは得意ではないのかもしれない。それなら下手に謙遜するのも妙な気がして、「昔な、友達とよお遊んだんよ」と笑った。 そう言った後、俺は風祭を引きとめているような状況になっていることに気付いた。「堪忍、堪忍」と言いながら、風祭へ、ボールを投げて渡そうとする。けれども風祭は風祭で、にゅっと手を伸ばしていて、お互いの連携のとれていないプレーの所為で、俺は「おわっ」ともたつき、風祭は、「うわぁ」とばたついた。 そのとき、一瞬彼の手と、俺の手が触れた。 「っ……!」 頭の中で何かが響いたような気がする。まただ、と泣きたくなった。そして背筋がぞわっとなでられたように気持ちが悪くなった。ひっぱられる。ざわざわざわ。変なノイズと一緒に、目の前の風祭がかき消えて、グラウンドも一緒にどっかへとぶっ飛んで、 見える。 『あの3軍の超チビさー。いくら頑張ったってムダだってーのに、いいかげん気づけよなー』 『バカなんじゃねーの』 多分、グラウンドの端っこの方にある、サッカー部の部室。ごろごろと転がるボールの山を見てそう思った。せせら笑う声が、部室の中で響き、その声はどこか粘っこくて、ボイスチェンジャーに通したみたいに、ぐねぐねと曲がっているのか甲高くなっているのか、俺にはよく分からない。 『誰があのチビを早くやめさすか、競争しよーぜ!』 『いいねーソレ』 『たのしそー』 歪んでいるのはこの景色なのか、それとも彼らの表情なのかもわからなかった。見たくない。俺は唇を噛んで顔をそらせ、何もないと思っている空間を見た。けれどもその扉はほんの少し開いている。何故だろう、と思ったのは一瞬だ。 ほんの少しの隙間に、ぽつりと瞳がこちらを向いていた。真っ黒な瞳は、先ほどまで、朗らかに笑っていた彼だ。風祭が、こちらを見ていた。おかしいくらいにその瞳は黒ずんでいて、何も言わないんじゃなくて、何も言えないような表情で、じぃっとこちらを見ていた。 それはまるで、俺へと視線を向けているようで、胸の中が苦しくなる。 (俺に何をしろってんだ!) 俺にどうしろと言うんだ。俺には何もすることはできない。これは、俺が、見ているだけだ。俺には見えるだけなんだ。俺にはどうしようもないことなんだよ。 (見ないでくれ……!) それなのに、胸が苦しくなる。風祭、と手を伸ばした。見ないでくれ、見ちゃだめだ、風祭。 体中が、粘つくように重い、思うように、動かない。 「 「…あ?」 「大丈夫?」 風祭の声に、明るい視界が戻る。音が戻ってきたのか、部員達の声が響いた。何度も俺に声をかけてくれていたのか、風祭は俺を心配そうに見上げていて、先ほどまで、真っ暗だった瞳は、只の黒っぽい瞳に変わっていたことに、俺は安堵の息を思わずついた。 「どうかした?」 「なんでもあらへんよ。ちょお、気分わるなっただけやから」 そっか、と今度は風祭が安心したように息をついた。けれども、はっと何かに気づいたようで「ごめん、そろそろ練習に戻らなきゃ」と本当に申し訳なさそうな顔をする。「気にしせぇへんで、引きとめて、堪忍」 もう一回、彼に謝ると、彼はうん、と頷いて笑った。 少しずつ小さくなる風祭の背中を見送りながら俺はさっきの光景を思い出した。 過去なのか、未来の事なのか、分からないアレ。 アイツの瞳に、既に過ぎ去った過去だったらいい、とほんの少しだけ、祈る。 (アイツの先が辛い未来でない事を祈る) 知ったところで、俺が何をする。何ができる。 不思議な事を起こすものは魔法使いだと思ってた。 けれども俺は魔法使いでもないと知ったのは、昔の事だった。 (そして風祭は、いつの間にか、学校からいなくなっていた) ■ → 2010.07.28 多少修正。 |